異世界転生特典『絶対安全領域(マイホーム)』~家の中にいれば神すら無効化、一歩も出ずに世界最強になりました~

夏見ナイ

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第25話 奇跡の代償は魔導書十冊

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金工房の中は、静かな熱気に満ちていた。
中央に据えられた巨大な錬金釜が、俺の魔力供給を受けて青白い光を放ち、その中で、黒く濁った毒のサンプルがガラス容器の中で分析されていく。
「……驚異的です。この『魂蝕の毒』、複数の呪詛と、数十種類の毒草、さらには魔物の怨念までが、極めて複雑な比率で調合されている。まるで、悪意そのものを編み上げた、芸術品のような構造です」
フィーは、毒の解析データを映し出す水晶板を食い入るように見つめながら、感嘆とも畏怖ともつかない声で呟いた。彼女の専門知識をもってしても、この毒の完全な構造を解明し、完璧な解毒薬を処方するには、数ヶ月、いや、数年はかかるだろうと彼女自身が言っていた。
「普通の薬学では、一つ一つの毒性に対して、一つ一つ中和剤を処方していくしかありません。ですが、これほど複雑に絡み合った毒では、一つの毒を中和する薬が、別の毒と反応して、さらに強力な猛毒へと変質してしまう。まさに、無限の迷宮です」
「ふーん。面倒くさい毒だな」
俺は、フィーの隣で椅子に座り、彼女が淹れてくれたコーヒーを飲みながら、気のない相槌を打った。
「要するに、一つ一つ対処するのが面倒なら、全部まとめて『無かったこと』にすればいいんだろ?」
「……それができれば、苦労はしません」
フィーは、やれやれという顔で肩をすくめた。
だが、俺にとっては、それが一番簡単な方法だった。
俺はコーヒーカップを置くと、分析中の毒のサンプルが入ったガラス容器に、そっと手をかざした。そして、目を閉じて、その毒の『本質』に意識を集中させる。
複雑な構造、悪意の連鎖、魂を蝕む呪い。それらすべてを、一つの『概念』として捉える。
そして、その概念そのものに、命令する。
『お前は、ただの綺麗な水になれ』
その瞬間、俺の手のひらから、温かい光が溢れ出した。ガラス容器の中で、禍々しいオーラを放っていた黒い液体が、まるで墨汁が水に溶けていくように、その色と毒性を失っていく。
そして、数秒後。
容器の中を満たしていたのは、どこにでもあるような、清らかで透明な水だけだった。
「…………」
フィーは、言葉を失っていた。彼女の数日分の苦労と、薬学の常識が、またしても、目の前で、あまりにもあっけなく覆されたのだ。
「よし。これで、毒のサンプルは無力化できた。あとは、この逆のプロセスで、解毒薬を作ればいいわけだ」
俺はそう言うと、今度は空の錬金釜に向き直った。
「フィー。この毒の対極となる概念はなんだ? 癒し、祝福、生命力……。全部ぶち込んで、最高の薬を作ってやる」
「……もう、あなたの好きになさってください」
フィーは、全てを諦めたかのように、しかし、その瞳の奥は爛々と輝かせながら、俺の作業を見守り始めた。
一人の引きこもりの気まぐれと、一人の天才学者の知的好奇心。
その二つが合わさった時、この世界の理すら捻じ曲げる、とんでもない奇跡が生まれようとしていた。



数時間後。
錬金釜の中から取り出されたのは、たった一粒の、黄金色に輝く丸薬だった。
それは、太陽の光を凝縮したかのような、温かく、そして力強い生命力そのものを放っていた。
「完成だ。『魂癒の霊薬』。まあ、万能薬(エリクサー)みたいなもんだ」
俺がこともなげに言うと、フィーは震える手でその丸薬を特別な容器に収めながら、戦慄した声で言った。
「万能薬、などという生易しいものではありません……! これ一つあれば、死の淵にいる人間を蘇らせるだけでなく、その者の魂に刻まれた傷すら癒し、全盛期以上の生命力を与えるでしょう。これは……もはや、神々の領域の秘宝です!」
「そうか。なら、マルコにふっかけた代金も、安いくらいだったな」
俺は、そんなことよりも、早くこの面倒な仕事から解放されたい一心だった。
俺は、完成した霊薬の入った容器を手に取ると、リビングへと戻った。そして、通販魔法を発動させる。
ターゲットは、王都のダリウス公爵の寝室。
『公爵の枕元に、これを転送。ついでに、『マルコからの届け物だ。さっさと飲め』というメッセージカードも添えておけ』
俺が念じると、手の中にあった容器がふっと消えた。
「えっ!? ユータ様、マルコに届けさせるのでは?」
リリアが驚きの声を上げる。
「あいつが王都まで届けるのを待ってたら、時間がかかって面倒だろ。これが一番、手っ取り早い」
俺の、どこまでも効率を重視するやり方に、ヒロインたちは呆れるしかなかった。

その頃、王都のダリウス公爵邸では、絶望的な空気が漂っていた。
公爵の容態は刻一刻と悪化し、もはや、いつ息を引き取ってもおかしくない状態だった。枕元には、親族や家臣たちが集まり、最後の時を覚悟していた。
その、静寂に包まれた寝室に。
ぽん、と軽い音と共に、一つの豪奢な小箱が、公爵の枕元に出現した。
「な、なんだ!?」
突然の出来事に、周囲は騒然となる。
家臣の一人が、恐る恐るその箱を開けると、中には黄金色に輝く一粒の丸薬と、一枚のカードが入っていた。
カードには、乱暴な字で、『マルコからの届け物だ。さっさと飲め』とだけ書かれていた。
「マルコ……! あの商人が、本当に解毒薬を!」
もはや、藁にもすがる思いだった。家臣たちは、半信半疑のまま、その丸薬を公爵の口へと運んだ。
丸薬が、公爵の喉を通過した、その瞬間。
奇跡が、起きた。
公爵の体から、まばゆい黄金の光が溢れ出したのだ。その光は、部屋全体を温かく照らし、見る者すべての心を安らぎで満たしていく。
やがて光が収まった時、ベッドの上にいたのは、もはや瀕死の老人ではなかった。
顔の皺は消え、白髪は艶やかな黒髪へと変わり、その肌には若々しい張りが戻っている。ゆっくりと目を開けたその瞳には、かつての鋭い知性と、全盛期以上の活力が宿っていた。
「……む。儂は……寝ていたのか?」
完全に若返ったダリウス公爵は、自分の体に起きた変化に驚きながらも、力強くベッドから起き上がった。
その奇跡的な復活劇は、瞬く間に王都を駆け巡った。
毒を盛ったバルトス伯爵の悪事は、完全に回復した公爵によって即座に暴かれ、彼は一族郎党もろとも、あっけなく失脚した。
そして、人々の噂の中心は、ただ一つ。
『マルコという商人が、森の奥の賢者から授かった、神の秘薬』。
その噂が、さらなる憶測と欲望を呼び、王国の権力者たちを、そして、魔王軍を、色めき立たせることになる。



「――お約束の品、お届けに上がりました!」

数日後。
我が家の前には、商人マルコが、大量の荷物を積んだ馬車と共に、満面の笑みで立っていた。彼の商会は、公爵を救った功績で、王家御用達に迫るほどの信用と名声を得たらしい。
彼は、約束通り、彼の持つ全ての交易ルートが記された機密帳簿と、彼が今までコレクションしてきた、極めて希少な魔導書を十冊、恭しく家の前に差し出した。
俺は、フィーにそれらを受け取らせ、内容を確認する。
交易ルートの情報は、今後の通販生活の範囲を、大陸全土に広げるのに役立つだろう。
そして、十冊の魔導書。
『空間魔法概論』『時間停止の理論』『魂の錬成術』……。
どれもこれも、俺の知的好奇心と、怠惰な生活をさらに進化させるための、最高のオモチャばかりだった。
「くくく……。これでまた、しばらくは退屈せずに済みそうだ」
俺は、手に入れた新たな魔導書をソファの上に広げ、満足げに笑った。
「当分は、面倒な客も来ないだろう。家の拡張も、ヒロインたちの強化も、一段落した。ここからは、心置きなく、研究と怠惰に没頭する時間だ」
俺は、完璧に整った引きこもり環境に、心の底から満足していた。
だが、その満足が、いかに甘い見通しであったか。
外の世界で、彼の『家』の存在が、どれほどの価値を持ち、どれほどの欲望の対象となり始めているか。
そして、その噂が、次なる四天王を、この静かな森へと呼び寄せつつあることを。
ソファで寝転がりながら、新しい魔導書の最初のページをめくるユータは、まだ、知る由もなかった。

**――第一章 完――**
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