異世界転生特典『絶対安全領域(マイホーム)』~家の中にいれば神すら無効化、一歩も出ずに世界最強になりました~

夏見ナイ

文字の大きさ
24 / 62

第24話 賢者の家の新たな業務

しおりを挟む
引きこもり謹製の神器級フル装備。
それが、我が家の三人のヒロインたちに与えられてから、家の日常は、微妙に、しかし確実に変化していた。

「わっ!」

背後から、突然、モカの声がした。
俺はソファでうたた寝をしていたが、驚いて飛び起きる。振り返ると、そこには、いつの間に現れたのか、してやったりという顔のモカが立っていた。
「ご、ご主人様、びっくりしましたか?」
「……ああ。心臓に悪いからやめろ」
彼女は、俺が作った『夜闇の外套』と『無音の短剣』をすっかり気に入ったようで、暇さえあれば、気配遮断の能力を使って俺を驚かそうと試みていた。もっとも、この『絶対安全領域』の中では、俺にはすべての事象が筒抜けなので、彼女がこっそり近づいてくる気配は最初からバレバレなのだが。それに気づかず、毎回「今度こそ!」と意気込んでいる姿が、まあ、なんというか、微笑ましいので黙っている。
「ふふん。次は、絶対に気づかせませんからね!」
モカはそう言うと、すっと姿を気配ごと消し、部屋の隅へと移動していった。外套の光学迷彩は完璧で、目を凝らさなければ、そこに誰かがいるとは到底思えない。暗殺者としては、まさに天賦の才だろう。家の中でしか使わないのが、宝の持ち腐れだが。

一方で、フィーはフィーで、新たな力に振り回されていた。
「――『茶葉よ、舞え。湯よ、沸き立て。至高の一杯となれ』――あっ!」
パリン! という音と共に、フィーの目の前にあったティーカップが、内側からの圧力に耐えきれず、木っ端微塵に砕け散った。
「またですか、フィー様……」
リリアが、やれやれという顔で、箒とちりとりを持ってくる。
フィーは、詠唱を省略できる『賢者のサークレット』の力にまだ慣れておらず、魔力のコントロールに苦戦していた。思考するだけで魔法が発動するため、少しでもイメージが雑になると、紅茶を淹れるだけの単純な魔法ですら、暴走してしまうのだ。
「ううむ、申し訳ありません……。思考の最適化が、これほど難しいとは……。ですが、この感覚をマスターすれば、複数の高等魔法を、同時に、無詠唱で発動させることも可能になるはず……!」
フィーは、割れたカップの破片を前に、悔しがるどころか、むしろ研究者の目で爛々と輝いている。彼女にとって、この力は最高の研究対象であり、実験道具なのだろう。この調子だと、我が家のカップが何個あっても足りなくなりそうだ。

リリアもまた、自分の新たな力に戸惑っていた。
彼女が、黄金の鎧と白銀の盾を工房から運び出し、庭で構えてみた時のことだ。
彼女が盾に魔力を込めた瞬間、盾から放たれた『王の威圧(オーラ)』が、庭で働いていた農業ゴーレムたちに直撃した。ゴーレムたちは、一斉に動きを止め、その場でガタガタと震えだし、ついには機能停止してしまったのだ。どうやら、無機物のゴーレムにすら、王の威光は効果があるらしい。
「こ、これでは、味方まで萎縮させてしまいますわ……! この力の制御、一朝一夕ではいきませんね……」
彼女は、自分の力が、ただ敵を倒すだけでなく、味方を鼓舞し、率いるためのものであることを理解し、その責任の重さに、日々、真剣な表情で向き合っていた。

そんな風に、ヒロインたちが、新たなオモチャを手に入れた子供のように、あるいは、新たな責務を背負った戦士のように、試行錯誤を繰り返す日々。
俺は、そんな賑やかな日常を、ソファの上から、ただ、ぼんやりと眺めていた。
静かではないが、不快ではない。
これはこれで、悪くない日常だ。
そう思っていた矢先のことだった。

ピコン。

まただ。
もはや、我が家のチャイム代わりとなった、来訪者を告げる警告音。
「……今度は、何の用だ」
俺は、うんざりしながらディスプレイを起動した。
そこに映っていたのは、見覚えのある、小太りの商人――マルコの姿だった。
だが、その様子は、以前来た時とは全く違っていた。顔は土気色で、高級そうな服は乱れ、護衛の姿もない。彼は、たった一人で、息を切らしながら、転がるようにして俺の家の前までやってきた。
そして、不可視の壁に阻まれると、その場に崩れ落ち、まるで神に祈るかのように、叫んだ。
「け、賢者様! どうか、お助けください! このままでは、私の一族は、お取り潰しになってしまいます!」
その声は、完全に追い詰められた者の、悲痛な叫びだった。

「……また、面倒事の匂いしかしねえな」
俺の呟きに、リビングにいた全員の視線がディスプレイに集まった。
対応は、もちろんフィーに丸投げだ。
『賢者の代理人』として、すっかり板についた風格で玄関に現れたフィーに、マルコは泣きながら事の次第を説明し始めた。
話は、こうだ。
マルコが、俺たちの家から持ち帰った『生命の雫』。彼は、その奇跡の薬を、コネを使って、王都でも指折りの権力者であるダリウス公爵に、法外な値段で売りつけたらしい。
公爵は大喜びだったが、その直後、政敵であるバルトス伯爵との権力争いが激化。なんと、ダリウス公爵は、晩餐会で、バルトス伯爵が仕込んだ毒を盛られてしまったのだという。
公爵は、一命は取り留めたものの、意識不明の重体。王宮の神官や薬師が総出で治療にあたったが、毒の正体が全く分からず、誰も解毒することができない。
そこで、白羽の矢が立ったのが、マルコだった。
『奇跡の薬を献上したお前なら、この毒を解す術も知っているはずだ』と、公爵家から無茶な要求を突きつけられたのだ。
「期日は、あと三日! それまでに公爵様の毒を解毒できなければ、私は公爵家を欺いた罪で、打ち首! 財産も、家族も、すべて失ってしまいます! どうか、賢者様のお力で、解毒薬をお創りいただけないでしょうか!」
マルコは、フィーの足元にすがりつき、土下座して懇願した。
その様子を、俺はリビングで、腕を組みながら見ていた。
「……自業自得だな」
金儲けのために、分不相応な品物を扱った、商人の末路。同情の余地はない。
「ですが、ユータ様……」
リリアが、心配そうな顔で俺を見る。
「このままダリウス公爵が亡くなれば、その政敵であるバルトス伯爵の力が強まります。確か、バルトス伯爵は、わたくしの叔父であるグレン公爵と、裏で繋がりがあるという噂が……」
「ほう」
その言葉は、少しだけ、俺の興味を引いた。
俺の平穏を脅かす可能性がある、魔王軍。その手先であるグレン公爵。そいつに利するような展開は、あまり好ましくない。
そこへ、フィーから念話が飛んできた。
『ユータさん。マルコが、毒のサンプルを持参しています。少量ですが、公爵が吐いた血を染み込ませた布です。わたくしの鑑定眼で見たところ、これは……ただの毒ではありません』
フィーの声が、学者の興奮を帯びる。
『おそらく、古代魔法文明期に開発された、『魂蝕の毒(ソウル・イーター)』の派生形です。魂そのものを、ゆっくりと蝕み、崩壊させる、悪魔の所業……! もし、この毒の構造を解析し、解毒薬を生成できれば、古代薬学の失われたページを、一つ、埋めることができます! これは、世紀の大発見です!』
その熱弁を聞きながら、俺は、頭の中で素早く損得勘定を弾いた。
面倒事に関わるデメリットと、魔王軍側の勢力拡大を阻止するメリット。
そして、フィーの知識欲を満たしてやることで、今後の家の発展に繋がる可能性。
天秤は、わずかに、後者へと傾いた。
「……仕方ないな」
俺は、深いため息をつくと、フィーに念話で指示を送った。
『その依頼、受けてやる。だが、タダじゃないぞ。マルコに伝えろ。解毒薬の代金として、彼の商会が持つ、全ての取引ルートの情報と、彼が今まで集めてきた、最も希少な魔導書を、十冊、差し出せ、と。それが飲めなければ、交渉は決裂だ』
俺のふっかけた条件に、フィーは『さすがです』と、楽しそうな念話を返してきた。

交渉の結果は、言うまでもなかった。
マルコは、二つ返事で全ての条件を飲み、後日、必ずや約束の品を届けると血の涙を流しながら誓うと、フィーから毒のサンプルを受け取り、王都へと飛んで帰っていった。
こうして、我が家の錬金工房は、急遽、『古代毒の解析および解毒薬生成プロジェクト』を開始することになった。
フィーは、毒のサンプルを前に、水を得た魚のように生き生きと分析を始め、俺は、彼女の指示通りに、工房の設備を動かし、魔力を供給する。
その光景は、もはや、異世界のファンタジーではなく、最新鋭の化学プラントのようだった。
本来なら、国家レベルの研究機関が、何年もかけて取り組むような難題。
それが、この『賢者の家』では、たった一人の引きこもりと、一人の天才学者によって、いとも容易く、解き明かされようとしていた。
俺は、次々と解析されていく毒の構造式を眺めながら、どこか他人事のように、こう思っていた。
俺が本気を出せば、この世界の、どんな難病も、どんな呪いも、治せてしまうのかもしれないな、と。
だが、そんなことは、どうでもいい。
俺が望むのは、世界の救済ではない。
ただ、俺一人の、完璧な平穏だけなのだから。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

インターネットで異世界無双!?

kryuaga
ファンタジー
世界アムパトリに転生した青年、南宮虹夜(ミナミヤコウヤ)は女神様にいくつものチート能力を授かった。  その中で彼の目を一番引いたのは〈電脳網接続〉というギフトだ。これを駆使し彼は、ネット通販で日本の製品を仕入れそれを売って大儲けしたり、日本の企業に建物の設計依頼を出して異世界で技術無双をしたりと、やりたい放題の異世界ライフを送るのだった。  これは剣と魔法の異世界アムパトリが、コウヤがもたらした日本文化によって徐々に浸食を受けていく変革の物語です。

備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ

ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。 見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は? 異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。 鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。

最強賢者の最強メイド~主人もメイドもこの世界に敵がいないようです~

津ヶ谷
ファンタジー
 綾瀬樹、都内の私立高校に通う高校二年生だった。 ある日、樹は交通事故で命を落としてしまう。  目覚めた樹の前に現れたのは神を名乗る人物だった。 その神により、チートな力を与えられた樹は異世界へと転生することになる。  その世界での樹の功績は認められ、ほんの数ヶ月で最強賢者として名前が広がりつつあった。  そこで、褒美として、王都に拠点となる屋敷をもらい、執事とメイドを派遣してもらうことになるのだが、このメイドも実は元世界最強だったのだ。  これは、世界最強賢者の樹と世界最強メイドのアリアの異世界英雄譚。

異世界転生した俺は、産まれながらに最強だった。

桜花龍炎舞
ファンタジー
主人公ミツルはある日、不慮の事故にあい死んでしまった。 だが目がさめると見知らぬ美形の男と見知らぬ美女が目の前にいて、ミツル自身の身体も見知らぬ美形の子供に変わっていた。 そして更に、恐らく転生したであろうこの場所は剣や魔法が行き交うゲームの世界とも思える異世界だったのである。 異世界転生 × 最強 × ギャグ × 仲間。 チートすぎる俺が、神様より自由に世界をぶっ壊す!? “真面目な展開ゼロ”の爽快異世界バカ旅、始動!

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

第2の人生は、『男』が希少種の世界で

赤金武蔵
ファンタジー
 日本の高校生、久我一颯(くがいぶき)は、気が付くと見知らぬ土地で、女山賊たちから貞操を奪われる危機に直面していた。  あと一歩で襲われかけた、その時。白銀の鎧を纏った女騎士・ミューレンに救われる。  ミューレンの話から、この世界は地球ではなく、別の世界だということを知る。  しかも──『男』という存在が、超希少な世界だった。

処理中です...