15 / 62
第15話 引きこもり、仕事の流儀
しおりを挟む
「さて、と。メインディッシュのお出ましだ」
俺は、食後のデザートとしてモカが用意してくれた特製プリンをスプーンで掬いながら、ディスプレイに映し出された洞窟の内部構造を見つめていた。
リリアが洞窟に足を踏み入れた瞬間、俺の『神の視点』は、洞窟内のすべての情報を解析し、立体的なマップとして表示していた。暗闇も、壁も、俺の索敵能力の前では何の意味もなさない。
赤い光点が六つ。洞窟の最奥、広間になった場所に固まっている。一つがひとき Jepangに大きく、その周りを五つの少し小さな光点が囲むように配置されている。ゴブリン・チャンピオンと、五体のホブゴブリン。完璧な布陣だ。
「リリア、聞こえるか。洞窟に入ってすぐ、道が二手に分かれている。右は行き止まりの罠だ。左へ進め」
『はい』
リリアの、短い返事が脳内に届く。彼女の視界を映すサブウィンドウには、薄暗く、湿った洞窟の壁が映し出されていた。
俺はプリンの甘さを堪能しながら、さらに指示を続ける。
「通路の天井に、スライムが擬態して張り付いている。気にするな。お前の鎧の『自動浄化』なら、溶解液を浴びても一瞬で浄化される。無視して進め」
『……了解しました』
リかすかに嫌そうな気配が伝わってきたが、彼女は指示通り、頭上からべちゃりと落ちてくるスライムを意にも介さず、前進を続けた。
「ユータさん。あなたのその戦術、あまりにも効率的すぎます」
隣で、フィーが感嘆の声を漏らした。
「普通、ダンジョンや洞窟を攻略する際は、罠を一つ一つ警戒し、敵の奇襲に備えながら、慎重に進むのが定石です。ですが、あなたは初めから全ての答えを知っている。これでは、戦闘ではなく、ただの『作業』ですね」
「ああ、その通りだ」
俺はフィーの言葉に頷いた。
「俺は、面倒なことが嫌いなんだ。戦闘なんてもってのほかだ。だから、やるからには最短、最速、最高効率で終わらせる。無駄な駆け引きも、手に汗握る攻防も、俺の仕事の流儀には反する。ただ、淡々と、結果だけを出す。それが、俺のやり方だ」
前世の社畜時代に叩き込まれた、唯一のスキルかもしれない。無駄なプロセスは徹底的に省き、最短で結果を出す。そうでなければ、あの地獄のようなデスマーチは乗り切れなかった。
まさか、その経験が、異世界の戦闘指揮で役立つことになるとは、皮肉なものだ。
◇
リリアは、洞窟の最奥にある広間にたどり着いた。
そこは、松明の明かりに照らされ、不気味な影が揺らめく空間だった。中央には、粗末な石を積み上げただけの玉座が鎮座しており、そこに、あのゴブリン・チャンピオンがふんぞり返っていた。
その両脇には、屈強な肉体を持つ五体のホブゴブリンが、錆びた大斧を構えて仁王立ちしている。
リリアが姿を現すと、ゴブリン・チャンピオンの目が、ギラリと爬虫類のような光を宿した。
「……貴様か。我が同胞たちを屠ってきた、銀の幽霊というのは」
その声は、しゃがれてはいるが、知性を感じさせた。そこらのゴブリンとは、格が違う。
「いかにも。アルトリア王国第一王女、リリアーナ・フォン・アルトリア。この地の民を苦しめる邪悪なる者よ。その首、このわたくしが貰い受ける!」
リリアは剣を構え、堂々と言い放った。
チャンピオンは、その名乗りを聞くと、クツクツと喉の奥で笑い始めた。
「王女、だと? くくく……面白い。国に見捨てられた姫君が、たった一人で、我らに挑むか。その蛮勇、褒めてやろう。だが、愚か者め。ここは、貴様の遊び場ではない!」
チャンピオンが叫ぶと同時に、五体のホブゴブリンが、雄叫びを上げて一斉にリリアへと襲いかかった。
地響きを立てて迫る、五つの巨体。その圧力は、並の戦士であれば、戦意を喪失して逃げ出すレベルだ。
だが、リリアの心は、静かだった。
『リリア。正面の三体は、お前の力を試すための陽動だ。左右の二体が、お前の死角に回り込もうとしている。まずは、そちらを先に叩け』
ユータの、冷静な声が響く。
リリアは、正面から迫る三体に目もくれず、地を蹴った。
向かう先は、右翼のホブゴブリン。
「グォ!?」
ホブゴブリンは、まさか自分がいきなり狙われるとは思っていなかったのだろう。その反応は、コンマ数秒、遅れた。
その一瞬の隙を、リリアは見逃さない。
彼女の体は、流れるような動きで敵の懐に潜り込み、下から上へ、心臓をめがけて剣を突き上げた。
ザクリ、という鈍い手応え。
巨体が、ゆっくりと前のめりに崩れ落ちる。
『休むな。すぐ左だ!』
ユータの声に合わせ、リリアは倒れゆく敵の体を蹴り、左翼へと跳躍した。
回り込もうとしていたもう一体のホブゴブリンが、驚愕に目を見開いている。
リリアは、空中で体勢を整え、回転の勢いを乗せたまま、その首筋に『静寂を護る剣』を叩きつけた。
ゴキン、と骨が砕ける嫌な音。
二体目のホブゴブリンが、首をありえない角度に曲げたまま、沈黙した。
わずか数秒の間に、側近の二体を失ったことに、残りの三体、そして玉座のチャンピオンも、信じられないという表情で固まっていた。
「ば、馬鹿な……!?」
チャンピオンの口から、初めて焦りの声が漏れた。
『いいぞ、リリア。敵の陣形は崩れた。残りの三体、まとめて片付けろ。中央の個体は大振りな攻撃しかできない。左右に揺さぶりながら、一体ずつ、確実に仕留めろ』
「はい!」
リリアは、ユータの指示通り、蝶のように舞い、蜂のように刺す。
ホブゴブリンたちが振り下ろす巨大な斧は、ことごとく空を切り、逆にリリアの鋭い刺突が、彼らの鎧の隙間を的確に貫いていく。
一人、また一人と、屈強なホブゴブリンたちが、膝から崩れ落ちていく。
彼らの攻撃は、リリアにかすりもしない。たとえ偶然当たったとしても、フィーが施したエンチャント鎧が、その衝撃を完全に無効化してしまうだろう。
そして、ついに。
最後の一体を斬り伏せた時、広間には、リリアと、玉座で呆然と立ち尽くすゴブリン・チャンピオンだけが残されていた。
「……あり、えん……」
チャンピオンは、目の前で起きた光景が信じられず、わなわなと震えていた。
最強の側近たちが、たった一人の少女に、赤子のようにあしらわれた。これは、悪夢だ。
「……貴様、一体、何者だ……」
「言ったはずです。アルトリアの王女、リリアーナと」
リリアは、剣の切っ先を、ゆっくりとチャンピオンに向けた。その純白の鎧には、やはり血の一滴も付着していない。その神々しいまでの姿は、チャンピオンの目に、死を告げる天使のように映っていた。
「終わりです。覚悟なさい」
『リリア、油断するな。そいつ、最後の悪あがきで、何か隠し玉を使ってくるぞ』
ユータの警告が響いた、その瞬間。
ゴブリン・チャンピオンは、懐から黒く濁った小瓶を取り出し、その中身を一気に飲み干した。
「グオオオオオ!」
チャンピオンの体が、みるみるうちに膨張していく。筋肉は盛り上がり、血管は浮き出て、その体躯は、ホブゴブリンすら超えるほどの巨体へと変貌した。目が、血のように赤く染まっている。
狂戦士化の秘薬。理性を失う代わりに、絶大な力を得る禁断のドーピングアイテムだ。
『来るぞ!』
ユータの声と同時に、巨大化したチャンピオンが、獣のような雄叫びを上げて突進してきた。その速さとパワーは、先ほどまでとは比較にならない。
リリアは咄嗟に剣で受け止めるが、そのあまりの重さに、数歩後ずさった。
「くっ……!」
『真正面から打ち合うな!奴は理性を失っている!動きは単調だ!足元を狙え!』
リリアはユータの指示通り、低い姿勢でチャンピオンの足元に滑り込んだ。そして、アキレス腱を狙って、鋭く剣を横に薙ぐ。
ブチッ、と肉が断ち切れる音。
「グギャアアア!」
チャンピオンは、凄まじい悲鳴を上げて体勢を崩した。
その一瞬の隙。
『――今だ!心臓を、貫け!』
ユータの、最後の命令が響き渡った。
リリアは、崩れ落ちるチャンピオンの体を駆け上がり、その胸の中心、心臓があるであろう場所めがけて、全体重を乗せた渾身の一突きを、放った。
「はあああああっ!」
『静寂を護る剣』が、雷光のような一閃となって、チャンピオンの頑強な胸板を、貫いた。
「……ガ……ァ……」
巨大な体が、びくりと大きく痙攣する。血のように赤かった目が、ゆっくりと元の色に戻り、そして、光を失った。
どしん、という重い音を立てて、ゴブリン・チャンピオンは、完全に沈黙した。
後に残されたのは、完全な静寂だけだった。
リリアは、剣を突き刺したままの姿勢で、荒い呼吸を繰り返していた。
『……終わったな、リリア』
ユータの、どこか安堵したような声が、イヤリングから聞こえてきた。
「は、い……。やりました……」
『見事だった。お前は、最高の駒だ』
その言葉に、リリアは、ふっと笑みを漏らした。
「あなたという、最高の打ち手がいてこそ、ですわ」
勝った。
百を超えるゴブリンの軍勢を、たった一人で、打ち破ったのだ。
リリアは、勝利の余韻に浸りながら、ゆっくりと剣をチャンピオンの体から引き抜いた。
その時、彼女は気づかなかった。
洞窟の入り口から、何人かの村人が、松明を手に、恐る恐る中の様子を窺っていることに。
彼らは、銀色の鎧をまとった一人の少女が、山の主のような巨大な怪物を打ち倒すという、信じられない光景を、目の当たりにしていたのだ。
その伝説の始まりの瞬間を。
俺は、食後のデザートとしてモカが用意してくれた特製プリンをスプーンで掬いながら、ディスプレイに映し出された洞窟の内部構造を見つめていた。
リリアが洞窟に足を踏み入れた瞬間、俺の『神の視点』は、洞窟内のすべての情報を解析し、立体的なマップとして表示していた。暗闇も、壁も、俺の索敵能力の前では何の意味もなさない。
赤い光点が六つ。洞窟の最奥、広間になった場所に固まっている。一つがひとき Jepangに大きく、その周りを五つの少し小さな光点が囲むように配置されている。ゴブリン・チャンピオンと、五体のホブゴブリン。完璧な布陣だ。
「リリア、聞こえるか。洞窟に入ってすぐ、道が二手に分かれている。右は行き止まりの罠だ。左へ進め」
『はい』
リリアの、短い返事が脳内に届く。彼女の視界を映すサブウィンドウには、薄暗く、湿った洞窟の壁が映し出されていた。
俺はプリンの甘さを堪能しながら、さらに指示を続ける。
「通路の天井に、スライムが擬態して張り付いている。気にするな。お前の鎧の『自動浄化』なら、溶解液を浴びても一瞬で浄化される。無視して進め」
『……了解しました』
リかすかに嫌そうな気配が伝わってきたが、彼女は指示通り、頭上からべちゃりと落ちてくるスライムを意にも介さず、前進を続けた。
「ユータさん。あなたのその戦術、あまりにも効率的すぎます」
隣で、フィーが感嘆の声を漏らした。
「普通、ダンジョンや洞窟を攻略する際は、罠を一つ一つ警戒し、敵の奇襲に備えながら、慎重に進むのが定石です。ですが、あなたは初めから全ての答えを知っている。これでは、戦闘ではなく、ただの『作業』ですね」
「ああ、その通りだ」
俺はフィーの言葉に頷いた。
「俺は、面倒なことが嫌いなんだ。戦闘なんてもってのほかだ。だから、やるからには最短、最速、最高効率で終わらせる。無駄な駆け引きも、手に汗握る攻防も、俺の仕事の流儀には反する。ただ、淡々と、結果だけを出す。それが、俺のやり方だ」
前世の社畜時代に叩き込まれた、唯一のスキルかもしれない。無駄なプロセスは徹底的に省き、最短で結果を出す。そうでなければ、あの地獄のようなデスマーチは乗り切れなかった。
まさか、その経験が、異世界の戦闘指揮で役立つことになるとは、皮肉なものだ。
◇
リリアは、洞窟の最奥にある広間にたどり着いた。
そこは、松明の明かりに照らされ、不気味な影が揺らめく空間だった。中央には、粗末な石を積み上げただけの玉座が鎮座しており、そこに、あのゴブリン・チャンピオンがふんぞり返っていた。
その両脇には、屈強な肉体を持つ五体のホブゴブリンが、錆びた大斧を構えて仁王立ちしている。
リリアが姿を現すと、ゴブリン・チャンピオンの目が、ギラリと爬虫類のような光を宿した。
「……貴様か。我が同胞たちを屠ってきた、銀の幽霊というのは」
その声は、しゃがれてはいるが、知性を感じさせた。そこらのゴブリンとは、格が違う。
「いかにも。アルトリア王国第一王女、リリアーナ・フォン・アルトリア。この地の民を苦しめる邪悪なる者よ。その首、このわたくしが貰い受ける!」
リリアは剣を構え、堂々と言い放った。
チャンピオンは、その名乗りを聞くと、クツクツと喉の奥で笑い始めた。
「王女、だと? くくく……面白い。国に見捨てられた姫君が、たった一人で、我らに挑むか。その蛮勇、褒めてやろう。だが、愚か者め。ここは、貴様の遊び場ではない!」
チャンピオンが叫ぶと同時に、五体のホブゴブリンが、雄叫びを上げて一斉にリリアへと襲いかかった。
地響きを立てて迫る、五つの巨体。その圧力は、並の戦士であれば、戦意を喪失して逃げ出すレベルだ。
だが、リリアの心は、静かだった。
『リリア。正面の三体は、お前の力を試すための陽動だ。左右の二体が、お前の死角に回り込もうとしている。まずは、そちらを先に叩け』
ユータの、冷静な声が響く。
リリアは、正面から迫る三体に目もくれず、地を蹴った。
向かう先は、右翼のホブゴブリン。
「グォ!?」
ホブゴブリンは、まさか自分がいきなり狙われるとは思っていなかったのだろう。その反応は、コンマ数秒、遅れた。
その一瞬の隙を、リリアは見逃さない。
彼女の体は、流れるような動きで敵の懐に潜り込み、下から上へ、心臓をめがけて剣を突き上げた。
ザクリ、という鈍い手応え。
巨体が、ゆっくりと前のめりに崩れ落ちる。
『休むな。すぐ左だ!』
ユータの声に合わせ、リリアは倒れゆく敵の体を蹴り、左翼へと跳躍した。
回り込もうとしていたもう一体のホブゴブリンが、驚愕に目を見開いている。
リリアは、空中で体勢を整え、回転の勢いを乗せたまま、その首筋に『静寂を護る剣』を叩きつけた。
ゴキン、と骨が砕ける嫌な音。
二体目のホブゴブリンが、首をありえない角度に曲げたまま、沈黙した。
わずか数秒の間に、側近の二体を失ったことに、残りの三体、そして玉座のチャンピオンも、信じられないという表情で固まっていた。
「ば、馬鹿な……!?」
チャンピオンの口から、初めて焦りの声が漏れた。
『いいぞ、リリア。敵の陣形は崩れた。残りの三体、まとめて片付けろ。中央の個体は大振りな攻撃しかできない。左右に揺さぶりながら、一体ずつ、確実に仕留めろ』
「はい!」
リリアは、ユータの指示通り、蝶のように舞い、蜂のように刺す。
ホブゴブリンたちが振り下ろす巨大な斧は、ことごとく空を切り、逆にリリアの鋭い刺突が、彼らの鎧の隙間を的確に貫いていく。
一人、また一人と、屈強なホブゴブリンたちが、膝から崩れ落ちていく。
彼らの攻撃は、リリアにかすりもしない。たとえ偶然当たったとしても、フィーが施したエンチャント鎧が、その衝撃を完全に無効化してしまうだろう。
そして、ついに。
最後の一体を斬り伏せた時、広間には、リリアと、玉座で呆然と立ち尽くすゴブリン・チャンピオンだけが残されていた。
「……あり、えん……」
チャンピオンは、目の前で起きた光景が信じられず、わなわなと震えていた。
最強の側近たちが、たった一人の少女に、赤子のようにあしらわれた。これは、悪夢だ。
「……貴様、一体、何者だ……」
「言ったはずです。アルトリアの王女、リリアーナと」
リリアは、剣の切っ先を、ゆっくりとチャンピオンに向けた。その純白の鎧には、やはり血の一滴も付着していない。その神々しいまでの姿は、チャンピオンの目に、死を告げる天使のように映っていた。
「終わりです。覚悟なさい」
『リリア、油断するな。そいつ、最後の悪あがきで、何か隠し玉を使ってくるぞ』
ユータの警告が響いた、その瞬間。
ゴブリン・チャンピオンは、懐から黒く濁った小瓶を取り出し、その中身を一気に飲み干した。
「グオオオオオ!」
チャンピオンの体が、みるみるうちに膨張していく。筋肉は盛り上がり、血管は浮き出て、その体躯は、ホブゴブリンすら超えるほどの巨体へと変貌した。目が、血のように赤く染まっている。
狂戦士化の秘薬。理性を失う代わりに、絶大な力を得る禁断のドーピングアイテムだ。
『来るぞ!』
ユータの声と同時に、巨大化したチャンピオンが、獣のような雄叫びを上げて突進してきた。その速さとパワーは、先ほどまでとは比較にならない。
リリアは咄嗟に剣で受け止めるが、そのあまりの重さに、数歩後ずさった。
「くっ……!」
『真正面から打ち合うな!奴は理性を失っている!動きは単調だ!足元を狙え!』
リリアはユータの指示通り、低い姿勢でチャンピオンの足元に滑り込んだ。そして、アキレス腱を狙って、鋭く剣を横に薙ぐ。
ブチッ、と肉が断ち切れる音。
「グギャアアア!」
チャンピオンは、凄まじい悲鳴を上げて体勢を崩した。
その一瞬の隙。
『――今だ!心臓を、貫け!』
ユータの、最後の命令が響き渡った。
リリアは、崩れ落ちるチャンピオンの体を駆け上がり、その胸の中心、心臓があるであろう場所めがけて、全体重を乗せた渾身の一突きを、放った。
「はあああああっ!」
『静寂を護る剣』が、雷光のような一閃となって、チャンピオンの頑強な胸板を、貫いた。
「……ガ……ァ……」
巨大な体が、びくりと大きく痙攣する。血のように赤かった目が、ゆっくりと元の色に戻り、そして、光を失った。
どしん、という重い音を立てて、ゴブリン・チャンピオンは、完全に沈黙した。
後に残されたのは、完全な静寂だけだった。
リリアは、剣を突き刺したままの姿勢で、荒い呼吸を繰り返していた。
『……終わったな、リリア』
ユータの、どこか安堵したような声が、イヤリングから聞こえてきた。
「は、い……。やりました……」
『見事だった。お前は、最高の駒だ』
その言葉に、リリアは、ふっと笑みを漏らした。
「あなたという、最高の打ち手がいてこそ、ですわ」
勝った。
百を超えるゴブリンの軍勢を、たった一人で、打ち破ったのだ。
リリアは、勝利の余韻に浸りながら、ゆっくりと剣をチャンピオンの体から引き抜いた。
その時、彼女は気づかなかった。
洞窟の入り口から、何人かの村人が、松明を手に、恐る恐る中の様子を窺っていることに。
彼らは、銀色の鎧をまとった一人の少女が、山の主のような巨大な怪物を打ち倒すという、信じられない光景を、目の当たりにしていたのだ。
その伝説の始まりの瞬間を。
232
あなたにおすすめの小説
俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。
インターネットで異世界無双!?
kryuaga
ファンタジー
世界アムパトリに転生した青年、南宮虹夜(ミナミヤコウヤ)は女神様にいくつものチート能力を授かった。
その中で彼の目を一番引いたのは〈電脳網接続〉というギフトだ。これを駆使し彼は、ネット通販で日本の製品を仕入れそれを売って大儲けしたり、日本の企業に建物の設計依頼を出して異世界で技術無双をしたりと、やりたい放題の異世界ライフを送るのだった。
これは剣と魔法の異世界アムパトリが、コウヤがもたらした日本文化によって徐々に浸食を受けていく変革の物語です。
備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ
ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。
見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は?
異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。
鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。
最強賢者の最強メイド~主人もメイドもこの世界に敵がいないようです~
津ヶ谷
ファンタジー
綾瀬樹、都内の私立高校に通う高校二年生だった。
ある日、樹は交通事故で命を落としてしまう。
目覚めた樹の前に現れたのは神を名乗る人物だった。
その神により、チートな力を与えられた樹は異世界へと転生することになる。
その世界での樹の功績は認められ、ほんの数ヶ月で最強賢者として名前が広がりつつあった。
そこで、褒美として、王都に拠点となる屋敷をもらい、執事とメイドを派遣してもらうことになるのだが、このメイドも実は元世界最強だったのだ。
これは、世界最強賢者の樹と世界最強メイドのアリアの異世界英雄譚。
異世界転生した俺は、産まれながらに最強だった。
桜花龍炎舞
ファンタジー
主人公ミツルはある日、不慮の事故にあい死んでしまった。
だが目がさめると見知らぬ美形の男と見知らぬ美女が目の前にいて、ミツル自身の身体も見知らぬ美形の子供に変わっていた。
そして更に、恐らく転生したであろうこの場所は剣や魔法が行き交うゲームの世界とも思える異世界だったのである。
異世界転生 × 最強 × ギャグ × 仲間。
チートすぎる俺が、神様より自由に世界をぶっ壊す!?
“真面目な展開ゼロ”の爽快異世界バカ旅、始動!
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
第2の人生は、『男』が希少種の世界で
赤金武蔵
ファンタジー
日本の高校生、久我一颯(くがいぶき)は、気が付くと見知らぬ土地で、女山賊たちから貞操を奪われる危機に直面していた。
あと一歩で襲われかけた、その時。白銀の鎧を纏った女騎士・ミューレンに救われる。
ミューレンの話から、この世界は地球ではなく、別の世界だということを知る。
しかも──『男』という存在が、超希少な世界だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる