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第29話 戦後処理と新たな日常
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Aランク冒険者パーティ『赤き獅子の牙』が、すごすごと、しかしどこか晴れやかな顔で去っていった後。
森の中の小さな広場には、静寂と、そして、彼らが残していった三人の戦闘不能者が、無様に転がっていた。
「……さて、と。後片付け、ですわね」
リリアは、やれやれという顔で、腰に手を当てた。
「フィー様。この方々は、どうなさいますか?」
「そうですねえ」
フィーは、地面にめり込んでいる盗賊を、つま先の尖ったブーツでつんつんと突きながら、こともなげに言った。
「このまま森に放置しておけば、夜には獣の餌食になるでしょう。ですが、それも自業自得。我々が関知することではありません」
その、あまりにも冷たい言い分に、リリアは少し眉をひそめた。
「ですが、それでは、あまりにも……」
「冗談ですよ」
フィーは、くすりと笑った。
「主の平穏を乱したとはいえ、命まで奪うのは、やりすぎです。それに、このまま放置して、死体でも残ったら、後々の面倒事の種になりかねません」
フィーはそう言うと、気絶している魔法使いと、重力魔法で動けないでいる盗賊に、それぞれ解呪の魔法を施した。
「ぐ……うう……」
「はっ……! か、体が、動く……!」
意識を取り戻し、動けるようになった二人は、自分たちが置かれた状況を理解すると、顔を真っ青にして震え上がった。目の前には、自分たちを赤子のようにあしらった、二人の恐ろしい女性が、冷ややかにこちらを見下ろしているのだ。
「さあ、立てますか?」
リリアが、武器を砕かれて呆然としている重戦士に、手を差し伸べた。その慈悲深い態度に、重戦士は、なぜか顔を赤らめ、もじもじとしながら、その手を取った。
「あ、あの……あんた、名前は……」
「名乗るほどの者ではありませんわ。さあ、あなた方も、リーダーを追いかけなさい。そして、二度と、この森に足を踏み入れないことです」
リリアは、そう言い放つと、さっさと踵を返した。
残された三人は、しばらく呆然としていたが、やがて、我に返ると、蜘蛛の子を散らすように、慌てて森の奥へと逃げていった。その背中は、もはや、Aランク冒険者の威厳など、欠片も感じさせなかった。
「……ふぅ。これで、ようやく静かになりましたわね」
家のリビングに戻ってきたリリアは、大きく息をつくと、どさりとソファに腰を下ろした。連戦の疲れ、というよりは、気疲れがどっと押し寄せてきたようだった。
「お疲れ様、リリア様! お茶をどうぞ!」
モカが、最高のタイミングで、淹れたてのハーブティーを差し出す。その香りに、リリアの表情が、ふっと和らいだ。
「ありがとう、モカ。あなたがいると、本当に癒されますわ」
「えへへ」
褒められたモカは、嬉しそうに尻尾を揺らした。
俺は、そんな一連のやり取りを、ソファの定位置から、生暖かい目で見守っていた。
「まあ、上出来だったんじゃないか。お前ら二人とも」
俺の、珍しい労いの言葉に、フィーが、少し得意げに胸を張った。
「当然です。あなたの創り出した、この完璧な装備と、わたくしの完璧な頭脳、そして、リリアさんの完璧な戦闘技術。この三つが揃えば、Aランク冒-159-険者など、赤子も同然です」
その、自信に満ちた言葉。
まあ、今日の戦いぶりを見れば、それも納得だった。
「これで、しばらくは、面倒な客も来なくなるだろう。ようやく、俺の平穏な日常が、完全な形で戻ってくるわけだ」
俺は、心の底から、そう思っていた。
『賢者の家』の絶対的な力を、身をもって知った『赤き獅子の牙』。彼らが、賢者の恐ろしさと気難しさを、王都で広めてくれるはずだ。
それは、最高の、そして最も効果的な、厄介者除けの御札になるだろう、と。
だが、俺のその甘い見通しは、数日後、あっけなく裏切られることになる。
『赤き獅子の牙』が王都に持ち帰った情報は、確かに、多くの冒険者や商人を、賢者の家から遠ざけた。
『あの家には、手を出すな。賢者の逆鱗に触れれば、生きては帰れない』。
その噂は、一定の効果を発揮した。
しかし。
その噂は、同時に、別の種類の人間たちの、欲望と好奇心を、猛烈に掻き立てることになったのだ。
普通の手段では手に入らない『奇跡』。
並大抵の実力ではたどり着けない『聖域』。
その言葉は、より狡猾で、より野心的で、そして、より大きな力を持つ者たちにとって、最高の『挑戦状』として、受け取られた。
王国の、権力闘争に明け暮れる、野心的な貴族たち。
失われた古代の力を求める、狂信的な魔法結社。
そして、何よりも。
炎将軍グレンデルの惨めな敗走と、『賢者の家』の新たな情報を、魔王城で受け取った、次なる『四天王』。
ピコン。
警告音が、鳴った。
『赤き獅子の牙』が去ってから、わずか数日。
フィーが森に展開した『対ストーカー用・絶対防衛網』が、早くも、侵入者を感知したのだ。
「……おいおい、嘘だろ」
俺は、ソファで読んでいた魔導書から顔を上げ、うんざりした表情でディスプレイを起動した。
そこに映っていたのは、全身を黒いローブで覆った、怪しげな集団だった。その数は、十数名。
彼らは、フィーが作り出した幻惑の森の中を、一切迷うことなく、一直線に、俺の家へと向かってきていた。
「フィーの結界が、破られてる……?」
「いえ、破られてはいません」
ディスプレイを覗き込んだフィーが、冷静に、しかし、わずかに苛立ちを滲ませた声で言った。
「彼らは、空間魔法の使い手です。わたくしの幻惑の術式そのものを、空間ごと歪めて、最短距離を無理やりこじ開けて進んできているのです。なんて、強引な……!」
空間魔法。
それは、数ある魔法の中でも、特に希少で、高度な技術を要する魔法体系だ。
そんな使い手が、こんなにも、あっさりと現れるとは。
「……どうやら、俺の平穏な日常は、まだ、当分、戻ってきそうにないな」
俺は、深いため息をつくと、読みかけの魔導書を、ぱたん、と閉じた。
次から次へと、湧いてくる面倒事の種。
だが、不思議と、俺の心は、苛立ちよりも、むしろ、別の感情で満たされつつあった。
それは、退屈な日常に、新たなゲームが舞い込んできたことに対する、ほんの少しの、愉悦。
「……さて、と」
俺は、ソファの上で、ゆっくりと、体勢を変えた。
「次の客は、どんな『おもてなし』で、歓迎してやろうかな」
俺の、静かな呟き。
それは、第二章の、本当の始まりを告げる、ゴングの音だったのかもしれない。
森の中の小さな広場には、静寂と、そして、彼らが残していった三人の戦闘不能者が、無様に転がっていた。
「……さて、と。後片付け、ですわね」
リリアは、やれやれという顔で、腰に手を当てた。
「フィー様。この方々は、どうなさいますか?」
「そうですねえ」
フィーは、地面にめり込んでいる盗賊を、つま先の尖ったブーツでつんつんと突きながら、こともなげに言った。
「このまま森に放置しておけば、夜には獣の餌食になるでしょう。ですが、それも自業自得。我々が関知することではありません」
その、あまりにも冷たい言い分に、リリアは少し眉をひそめた。
「ですが、それでは、あまりにも……」
「冗談ですよ」
フィーは、くすりと笑った。
「主の平穏を乱したとはいえ、命まで奪うのは、やりすぎです。それに、このまま放置して、死体でも残ったら、後々の面倒事の種になりかねません」
フィーはそう言うと、気絶している魔法使いと、重力魔法で動けないでいる盗賊に、それぞれ解呪の魔法を施した。
「ぐ……うう……」
「はっ……! か、体が、動く……!」
意識を取り戻し、動けるようになった二人は、自分たちが置かれた状況を理解すると、顔を真っ青にして震え上がった。目の前には、自分たちを赤子のようにあしらった、二人の恐ろしい女性が、冷ややかにこちらを見下ろしているのだ。
「さあ、立てますか?」
リリアが、武器を砕かれて呆然としている重戦士に、手を差し伸べた。その慈悲深い態度に、重戦士は、なぜか顔を赤らめ、もじもじとしながら、その手を取った。
「あ、あの……あんた、名前は……」
「名乗るほどの者ではありませんわ。さあ、あなた方も、リーダーを追いかけなさい。そして、二度と、この森に足を踏み入れないことです」
リリアは、そう言い放つと、さっさと踵を返した。
残された三人は、しばらく呆然としていたが、やがて、我に返ると、蜘蛛の子を散らすように、慌てて森の奥へと逃げていった。その背中は、もはや、Aランク冒険者の威厳など、欠片も感じさせなかった。
「……ふぅ。これで、ようやく静かになりましたわね」
家のリビングに戻ってきたリリアは、大きく息をつくと、どさりとソファに腰を下ろした。連戦の疲れ、というよりは、気疲れがどっと押し寄せてきたようだった。
「お疲れ様、リリア様! お茶をどうぞ!」
モカが、最高のタイミングで、淹れたてのハーブティーを差し出す。その香りに、リリアの表情が、ふっと和らいだ。
「ありがとう、モカ。あなたがいると、本当に癒されますわ」
「えへへ」
褒められたモカは、嬉しそうに尻尾を揺らした。
俺は、そんな一連のやり取りを、ソファの定位置から、生暖かい目で見守っていた。
「まあ、上出来だったんじゃないか。お前ら二人とも」
俺の、珍しい労いの言葉に、フィーが、少し得意げに胸を張った。
「当然です。あなたの創り出した、この完璧な装備と、わたくしの完璧な頭脳、そして、リリアさんの完璧な戦闘技術。この三つが揃えば、Aランク冒-159-険者など、赤子も同然です」
その、自信に満ちた言葉。
まあ、今日の戦いぶりを見れば、それも納得だった。
「これで、しばらくは、面倒な客も来なくなるだろう。ようやく、俺の平穏な日常が、完全な形で戻ってくるわけだ」
俺は、心の底から、そう思っていた。
『賢者の家』の絶対的な力を、身をもって知った『赤き獅子の牙』。彼らが、賢者の恐ろしさと気難しさを、王都で広めてくれるはずだ。
それは、最高の、そして最も効果的な、厄介者除けの御札になるだろう、と。
だが、俺のその甘い見通しは、数日後、あっけなく裏切られることになる。
『赤き獅子の牙』が王都に持ち帰った情報は、確かに、多くの冒険者や商人を、賢者の家から遠ざけた。
『あの家には、手を出すな。賢者の逆鱗に触れれば、生きては帰れない』。
その噂は、一定の効果を発揮した。
しかし。
その噂は、同時に、別の種類の人間たちの、欲望と好奇心を、猛烈に掻き立てることになったのだ。
普通の手段では手に入らない『奇跡』。
並大抵の実力ではたどり着けない『聖域』。
その言葉は、より狡猾で、より野心的で、そして、より大きな力を持つ者たちにとって、最高の『挑戦状』として、受け取られた。
王国の、権力闘争に明け暮れる、野心的な貴族たち。
失われた古代の力を求める、狂信的な魔法結社。
そして、何よりも。
炎将軍グレンデルの惨めな敗走と、『賢者の家』の新たな情報を、魔王城で受け取った、次なる『四天王』。
ピコン。
警告音が、鳴った。
『赤き獅子の牙』が去ってから、わずか数日。
フィーが森に展開した『対ストーカー用・絶対防衛網』が、早くも、侵入者を感知したのだ。
「……おいおい、嘘だろ」
俺は、ソファで読んでいた魔導書から顔を上げ、うんざりした表情でディスプレイを起動した。
そこに映っていたのは、全身を黒いローブで覆った、怪しげな集団だった。その数は、十数名。
彼らは、フィーが作り出した幻惑の森の中を、一切迷うことなく、一直線に、俺の家へと向かってきていた。
「フィーの結界が、破られてる……?」
「いえ、破られてはいません」
ディスプレイを覗き込んだフィーが、冷静に、しかし、わずかに苛立ちを滲ませた声で言った。
「彼らは、空間魔法の使い手です。わたくしの幻惑の術式そのものを、空間ごと歪めて、最短距離を無理やりこじ開けて進んできているのです。なんて、強引な……!」
空間魔法。
それは、数ある魔法の中でも、特に希少で、高度な技術を要する魔法体系だ。
そんな使い手が、こんなにも、あっさりと現れるとは。
「……どうやら、俺の平穏な日常は、まだ、当分、戻ってきそうにないな」
俺は、深いため息をつくと、読みかけの魔導書を、ぱたん、と閉じた。
次から次へと、湧いてくる面倒事の種。
だが、不思議と、俺の心は、苛立ちよりも、むしろ、別の感情で満たされつつあった。
それは、退屈な日常に、新たなゲームが舞い込んできたことに対する、ほんの少しの、愉悦。
「……さて、と」
俺は、ソファの上で、ゆっくりと、体勢を変えた。
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