異世界転生特典『絶対安全領域(マイホーム)』~家の中にいれば神すら無効化、一歩も出ずに世界最強になりました~

夏見ナイ

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第23話 引きこもり謹製、神器級フル装備

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炎将軍グレンデルを、家庭用スプリンクラーで撃退するという、あまりにも締まらない幕切れから一夜。
我が家は、嵐が過ぎ去った後のような、穏やかな静寂に包まれていた。
いや、正確には、俺以外の住人たちが、どこか浮足立っているような、そわそわとした空気を醸し出していた。

「……信じられませんわ。あれが、魔王軍四天王……。わたくしの故郷を脅かす、災厄の化身……」
リリアは、朝食のパンを手に持ったまま、虚空を見つめて呟いている。彼女が想像していたであろう、命を懸けた壮絶な死闘と、現実(スプリンクラーで洗い流される魔将)とのギャップに、まだ頭が追いついていないのだろう。
「データは完璧に収集しました。高熱エネルギー体に対する、飽和水蒸気攻撃の有効性……。いえ、それ以前に、あの結界の絶対防御性能……。考えれば考えるほど、この家の謎は深まるばかりです」
フィーは、目の下にうっすらと隈を作りながらも、興奮した様子で羊皮紙に数式を書きなぐっている。昨夜、一睡もせずに炎将軍撃退のデータを分析していたに違いない。
「ご主人様は、すごいです。どんなに怖そうな人が来ても、お水でばーってやっつけちゃいます」
モカだけが、いつも通りだった。彼女は、俺が最強であることを微塵も疑っておらず、ただ、俺の淹れたコーヒーカップを甲斐甲斐しく磨いている。
俺は、そんな三者三様の反応をBGM代わりに、新しく完成した温泉の湯加減をどう調整しようか、などと、どうでもいいことを考えていた。
四天王が来ようが、魔王が来ようが、この家の中にいれば俺は安全だ。外の世界の危機など、対岸の火事。俺の知ったことではない。
そう、高を括っていたのだが。

「――甘いです、ユータさん」

俺の思考を読んだかのように、フィーが、鋭い声で俺を制した。
「確かに、この家の防御は完璧です。ですが、それは『受け身』の防御に過ぎません。今回のように、敵が単独で、しかも正面から来てくれれば問題ないでしょう。しかし、魔王軍がこの家を本格的な脅威と認定した場合、次に来るのは、もっと狡猾で、陰湿な手を使う相手かもしれません」
「というと?」
「例えば、この森一帯を、生命を蝕む呪いの霧で覆う、とか。あるいは、周辺の村々を人質に取り、あなたを家の外へおびき出そうとする、とか。直接的な攻撃が通じないなら、間接的な手段で、あなたのその『平穏』を揺さぶりに来る可能性は十分に考えられます」
フィーの指摘に、リリアがはっとしたように顔を上げた。
「そうですわ……! 奴らは、そのためなら、無関係の民を犠牲にすることなど、何とも思わないでしょう……!」
その言葉に、リビングの空気が、わずかに重くなった。
俺は、心底面倒くさそうに、深いため息をついた。
フィーの言う通りだ。家の外で、いくら騒がれても迷惑だ。俺の快適な引きこもりライフは、この家の中だけでなく、周辺地域の平穏があってこそ、完璧なものになる。
蠅が家の周りをブンブン飛び回っているだけで、安眠は妨害されるのだ。
「……ちっ。つまり、蠅が家の中に入ってくる前に、外で叩き落とせばいい、ってことか」
俺の呟きに、ヒロインたちが顔を見合わせる。
「だが、俺は家から出ない。これは絶対だ」
俺は釘を刺すように言った。
「つまり、お前たちが、家の外で、俺の平穏を乱そうとする連中を、事前に始末してくれればいい。そういうことだろ?」
俺の、あまりにも自分本位な結論に、リリアとフィーは一瞬呆気にとられたが、すぐにその意図を理解したようだった。
「……なるほど。私たちを、あなたの『代理人』として、外の世界で活動させると。私たち自身が、この家の『動く防衛線』になるということですね」
フィーが、納得したように頷く。
「そのためなら、援助は惜しまん」
俺は、ソファから体を起こし、宣言した。
「お前たち一人一人に、専用の、最強の装備を作ってやる。錬金工房へ来い。引きこもり謹製の、神器級フル装備を、くれてやる」



錬金工房には、一種の緊張感が漂っていた。
俺の無尽蔵の魔力が、工房内の錬金釜や魔術回路を駆動させ、青白い光を明滅させている。フィーは、設計者兼コンサルタントとして、俺の隣で的確な指示を出す。そして、リリアとモカは、これから自分たちのために作られるという武具を、固唾をのんで見守っていた。
「まずは、モカからだ」
俺が指名すると、モカはびくりと肩を震わせた。
「わ、私ですか!?」
「お前は、隠密行動と奇襲が得意だ。その長所を、最大限に伸ばしてやる」
俺は、通販で取り寄せた最高級の素材――影のように黒く、光を吸収する性質を持つ『夜闇の絹』と、音を喰らう魔獣の革――を錬金釜に投入した。
「フィー、設計は?」
「はい。外套(クローク)と、一対の短剣(ダガー)です。外套には、気配遮断と光学迷彩の魔法を。短剣には、斬撃音を消し、敵の魔力を断ち切る効果を付与します」
「よし、採用だ」
俺はフィーの設計図を元に、素材を練り上げ、魔力を注ぎ込み、形を成していく。
数分後。
そこに完成したのは、闇そのものを編み込んだかのような、フード付きの黒い外套と、吸い込まれそうなほど深い黒色をした、二振りの美しい短剣だった。
「これを着れば、お前は闇に溶け込み、誰にも姿を見られることはない。この短剣で斬られれば、相手は悲鳴を上げる間もなく、沈黙するだろう」
俺が手渡すと、モカは恐る恐る、その装備を身につけた。
外套を羽織った瞬間、彼女の姿が、すぅっと、その場の風景に溶け込むように希薄になる。短剣を構える動きは、完全に無音。まさに、完璧な暗殺者の誕生だった。
「すごい……! 体が、羽のように軽いです……!」
モカは、新たな力を手に、驚きと喜びに目を輝かせていた。

「次は、フィー、お前だ」
「わたくしですか?」
「お前は学者で、前衛じゃない。お前の武器は、その頭脳と知識だ。それを、極限まで増幅させてやる」
俺は、古代樹の化石から削り出した白紙のページと、賢者の石の粉末を素材として選んだ。
「創るのは、魔導書(グリモワール)と、サークレット。魔導書には、この世界の森羅万象の情報を自動で記録・解析する機能を。サークレットには、あらゆる魔法の詠唱を省略し、思考するだけで発動させる効果を付与する」
「なっ……! 詠唱省略ですって!? そんなもの、神話の時代の遺物でも、滅多にお目にかかれない代物ですよ!?」
フィーが、自分のための装備の規格外さに、絶句している。
「うるさい。黙って見てろ」
俺は、彼女の驚きを無視し、作業を続行した。
完成したのは、表紙に複雑な世界樹の紋様が刻まれた、一冊の古めかしい本と、額に小さな宝石が嵌め込まれた、銀のサークレットだった。
フィーが、震える手でそれらを受け取り、サークレットを身につけた瞬間。
「――ああ……! 見える……! 世界の、理が……! 魔法の、真髄が、流れ込んでくる……!」
彼女の瞳が、普段の知的な輝きを超え、まるで星々そのものを宿したかのように、深く、そして眩しく煌めいた。彼女の脳は今、この世界の法則を、直接ダウンロードしている状態に近いのだろう。
「……やりすぎたか?」
「いえ……最高、です……!」
フィーは、恍惚とした表情で、自らの額を押さえた。彼女は、もはや歩く魔導図書館ではなく、歩くアカシックレコードへと進化を遂げたのだ。

「そして、最後はリリア」
俺は、最後に、リリアに向き直った。
「お前の『静寂を護る剣』は、すでに神器級だ。これ以上の強化は、逆にバランスを崩す。だから、お前には、別の力を与える」
俺は、錬金釜に、光竜の鱗と、英雄の魂が宿るとされるオリハルコンのインゴットを投入した。
「お前のための、鎧と盾だ。コンセプトは、絶対防御と、王の威光」
完成したのは、太陽の光を浴びて黄金色に輝く、気品と力強さを兼ね備えた全身鎧(フルプレートメイル)と、アルトリア王家の紋章が刻まれた、白銀の大盾だった。
「その鎧は、あらゆる攻撃を弾き返し、お前のカリスマを増幅させる。その盾は、味方を守るための結界を展開し、敵の士気を砕く王の威圧(オーラ)を放つ」
リリアが、その黄金の鎧を身にまとい、盾を構える。
その姿は、もはやただの姫騎士ではなかった。
民を導き、国を護る、若き女王そのものの威厳を放っていた。
「……この力……。これさえあれば、わたくしは……!」
リリアは、自らの掌に宿った、新たな、そしてあまりにも強大な力を、固く握りしめた。

暗殺に特化した、影の猫(シャドウ・キャット)、モカ。
森羅万象を見通す、大賢者(ワイズマン)、フィー。
そして、絶対的なカリスマで味方を率いる、黄金の女王(ゴールデン・クイーン)、リリア。

俺は、自らが創り上げた、三人の規格外の英雄たちを眺め、満足げに頷いた。
「よし。これで、俺の家の周りをうろつく蠅どもは、一掃できるな」
俺の、どこまでも個人的で、怠惰な目的のために。
最強のヒロインパーティが、今、ここに誕生した。
彼女たちの伝説が、本格的に世界を揺るがし始めるのは、もう少しだけ、先の話である。
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