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第38話 悪魔の囁きと引きこもりの流儀
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「……おや。これは、驚きました」
メフィストは、一瞬だけ、凍りつかせた表情を、すぐに、完璧な微笑みに戻した。だが、その瞳の奥では、高速で、俺という存在を、再評価しているのが見て取れた。
「わたくしの正体を、一目で見抜かれるとは。賢者様の慧眼、噂に違わぬもの。いや、噂以上ですな」
「まあな。家の中に、変な虫が紛れ込んでないか、常にチェックするのは、引きこもりの基本だ」
俺は、ドアに寄りかかったまま、気怠げに答えた。
俺の、あまりにも、緊張感のない態度。それが、逆に、メフィストの警戒心を、さらに強めたようだった。彼の、丁寧な物腰は崩さないまま、その全身から、探るような、鋭い気配が放たれている。
「して、その、魅力的なご提案とやらは、なんだ? 手短に頼む。そろそろ、昼寝の時間なんでね」
俺が、あくびを噛み殺しながら促すと、メフィストは、芝居がかった、恭しい仕草で、胸に手を当てた。
「賢者様。あなた様の、お力、そして、その、平穏を何よりも尊ぶ、という、高潔なご信条。我が主、魔王ゼノン様は、深く、深く、感銘を受けておられます」
「……ほう」
「あなた様のような、偉大なる存在が、下賎な人間どもの、欲望や、争い事に、巻き込まれるのは、世界の、損失でしかない。そう、我が主は、お考えです」
その言葉は、まるで、甘い蜜のように、人の心を、蕩かそうとする。
「そこで、です。賢者様。我が、魔王軍と、手を組む、というのは、いかがでしょうか?」
きたか。
予想通りの、提案。
俺は、黙って、続きを促した。
「我々と、不可侵の盟約を結んでいただければ、もはや、王国も、教会も、あなた様の、聖域に、指一本、触れることはできなくなります。我が主、魔王ゼノン様が、その、絶対的な力をもって、あなた様の、永遠の、平穏を、お約束いたしましょう」
「……」
「あなた様は、ただ、この、快適な家の中で、これまで通り、お過ごしくだされば良い。面倒な、来訪者も、世界の、ゴタゴタも、すべて、我らが、あなた様に代わって、処理いたします。あなた様は、ただ、安息を、貪るだけで、よろしいのです。……どうでしょう? これほど、あなた様にとって、都合の良い話は、ないと思いますが」
メフィストは、自信に満ちた、完璧な笑みを浮かべた。
彼の提案は、確かに、悪魔的で、そして、魅力的だった。
俺の、最大の望みである、『平穏な引きこもり生活』。それを、魔王軍という、最強の暴力装置が、保証してくれる。
普通の人間なら、あるいは、少しでも、力に驕り、怠惰に身を委ねる者であれば、この、甘美な囁きに、抗うことはできなかっただろう。
リビングで、ディスプレイ越しに、このやり取りを見守っている、ヒロインたちが、息をのむ気配がした。特に、リリアは、俺が、この悪魔の取引に、乗ってしまうのではないかと、顔を真っ青にしているに違いない。
俺は、しばらく、腕を組んだまま、黙って、考えていた。
その沈黙を、メフィストは、肯定的な、迷いと、受け取ったようだった。
彼の笑みが、さらに、深くなる。
「賢者様、ご決断を。この手を取ることこそが、最も、合理的で、そして、賢明な、ご選択かと――」
「……断る」
俺は、彼の言葉を、一言で、バッサリと、切り捨てた。
「……え?」
メフィストの、完璧な笑顔に、初めて、本物の、亀裂が入った。
彼は、自分が、何を言われたのか、理解できない、という顔で、固まっている。
「な……なぜ、ですかな? わたくしの、提案の、どこに、不備が……?」
「不備だらけだ」
俺は、やれやれ、という顔で、首を振った。
「いいか、四天王。お前は、根本的な、勘違いをしている」
俺は、ドアから、一歩、前に出た。
そして、メフィストの、冷たい瞳を、まっすぐに見据えて、言った。
「俺は、『平穏が欲しい』とは言ったが、『誰かに、与えてもらう平穏が欲しい』なんて、一言も、言った覚えはない」
「……!」
「俺の平穏は、俺自身が、俺の、この家の力で、守る。それが、俺の、流儀だ。誰かの、庇護の下で、家畜のように、与えられる、偽りの平穏なんざ、クソ食らえだ」
俺の言葉に、メフィ-164-ストは、完全に、言葉を失っていた。
彼の、計算し尽くされた、交渉術。人の、心の隙に付け入る、悪魔の囁き。
それが、全く、通用しない。
目の前の男は、彼の理解を、完全に、超えていた。
「それに、だ」
俺は、続ける。
「お前らと手を組む、だって? 馬鹿言え。そんなことしたら、お前らの、上司である、魔王様とやらが、『同盟のよしみだ』とか言って、この家に、茶を飲みに来たりするかもしれんじゃねえか。客人が増えるのは、面倒なんだよ。これ以上、俺の、静かな生活を、邪魔するな」
その、あまりにも、個人的で、自分本位な、拒絶の理由。
メフィストは、もはや、呆れるのを通り越して、何か、恐ろしいものを、見るような目で、俺を見つめていた。
「……分かり、ました」
やがて、メフィストは、ゆっくりと、息を吐いた。
その表情からは、もはや、完璧な笑顔は、消え失せている。
そこにあったのは、冷徹な、魔王軍の幹部としての、顔。
「どうやら、言葉で、説得するのは、無意味だったようですな。賢者様。あなた様は、わたくしが、想像していた以上に、強かで、そして……愚かな、お方のようだ」
その言葉と共に、メフィストの体から、じわり、と、禍々しい魔力が、溢れ出した。
「残念です。実に、残念だ。我が主は、あなた様を、高く、評価しておられたのですが」
「交渉決裂、ってことで、いいんだな?」
「ええ。そうなりますな」
メフィストは、静かに、頷いた。
「そして、これは、わたくし個人からの、ささやかな、アドバイスですが」
彼の目が、すう、と、細められる。
「次に、あなた様の前に、現れるのは、わたくしのような、穏健派では、ありませんよ」
その言葉を残し、メフィストは、再び、優雅に、一礼した。
そして、今度は、呼び鈴を押すのではなく、ただ、静かに、踵を返し、森の中へと、歩き去っていく。
その背中は、何も、語らなかった。
だが、その、静かな撤退が、何よりも、雄弁に、次なる、脅威の到来を、物語っていた。
俺は、その背中が、完全に、森の中に消えるのを、見届けると。
「……ふう。これで、セールスマンは、帰ったか」
と、呟き、大きな、あくびを一つした。
そして、さっさと、家の中に戻り、中断されていた、至福の昼寝の、続きを、再開するべく、ソファへと、向かうのだった。
リビングでは、ヒロインたちが、安堵と、そして、新たな緊張感が入り混じった、複雑な表情で、俺の帰りを、待っていた。
メフィストは、一瞬だけ、凍りつかせた表情を、すぐに、完璧な微笑みに戻した。だが、その瞳の奥では、高速で、俺という存在を、再評価しているのが見て取れた。
「わたくしの正体を、一目で見抜かれるとは。賢者様の慧眼、噂に違わぬもの。いや、噂以上ですな」
「まあな。家の中に、変な虫が紛れ込んでないか、常にチェックするのは、引きこもりの基本だ」
俺は、ドアに寄りかかったまま、気怠げに答えた。
俺の、あまりにも、緊張感のない態度。それが、逆に、メフィストの警戒心を、さらに強めたようだった。彼の、丁寧な物腰は崩さないまま、その全身から、探るような、鋭い気配が放たれている。
「して、その、魅力的なご提案とやらは、なんだ? 手短に頼む。そろそろ、昼寝の時間なんでね」
俺が、あくびを噛み殺しながら促すと、メフィストは、芝居がかった、恭しい仕草で、胸に手を当てた。
「賢者様。あなた様の、お力、そして、その、平穏を何よりも尊ぶ、という、高潔なご信条。我が主、魔王ゼノン様は、深く、深く、感銘を受けておられます」
「……ほう」
「あなた様のような、偉大なる存在が、下賎な人間どもの、欲望や、争い事に、巻き込まれるのは、世界の、損失でしかない。そう、我が主は、お考えです」
その言葉は、まるで、甘い蜜のように、人の心を、蕩かそうとする。
「そこで、です。賢者様。我が、魔王軍と、手を組む、というのは、いかがでしょうか?」
きたか。
予想通りの、提案。
俺は、黙って、続きを促した。
「我々と、不可侵の盟約を結んでいただければ、もはや、王国も、教会も、あなた様の、聖域に、指一本、触れることはできなくなります。我が主、魔王ゼノン様が、その、絶対的な力をもって、あなた様の、永遠の、平穏を、お約束いたしましょう」
「……」
「あなた様は、ただ、この、快適な家の中で、これまで通り、お過ごしくだされば良い。面倒な、来訪者も、世界の、ゴタゴタも、すべて、我らが、あなた様に代わって、処理いたします。あなた様は、ただ、安息を、貪るだけで、よろしいのです。……どうでしょう? これほど、あなた様にとって、都合の良い話は、ないと思いますが」
メフィストは、自信に満ちた、完璧な笑みを浮かべた。
彼の提案は、確かに、悪魔的で、そして、魅力的だった。
俺の、最大の望みである、『平穏な引きこもり生活』。それを、魔王軍という、最強の暴力装置が、保証してくれる。
普通の人間なら、あるいは、少しでも、力に驕り、怠惰に身を委ねる者であれば、この、甘美な囁きに、抗うことはできなかっただろう。
リビングで、ディスプレイ越しに、このやり取りを見守っている、ヒロインたちが、息をのむ気配がした。特に、リリアは、俺が、この悪魔の取引に、乗ってしまうのではないかと、顔を真っ青にしているに違いない。
俺は、しばらく、腕を組んだまま、黙って、考えていた。
その沈黙を、メフィストは、肯定的な、迷いと、受け取ったようだった。
彼の笑みが、さらに、深くなる。
「賢者様、ご決断を。この手を取ることこそが、最も、合理的で、そして、賢明な、ご選択かと――」
「……断る」
俺は、彼の言葉を、一言で、バッサリと、切り捨てた。
「……え?」
メフィストの、完璧な笑顔に、初めて、本物の、亀裂が入った。
彼は、自分が、何を言われたのか、理解できない、という顔で、固まっている。
「な……なぜ、ですかな? わたくしの、提案の、どこに、不備が……?」
「不備だらけだ」
俺は、やれやれ、という顔で、首を振った。
「いいか、四天王。お前は、根本的な、勘違いをしている」
俺は、ドアから、一歩、前に出た。
そして、メフィストの、冷たい瞳を、まっすぐに見据えて、言った。
「俺は、『平穏が欲しい』とは言ったが、『誰かに、与えてもらう平穏が欲しい』なんて、一言も、言った覚えはない」
「……!」
「俺の平穏は、俺自身が、俺の、この家の力で、守る。それが、俺の、流儀だ。誰かの、庇護の下で、家畜のように、与えられる、偽りの平穏なんざ、クソ食らえだ」
俺の言葉に、メフィ-164-ストは、完全に、言葉を失っていた。
彼の、計算し尽くされた、交渉術。人の、心の隙に付け入る、悪魔の囁き。
それが、全く、通用しない。
目の前の男は、彼の理解を、完全に、超えていた。
「それに、だ」
俺は、続ける。
「お前らと手を組む、だって? 馬鹿言え。そんなことしたら、お前らの、上司である、魔王様とやらが、『同盟のよしみだ』とか言って、この家に、茶を飲みに来たりするかもしれんじゃねえか。客人が増えるのは、面倒なんだよ。これ以上、俺の、静かな生活を、邪魔するな」
その、あまりにも、個人的で、自分本位な、拒絶の理由。
メフィストは、もはや、呆れるのを通り越して、何か、恐ろしいものを、見るような目で、俺を見つめていた。
「……分かり、ました」
やがて、メフィストは、ゆっくりと、息を吐いた。
その表情からは、もはや、完璧な笑顔は、消え失せている。
そこにあったのは、冷徹な、魔王軍の幹部としての、顔。
「どうやら、言葉で、説得するのは、無意味だったようですな。賢者様。あなた様は、わたくしが、想像していた以上に、強かで、そして……愚かな、お方のようだ」
その言葉と共に、メフィストの体から、じわり、と、禍々しい魔力が、溢れ出した。
「残念です。実に、残念だ。我が主は、あなた様を、高く、評価しておられたのですが」
「交渉決裂、ってことで、いいんだな?」
「ええ。そうなりますな」
メフィストは、静かに、頷いた。
「そして、これは、わたくし個人からの、ささやかな、アドバイスですが」
彼の目が、すう、と、細められる。
「次に、あなた様の前に、現れるのは、わたくしのような、穏健派では、ありませんよ」
その言葉を残し、メフィストは、再び、優雅に、一礼した。
そして、今度は、呼び鈴を押すのではなく、ただ、静かに、踵を返し、森の中へと、歩き去っていく。
その背中は、何も、語らなかった。
だが、その、静かな撤退が、何よりも、雄弁に、次なる、脅威の到来を、物語っていた。
俺は、その背中が、完全に、森の中に消えるのを、見届けると。
「……ふう。これで、セールスマンは、帰ったか」
と、呟き、大きな、あくびを一つした。
そして、さっさと、家の中に戻り、中断されていた、至福の昼寝の、続きを、再開するべく、ソファへと、向かうのだった。
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