異世界転生特典『絶対安全領域(マイホーム)』~家の中にいれば神すら無効化、一歩も出ずに世界最強になりました~

夏見ナイ

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第10話 怠惰を極めるための専門知識

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エルフの学者、フィオナ・シルヴァリエ――通称フィーが、我が家に滞在するようになって数日が経った。
彼女は、まさに知の探求者という言葉がぴったりの人物だった。朝は誰よりも早く起き、夜は誰よりも遅く眠る。その間、彼女がやっていることはただ一つ。この『絶対安全領域』の解析だ。
ある時は、家の壁にへばりついて素材の組成を調べ、ある時は、庭の土を一粒一粒鑑定し、またある時は、俺が生成したコーヒーカップの魔力残滓を分析している。その姿は、ハッキリ言って不審者以外の何物でもないが、本人は至って真面目だ。その瞳は常に知的好奇心に輝いており、時折「素晴らしい!」「ありえない!」などと歓喜の声を上げては、手持ちの羊皮紙に猛烈な勢いでメモを書き殴っていた。

「……フィー様は、毎日お忙しそうですわね」
リビングの窓から、庭で不可視の結界に向かって何やら測定器をかざしているフィーの姿を眺めながら、リリアが感心したように言った。
「あそこまで一つのことに夢中になれるのは、一種の才能ですわ」
「ご主人様、フィー様、今日もお昼ごはんを忘れてます」
俺の足元で、モカが心配そうにフィーを見つめていた。フィーの研究への没頭ぶりは凄まじく、モカが「ご飯ですよー!」と呼びに行かなければ、平気で食事を抜いてしまうのだ。
俺はと言えば、ソファに寝転がって、そんな三人の様子をぼんやりと眺めていた。
「まあ、うるさくしなけりゃ、好きにさせとけ。あいつはあれが楽しいんだろ」
俺の平穏を乱さない限り、彼女が何をしようと知ったことではない。むしろ、知識欲を満たせる環境を提供しているのだから、感謝されてもいいくらいだ。

そんなある日の午後。俺が庭の家庭菜園で働いている『自動草むしりゴーレム壱号』の動きをぼーっと眺めていると、調査をしていたフィーが、ずかずかと俺の元へやってきた。そのエメラルドグリーンの瞳は、興奮で爛々と輝いている。
「ユータさん!」
いつの間にか、彼女は俺を『様』付けではなく『さん』付けで呼ぶようになっていた。まあ、その方が気楽でいい。
「あなたのそのゴーレム、見せていただきました! 非常に興味深い術式です! まさに生活に密着した、実用魔術の極み!」
「まあ、俺が楽するためのもんだからな」
「ですが! ですが、これではあまりにも効率が悪い!」
フィーは、ビシッと壱号を指さして断言した。
「このゴーレム、核となる魔石もなく、あなたの魔力供給だけで動いているようですが、その構造が単純すぎます! 魔力の伝達効率は劣悪、動きは鈍重、おまけに耐久性も皆無! これでは、ただの『動く土くれ』です!」
「……そこまで言うか」
手塩にかけた(念じただけだが)壱号をこき下ろされ、少しだけカチンとくる。
しかし、フィーの熱弁は止まらない。
「いいですか! ゴーレムの核に、魔力を循環させるための魔法陣を刻み、四肢の関節部分に力の流れをスムーズにするための補助回路を組み込むだけで、その動きは飛躍的に向上します! さらに、ボディの土に鉄分や粘土質を混ぜて焼き固めれば、耐久性は数十倍に跳ね上がるでしょう! そうすれば、草むしりだけでなく、畑を耕したり、重いものを運んだりといった、より高度な作業も可能になるのです!」
熱っぽく語るフィー。その言葉は、俺の怠惰な脳を強く刺激した。
より高性能なゴーレム。より高度な作業の自動化。それはつまり、俺がより一層、楽できるということだ。
「……ほう。面白いな」
俺の口から、思わず興味の声が漏れた。
「では、その高性能なゴーレムとやらを作るには、何が必要なんだ?」
俺の問いに、フィーは待ってましたとばかりに胸を張った。
「まず、安定した作業環境が必要です! 素材を加工し、術式を組み込むための、専用の工房が!」
「工房、ねえ」
「はい! 錬金術と魔道具作成、そしてゴーレム生成のすべてを行える、万能の『錬金工房』です! 適切な設備と素材さえあれば、わたくしの知識で、あなたのその素晴らしい力を、もっと有効に活用してみせます!」
その提案は、非常に魅力的だった。
俺の万能な生成能力と、フィーの専門知識。この二つが組み合わされば、とんでもない相乗効果が生まれるかもしれない。
「……いいだろう。その話、乗った」
俺はにやりと笑い、ソファから立ち上がった。
「家の裏に、ちょうどいい空き地がある。そこに、お前の言う『錬金工房』とやらを作ってやろう。設計図は、お前が考えろ」

「こ……これは……!」
数時間後。家の裏手に出現した真新しい建物の中で、フィーはわなわなと震えながら、感嘆の声を上げていた。
そこは、彼女が羊皮紙に描いた設計図を、俺がスキルで完璧に再現した『錬天工房』と名付けられた空間だった。
石造りの頑丈な壁に、高い天井。中央には、竜の心臓さえ溶かせそうな巨大な錬金釜。壁際には、ありとあらゆる薬品や鉱石を収納できる棚がずらりと並び、作業台の上には、ガラス製のフラスコやビーカー、精密加工用の魔道具一式が整然と置かれている。すべてが、フィーの理想通りの、いや、理想以上の品質で具現化されていた。
「完璧です……! 素材も、設備も、魔力の流れを阻害しない空間設計も、すべてが完璧……! これほどの環境、大陸中のどこを探しても存在しません!」
フィーは子供のようにはしゃぎ回り、一つ一つの道具を愛おしそうに手に取っている。
「これだけの設備があれば、大概の物は作れる。で、手始めに何をやるんだ?」
俺が尋ねると、フィーははっと我に返り、咳払いをして研究者の顔に戻った。
「まずは、小手調べと参りましょう。この家庭菜園の土壌を改良する、『魔力活性剤』の生成に挑戦します」
「肥料みたいなものか」
「ええ。ですが、ただの肥料ではありません。土そのものに含まれる生命力を引き出し、作物の成長を爆発的に促進させる、錬金術の秘薬です」
フィーはそう言うと、工房の棚から数種類の鉱石と薬草を取り出し、手際よく乳鉢ですり潰し始めた。その横顔は真剣そのものだ。
「ユータさん。あなたの魔力を、少量で構いません。この錬金釜に注ぎ込んでください」
言われるがままに、俺は巨大な釜に手をかざし、魔力を流し込んだ。すると、釜の底に描かれた魔法陣が青白い光を放ち、釜の中が一定の温度に保たれる。
「素晴らしい安定性……! これなら、繊細な調合も可能です!」
フィーは感動しながら、調合した粉末を釜に投入し、呪文を唱えながら攪拌していく。やがて、釜の中身は緑色のどろりとした液体に変わった。
「仕上げです! この液体に、高純度の生命エネルギーを注ぎ込みます! 普通なら、高価な『生命のポーション』を何本も使うところですが……」
フィーは期待に満ちた目で、俺を見た。
「あなたのその規格外の力なら、あるいは」
「生命エネルギー、ね。まあ、やってみるか」
俺は再び釜に手をかざし、「作物が元気になる感じ」と、かなりアバウトなイメージで力を注いだ。
その瞬間。
ゴゴゴゴゴ、と錬金釜が激しく振動し、釜の中の緑色の液体が、まばゆい黄金色の光を放ち始めた!
「なっ……!? この魔力反応は……!?」
フィーが驚愕の声を上げる。工房全体が、温かく、そして力強い生命力に満ちていく。
やがて光が収まった時、釜の中には、黄金色に輝く、ゼリー状の物質が数個、浮かんでいた。
「……で、できたのか?」
「……おそらく。ですが、わたくしの想定を、遥かに超える代物ができてしまったようです……」
フィーは呆然と、黄金のゼリーを見つめている。
俺たちは、おそるおそるそのゼリーを一つ、菜園のトマトの苗の根元に埋めてみた。
すると、次の瞬間。
トマトの苗は、ありえない速度でぐんぐん成長し始め、青い実をつけ、それが瞬く間に真っ赤に色づき、ついにはバスケットボールほどの大きさにまで膨れ上がった。
「…………」
「…………」
俺とフィーは、言葉もなく、その巨大すぎるトマトを見つめ合った。
「……すごい、ですわね」
「……ああ」
どうやら、フィーの知識と俺の力が合わさると、とんでもないオーバースペックな物が生まれてしまうらしい。
その夜の食卓には、巨大トマトを使った料理が並んだ。味は、驚くほど濃厚で、信じられないくらい美味かった。
食事中も、フィーはずっと興奮冷めやらぬ様子で、錬金術の可能性について熱く語っていた。その話を聞きながら、リリアは「その力があれば、飢饉に苦しむ人々を救えますわ!」と目を輝かせ、モカは「美味しいごはんが、もっと美味しくなります!」と嬉しそうに尻尾を振っていた。
「工房の次は、牧場ですわね! 自家製の牛乳や卵があれば、食生活はもっと豊かになります!」
「この土地の地脈を調べた結果、地下に大規模な温泉脈が存在する可能性が極めて高いです! 温泉施設を建設すれば、疲労回復や魔力回復の効果が期待できますわ!」
「いや、次は全自動マッサージゴーレムの開発が先決だ」
三者三様の提案が飛び交う、賑やかな食卓。
俺は、その喧騒に呆れながらも、口元が緩むのを止められなかった。
錬金工房、牧場、温泉。
俺の『絶対安全領域』は、この優秀な(そして少しズレている)エルフの学者のおかげで、さらに完璧な引きこもり空間へと進化していく。
その未来を想像し、俺は、これから始まるであろう更なる家の拡張計画に、胸を躍らせている自分に気づくのだった。
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