異世界転生特典『絶対安全領域(マイホーム)』~家の中にいれば神すら無効化、一歩も出ずに世界最強になりました~

夏見ナイ

文字の大きさ
9 / 62

第9話 迷子のエルフは知の探求者

しおりを挟む
モカという完璧なメイドが加わったことで、俺の引きこもり生活は盤石なものとなった。
俺はもはや、ソファの上から動く必要すらない。喉が渇けばモカが紅茶を淹れ、腹が減ればモカが腕によりをかけた食事を用意してくれる。俺がやる事といえば、彼女が調達してくれた食材や日用品を、通販魔法で補充してやることくらいだ。これはもはや、怠惰の王の生活と言っても過言ではないだろう。

有り余る時間を、俺は通販で取り寄せた魔導書の解読と、新たな魔法の実験に費やしていた。
「よし、『自動草むしりゴーレム壱号』、起動」
俺が庭に向かって念じると、家庭菜園の畝の間に置かれたカボチャほどの大きさの土塊がもぞもぞと動き出し、小さな四本の足を生やして立ち上がった。そして、カタカタと覚束ない足取りで歩き出し、生えてきた雑草を器用に引っこ抜き始めた。
「おお……! すごいですわ、ユータ様!」
窓からその様子を眺めていたリリアが、感嘆の声を上げる。
「こんな魔法、見たことも聞いたこともありません!」
「まあな。家の周りの管理を自動化できれば、俺がもっと楽できるからな」
「ご主人様、すごいです!」
足元で丸くなっていたモカも、尻尾をぱたぱたと振りながら尊敬の眼差しを向けてくる。
このゴーレム生成術は、なかなか奥が深い。応用すれば、家の防衛から雑用の自動化まで、俺の理想の引きこもりライフを根幹から支える技術になり得る。俺は新たな怠惰の可能性に胸を躍らせながら、改良案を練るのであった。
そんな、どこまでも平和で怠惰な午後。
その平穏は、またしても唐突に破られた。

ピコン、と俺の頭の中に、軽い警告音が鳴った。
これは、俺が自分で設定した簡易的な警報システムだ。誰かが俺の『絶対安全領域』の敷地境界線、半径百メートル以内に侵入すると、自動で俺にだけ通知が来るように設定しておいた。
「……またか」
俺はソファに寝転がったまま、うんざりした表情でディスプレイに意識を集中させる。
(警報地点を映せ)
映像が、家の北側の森に切り替わる。そこに映っていたのは、一人の女性だった。
すらりとした長身に、銀糸のように輝く長い髪。そして、その髪の間から覗く、長く尖った耳。エルフだ。
彼女は、深い緑色を基調とした、動きやすそうな旅装束に身を包んでいた。腰には一振りの細剣を下げ、背中には大きな革の鞄を背負っている。その姿は、森を旅する冒険者か、あるいはレンジャーのようだった。
しかし、その行動はひどく奇妙だった。
彼女は、片手に持った方位磁石のような魔道具と、もう片方の手の羊皮紙の地図を何度も見比べながら、同じ場所をぐるぐると歩き回っている。かと思えば、突然「こちらのはず!」と確信に満ちた顔で歩き出し、数分後には「おかしい……」と頭を抱えて元の場所に戻ってくる。
明らかに、道に迷っていた。それも、致命的なレベルで。
「……何がしたいんだ、あいつは」
俺が呆れて呟くと、隣でディスプレイを覗き込んでいたリリアが「あら、エルフの方ですわね」と声を上げた。
「エルフは森に詳しいと聞きますが、あの方はそうでもないようですわね」
「いや、あれはそういうレベルじゃないだろ……」
ディスプレイの中のエルフは、ついに地図を逆さまに持ち始め、首を捻っている。彼女が頼りにしている方位磁石の針は、俺の家の『絶対安全領域』が放つ特殊な魔力フィールドの影響で、意味不明な方向を指して狂ったようにクルクルと回り続けていた。
彼女は、この家のすぐ近くまで来ているのに、その存在に全く気づけていないのだ。

その奇妙な鬼ごっこは、丸一日続いた。
エルフは夜になると、手慣れた様子で野営の準備を始め、朝になるとまた森の散策(という名の迷走)を再開する。その執念たるや、ある意味尊敬に値する。
そして、二日目の昼過ぎ。ついに、その時は訪れた。
森の中を彷徨い続けていたエルフが、木々の切れ間から、不自然にぽつんと建っている俺の家を、ようやく視界に捉えたのだ。
「……あった」
ディスプレイ越しに、彼女の安堵と、それ以上に強い好奇心に満ちた呟きが聞こえた。彼女は方位磁石が狂った原因が、この家にあると直感したのだろう。その目は、獲物を見つけた学者のように、爛々と輝いていた。
彼女は慎重に、しかし確かな足取りで、我が家へと近づいてくる。そして、敷地の境界線である石畳の小道の数メートル手前で、ぴたりと足を止めた。
「……間違いない。この空間、何かがおかしい」
彼女は鞄から水晶玉のような探査用の魔道具を取り出し、空間にかざした。しかし、水晶は何の反応も示さない。
「魔力探知に反応なし? では、物理的な障壁か?」
彼女は地面から手頃な石を拾い上げ、境界線に向かって軽く投げた。石は、数日前の兵士の矢と同じように、キィン、という音と共に不可視の壁に弾かれ、地面に落ちた。
「……やはり。強力な防御結界。しかし、術式が全く読み取れない。古代魔法? それとも、精霊の御業……?」
彼女は興奮した様子で、鞄から次々と様々な観測用の魔道具を取り出し、片っ端から試し始めた。探査魔法の詠唱をしたり、地面に魔法陣を描き始めたりと、やりたい放題だ。
その姿は、もはや不審者そのものだった。
「……おい」
「……はい」
「……うるさいな」
「……はい」
俺の呟きに、リリアとモカが神妙な顔で頷く。
エルフの魔法実験は、次第にエスカレートしてきた。しまいには、「この結界の強度を試します!」などと物騒なことを言い出し、小さな火球を撃ち込み始めた。もちろん、すべて無駄な努力に終わっているが、その度に発生する光や音が、俺の安らかな午後のひとときを著しく害している。
「……はあ。仕方ない」
俺は重い腰を上げた。もはや、放置はできない。俺の平穏は、俺自身の手で守らなければならないのだ。
俺はパジャマ代わりのラフなシャツとズボンのまま、玄関のドアを開けた。

「あのな、人の家の前で爆発物を……」
俺が文句を言おうとして、その言葉は途中で途切れた。
玄関先には、疲れ果てて地面にへたり込みながらも、なおも地面に複雑な魔法陣を描き続けているエルフの姿があった。その目は知的な光を宿しているが、僅かに隈ができており、数日間の迷走の疲労を物語っている。
俺の登場に、彼女はびくりと肩を震わせ、弾かれたように顔を上げた。その美しいエメラルドグリーンの瞳が、驚きと、そして強い警戒の色を浮かべて俺を捉える。
「……あなた、は?」
「ここの家主だが」
俺が面倒くさそうに答えると、彼女ははっと息をのんだ。そして、俺自身と、俺が立っている空間、俺が出てきた家を交互に見比べ、やがて一つの結論に達したようだった。
「……そうか。あなたが、この異常領域(アノマリー)の発生源……いえ、主、なのですね」
彼女はゆっくりと立ち上がると、旅の汚れを物ともしない優雅な仕草で、胸に手を当てて一礼した。
「突然の来訪、そして無礼な調査、お許しください。わたくしはフィオナ・シルヴァリエ。しがない、古代魔法の研究者です」
フィーと名乗ったエルフは、警戒しつつも、その瞳から好奇心の輝きを消そうとはしなかった。
「数日前から、この一帯で極めて特異な魔力反応を観測しました。既存のいかなる魔法体系にも属さない、異質な力の流れを。その源流を辿ってきた結果、この場所にたどり着いたのです。……そして、この不可視にして完璧な結界。素晴らしい! まさに、生きた研究遺物です!」
彼女は熱っぽく語り始めた。その口調は、お宝を発見した考古学者のようだ。
俺は、そんな彼女の熱弁を、腕を組んで冷ややかに聞いていた。
「要するに、俺の家を調べに来たと。で、調べ終わったなら、さっさと帰ってくれないか。あんたの実験、正直言って、うるさいんだ」
「帰るなんてとんでもない! この謎が解明できるまで、ここを動くつもりはありません!」
フィーはきっぱりと言い切った。その探究心は本物のようだ。
「どうか、お願いです! この素晴らしい結界について、研究させてはいただけないでしょうか!? もちろん、情報を提供してくださるなら、わたくしの持つ知識を対価としてお支払いします! 古代文明の遺失技術、魔道具の作成理論、錬金術の秘儀! あなたが望むものなら、何でも!」
彼女の提案に、俺の眉がぴくりと動いた。
魔道具の作成。錬金術。
その言葉は、俺の怠惰な脳を強く刺激した。それらの知識があれば、ゴーレムの性能を向上させたり、生活をさらに便利にする道具を作ったりできるかもしれない。俺の引きこもり生活のクオリティを、さらに飛躍させられる可能性がある。
このエルフ、一見ただの面倒な不審者だが、実は歩く魔導図書館のような存在なのではないか?
俺は値踏みするように、目の前のエルフを見つめた。フィーは、俺の沈黙を肯定と取ったのか、期待に満ちた目で俺の返事を待っている。
リリアとモカが、心配そうに家の中から俺たちの様子を窺っているのが気配で分かった。

「……はあ」
俺は、この数日で一番深いため息をついた。
「分かった。ただし、条件がある」
「本当ですか!? なんでしょう、条件とは!」
「研究は、俺の許可した範囲内でのみ行うこと。それから、俺の生活を邪魔しないこと。そして何より……」
俺は、きらきらと目を輝かせるフィーに、静かに告げた。
「俺の安眠を妨害したら、即刻叩き出す」

こうして、我が家に三人目の同居人が加わることになった。
学者肌のエルフ、フィー。彼女の来訪が、俺の『絶対安全領域』に、そして俺の理想の引きこもり生活に、一体どのような変化をもたらすのか。
新たな騒動の予感に小さく頭を痛めながらも、俺は少しだけ、これから始まるであろう未知の日々を、面白がっている自分に気づいていた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

インターネットで異世界無双!?

kryuaga
ファンタジー
世界アムパトリに転生した青年、南宮虹夜(ミナミヤコウヤ)は女神様にいくつものチート能力を授かった。  その中で彼の目を一番引いたのは〈電脳網接続〉というギフトだ。これを駆使し彼は、ネット通販で日本の製品を仕入れそれを売って大儲けしたり、日本の企業に建物の設計依頼を出して異世界で技術無双をしたりと、やりたい放題の異世界ライフを送るのだった。  これは剣と魔法の異世界アムパトリが、コウヤがもたらした日本文化によって徐々に浸食を受けていく変革の物語です。

備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ

ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。 見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は? 異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。 鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。

最強賢者の最強メイド~主人もメイドもこの世界に敵がいないようです~

津ヶ谷
ファンタジー
 綾瀬樹、都内の私立高校に通う高校二年生だった。 ある日、樹は交通事故で命を落としてしまう。  目覚めた樹の前に現れたのは神を名乗る人物だった。 その神により、チートな力を与えられた樹は異世界へと転生することになる。  その世界での樹の功績は認められ、ほんの数ヶ月で最強賢者として名前が広がりつつあった。  そこで、褒美として、王都に拠点となる屋敷をもらい、執事とメイドを派遣してもらうことになるのだが、このメイドも実は元世界最強だったのだ。  これは、世界最強賢者の樹と世界最強メイドのアリアの異世界英雄譚。

異世界転生した俺は、産まれながらに最強だった。

桜花龍炎舞
ファンタジー
主人公ミツルはある日、不慮の事故にあい死んでしまった。 だが目がさめると見知らぬ美形の男と見知らぬ美女が目の前にいて、ミツル自身の身体も見知らぬ美形の子供に変わっていた。 そして更に、恐らく転生したであろうこの場所は剣や魔法が行き交うゲームの世界とも思える異世界だったのである。 異世界転生 × 最強 × ギャグ × 仲間。 チートすぎる俺が、神様より自由に世界をぶっ壊す!? “真面目な展開ゼロ”の爽快異世界バカ旅、始動!

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

第2の人生は、『男』が希少種の世界で

赤金武蔵
ファンタジー
 日本の高校生、久我一颯(くがいぶき)は、気が付くと見知らぬ土地で、女山賊たちから貞操を奪われる危機に直面していた。  あと一歩で襲われかけた、その時。白銀の鎧を纏った女騎士・ミューレンに救われる。  ミューレンの話から、この世界は地球ではなく、別の世界だということを知る。  しかも──『男』という存在が、超希少な世界だった。

処理中です...