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第7話 招かれざる客と怯える子猫
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通販魔法という新たな扉を開き、俺の引きこもり生活はネクストステージへと突入した。
ソファの周りには、通販で取り寄せた大量の魔導書や歴史書が山積みになっている。まるで受験生の部屋のようだが、俺の表情は至って穏やかだ。いや、むしろ楽しんでいるとさえ言える。
「ふむふむ、なるほどな。ゴーレムの核(コア)に術者の魔力を少し分け与えることで、簡単な命令を自動で実行させることができる、と。……これは使える」
パラパラと古びた魔導書のページをめくりながら、俺はほくそ笑んでいた。
家庭菜園の自動水やり・草むしりゴーレム。家の自動清掃ゴーレム。肩もみ専用ゴーレム。その可能性は無限大だ。怠惰を極めるための努力は、俺は決して惜しまない。
「ユータ様。また難しい本を読んでいらっしゃるのですね」
淹れたての紅茶をローテーブルに置きながら、リリアが感心したように言った。彼女は通販で取り寄せた歴史書をほとんど読破し、今は大陸の地理に関する本を読みふけっている。その真剣な横顔は、元王女としての知性を感じさせた。
「まあな。知識は、快適な引きこもり生活を送るための最高の武器だ」
「引きこもり……。ユータ様のその、独特な目標はまだよく分かりませんが、そのお力があれば、きっとわたくしの祖国も……」
「はい、その話はそこまで」
リリアがまた面倒な話を始めそうになったので、俺はすかさず遮った。
「俺は家から出ない。国を救うなんてのは、お前みたいな正義感の強い奴がやればいい。俺は応援もしないし、手伝いもしない。ただ、静かに見ているだけだ」
「むぅ……。分かっておりますわ」
リリアは不満げに頬を膨らませた。ここ数日で、彼女も俺に対して少しずつ素の表情を見せるようになってきた。まあ、王女様然とした態度で接されるよりは、よっぽど気楽でいい。
俺たちがそんな他愛もないやり取りをしていた、その時だった。
「――逃がすな! あのクソガキを捕まえろ!」
「こっちだ! 森に逃げ込んだぞ!」
再びだ。
またしても、俺の聖域の静寂をぶち壊す、野蛮で下品な怒声が森に響き渡った。
俺はぴくりと眉をひそめ、リリアははっと息をのむ。デジャヴ。数日前に繰り返された光景が、脳裏にフラッシュバックする。
「またかよ……。この森、治安悪すぎだろ」
俺は心底うんざりしながら、壁のディスプレイに意識を向けた。
(家の外、騒音の発生源を映せ)
ディスプレイの映像が、オーロラの風景から、薄暗い森の中へと切り替わる。
そこに映し出されていたのは、一人の小さな少女だった。歳は十歳くらいだろうか。ボロボロの麻袋のような服をまとい、素足のまま、必死の形相で森の中を駆けている。茶色く短い髪からは、ぴんと立った猫のような耳が覗き、お尻からは同じ色の尻尾が不安げに揺れていた。猫の獣人族の子供だ。
そして、その少女を追いかけているのは、見るからに人相の悪い三人組の男たちだった。手には錆びた剣や棍棒を持ち、その目は獲物をいたぶるような、いやらしい光を宿している。
「奴隷商人……ですわ」
隣でディスプレイを見ていたリリアが、唇を噛み締め、低い声で呟いた。その声には、隠しきれない怒りがこもっている。
「獣人族は、その希少性から高く売買されるのです。なんて非道な……!」
「へえ」
俺の興味は、奴隷商人が非道かどうかにはなかった。ただ、彼らの立てる騒音が不快なだけだ。
ディスプレイの中では、獣人の少女が木の根に足を取られて派手に転倒した。すぐに起き上がろうとするが、足首をひねったのか、苦痛に顔を歪めている。
あっという間に、男たちが少女を取り囲んだ。
「へへへ、ようやく観念したか、商品」
「こいつ、足が速いから高く売れるぜ」
「抵抗したら痛い目見るだけだぞ、子猫ちゃん」
下卑た笑い声が、スピーカーを通してリビングに響き渡る。少女は怯えきった様子で後ずさり、威嚇するように「フゥーッ!」と猫のような声を上げたが、その体は小刻みに震えていた。
リリアが、俺の服の袖をぎゅっと掴んだ。
「ユータ様……! お願いです! あの子を、助けてあげてください!」
その声は、震えていた。彼女自身の境遇と、目の前の少女の姿が重なって見えたのだろう。
俺は、大きなため息をついた。
「……断る、と言いたいところだが」
俺はディスプレイに映る奴隷商人たちを睨みつけた。彼らの甲高い笑い声が、どうにも耳障りで仕方がない。
「俺の安眠を妨害する奴らは、誰であろうと許さん。それに……」
俺はちらりと、通販で取り寄せた魔導書に目をやった。
「ちょうど、新しい魔法を試してみたかったところだ」
「え?」
きょとんとするリリアを尻目に、俺はソファから立ち上がった。玄関に向かうのではなく、庭に面した大きな窓辺へと歩み寄る。そして、窓を少しだけ開けた。
ひんやりとした森の空気が、リビングに流れ込んでくる。
俺は、庭先の地面に意識を集中した。取り寄せた魔導書に書かれていた、初歩的な土魔法の魔法陣を頭の中に思い描く。
「『大地の牢獄(アース・プリズン)』」
俺がボソリと呟くと、奴隷商人たちが立っている地面が、まるで意思を持ったかのように蠢き始めた。
「な、なんだぁ!?」
男たちが驚きの声を上げる間もなく、彼らの足元の土が泥のようにぬかるみ、瞬く間に足首まで沈み込んでいく。慌てて抜け出そうとするが、泥は粘着質で、動けば動くほど深く沈んでいった。
「足が……抜けねえ!」
「くそっ、なんだこの沼は!?」
あっという間に腰まで沈み、身動きが取れなくなった男たち。その光景を、獣人の少女は呆然と見つめている。
「さて、とどめだ」
俺は次に、庭に転がっている手頃な大きさの石ころ数個に意識を向けた。ゴーレム生成術の応用だ。核となる魔石などはないが、俺の魔力を直接注ぎ込めば、一時的に動かすくらいはできるはず。
「起きろ、俺の兵隊たち」
念じると、石ころが微かに光を放ち、ガタガタと震えだした。そして、それぞれに小さな手足が生え、自律して立ち上がる。身長三十センチほどの、可愛らしいミニゴーレム軍団の誕生だ。
「……行け。騒音源を、森の彼方へ排除しろ」
俺が命令を下すと、ミニゴーレムたちは一斉に庭の境界線を飛び越え、奴隷商人たちに向かって猛然と突撃していった。
「な、なんだありゃあ!?」
「石ころが動いてるぞ!?」
泥に捕らわれて動けない男たちは、ミニゴーレムたちの格好の的だった。ゴーレムたちは男たちの体に次々としがみつき、その小さな拳でぺちぺちと、しかし地味に痛い打撃を繰り返し始めた。
「痛っ! やめろ!」「こ、このガキィ!」
「うるさい奴らには、お仕置きだ。『岩石弾(ストーンショット)』」
俺がさらに魔法を重ねると、ミニゴーレムたちの体が輝き、その小さな手から、パチンコ玉ほどの大きさの石の弾丸が猛烈な勢いで射出された。
「ぎゃあああっ!」「い、痛い痛い痛い!」「降参! 降参だ!」
全身を石の弾で打たれ、男たちはみっともない悲鳴を上げた。もはや戦意など欠片もない。
「分かったら、とっとと消えろ」
俺がそう念じると、彼らを捕らえていた泥の沼がすっと引き、固い地面に戻った。解放された男たちは、這うようにしてその場から逃げ出し、ミニゴーレムたちに追い立てられながら、あっという間に森の奥へと姿を消していった。
後に残されたのは、静寂と、そして何が起きたのか分からず、その場でへたり込んでいる一人の獣人の少女だけだった。
俺が作ったミニゴーレムたちは、役目を終えて普通の石ころに戻り、地面にころんと転がった。
「……ふう。これでまた静かになった」
俺は満足げに頷き、窓を閉めた。
隣では、リリアが信じられないものを見るような目で、俺のことを見つめていた。
「ユータ様……今のは、魔法……? それも、わたくしの知らない、高度な……」
「通販で買った本に書いてあった。見よう見まねでやってみただけだ」
「本を読んだだけで、これほどの魔法が使えるなんて……!」
彼女の尊敬の眼差しが、また一段とレベルアップしたようだった。まあ、悪い気はしない。
俺はソファに戻り、読みかけの魔導書を再び手に取った。これで、中断された読書タイムを再開できる。
だが、そんな俺の背中に、リリアがおずおずと声をかけた。
「あ、あの、ユータ様。あの子は……どうなさるのですか?」
彼女の視線は、ディスプレイに映る獣人の少女に向けられている。少女は、まだ恐怖から立ち直れないのか、その場で膝を抱えて小さく丸まっていた。
俺は、今日何度目かになる深いため息をついた。
「……またか」
分かっている。分かっているのだ。
このまま放置すれば、また別の何かがやってくるかもしれない。あるいは、この少女自身が、この森の異常な現象のせいで、新たな騒動の火種になるかもしれない。
俺の平穏な引きこもり生活を維持するための、最も効率的な方法は、もう分かっている。
「……おい、リリア」
「は、はい!」
「お前、ちょっと外に出て、あの子をここまで連れてきてくれ」
「えっ?」
「俺は外に出たくない。お前なら、敷地の外に出られるだろ。大丈夫だ、俺が許可している間は、お前もこの領域の加護を一時的に受けられるように設定しておく。危険はない」
俺がそう言うと、リリアは一瞬驚いた顔をしたが、すぐにその意図を理解し、ぱあっと顔を輝かせた。
「はい! かしこまりました!」
彼女は嬉しそうに頷くと、意気揚々と玄関から出て行った。
俺はソファに寝転がったまま、ディスプレイの映像を眺める。リリアが優しく声をかけると、獣人の少女は最初は怯えていたが、やがて警戒を解き、リリアに手を引かれて、おずおずと俺の家の方へ歩いてきた。
やがて、ガチャリと玄関のドアが開く。
「ユータ様、お連れしました」
リリアに促され、獣人の少女がリビングに足を踏み入れた。その大きな猫の瞳は、不安と好奇心に揺れている。
俺はソファに寝転がったまま、億劫そうに片手だけを上げた。
「よう。まあ、なんだ。今日からここがお前の家だ。騒がしくしなけりゃ、追い出したりはしない。……とりあえず、名前は?」
小さな訪問者は、俺の顔と、豪華なリビングをきょろきょろと見回した後、か細い声で、ぽつりと呟いた。
「……モカ」
こうして、俺の絶対安全領域に、二人目の同居人が加わった。
俺の理想の引きこもり生活は、ますます賑やかなものになっていく。正直、勘弁してほしいと思う反面、まあ、これも悪くないかと、心のどこかで思い始めている自分もいるのだった。
ソファの周りには、通販で取り寄せた大量の魔導書や歴史書が山積みになっている。まるで受験生の部屋のようだが、俺の表情は至って穏やかだ。いや、むしろ楽しんでいるとさえ言える。
「ふむふむ、なるほどな。ゴーレムの核(コア)に術者の魔力を少し分け与えることで、簡単な命令を自動で実行させることができる、と。……これは使える」
パラパラと古びた魔導書のページをめくりながら、俺はほくそ笑んでいた。
家庭菜園の自動水やり・草むしりゴーレム。家の自動清掃ゴーレム。肩もみ専用ゴーレム。その可能性は無限大だ。怠惰を極めるための努力は、俺は決して惜しまない。
「ユータ様。また難しい本を読んでいらっしゃるのですね」
淹れたての紅茶をローテーブルに置きながら、リリアが感心したように言った。彼女は通販で取り寄せた歴史書をほとんど読破し、今は大陸の地理に関する本を読みふけっている。その真剣な横顔は、元王女としての知性を感じさせた。
「まあな。知識は、快適な引きこもり生活を送るための最高の武器だ」
「引きこもり……。ユータ様のその、独特な目標はまだよく分かりませんが、そのお力があれば、きっとわたくしの祖国も……」
「はい、その話はそこまで」
リリアがまた面倒な話を始めそうになったので、俺はすかさず遮った。
「俺は家から出ない。国を救うなんてのは、お前みたいな正義感の強い奴がやればいい。俺は応援もしないし、手伝いもしない。ただ、静かに見ているだけだ」
「むぅ……。分かっておりますわ」
リリアは不満げに頬を膨らませた。ここ数日で、彼女も俺に対して少しずつ素の表情を見せるようになってきた。まあ、王女様然とした態度で接されるよりは、よっぽど気楽でいい。
俺たちがそんな他愛もないやり取りをしていた、その時だった。
「――逃がすな! あのクソガキを捕まえろ!」
「こっちだ! 森に逃げ込んだぞ!」
再びだ。
またしても、俺の聖域の静寂をぶち壊す、野蛮で下品な怒声が森に響き渡った。
俺はぴくりと眉をひそめ、リリアははっと息をのむ。デジャヴ。数日前に繰り返された光景が、脳裏にフラッシュバックする。
「またかよ……。この森、治安悪すぎだろ」
俺は心底うんざりしながら、壁のディスプレイに意識を向けた。
(家の外、騒音の発生源を映せ)
ディスプレイの映像が、オーロラの風景から、薄暗い森の中へと切り替わる。
そこに映し出されていたのは、一人の小さな少女だった。歳は十歳くらいだろうか。ボロボロの麻袋のような服をまとい、素足のまま、必死の形相で森の中を駆けている。茶色く短い髪からは、ぴんと立った猫のような耳が覗き、お尻からは同じ色の尻尾が不安げに揺れていた。猫の獣人族の子供だ。
そして、その少女を追いかけているのは、見るからに人相の悪い三人組の男たちだった。手には錆びた剣や棍棒を持ち、その目は獲物をいたぶるような、いやらしい光を宿している。
「奴隷商人……ですわ」
隣でディスプレイを見ていたリリアが、唇を噛み締め、低い声で呟いた。その声には、隠しきれない怒りがこもっている。
「獣人族は、その希少性から高く売買されるのです。なんて非道な……!」
「へえ」
俺の興味は、奴隷商人が非道かどうかにはなかった。ただ、彼らの立てる騒音が不快なだけだ。
ディスプレイの中では、獣人の少女が木の根に足を取られて派手に転倒した。すぐに起き上がろうとするが、足首をひねったのか、苦痛に顔を歪めている。
あっという間に、男たちが少女を取り囲んだ。
「へへへ、ようやく観念したか、商品」
「こいつ、足が速いから高く売れるぜ」
「抵抗したら痛い目見るだけだぞ、子猫ちゃん」
下卑た笑い声が、スピーカーを通してリビングに響き渡る。少女は怯えきった様子で後ずさり、威嚇するように「フゥーッ!」と猫のような声を上げたが、その体は小刻みに震えていた。
リリアが、俺の服の袖をぎゅっと掴んだ。
「ユータ様……! お願いです! あの子を、助けてあげてください!」
その声は、震えていた。彼女自身の境遇と、目の前の少女の姿が重なって見えたのだろう。
俺は、大きなため息をついた。
「……断る、と言いたいところだが」
俺はディスプレイに映る奴隷商人たちを睨みつけた。彼らの甲高い笑い声が、どうにも耳障りで仕方がない。
「俺の安眠を妨害する奴らは、誰であろうと許さん。それに……」
俺はちらりと、通販で取り寄せた魔導書に目をやった。
「ちょうど、新しい魔法を試してみたかったところだ」
「え?」
きょとんとするリリアを尻目に、俺はソファから立ち上がった。玄関に向かうのではなく、庭に面した大きな窓辺へと歩み寄る。そして、窓を少しだけ開けた。
ひんやりとした森の空気が、リビングに流れ込んでくる。
俺は、庭先の地面に意識を集中した。取り寄せた魔導書に書かれていた、初歩的な土魔法の魔法陣を頭の中に思い描く。
「『大地の牢獄(アース・プリズン)』」
俺がボソリと呟くと、奴隷商人たちが立っている地面が、まるで意思を持ったかのように蠢き始めた。
「な、なんだぁ!?」
男たちが驚きの声を上げる間もなく、彼らの足元の土が泥のようにぬかるみ、瞬く間に足首まで沈み込んでいく。慌てて抜け出そうとするが、泥は粘着質で、動けば動くほど深く沈んでいった。
「足が……抜けねえ!」
「くそっ、なんだこの沼は!?」
あっという間に腰まで沈み、身動きが取れなくなった男たち。その光景を、獣人の少女は呆然と見つめている。
「さて、とどめだ」
俺は次に、庭に転がっている手頃な大きさの石ころ数個に意識を向けた。ゴーレム生成術の応用だ。核となる魔石などはないが、俺の魔力を直接注ぎ込めば、一時的に動かすくらいはできるはず。
「起きろ、俺の兵隊たち」
念じると、石ころが微かに光を放ち、ガタガタと震えだした。そして、それぞれに小さな手足が生え、自律して立ち上がる。身長三十センチほどの、可愛らしいミニゴーレム軍団の誕生だ。
「……行け。騒音源を、森の彼方へ排除しろ」
俺が命令を下すと、ミニゴーレムたちは一斉に庭の境界線を飛び越え、奴隷商人たちに向かって猛然と突撃していった。
「な、なんだありゃあ!?」
「石ころが動いてるぞ!?」
泥に捕らわれて動けない男たちは、ミニゴーレムたちの格好の的だった。ゴーレムたちは男たちの体に次々としがみつき、その小さな拳でぺちぺちと、しかし地味に痛い打撃を繰り返し始めた。
「痛っ! やめろ!」「こ、このガキィ!」
「うるさい奴らには、お仕置きだ。『岩石弾(ストーンショット)』」
俺がさらに魔法を重ねると、ミニゴーレムたちの体が輝き、その小さな手から、パチンコ玉ほどの大きさの石の弾丸が猛烈な勢いで射出された。
「ぎゃあああっ!」「い、痛い痛い痛い!」「降参! 降参だ!」
全身を石の弾で打たれ、男たちはみっともない悲鳴を上げた。もはや戦意など欠片もない。
「分かったら、とっとと消えろ」
俺がそう念じると、彼らを捕らえていた泥の沼がすっと引き、固い地面に戻った。解放された男たちは、這うようにしてその場から逃げ出し、ミニゴーレムたちに追い立てられながら、あっという間に森の奥へと姿を消していった。
後に残されたのは、静寂と、そして何が起きたのか分からず、その場でへたり込んでいる一人の獣人の少女だけだった。
俺が作ったミニゴーレムたちは、役目を終えて普通の石ころに戻り、地面にころんと転がった。
「……ふう。これでまた静かになった」
俺は満足げに頷き、窓を閉めた。
隣では、リリアが信じられないものを見るような目で、俺のことを見つめていた。
「ユータ様……今のは、魔法……? それも、わたくしの知らない、高度な……」
「通販で買った本に書いてあった。見よう見まねでやってみただけだ」
「本を読んだだけで、これほどの魔法が使えるなんて……!」
彼女の尊敬の眼差しが、また一段とレベルアップしたようだった。まあ、悪い気はしない。
俺はソファに戻り、読みかけの魔導書を再び手に取った。これで、中断された読書タイムを再開できる。
だが、そんな俺の背中に、リリアがおずおずと声をかけた。
「あ、あの、ユータ様。あの子は……どうなさるのですか?」
彼女の視線は、ディスプレイに映る獣人の少女に向けられている。少女は、まだ恐怖から立ち直れないのか、その場で膝を抱えて小さく丸まっていた。
俺は、今日何度目かになる深いため息をついた。
「……またか」
分かっている。分かっているのだ。
このまま放置すれば、また別の何かがやってくるかもしれない。あるいは、この少女自身が、この森の異常な現象のせいで、新たな騒動の火種になるかもしれない。
俺の平穏な引きこもり生活を維持するための、最も効率的な方法は、もう分かっている。
「……おい、リリア」
「は、はい!」
「お前、ちょっと外に出て、あの子をここまで連れてきてくれ」
「えっ?」
「俺は外に出たくない。お前なら、敷地の外に出られるだろ。大丈夫だ、俺が許可している間は、お前もこの領域の加護を一時的に受けられるように設定しておく。危険はない」
俺がそう言うと、リリアは一瞬驚いた顔をしたが、すぐにその意図を理解し、ぱあっと顔を輝かせた。
「はい! かしこまりました!」
彼女は嬉しそうに頷くと、意気揚々と玄関から出て行った。
俺はソファに寝転がったまま、ディスプレイの映像を眺める。リリアが優しく声をかけると、獣人の少女は最初は怯えていたが、やがて警戒を解き、リリアに手を引かれて、おずおずと俺の家の方へ歩いてきた。
やがて、ガチャリと玄関のドアが開く。
「ユータ様、お連れしました」
リリアに促され、獣人の少女がリビングに足を踏み入れた。その大きな猫の瞳は、不安と好奇心に揺れている。
俺はソファに寝転がったまま、億劫そうに片手だけを上げた。
「よう。まあ、なんだ。今日からここがお前の家だ。騒がしくしなけりゃ、追い出したりはしない。……とりあえず、名前は?」
小さな訪問者は、俺の顔と、豪華なリビングをきょろきょろと見回した後、か細い声で、ぽつりと呟いた。
「……モカ」
こうして、俺の絶対安全領域に、二人目の同居人が加わった。
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