異世界転生特典『絶対安全領域(マイホーム)』~家の中にいれば神すら無効化、一歩も出ずに世界最強になりました~

夏見ナイ

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第19話 呪いのアイテムはリサイクルに限る

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商人マルコが、興奮と畏敬の念をない交ぜにした複雑な表情で去っていった後、我が家のリビングのローテーブルには、今回の取引で得た戦利品が並べられた。
ずっしりとした金貨の袋。そして、三つの曰く付きの骨董品。
「これだけの金貨があれば、しばらくは通販でどんな素材を取り寄せてもお釣りがきますわね」
リリアが、少し安心したように息をつく。彼女なりに、我が家の家計(?)を心配していたのかもしれない。
「ご主人様! このお金で、キッチンにもっと大きなお鍋を生成してもいいですか? みんなで食べるシチューを作るのに、今のお鍋だと小さいんです」
モカは、目をキラキラさせながら、早速おねだりをしてくる。その純粋な物欲は、見ていて微笑ましい。
「ああ、好きにしろ」
俺はソファに寝転がったまま、気のない返事をする。金貨の袋にはさほど興味はない。それよりも、俺の心を惹きつけているのは、残りの三つの品物だった。

「さて、と。問題はこいつらだ」
俺が顎でしゃくって見せると、フィーが待ってましたとばかりに、それぞれの品を手に取って解説を始めた。
「まずは、これ。『悪夢の短剣』。鑑定したところ、古代の暗殺者が用いた呪具のようです。刀身に塗られた特殊な毒と、込められた怨念が混じり合い、所有者に毎夜、精神を蝕む悪夢を見せるという、非常に悪質な呪いです」
フィーがそう説明する短剣は、黒曜石のような、吸い込まれそうなほど黒い刀身を持ち、禍々しい紫色のオーラをゆらゆらと放っていた。
「ひっ……!」
モカは短剣を一目見るなり、びくりと怯えて俺の背後に隠れた。尻尾の毛が、完全に逆立っている。
「なんと忌まわしい……! このような呪われた品、すぐにでも破壊すべきですわ!」
リリアは、顔をしかめて正論を口にする。
「いえ、それは早計です、リリアさん!」
フィーが、学者の目でそれを制した。
「この呪いの構造、非常に興味深い。古代の呪術体系を解明する、貴重なサンプルです! わたくしが数日かければ、この呪いを無力化し、あるいは、有益な魔法に変換できるやもしれま……うっ!」
フィーが短剣に手を伸ばした瞬間、彼女は「うっ」と呻いて顔をしかめ、こめかみを押さえた。
「フィー様!?」
「だ、大丈夫です……。少し、呪いの干渉を受けただけ……。ですが、これは、想像以上に強力ですわ……」
額に冷や汗を浮かべるフィー。どうやら、彼女の知識と技術をもってしても、一筋縄ではいかない代物らしい。
「……はあ」
俺は、今日何度目かわからないため息をついた。
リリアは破壊しろと言い、フィーは研究すると言って苦戦している。モカは怯えて俺にひっついたままだ。
うるさい。面倒くさい。鬱陶しい。
俺の平穏な午後のひとときが、この短剣一本のせいで台無しだ。
俺はのっそりと体を起こすと、テーブルの上の短剣をひょいと掴んだ。
「ユータ様! おやめください! その呪いに触れては!」
「ユータさん! 危険です!」
リリアとフィーが同時に悲鳴のような声を上げる。
だが、俺には何の変化も起きなかった。禍々しいオーラを放っていたはずの短剣は、俺の手に握られた瞬間、まるで怯えるようにそのオーラを引っ込め、ただの黒い鉄の塊になった。
「……呪い、ねえ」
俺は短剣を目の前にかざし、じっと見つめる。
俺の『絶対安全領域』の中では、あらゆる物理的・魔法的干渉は無効化される。それは、呪いとて例外ではない。この領域内において、俺に害をなす概念は、そもそも存在を許されないのだ。
「悪夢を見せる、か。悪くない効果だが、方向性が間違ってるな」
俺はそう呟くと、短剣に軽く魔力を流し込んだ。
そして、念じる。
『悪夢』という概念を、『安眠』に。
『怨念』というエネルギーを、『癒し』に。
『呪い』という効果を、『祝福』に。
――書き換えろ。
その瞬間、俺の手に握られた黒い短剣が、まばゆい純白の光を放った。禍々しさは完全に消え去り、まるで天使の羽のような、清浄で温かいオーラが短剣から溢れ出す。
「「「え……?」」」
リリア、フィー、モカの三人が、何が起きたのか理解できず、呆然と固まっている。
光が収まった時、俺の手の中にあったのは、象牙のような乳白色の美しい短剣だった。先ほどまでの禍々しさは、跡形もない。
「よし、できた。『安眠を誘う短剣』だ」
俺は満足げに頷くと、その短剣を枕元にぽいと置いた。
「これを枕元に置いておけば、心地よい眠りを約束してくれるらしい。肩こりや腰痛にも効くそうだ。なかなか便利なアイテムになったな」
「……」
「……」
「……」
三人は、言葉を失っていた。
古代の強力な呪具を、まるで粘土細工でもするかのように、あっさりと有益なアイテムに作り変えてしまった。その光景は、彼女たちの常識を、根底から粉々に破壊した。
「な……なぜ……? どういう理屈で……?」
フィーが、震える声で尋ねる。彼女の学者のプライドが、理解不能な現象を前にして悲鳴を上げているのが分かった。
「理屈? 知らん。俺は、俺の家の中で、俺にとって都合の悪いものを、都合のいいものに変えただけだ。それ以上でも、それ以下でもない」
それが、この『絶対安全領域』の主である俺の、絶対的な権能だった。

「……さて、次だ」
俺は、呆然自失のヒロインたちを尻目に、次のアイテム――古代文字が刻まれた石板を手に取った。
「フィー、これ、お前なら読めるか?」
俺に問われ、フィーははっと我に返った。
「は、はい! お任せください! これぞ、わたくしの専門分野! この古代シルヴァニア文字、必ずや解読してみせます! 数日……いえ、数週間いただければ……!」
フィーは学者の矜持を取り戻そうと、意気揚々と石板を受け取り、ルーペを取り出して食い入るように文字を眺め始めた。
その様子を、俺はソファに寝転がりながら、ぼんやりと眺める。
十分後。
「……ううむ、この文字の跳ねは、後期の様式か、それとも地方の方言か……」
うんうん唸っているフィーに、俺は声をかけた。
「まだか?」
「し、失礼な! 古代文字の解読は、そんなに簡単なものでは……!」
「そうか。面倒だな」
俺はフィーの手から石板をひょいと取り上げた。
そして、その表面を指でなぞる。
「……ふむふむ。『第三用水路、バルブ制御魔術式一覧』ねえ。こっちには、『水路掃除当番表』……マルコ、ロイド、サボるな、か。古代人も、大変だったんだな」
「…………はい?」
フィーが、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まった。
「い、今……なんと……?」
「だから、ただの用水路の設計図と、雑務のメモだって言ってるんだ。大した内容じゃない。ガラクタだな」
俺はそう言うと、石板をぽいとテーブルに投げた。
「な……ななな、なぜ、あなたが、これを、読めるのですかぁぁぁ!?」
ついに、フィーの理性が崩壊した。彼女は俺の胸ぐらを掴み、涙目で激しく揺さぶってくる。
「わたくしの、数日分の覚悟を! 研究者としてのプライドを返してください!」
「知らんがな。なんとなく読めるもんは読めるんだ」
この家の中にある情報は、本だろうが石板だろうが、俺にとっては母国語も同然なのだ。
泣き崩れるフィーを、リリアとモカが慰めている。なかなかにカオスな光景だった。

「……で、最後はこいつか」
俺は、三つ目のアイテム、奇妙な鳥の卵を手に取った。大きさはダチョウの卵くらいで、表面には風のような模様が浮かんでいる。
「これ、美味しそうですね、ご主人様!」
モカが、よだれを垂らしそうな勢いで卵を見つめている。
「これは食べ物ではない! と思います……」
フィーが、まだ少し涙声のまま、かろうじて学者としての意見を述べた。
「鑑定。……『天候鳥(テンペスト・コッコ)』の卵。孵化すると、数日先の天候を正確に予知し、鳴き声で主人に知らせる。晴れなら『コッコー!』、雨なら『ピッピョー!』、嵐なら『ギャオー!』と鳴くらしい」
俺の鑑定結果に、全員がぽかんとした。
「……天気予報、ですわね」
リリアが、的確なツッコミを入れる。
「ああ。洗濯物を干すタイミングを計るのに、これほど便利なペットはいない。よし、こいつは牧場で孵化させよう」
俺の鶴の一声で、卵の処遇は決定した。
フィーが設計した万能孵化器に入れられた卵は、数日後、無事に可愛らしいヒナへと孵った。ヒナは最初に見たモカを親だと思ったのか、彼女の後をちょこちょことついて回り、我が家の新たなマスコットとなった。
名前は、ピヨちゃんと名付けられた。安直だが、可愛いからいいだろう。

こうして、商人マルコが持ち込んだ三つの厄介な品物は、それぞれ、俺の快適な引きこもり生活を彩る便利なアイテムとペットへとリサイクルされた。
俺は、新しく手に入れた『安眠の短剣』のおかげで、ますます睡眠の質を向上させ、ピヨちゃんの天気予報のおかげで、完璧なタイミングで布団を干せるようになった。
我が家は、日に日に、理想の引きこもり城塞へと進化していく。
だが、この完璧な平穏が、外の世界の人間たちから見れば、いかに異常で、いかに魅力的な『宝の山』に見えるのか。
そして、マルコが持ち帰った『生命の雫』が、王都でどれほどの欲望と憶測を掻き立てているのか。
ソファでピヨちゃんを腹に乗せて惰眠を貪る俺は、まだ、そのことに気づいていなかった。
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