異世界転生特典『絶対安全領域(マイホーム)』~家の中にいれば神すら無効化、一歩も出ずに世界最強になりました~

夏見ナイ

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第6話 通販生活、始めました

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リリアーナ・フォン・アルトリア、通称リリアとの奇妙な同居生活が始まって、数日が経過した。
俺の生活リズムは、何一つ変わっていない。
起きたい時に起き、ソファでゴロゴロし、腹が減れば食事を生成し、眠くなれば寝る。ディスプレイに映し出した異世界の美しい風景を眺めながら、ひたすら怠惰を貪る。まさに理想の引きこもりライフだ。
ただ一つ、決定的に変わったことがあるとすれば、俺の聖域(サンクチュアリ)に、常に誰かの気配が存在するようになったことだ。

「ユータ様! 朝ですよ! いつまで寝ていらっしゃるのですか!」
「……うるさい。俺の朝は、俺が起きた時だ」
「もうお昼です! きちんと食事を摂らないと、体に毒ですよ!」
「腹が減ったら食う。放っておいてくれ」

リリアは、元王女様とは思えないほど甲斐甲斐しく俺の世話を焼こうとしてきた。彼女なりに、俺への恩返しをしようという健気な試みなのだろう。だが、その努力はことごとく空回りに終わっていた。
掃除は俺が「自動清掃」と念じれば一瞬で終わる。洗濯も「乾燥まで完璧に」と念じれば、リリアがタライと格闘するより早く、綺麗に仕上がってしまう。
そして、最大の問題が『食事』だった。

「ユータ様! 今日はわたくしが、腕によりをかけてお食事をご用意いたしました!」
ある日の昼下がり。ソファでうたた寝していた俺は、リリアのやけに晴れやかな声で目を覚ました。見れば、彼女は満面の笑みで、ローテーブルの上に一つの皿を置いたところだった。
皿の上に乗っていたのは、黒い。
なんだ、あれは。炭か? どこかの古代遺跡から発掘された呪物か?
微かに原型を留めている部分から推測するに、どうやら肉と野菜を焼いたもの……らしい。しかし、そのすべてが完璧に炭化しており、およそ食べ物とは思えない禍々しいオーラを放っている。皿の周りには、焦げ臭い煙がゆらゆらと立ち上っていた。
「ええと……なんだ、これは」
「アルトリア王国の郷土料理、『太陽の恵みグリル』ですわ! わたくしの得意料理なのです!」
リリアは胸を張ってそう言った。太陽の恵み、ねえ。どちらかと言うと、冥府の呪いとでも呼んだ方がしっくりくる見た目だが。
俺はスキルを発動させ、その黒い物体をこっそり鑑定してみた。

【名称:ダークマター(食用)】
【効果:摂取した場合、80%の確率で腹痛、50%の確率で嘔吐、10%の確率で丸一日行動不能になる。ごく稀に(0.1%)、未知の耐性を獲得できる】

……食えるか、こんなもの!
もはや毒物じゃないか。というか、0.1%の当たりを引くために命を懸けるギャンブルはしたくない。
俺はリリアのキラキラした期待の眼差しからそっと視線を逸らし、咳払いを一つした。
「……リリア。気持ちは嬉しいが、食事は俺が用意する。お前は座って待っていろ」
「えっ? ですが、それではユータ様にご負担が……」
「いいから。これは俺の家のルールだ」
俺が有無を言わさぬ口調で告げると、リリアはしゅん、と子犬のように肩を落とした。そして、俺が指先一つで彼女の『ダークマター』を光の粒子に変えて消し去り、代わりに熱々のチーズハンバーグセットをテーブルに出現させると、その目は尊敬と、ほんの少しの悔しさが入り混じった複雑な色に染まっていた。
この一件以来、リリアがキッチンに立つことはなくなった。彼女の名誉のために言っておくが、紅茶を淹れるのだけは絶品だった。まあ、それも俺が「最高級の茶葉と完璧な温度のお湯」を生成しているからかもしれないが。

そんな風に、ちぐはぐな同居生活を送りながらも、俺はリリアから様々な情報を引き出していた。その中で、一つの新たな問題が浮上した。
「ユータ様の生成するお召し物や食べ物は、どれも素晴らしいものばかりですが……やはり、故郷の物が恋しくなることもありますわ」
ある夜、二人で紅茶を飲みながら、リリアがぽつりと呟いた。
「アルトリアの王都で売られている『銀葉茶』は、とても香りが良くて……。それに、この世界の歴史を記した本や、詳しい地図があれば、今後のことを考える上でも助かるのですが……」
「……なるほどな」
俺は腕を組んで考え込んだ。
確かに、俺が生成できるのは、俺が知っている物、イメージできる物だけだ。前世の日本の知識に基づいた家具や食事は完璧に再現できる。だが、リリアが言う『銀葉茶』や、この世界の歴史書となると、俺には具体的なイメージが湧かない。名前を聞いただけでは、詳細な成分や内容までは生成できないのだ。
これでは、引きこもり生活のクオリティに限界が来てしまう。異世界の文化や物資を取り入れることができなければ、いずれ飽きが来るかもしれない。
それは避けたい。俺の怠惰な生活は、常にアップデートされ続けるべきなのだ。
「外の情報や物が欲しい。だが、家からは一歩も出たくない」
この矛盾した願望を叶える方法はないものか。
俺はソファに寝転がり、天井を見上げながら思考を巡らせた。
ヒントは、壁のディスプレイにある。あれは、家の外の様子をリアルタイムで映し出すことができる。情報収集は可能だ。問題は、どうやって『物』を手に入れるか。
「……ん?」
ふと、前世の記憶が蘇った。
ネット通販。Amazon、楽天。家にいながら、クリック一つで欲しいものが手に入る、引きこもりのための神のシステム。
あれと、同じことができないだろうか?
ディスプレイに市場を映し出す。そこに並んでいる商品を、指定する。そして――『購入』する。
「……試してみるか」
俺はがばりと体を起こした。そのただならぬ気配に、リリアが「ユータ様?」と不思議そうな顔でこちらを見ている。
「リリア、お前、王都の一番大きな市場の場所、わかるか?」
「え? は、はい。中央広場の隣ですが……」
俺は彼女の言葉を頼りに、ディスプレイに意識を集中した。
(アルトリア王国の王都、中央広場に隣接する市場を映し出せ)
念じると、ディスプレイの映像が切り替わった。
そこには、活気に満ちた市場の風景が広がっていた。石畳の道に沿って無数の露店が並び、様々な人種の人々が行き交っている。雑多な喧騒が、リアルな音としてスピーカーから聞こえてきた。
「おお……! 王都ですわ!」
リリアが懐かしそうに声を上げる。
俺はディスプレイの映像を、念じながら拡大していく。果物を売る店、香辛料を売る店、布地を売る店……。
そして、一つの露店に焦点を合わせた。様々な種類の茶葉が、木の樽に入れられて売られている。
「リリア、この中に『銀葉茶』はあるか?」
「はい! あの、銀色に輝く葉がそうですわ!」
彼女が指さした樽には、確かに美しい銀色の光沢を放つ茶葉が入っていた。店主が客と陽気に話している。
よし、ターゲットは定まった。
問題は、ここからどうするかだ。
(対価は、どうなる? この世界の通貨はゴルダとか言ってたな。俺は一文無しだ。……いや、待てよ)
神は言っていた。『主の思考に応じて、領域内に任意の家具、食事、その他生活必需品を無限に生成できる』。
金だって、生活必需品と言えなくもない。
(よし。まずは、財布と金貨を生成)
俺はポケットを探るふりをして、手の中にずっしりと重い革袋を生成した。中には、リリアから聞いた通りのデザインの金貨がぎっしり詰まっている。
「……よし。これで買えるか?」
ディスプレイに映る店主に向かって、意識を集中する。
(店主よ、あの銀葉茶を金貨一枚分、売ってくれ。代金はここに置いておく)
俺はそう念じながら、ローテーブルの上に金貨を一枚置いた。
ディスプレイの中の店主が、ぴたり、と動きを止めた。そして、まるで何かに操られるように、ゆっくりと銀葉茶を袋に詰め始めた。その動きはどこかぎこちない。周囲の客は、その異変に全く気づいていないようだった。
袋詰めを終えた店主は、それをカウンターの隅に置いた。それと同時に、俺がテーブルの上に置いた金貨が、ふっと消えた。
そして、次の瞬間。
ぽん、と軽い音を立てて、ローテーブルの上に、先ほど店主が詰めたばかりの茶葉の袋が出現した。
「…………成功、か?」
俺は恐る恐るその袋を手に取った。ずっしりとした重み。袋の口から、爽やかで高貴な香りが漂ってくる。
隣で一部始終を見ていたリリアは、口をあんぐりと開けたまま、完全に固まっていた。
「い、今……何が……? 市場のものが、ここに……?」
「どうやら、できるらしいな。『通販』が」
俺はにやりと笑った。
対価は、どうやら俺が生成した金で支払えたようだ。しかし、本当にそれだけか? 俺自身の力は消費していないのか?
俺は自分の内なる力を探ってみた。すると、微かに、本当にごく僅かに、自分の魔力のようなものが消費された感覚があった。だが、その消費された分は、すぐに家の領域そのものから補給され、瞬時に全快する。
つまり、俺の魔力は、この『絶対安全領域』という巨大なバッテリーに繋がっているようなものだ。そして、そのバッテリーは、おそらく無限のエネルギーを持っている。
結論。
「……取り寄せ放題、だな」
俺は邪悪な笑みを浮かべた。
引きこもり生活の革命だ。これで俺は、家にいながらにして、この世界のあらゆる物を手に入れることができる。
「リリア、他に欲しいものはあるか? 言ってみろ。歴史書? 地図? それとも、流行のドレスか?」
「え、え、え……?」
まだ状況が飲み込めず、混乱しているリリアを尻目に、俺は通販三昧を開始した。
アルトリア王国の歴史書、全巻セット。大陸全土の詳細な地図。初心者向けの魔術教本から、解読不能な古代語で書かれた魔導書まで、本屋に並んでいるものを片っ端から購入。
リリアが「昔好きだった」というお菓子屋のクッキーも取り寄せた。彼女は涙ぐみながらそれを頬張り、「故郷の味ですわ……」と感激していた。
「すごい……すごすぎますわ、ユータ様! これではまるで、神の御業……!」
尊敬の眼差しで俺を見つめるリリアに、俺は「まあな」と得意げに頷いた。
こうして、俺の理想の引きこもり生活は、新たに『通販』という最強の武器を手に入れた。もはや俺の家は、世界中のデパートや図書館と直結した、究極の快適空間となったのだ。

取り寄せた大量の魔導書をソファの周りに広げ、俺はご機嫌でページをめくっていた。
ほとんどは基本的な元素魔法や生活魔法に関するものだったが、中には古代魔法や付与魔術(エンチャント)といった、高度な知識も含まれていた。
「ふむふむ。魔法陣を使って、物質の性質を変化させる……か。錬金術に近いな」
「こっちは……ゴーレムの生成術? 土や石で、自律して動く人形を作れるのか。……ほう、これはなかなか面白いことができそうだ」
俺は一冊の古びた魔導書を手に取り、その一節を指でなぞった。
そこには、家の防衛や、雑用を自動化するためのゴーレム生成術について、詳細な記述が記されていた。
俺の脳裏に、一つのアイデアが閃く。
この力を使えば、俺の引きこもり生活は、さらに一段階上の、完璧なものへと進化するかもしれない。

俺が新たな企みに笑みを浮かべていることなど、リリアは知る由もない。彼女はただ、取り寄せてもらった歴史書を熱心に読みふけりながら、時折俺の方を見ては、尊敬の念に満ちたため息をつくだけだった。
我が家の静寂は、賑やかなものに変わりつつあったが、それはそれで、悪くないのかもしれないと、ほんの少しだけ思い始めていた。
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