異世界転生特典『絶対安全領域(マイホーム)』~家の中にいれば神すら無効化、一歩も出ずに世界最強になりました~

夏見ナイ

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第37話 チャイムを鳴らす来訪者

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王国騎士団やら聖教会やらを、一斉にまとめて追い返してから、数週間。
我が家には、ついに、本当の意味での平穏が訪れていた。
フィーが森に展開した『絶対防衛網』と、外の世界で広まった数々の(主に悪)評のおかげで、もはや、この森に好き好んで近づいてくる物好きはいなくなった。
「……完璧だ」
俺は、ソファの上で、新しく手に入れた空間魔法の魔導書を読みながら、満足のため息をついた。
傍らでは、モカが、俺のために毛布をかけ直してくれる。
テーブルでは、リリアが、ピヨちゃんの羽の手入れをしてやっている。
工房の方からは、フィーが、新たな魔法理論の構築に成功したのか、時折、歓喜の奇声が聞こえてくる。
変わらない、平和な日常。
これこそが、俺が望んだ、俺だけの、理想郷。
このまま、何事もなく、日々が過ぎていく。
俺は、それを、疑うことすらなかった。



魔王城、玉座の間。
そこには、四天王のうち、残る二人が、魔王ゼノンの前に、静かに控えていた。
一人は、全身が、竜の鱗のような、漆黒の鎧で覆われた、巨漢の戦士。『竜将軍・バハムート』。魔王軍最強の武人であり、その一撃は、山脈すらも砕くと噂される。
そして、もう一人は。
まるで、影そのものが、人の形をとったかのような、痩身の魔術師。『策将・メフィスト』。彼の武器は、力ではない。知略、謀略、そして、人の心の隙間に付け入る、甘美な毒のような、言葉。
魔王ゼノンは、斥候部隊が持ち帰った、詳細な報告書に目を通しながら、退屈そうに呟いた。
「……物理攻撃、魔法攻撃、炎、氷、空間干渉、すべて無効、か。まるで、神の領域だな。面白い」
その言葉に、竜将軍バハムートが、一歩、前に進み出た。
「魔王様。このバハムートに、ご命令を。我が竜の力をもってすれば、いかなる結界であろうと、その土地ごと、根こそぎ、消し飛ばしてみせましょう」
その言葉には、絶対的な、自信がみなぎっていた。
だが、ゼノンは、静かに、首を横に振った。
「ならん。力で押しても、結果は、グレンデルやアイゼンと同じだ。それでは、芸がない」
ゼノンは、その視線を、もう一人の四天王、メフィストへと向けた。
「メフィストよ」
「はっ。ここに」
メフィストは、優雅に、一礼した。
「お前なら、どうする?」
その問いに、メフィストは、唇の端を、三日月のように、歪めた。
「力で開かぬ扉は、言葉で、開けばよろしいかと」
「ほう?」
「その賢者とやら、どうやら、極度の『面倒くさがり』のようですな。争いを好まず、自らの平穏が乱されることを、何よりも、嫌う。ならば、我々は、彼に、最高の『平穏』を、提案して差し上げれば良いのです」
メフィストの言葉に、ゼノンは、面白そうに、頷いた。
「我ら魔王軍と、手を組む。そうすれば、王国も、教会も、もはや、彼にちょっかいを出すことはない。永遠の、静寂と、安息を、我らが、保証して差し上げる、と。……そういうことか」
「御意。人は、力には屈せずとも、自らの欲望には、容易く、屈するものです。彼が、真の『賢者』であるならば、我々と敵対することの『面倒くささ』と、我々と手を組むことの『快適さ』を、天秤にかけ、正しい判断を下すことでしょう」
その、あまりにも、狡猾で、悪魔的な提案。
ゼノンは、満足げに、笑った。
「……良いだろう。行け、メフィスト。その、甘い舌で、賢者の心を、絡め取ってこい。だが、もし、それが、通じぬ場合は――」
「ええ。その時は、その時。すでに、第二、第三の、手は、考えてございます」
メフィストは、そう言うと、影の中に、溶けるように、その姿を、消した。
後に残された、竜将軍バハムートは、ただ、不満げに、鼻を鳴らすだけだった。



その日。
我が家は、珍しく、完全な、静寂に包まれていた。
フィーの防衛網は、完璧に機能し、俺の脳内の警告音は、一度も、鳴ることはなかった。
俺は、ソファの上で、空間魔法の理論書を読みながら、うつらうつらと、心地よい微睡の中にいた。
――ピンポーン。
突然、玄関の方から、そんな、間の抜けた音が、聞こえてきた。
「…………ん?」
俺は、ゆっくりと、目を開けた。
今の音は、なんだ?
この家には、チャイムなど、設置した覚えはない。
「ユータ様、今の、音は……?」
リリアも、不思議そうな顔で、玄関の方を見ている。
警告音は、鳴っていない。
フィーの防衛網も、反応していない。
つまり、侵入者は、いない、はずだ。
では、この音は、一体……。
俺は、訝しみながらも、ディスプレイを起動し、玄関の様子を映し出した。
そこに立っていたのは、一人の、男だった。
上質な、しかし、華美ではない、黒い執事服に身を包んだ、痩身の男。その物腰は、極めて、丁寧で、洗練されている。
一見すれば、どこかの高貴な家に仕える、有能な執事、そのものだ。
だが、俺の『神の視点』は、見抜いていた。
その、丁寧な物腰の奥に、隠された、禍々しいまでの、魔族の気配を。
そして、彼が、どうやって、フィーの防衛網を、突破してきたのかも。
彼は、魔法を使ったのではない。
ただ、森の入り口から、何日もかけて、一歩、一歩、歩いてきたのだ。
フィーの結界は、『悪意』や『敵意』を持って、急速に接近するものを、弾くように設定されている。
だが、この男は、その敵意を、完全に、完璧に、消し去っていた。まるで、ただの、散歩でもするかのように、自然体で、森の中を歩き、そして、家の前に、たどり着いた。
そして、彼は、結界を、無理やり、破ろうとはしなかった。
ただ、そこに、まるで、最初から、設置されていたかのように、俺が生成した覚えのない、一つの、『呼び鈴』を、出現させ、それを、押したのだ。
「…………面白い」
俺の口から、思わず、感嘆の声が漏れた。
こいつは、今までの、脳筋どもとは、訳が違う。
本当の意味で、『頭の切れる』相手だ。
俺は、ソファから立ち上がると、自ら、玄関へと、向かった。
「ユータ様!?」
リリアが、驚いて、止めようとする。
「大丈夫だ。少し、面白い客が来ただけだ。お前たちは、ここにいろ」
俺は、そう言うと、玄関のドアを、ゆっくりと、開けた。
「――ようこそ、『賢者の家』へ。何の御用でしょうか」
ドアの前に立っていた、執事服の男――策将・メフィストは、俺の姿を見ると、その目に、一瞬だけ、驚きの色を浮かべたが、すぐに、完璧な、営業スマイルを浮かべ、優雅に、一礼した。
「これは、これは。賢者様、自らの、お出迎えとは、光栄の至り。わたくし、魔王ゼノン様にお仕えしております、メフィストと申します。本日は、あなた様に、一つ、極めて、魅力的な、ご提案がございまして、参上いたしました」
その声は、まるで、上質なベルベットのように、滑らかで、心地よかった。
だが、俺には、聞こえていた。
その、美しい言葉の、裏側に、隠された、冷たい、計算と、底知れない、悪意の響きが。
俺は、ドアに寄りかかったまま、腕を組み、にやりと、笑った。
「……提案、ねえ。聞くだけ、聞いてやる。話してみろよ、四天王」
俺の言葉に、メフィストの、完璧な笑顔が、初めて、わずかに、凍りついた。
腹の探り合い。
言葉の、罠。
静かな、しかし、これまでで、最も、厄介な戦いが、今、この、家の玄関先で、始まろうとしていた。
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