異世界転生特典『絶対安全領域(マイホーム)』~家の中にいれば神すら無効化、一歩も出ずに世界最強になりました~

夏見ナイ

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第17話 噂の始まりと最初の商人

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エルム村での激闘から数日。
我が家は、すっかり元の平和で怠惰な日常を取り戻していた。
ゴブリン・チャンピオンの首を取った夜に開かれた祝勝会は、それはもう盛大なものだった。モカが腕によりをかけて作った赤毛牛のローストビーフは、口の中でとろける絶品で、リリアは「生きて帰ってきてよかった」と涙ぐみながら頬張っていた。フィーは祝杯のブドウジュースを片手に、リリアの戦闘データを元にした防衛ゴーレムのプレゼンを始め、俺はそれをBGM代わりにソファでうたた寝をする。
戦いの興奮は、美味しい食事と温かい寝床、そして何より絶対的な安全の前では、遠い昔の出来事のように薄れていく。
それが、いい。
戦いの余韻など、俺の平穏な引きこもり生活には不要なのだ。

「ユータ様、ご覧くださいまし!」
そんなある日の午後。通販で取り寄せた最新の新聞を読んでいたリリアが、興奮とも困惑ともつかない声を上げた。
「んー……なんだ」
俺は、モカに膝枕をしてもらいながら、気のない返事をする。モカの膝は柔らかくて最高だ。俺が動くたびに、彼女の猫耳がぴこぴこと揺れるのが可愛らしい。
「この記事ですわ! 『辺境に現れた謎の救世主、銀の姫騎士』……!」
リリアが指さした記事には、先日の一件が、尾ひれどころか竜の翼でも生えたかのような、大げさな筆致で書き立てられていた。
曰く、ゴブリンの大群に滅ぼされかけていたエルム村に、突如として銀の光をまとった女神の化身が現れた。
曰く、その姫騎士は、たった一人で百を超えるゴブリンを瞬く間に浄化し、巨大なゴブリンの王を一刀のもとに斬り伏せた。
曰く、彼女は名も告げず、報酬も求めず、ただ「民の平和を祈る」という言葉だけを残して、光の中に消えていった――。
「……誰だ、そのスーパーマンは」
「わたくしのことですわ!」
「お前、そんなクサい台詞言ったのか?」
「言うわけありません! わたくしが言ったのは『わたくしに名はありません』だけですのに!」
リリアは顔を真っ赤にして抗議している。どうやら、村人たちの証言が、噂として広まる過程で、どんどん脚色されていったらしい。
「まあ、いいじゃないか。正体がバレるよりは。お前の手柄が、勝手に伝説になってくれるんだ。楽でいいだろ」
「そういう問題では……!」
「ユータさん、これは興味深い現象です」
いつの間にか隣に来ていたフィーが、知的な瞳を輝かせた。
「情報というものは、伝達の過程でノイズが混入し、変質し、時には全く別の意味を持つ物語へと昇華される。英雄伝説が生まれるメカニズムを、リアルタイムで観測できるとは、またとない機会です!」
学者というのは、本当に何でも研究対象にする生き物らしい。
俺は、そんな彼女たちの騒ぎを他人事のように聞き流していた。銀の姫騎士が伝説になろうが、神と崇められようが、俺の知ったことではない。俺の家の平穏が保たれるなら、それでいい。
そう、思っていたのだが。
世の中というものは、どうにも、俺を放っておいてはくれないらしい。

ピコン。
俺の頭の中で、来訪者を告げる警告音が鳴った。
またかよ、と内心で舌打ちし、俺はディスプレイの映像を、敷地境界線の北側、森の小道へと切り替えた。
そこに映っていたのは、小太りの中年男性だった。身なりは良く、いかにもやり手の商人といった風体だ。彼は、数名の屈強な傭兵を護衛として引き連れていた。
商人は、俺の家の敷地の境界線、あの不可視の壁の手前で、困惑した表情を浮かべて立ち往生していた。
「旦那様、どうにも、これ以上は進めませんぜ」
傭兵の一人が、呆れたように言う。
「ですから、言ったでしょう。この森の奥には『触れられざる賢者の家』があって、誰も近づけないと」
「ううむ……噂は本当だったか」
商人は、顎の贅肉を揺らしながら唸った。
「だが、あの『銀の姫騎士』が、この森から現れたという情報は確かなはずだ! 彼女が使っていたという、神の御業としか思えぬ武具……! もし、それをこの手に入れることができれば、莫大な富が……!」
その目に浮かぶのは、あからさまな金銭欲。
どうやら、エルム村の噂は、別の形で商人たちの間に広まっているらしい。『銀の姫騎士』そのものよりも、彼女が使っていたという『伝説級の武具』の方に、彼らは価値を見出しているのだ。
「まあ、そうなるよな」
俺は、フィーが作り上げたアーティファクト級の武具を思い出し、納得した。あれを鑑定できる目利きの人間が見れば、国の予算が吹き飛ぶほどの価値があると判断するだろう。
商人は、諦めきれない様子で、結界の周りをうろうろしたり、傭兵に無理やり突破させようとしたりしている。もちろん、すべて無駄な努力だ。
「……さて、どうしたものか」
俺は、モカの膝枕からゆっくりと頭を上げた。
無視して放置するのが、一番楽だ。いずれ、諦めて帰るだろう。
だが。
俺の脳裏に、一つの考えが浮かんだ。
こいつは、商人だ。俺たちの知らない情報や、面白い品物を持っているかもしれない。あるいは、俺が工房で作ったアイテムを、こいつを通して外の世界に売ることもできるかもしれない。
錬金工房や農場の維持には、今のところ俺の魔力だけで事足りているが、今後、さらに大規模な拡張をするとなれば、異世界の特殊な素材や触媒が必要になるかもしれない。そのためには、金がいる。
俺がこの家で快適な引きこもり生活を続けるためには、外の世界との、安全で一方的なパイプラインを持っておくのも悪くない。
「……フィー」
俺が声をかけると、彼女は待ってましたとばかりに顔を上げた。
「はい。何でしょう」
「あの商人、お前なら上手くあしらえそうか?」
俺がディスプレイを指さすと、フィーは眼鏡の奥の瞳をキラリと光らせた。
「交渉、ですか。専門外ではありますが、学術調査の予算を獲得するための、学会の重鎮たちとの折衝経験なら、豊富にありますよ」
「十分だ。行ってこい。俺は、この家の主『賢者』として、表には出ない。お前は、その『賢者の代理人』として、彼と話せ」
「承知いたしました。どのような条件で交渉を?」
「条件は三つだ」
俺は、ソファに寝転がったまま、指を三本立てた。
「一つ、俺たちの正体は絶対に明かすな。ここは『太古から存在する賢者の家』で、俺たちはその賢者に仕える者、ということにしておけ。二つ、『銀の姫騎士』の武具は売り物ではないと断言しろ。ただし」
俺は、にやりと笑った。
「工房で作った、副産物なら、売ってやってもいい。例えば……」
俺は手の中に、先日、巨大トマトを生み出した『超・魔力活性剤』を、フィーが作った携帯用の小瓶に入れて生成した。中身は、黄金色に輝く美しい液体だ。
「この『畑の秘薬』。これを一滴土に垂らせば、どんな不毛の地でも一年間は豊かな収穫が約束される、とでも言っておけ。値段は、お前が吹っかけろ。相手の懐具合を見ながら、出せる限界まで釣り上げていい」
「……面白い! 商売ですね!」
フィーは、知的好奇心とはまた違う、新たな愉悦に目覚めたかのように、目を輝かせた。
「そして三つ目。これが一番重要だ。金銭での取引だけではなく、『情報』や『珍しい品物』との物々交換も視野に入れろ。俺たちが知らない、この世界の面白いものを持ってこさせろ。俺の退屈しのぎになるようなやつをな」
「かしこまりました。このフィオナ・シルヴァリエ、賢者様の代理人として、完璧に勤めを果たしてご覧にいれましょう」
フィーは優雅に一礼すると、少し楽しそうな足取りで、玄関へと向かっていった。
「……いいのかしら、あんなことして」
リリアが、少し心配そうな顔で俺を見た。
「いいんだよ。俺の平穏な生活のためには、金も情報も必要だ。それに、外の世界の人間が、この家にどんな反応を示すのか、見ておくのも悪くない」
俺はそう言うと、ディスプレイの映像を、フィーと商人が対峙するであろう玄関先に切り替えた。
『賢者の代理人』と、強欲な商人。
この家にとって、初めての対外的な経済活動が、今、始まろうとしていた。
俺は、これから始まるであろう新しいゲームに、少しだけ胸を躍らせながら、モカが新しく淹れてくれた紅茶を、ゆっくりとすするのだった。
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