13 / 62
第13話 姫騎士、爆誕す
しおりを挟む
「――『我が魔力にこたえ、鋼に古のルーンを刻め。汝、邪を穿つ牙となれ』――エンチャント!」
錬金工房に、フィーの凛とした声が響き渡った。
彼女の目の前、厳かな作業台に置かれたミスリル製の細剣が、まばゆい青白い光を放ち始める。剣身の表面に、複雑で美しい幾何学模様――古代エルフ族に伝わるルーン文字が、まるで自ら意志を持ったかのように浮かび上がり、そして吸い込まれるように定着していく。
その光景は、神話の一場面を切り取ったかのように幻想的だった。
光の中心には、俺がいる。
俺はただ、フィーに言われるがまま、作業台に片手をかざし、膨大な魔力を送り込み続けているだけだ。フィーの繊細な技術と、俺の無尽蔵の魔力。この二つが融合することで、常識では考えられない奇跡が今、生まれようとしていた。
「すごい……」
工房の入り口で、リリアが息をのんでその光景を見守っていた。彼女の新しい装備となるはずだった武具が、もはや元の形が思い出せないほど、神々しいオーラを放つ別次元の代物へと生まれ変わりつつある。
やがて、光が収まった。
作業台の上には、静かな輝きを宿した一本の剣と、一揃いの防具が置かれている。
「完成です」
フィーは額の汗を拭い、満足げに微笑んだ。その顔には、数時間の集中作業による疲労の色が濃いが、それ以上に、最高の作品を創り上げたという達成感に満ち溢れていた。
「さあ、リリアさん。あなたの新しい力です」
リリアがおずおずと、生まれ変わった剣を手に取った。
信じられないほど軽く、まるで自分の体の一部であるかのように、しっくりと手に馴染む。剣身は、月の光を凝縮したような、静かで清らかな輝きを放っていた。
「その剣には、三つの魔法を付与しました」と、フィーが誇らしげに説明を始める。
「一つ、『鋭刃(シャープネス)』。あらゆるものを紙のように切り裂く、究極の切れ味です。二つ、『邪悪払い(イビルベイン)』。ゴブリンやオークといった、邪な心を持つ魔物に対して、絶大な特効ダメージを与えます。そして三つ目、これが目玉です。『魔力喰らい(マナドレイン)』。敵を斬るたびに、相手の生命力を魔力に変換して吸収し、あなたの持久力を回復させます」
「敵を斬るほど、疲れなくなる……ですって!?」
リリアが驚愕の声を上げる。それはもはや、永久機関に近い。これならば、百匹のゴブリンを相手にしても、体力切れの心配はないだろう。
「防具も同様です。物理防御と魔法防御を極限まで高めた上で、あなたの身体能力を強化する『身体強化(フィジカルブースト)』と、常に清潔な状態を保つ『自動浄化(オートクレンジング)』を付与しておきました。泥や血で汚れる心配はありません」
「……」
リリアは、言葉もなく、手にした神品(アーティファクト)級の武具を見つめていた。これほどの力を、自分が扱いきれるのか。その重圧に、ゴクリと喉が鳴る。
「名前を付けましょう」と、フィーが言った。
「この剣の名は、『静寂を護る剣(サイレントガーディアン)』。この家の主の、たった一つの願いを込めて」
その名前に、リリアははっとしたように俺を見た。
俺は工房の壁に寄りかかったまま、興味なさそうに腕を組んでいた。
「……悪くない名前だな」
俺の平穏を守るために、リリアが戦う。そのための剣。実に合理的だ。
リリアは、剣の名前に込められた意味を噛みしめるように、強く、強くその柄を握りしめた。その瞳には、もはや迷いはなかった。
リビングに戻ると、俺は早速、作戦会議を始めた。
「いいか、リリア。これが戦場だ」
俺がディスプレイに念じると、そこにはエルム村周辺の地形が、立体的な3Dマップとなって表示された。赤い光点が、蠢くゴブリンたちの現在位置をリアルタイムで示している。
「敵の数は、ゴブリンが百二十三。ホブゴブリンが五。そして、リーダー格のゴブリン・チャンピオンが一体。村の北東、この洞窟の中に陣取っている」
俺はマップ上の洞窟を指し示した。
「村の防衛線は、すでに崩壊寸前だ。正面から馬鹿正直に戦っても、ジリ貧になるだけ。村人たちも、お前が一人で来たところで、すぐには信用しないだろう」
「では、どうすれば……」
「奇襲だ。目的は、村の解放じゃない。敵のリーダー、ゴブリン・チャンピオンの首を、誰にも気づかれずに取ることだ」
俺の作戦に、リリアが息をのむ。
「リーダーさえ倒せば、統率を失ったゴブリンの群れは烏合の衆と化す。そうなれば、村人たちだけでも十分に撃退できるだろうし、大半は逃げ出すはずだ。最小の労力で、最大の結果を得る。これが、俺のやり方だ」
俺はディスプレイのマップを操作し、一本の光のラインを描いた。それは、ゴブリンたちの警戒網の隙間を縫うように、村を迂回して、リーダーがいる洞窟へと続く、完璧な潜入経路だった。
「このルートを行け。俺がリアルタイムで敵の位置を教える。お前は、俺の指示通りに動くだけでいい」
「……はい!」
「それから、これを持っていけ」
俺はそう言うと、手の中に小さなイヤリングを二つ生成した。一つはリリアに、もう一つは自分用だ。
「『念話のイヤリング』だ。これを着けていれば、どれだけ離れていても、俺の声がお前の頭の中に直接届く。返事は、普通に口に出せばいい。俺には聞こえる」
「こ、こんなものまで……」
「ゲームのラグは致命的だからな。リアルタイム通信は必須だ」
俺はそう言うと、最後に、厩舎から疲れ知らずの名馬『韋駄天』を呼び寄せた。これも通販で取り寄せた、一日に千里を走ると言われる名馬だ。
「これに乗って行け。エルム村までは、半日もかからんだろう」
完璧な装備、完璧な作戦、完璧なサポート。
もはや、負ける要素はどこにもなかった。
リリアは全ての装備を身につけ、『韋駄天』に跨った。その姿は、泥だらけだった数週間前とは別人のようだった。銀の鎧と剣を携え、陽光を浴びて輝くその姿は、まさに物語に登場する姫騎士そのものだった。
「行ってまいります」
「ああ」
「リリア様、お気をつけて!」
「リリアさん、武運を祈っています!」
モカとフィーが見送る中、俺はソファに寝転がったまま、気だるげに手を振った。
リリアは俺に力強く頷くと、馬の手綱を引き、風のように森の中へと駆け出していった。
◇
半日後。エルム村周辺の森に到着したリリアは、その惨状に息をのんだ。
村を囲む粗末な木の柵は、あちこちが破壊され、黒い煙が立ち上っている。村の中から、時折、人々の悲鳴と、ゴブリンの甲高い雄叫びが聞こえてくる。空気には、血と、何かが焼ける不吉な匂いが満ちていた。
『状況は見た通りだ。感傷に浸ってる暇はないぞ、リリア』
頭の中に、ユータの冷静な声が直接響く。リリアははっと我に返り、イヤリングにそっと触れた。
「はい。分かっています」
『よし。今から潜入を開始する。馬を降りて、森の中に隠せ。ここからは徒歩だ。俺が指示するルートから一歩も外れるな』
「了解しました」
リリアは指示通りに馬を隠し、息を潜めて森の中を進み始めた。ユータの指示は的確だった。ゴブリンの警戒網の、ほんの僅かな隙間を突いていく。まるで、未来を予知しているかのようなナビゲートだった。
しばらく進むと、開けた場所に出た。その先には、村の防衛線を突破しようと、数体のゴブリンが木の柵に取り付いているのが見えた。
これが、リリアにとっての初陣だった。
緊張に、喉がからからに渇く。
『リリア、落ち着け。目の前のゴブリンは五体。一体は弓持ちだ。お前から見て、右から二番目の、少し体の大きい奴が小隊長だ。まずは、そいつを狙え』
ユータの声は、どこまでも冷静で、不思議とリリアの心を落ち着かせた。
「……はい」
リリアは鞘から『静寂を護る剣』を抜き放った。剣身が、月光を受けて青白く輝く。
彼女は、そっと茂みから飛び出した。
「グルァ!?」
ゴブリンたちが、突然現れたリリアに気づき、驚きの声を上げる。
だが、リリアの方が早かった。
身体強化の魔法が、彼女の体を風のように加速させる。
『――突け』
ユータの短い命令。
リリアは、指示通り、小隊長ゴブリンの喉元めがけて、一直線に剣を突き出した。
ザシュッ、という生々しい音。
邪悪払いの効果を宿した剣は、ゴブリンの汚れた皮と肉を、まるで熟れた果実のように易々と貫いた。小隊長は悲鳴を上げる間もなく、その場に崩れ落ちる。
「ギギッ!?」
残りのゴブリンたちが、仲間がやられたことに気づき、武器を構えて襲いかかってくる。
だが、その動きは、強化されたリリアの目には、あまりにも遅く見えた。
『右、薙ぎ払え。次、左斜め上から袈裟斬り。背後の弓兵は気にするな、振り向きざまに逆袈裟で斬り上げろ』
ユータの指示が、淀みなく脳内に流れ込んでくる。リリアは、もはや思考を放棄し、その声に導かれるままに体を動かした。
剣が、青白い残光を描く。
一閃。ゴブリンの胴体が、真っ二つになる。
二閃。別のゴブリンの首が、宙を舞う。
三閃。振り返りざまの一撃が、矢をつがえようとしていた弓兵を、下から上へと綺麗に切り裂いた。
わずか数秒。
五体のゴブリンは、何が起きたのかも理解できないまま、ただの肉塊へと変わっていた。
リリアの白い鎧には、自動浄化の魔法のおかげで、返り血一滴すら付着していない。
「…………」
リリアは、自らの手で引き起こした凄惨な光景と、自分自身の圧倒的な力に、呆然と立ち尽くしていた。
敵を斬ったはずなのに、全く疲れていない。むしろ、剣から流れ込んでくる微かな温かい力で、体力が全快していくのを感じる。
『上出来だ、リリア。さすがに、俺が見込んだだけのことはある』
ユータの、少しだけ満足げな声が聞こえた。
「これなら……やれる……!」
リリアは、自らの剣を強く握りしめた。
その圧倒的な強さと、神々しいまでの美しさを、偶然、近くの物見櫓から見ていた一人の村人がいた。
彼は、腰を抜かし、ただ震える声で呟くことしかできなかった。
「て、天使様だ……。我らを救うために、女神様が天使様をお遣わしになったんだ……!」
引きこもり軍師のチェス盤の上で、最強の駒(クイーン)が、今、静かに動き始めた。
反撃の狼煙は、まだ誰にも知られることなく、静かに上がったのだった。
錬金工房に、フィーの凛とした声が響き渡った。
彼女の目の前、厳かな作業台に置かれたミスリル製の細剣が、まばゆい青白い光を放ち始める。剣身の表面に、複雑で美しい幾何学模様――古代エルフ族に伝わるルーン文字が、まるで自ら意志を持ったかのように浮かび上がり、そして吸い込まれるように定着していく。
その光景は、神話の一場面を切り取ったかのように幻想的だった。
光の中心には、俺がいる。
俺はただ、フィーに言われるがまま、作業台に片手をかざし、膨大な魔力を送り込み続けているだけだ。フィーの繊細な技術と、俺の無尽蔵の魔力。この二つが融合することで、常識では考えられない奇跡が今、生まれようとしていた。
「すごい……」
工房の入り口で、リリアが息をのんでその光景を見守っていた。彼女の新しい装備となるはずだった武具が、もはや元の形が思い出せないほど、神々しいオーラを放つ別次元の代物へと生まれ変わりつつある。
やがて、光が収まった。
作業台の上には、静かな輝きを宿した一本の剣と、一揃いの防具が置かれている。
「完成です」
フィーは額の汗を拭い、満足げに微笑んだ。その顔には、数時間の集中作業による疲労の色が濃いが、それ以上に、最高の作品を創り上げたという達成感に満ち溢れていた。
「さあ、リリアさん。あなたの新しい力です」
リリアがおずおずと、生まれ変わった剣を手に取った。
信じられないほど軽く、まるで自分の体の一部であるかのように、しっくりと手に馴染む。剣身は、月の光を凝縮したような、静かで清らかな輝きを放っていた。
「その剣には、三つの魔法を付与しました」と、フィーが誇らしげに説明を始める。
「一つ、『鋭刃(シャープネス)』。あらゆるものを紙のように切り裂く、究極の切れ味です。二つ、『邪悪払い(イビルベイン)』。ゴブリンやオークといった、邪な心を持つ魔物に対して、絶大な特効ダメージを与えます。そして三つ目、これが目玉です。『魔力喰らい(マナドレイン)』。敵を斬るたびに、相手の生命力を魔力に変換して吸収し、あなたの持久力を回復させます」
「敵を斬るほど、疲れなくなる……ですって!?」
リリアが驚愕の声を上げる。それはもはや、永久機関に近い。これならば、百匹のゴブリンを相手にしても、体力切れの心配はないだろう。
「防具も同様です。物理防御と魔法防御を極限まで高めた上で、あなたの身体能力を強化する『身体強化(フィジカルブースト)』と、常に清潔な状態を保つ『自動浄化(オートクレンジング)』を付与しておきました。泥や血で汚れる心配はありません」
「……」
リリアは、言葉もなく、手にした神品(アーティファクト)級の武具を見つめていた。これほどの力を、自分が扱いきれるのか。その重圧に、ゴクリと喉が鳴る。
「名前を付けましょう」と、フィーが言った。
「この剣の名は、『静寂を護る剣(サイレントガーディアン)』。この家の主の、たった一つの願いを込めて」
その名前に、リリアははっとしたように俺を見た。
俺は工房の壁に寄りかかったまま、興味なさそうに腕を組んでいた。
「……悪くない名前だな」
俺の平穏を守るために、リリアが戦う。そのための剣。実に合理的だ。
リリアは、剣の名前に込められた意味を噛みしめるように、強く、強くその柄を握りしめた。その瞳には、もはや迷いはなかった。
リビングに戻ると、俺は早速、作戦会議を始めた。
「いいか、リリア。これが戦場だ」
俺がディスプレイに念じると、そこにはエルム村周辺の地形が、立体的な3Dマップとなって表示された。赤い光点が、蠢くゴブリンたちの現在位置をリアルタイムで示している。
「敵の数は、ゴブリンが百二十三。ホブゴブリンが五。そして、リーダー格のゴブリン・チャンピオンが一体。村の北東、この洞窟の中に陣取っている」
俺はマップ上の洞窟を指し示した。
「村の防衛線は、すでに崩壊寸前だ。正面から馬鹿正直に戦っても、ジリ貧になるだけ。村人たちも、お前が一人で来たところで、すぐには信用しないだろう」
「では、どうすれば……」
「奇襲だ。目的は、村の解放じゃない。敵のリーダー、ゴブリン・チャンピオンの首を、誰にも気づかれずに取ることだ」
俺の作戦に、リリアが息をのむ。
「リーダーさえ倒せば、統率を失ったゴブリンの群れは烏合の衆と化す。そうなれば、村人たちだけでも十分に撃退できるだろうし、大半は逃げ出すはずだ。最小の労力で、最大の結果を得る。これが、俺のやり方だ」
俺はディスプレイのマップを操作し、一本の光のラインを描いた。それは、ゴブリンたちの警戒網の隙間を縫うように、村を迂回して、リーダーがいる洞窟へと続く、完璧な潜入経路だった。
「このルートを行け。俺がリアルタイムで敵の位置を教える。お前は、俺の指示通りに動くだけでいい」
「……はい!」
「それから、これを持っていけ」
俺はそう言うと、手の中に小さなイヤリングを二つ生成した。一つはリリアに、もう一つは自分用だ。
「『念話のイヤリング』だ。これを着けていれば、どれだけ離れていても、俺の声がお前の頭の中に直接届く。返事は、普通に口に出せばいい。俺には聞こえる」
「こ、こんなものまで……」
「ゲームのラグは致命的だからな。リアルタイム通信は必須だ」
俺はそう言うと、最後に、厩舎から疲れ知らずの名馬『韋駄天』を呼び寄せた。これも通販で取り寄せた、一日に千里を走ると言われる名馬だ。
「これに乗って行け。エルム村までは、半日もかからんだろう」
完璧な装備、完璧な作戦、完璧なサポート。
もはや、負ける要素はどこにもなかった。
リリアは全ての装備を身につけ、『韋駄天』に跨った。その姿は、泥だらけだった数週間前とは別人のようだった。銀の鎧と剣を携え、陽光を浴びて輝くその姿は、まさに物語に登場する姫騎士そのものだった。
「行ってまいります」
「ああ」
「リリア様、お気をつけて!」
「リリアさん、武運を祈っています!」
モカとフィーが見送る中、俺はソファに寝転がったまま、気だるげに手を振った。
リリアは俺に力強く頷くと、馬の手綱を引き、風のように森の中へと駆け出していった。
◇
半日後。エルム村周辺の森に到着したリリアは、その惨状に息をのんだ。
村を囲む粗末な木の柵は、あちこちが破壊され、黒い煙が立ち上っている。村の中から、時折、人々の悲鳴と、ゴブリンの甲高い雄叫びが聞こえてくる。空気には、血と、何かが焼ける不吉な匂いが満ちていた。
『状況は見た通りだ。感傷に浸ってる暇はないぞ、リリア』
頭の中に、ユータの冷静な声が直接響く。リリアははっと我に返り、イヤリングにそっと触れた。
「はい。分かっています」
『よし。今から潜入を開始する。馬を降りて、森の中に隠せ。ここからは徒歩だ。俺が指示するルートから一歩も外れるな』
「了解しました」
リリアは指示通りに馬を隠し、息を潜めて森の中を進み始めた。ユータの指示は的確だった。ゴブリンの警戒網の、ほんの僅かな隙間を突いていく。まるで、未来を予知しているかのようなナビゲートだった。
しばらく進むと、開けた場所に出た。その先には、村の防衛線を突破しようと、数体のゴブリンが木の柵に取り付いているのが見えた。
これが、リリアにとっての初陣だった。
緊張に、喉がからからに渇く。
『リリア、落ち着け。目の前のゴブリンは五体。一体は弓持ちだ。お前から見て、右から二番目の、少し体の大きい奴が小隊長だ。まずは、そいつを狙え』
ユータの声は、どこまでも冷静で、不思議とリリアの心を落ち着かせた。
「……はい」
リリアは鞘から『静寂を護る剣』を抜き放った。剣身が、月光を受けて青白く輝く。
彼女は、そっと茂みから飛び出した。
「グルァ!?」
ゴブリンたちが、突然現れたリリアに気づき、驚きの声を上げる。
だが、リリアの方が早かった。
身体強化の魔法が、彼女の体を風のように加速させる。
『――突け』
ユータの短い命令。
リリアは、指示通り、小隊長ゴブリンの喉元めがけて、一直線に剣を突き出した。
ザシュッ、という生々しい音。
邪悪払いの効果を宿した剣は、ゴブリンの汚れた皮と肉を、まるで熟れた果実のように易々と貫いた。小隊長は悲鳴を上げる間もなく、その場に崩れ落ちる。
「ギギッ!?」
残りのゴブリンたちが、仲間がやられたことに気づき、武器を構えて襲いかかってくる。
だが、その動きは、強化されたリリアの目には、あまりにも遅く見えた。
『右、薙ぎ払え。次、左斜め上から袈裟斬り。背後の弓兵は気にするな、振り向きざまに逆袈裟で斬り上げろ』
ユータの指示が、淀みなく脳内に流れ込んでくる。リリアは、もはや思考を放棄し、その声に導かれるままに体を動かした。
剣が、青白い残光を描く。
一閃。ゴブリンの胴体が、真っ二つになる。
二閃。別のゴブリンの首が、宙を舞う。
三閃。振り返りざまの一撃が、矢をつがえようとしていた弓兵を、下から上へと綺麗に切り裂いた。
わずか数秒。
五体のゴブリンは、何が起きたのかも理解できないまま、ただの肉塊へと変わっていた。
リリアの白い鎧には、自動浄化の魔法のおかげで、返り血一滴すら付着していない。
「…………」
リリアは、自らの手で引き起こした凄惨な光景と、自分自身の圧倒的な力に、呆然と立ち尽くしていた。
敵を斬ったはずなのに、全く疲れていない。むしろ、剣から流れ込んでくる微かな温かい力で、体力が全快していくのを感じる。
『上出来だ、リリア。さすがに、俺が見込んだだけのことはある』
ユータの、少しだけ満足げな声が聞こえた。
「これなら……やれる……!」
リリアは、自らの剣を強く握りしめた。
その圧倒的な強さと、神々しいまでの美しさを、偶然、近くの物見櫓から見ていた一人の村人がいた。
彼は、腰を抜かし、ただ震える声で呟くことしかできなかった。
「て、天使様だ……。我らを救うために、女神様が天使様をお遣わしになったんだ……!」
引きこもり軍師のチェス盤の上で、最強の駒(クイーン)が、今、静かに動き始めた。
反撃の狼煙は、まだ誰にも知られることなく、静かに上がったのだった。
226
あなたにおすすめの小説
俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。
インターネットで異世界無双!?
kryuaga
ファンタジー
世界アムパトリに転生した青年、南宮虹夜(ミナミヤコウヤ)は女神様にいくつものチート能力を授かった。
その中で彼の目を一番引いたのは〈電脳網接続〉というギフトだ。これを駆使し彼は、ネット通販で日本の製品を仕入れそれを売って大儲けしたり、日本の企業に建物の設計依頼を出して異世界で技術無双をしたりと、やりたい放題の異世界ライフを送るのだった。
これは剣と魔法の異世界アムパトリが、コウヤがもたらした日本文化によって徐々に浸食を受けていく変革の物語です。
備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ
ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。
見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は?
異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。
鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。
最強賢者の最強メイド~主人もメイドもこの世界に敵がいないようです~
津ヶ谷
ファンタジー
綾瀬樹、都内の私立高校に通う高校二年生だった。
ある日、樹は交通事故で命を落としてしまう。
目覚めた樹の前に現れたのは神を名乗る人物だった。
その神により、チートな力を与えられた樹は異世界へと転生することになる。
その世界での樹の功績は認められ、ほんの数ヶ月で最強賢者として名前が広がりつつあった。
そこで、褒美として、王都に拠点となる屋敷をもらい、執事とメイドを派遣してもらうことになるのだが、このメイドも実は元世界最強だったのだ。
これは、世界最強賢者の樹と世界最強メイドのアリアの異世界英雄譚。
異世界転生した俺は、産まれながらに最強だった。
桜花龍炎舞
ファンタジー
主人公ミツルはある日、不慮の事故にあい死んでしまった。
だが目がさめると見知らぬ美形の男と見知らぬ美女が目の前にいて、ミツル自身の身体も見知らぬ美形の子供に変わっていた。
そして更に、恐らく転生したであろうこの場所は剣や魔法が行き交うゲームの世界とも思える異世界だったのである。
異世界転生 × 最強 × ギャグ × 仲間。
チートすぎる俺が、神様より自由に世界をぶっ壊す!?
“真面目な展開ゼロ”の爽快異世界バカ旅、始動!
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
第2の人生は、『男』が希少種の世界で
赤金武蔵
ファンタジー
日本の高校生、久我一颯(くがいぶき)は、気が付くと見知らぬ土地で、女山賊たちから貞操を奪われる危機に直面していた。
あと一歩で襲われかけた、その時。白銀の鎧を纏った女騎士・ミューレンに救われる。
ミューレンの話から、この世界は地球ではなく、別の世界だということを知る。
しかも──『男』という存在が、超希少な世界だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる