異世界転生特典『絶対安全領域(マイホーム)』~家の中にいれば神すら無効化、一歩も出ずに世界最強になりました~

夏見ナイ

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第26話 噂は千里を駆け、面倒事を連れてくる

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アルトリア王国の王都は、ここ最近、一つの噂で持ちきりだった。
酒場に集う商人たちが、声を潜めて情報を交換する。貴婦人たちが開くお茶会で、真偽不明の尾ひれがついた物語が囁かれる。吟遊詩人たちは、新しい英雄譚を歌い、子供たちはそれを真似て遊ぶ。
噂の中心は、二つ。
一つは、辺境の村をゴブリンの軍勢から救ったという、謎の『銀の姫騎士』の伝説。
そして、もう一つは、死の淵にあったダリウス公爵を、一夜にして全盛期以上に若返らせたという、『神の秘薬』の奇跡。

「聞いたか? ダリウス公爵様、今では夜な夜な若い愛人を三人も城に呼び寄せているそうだぜ」
「本当かい! あの歳で、大したもんだな!」
「なんでも、マルコ商会の旦那が、森の奥に住むという賢者様から授かった秘薬らしい」
「その賢者の家には、あの『銀の姫騎士』様も出入りしているとか……」
「まさか! 騎士様は女神の化身だぞ! そんな俗っぽい賢者と繋がりがあるものか!」
「いや、その賢者こそが、騎士様に神器を授けた張本人だという話だ」

人々の口から口へと伝わるうちに、二つの噂は複雑に絡み合い、一つの巨大な幻想へと姿を変えつつあった。
――王国のどこか、深い森の奥深くには、誰も近づくことのできない『聖域』がある。そこには、あらゆる願いを叶え、どんな奇跡でも起こすことができる、人知を超えた『賢者』が住んでいる――。
その噂は、希望を求める者には福音となり、富を求める者には新たな金脈となり、そして、力を求める者には、喉から手が出るほど魅力的な標的となった。
王都の喧騒も、人々の欲望も、まだ、森の奥の静かな一軒家には届いていない。
だが、その波紋が、すぐそこまで迫っていることを、家の主はまだ知らない。



「……というわけで、ユータ様。現在、王都では、あなた様の家が『どんな願いも叶う万能神社』みたいに思われているようですわ」
リリアが、通販で取り寄せた王都のゴシップ週刊誌を読みながら、呆れ返った声で報告した。記事には「賢者の家への巡礼ツアー参加者募集!」などという、ふざけた広告まで載っている。
「神社ねえ。賽銭箱でも置いとくか」
俺は、ソファで温泉饅頭を頬張りながら、気のない返事をした。温泉ができてからというもの、俺の家では温泉街で売っているような名物が、毎日モカによって手作りされている。実に結構なことだ。
「笑いごとではありません! このままでは、物見高い連中が、この森に大挙して押し寄せてきます! ユータ様の平穏が、乱されてしまいますわ!」
リリアは、本気で俺の引きこもりライフを心配してくれているらしい。いい子に育ったものだ。
「その点については、すでに手を打ちつつあります」
フィーが、工房から持ってきた設計図を広げた。
「この家の周辺の森一帯に、幻惑と空間歪曲を組み合わせた、大規模な迷いの森(メイズ・フォレスト)を展開します。悪意のない者は無意識のうちに森の外へ誘導され、悪意を持つ者は、永遠に森を彷徨い続けることになる。名付けて、『対ストーカー用・絶対防衛網』です」
「……ネーミングセンスはともかく、効果はありそうだな。それで、いつできるんだ?」
「あなたの魔力さえあれば、今すぐにでも」
「よし、やれ。今すぐやれ」
俺は、饅頭を飲み込むと、即座に許可を出した。
面倒事が起きる前に、その原因を潰す。それが、快適な引きこもり生活の基本だ。
俺の魔力を受け、フィーは家の外で何やら大規模な魔法の儀式を始めた。これで、しばらくは静かになるだろう。

俺は、再びソファにごろんと寝転がり、平和な午後の惰眠を貪ろうとした。
だが。
「ご主人様、大変です!」
モカが、キッチンから、一枚の古い羊皮紙を手に、慌てた様子で駆け寄ってきた。
「マルコさんから、通販の荷物に紛れて、お手紙が入っていました!」
「マルコから? あいつ、何かやらかしたのか」
俺は億劫そうに手紙を受け取り、目を通す。そこには、マルコらしい、丁寧だがどこか切羽詰まった文章が綴られていた。
要約すると、こうだ。
『賢者の家』の噂を聞きつけた、Aランクの冒険者パーティ『赤き獅子の牙』が、マルコに接触してきた。彼らは、賢者の実力を確かめ、可能なら弟子入り、あるいは、何らかの依頼をしたいと考えているらしい。マルコが家の場所を教えるのを渋っていると、半ば脅迫に近い形で、森への案内を強要されている、とのことだった。
「……冒険者、ねえ」
俺は、心底うんざりした。商人の次は、冒険者か。本当に、次から次へと。
「『赤き獅子の牙』! 王都でも五指に入ると言われる、実力派のパーティですわ! リーダーの『赤髪のガイオン』は、竜殺しの異名を持つほどの、凄腕の剣士だと聞いています!」
リリアが、驚きの声を上げる。
「彼らが、一体、何のために……」
「決まってるだろ」
俺は、手紙をひらひらさせながら、吐き捨てた。
「俺の平穏な生活を、邪魔しに来るんだよ」
その言葉を証明するかのように。
ピコン。
警告音が、本日二度目の来訪を告げた。
ディスプレイを起動すると、そこには、マルコに案内された、見るからに歴戦の猛者といった風情の四人組の姿が映っていた。
屈強な体躯に、自信に満ちた表情。その身にまとう武具は、どれも一級品だ。
彼らこそが、『赤き獅子の牙』。
リーダーらしき赤髪の大男が、森の中に静かに佇む俺の家を見据え、にやりと、好戦的な笑みを浮かべた。
「ほう。ここが噂の『賢者の家』か。大した魔力も感じられんが……果たして、俺たちを楽しませてくれるのかねえ?」
その言葉は、力を持つ者の、純粋な好奇心と、傲慢さに満ちていた。
俺は、その様子を、冷え切った目で見つめていた。
「……楽しませる、ねえ」
俺は、静かに呟いた。
「勘違いするなよ、チンピラども。ここは、お前たちの遊び場じゃない。俺の、聖域だ」
俺は、ソファから、ゆっくりと体を起こした。
その目に宿るのは、怠惰な引きこもりのそれではない。
自らの聖域を土足で踏み荒らそうとする、不届き者どもに対する、絶対者の、冷たい怒りの光だった。
「――フィー、リリア」
俺の、静かな呼びかけに、二人のヒロインが、はっとしたように居住まいを正した。
「客のお出迎えだ。最高の『おもてなし』で、歓迎してやれ」
第二章の幕開けを告げる、新たな来訪者たち。
彼らが、この家で何を見、何を知り、そして、どう打ちのめされるのか。
俺は、これから始まるであろう、少しだけ骨の折れる『害虫駆除』に、深く、深く、ため息をつくのだった。
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