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第39話 嵐の前の静けさと竜の影
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策将メフィストが、不気味な余韻を残して去ってから、数週間。
我が家には、まるで、何事もなかったかのような、静かな日々が、再び、訪れていた。
メフィストの言葉通り、あれ以来、魔王軍からの接触は、ぱったりと途絶えた。
王国や教会、魔法学院も、度重なる『おもてなし』に、すっかり、懲りたらしい。フィーが展開した『絶対防衛網』は、もはや、突破を試みる者すらいなくなり、完璧な、静寂の壁として、機能していた。
「……やはり、平穏が、一番だ」
俺は、新しく増設した温泉の、湯上がり休憩所に設えた、最高級のマッサージチェアに身を委ね、極楽気分で、目を細めていた。
窓の外では、ピヨちゃんが、のどかに、日向ぼっこをしている。
遠くの農場では、農業ゴーレムたちが、黙々と、しかし、完璧に、畑仕事に勤しんでいる。
完璧な、スローライフ。
これ以上の、望みなど、何もない。
「ユータ様、フルーツ牛乳、お持ちしました」
「ご主人様、肩、お揉みしますね」
リリアとモカが、甲斐甲斐しく、俺の世話を焼いてくれる。リリアは、もはや、王女としてのプライドなど、どこかに置き忘れ、俺の専属の世話係のようになっている。まあ、本人も、まんざらでもないようだから、いいだろう。
「……ユータさん。油断は、禁物ですよ」
一人、フィーだけが、休憩所の隅で、難しい顔をして、何かのシミュレーションを続けていた。
「策将メフィスト……。彼のような、頭脳派の幹部が、このまま、黙って引き下がるとは、到底、思えません。嵐の前の、静けさ。そう考えるべきです」
「分かってるよ」
俺は、マッサージチェアの振動に身を任せながら、気怠げに答えた。
「どうせ、次に来るのは、残りの四天王の、最後の一人だろ。今までの奴らより、さらに、面倒くさいのが来る。分かってるさ」
だからこそ、俺は、この、束の間の平穏を、骨の髄まで、味わい尽くすのだ。
次の面倒事が、いつ、どんな形で、やってくるかは、知らない。
だが、どんな奴が来ようと、俺は、この家から、一歩も、出ない。
そして、俺の、平穏を乱す奴は、誰であろうと、容赦なく、叩き潰す。
ただ、それだけだ。
◇
その頃。
アルトリア王国と、魔王軍の領土の、ちょうど、中間に位置する、巨大な渓谷地帯、『竜の顎(ドラゴン・ジョー)』。
その、最も、深い谷底で。
魔王軍、最後の四天王が、静かに、その『牙』を、研いでいた。
ゴウッ!
漆黒の鎧をまとった巨漢――竜将軍・バハムートが、その手に持った、巨大な戦斧を、一振りする。
ただ、それだけで、空気が、裂けた。
衝撃波が、周囲の、巨大な岩盤を、まるで、豆腐のように、粉々に、砕き散らす。
彼の前には、一体の、巨大な、地竜(アースドラゴン)が、横たわっていた。その体は、すでに、原型を留めておらず、ズタズタに、引き裂かれている。
「……ふん。この程度か」
バハムートは、不満げに、鼻を鳴らした。
彼は、この数週間、来る日も、来る日も、この渓谷に生息する、強力な竜族たちを、ただ、一人で、狩り続けていた。
それは、来るべき、戦いのための、ウォーミングアップ。
そして、彼の、内に秘めた、破壊衝動を、満たすための、遊戯。
彼の元に、一体の、ワイバーンが、舞い降りてきた。ワイバーンの背中には、斥候のゴブリンが乗っており、バハムートの前に、ひれ伏した。
「ご報告! 竜将軍様!」
「……何だ」
「策将メフィスト様が、例の『賢者の家』より、帰還。魔王ゼノン様に、謁見した、とのことにございます」
「……ほう。あの、口先だけの、インテリ野郎が、どうだったのだ。その、賢者とやらを、言葉で、屈服させることが、できたのか?」
バハムートの問いに、ゴブリンは、おずおずと、首を横に振った。
「そ、それが……交渉は、決裂。メフィスト様は、手も足も出ず、撤退された、と……」
「……くくく」
その報告を聞いた、バハムートの、兜の奥から、地響きのような、笑い声が、漏れた。
「はーはっはっは! やはりな! あの、ひょろ長い、もやし野郎に、何ができるものか! 言葉で、通じぬ相手には、力! ただ、絶対的な、力こそが、正義なのだ!」
バハムートは、高らかに、笑った。
「魔王様も、ようやく、お分かりになっただろう。小細工は、終わりだ、と。次に、あの、生意気な、賢者の家の、扉を、叩くのは、この、俺の、戦斧(アックス)である、と!」
彼は、血に濡れた、巨大な戦斧を、天に、掲げた。
その、圧倒的な、存在感。
それは、ただ、そこにいるだけで、大地を、震わせるほどの、純粋な、暴力の、化身。
「斥候よ、魔王様へ、伝えよ。この、竜将軍バハムート、いつでも、出撃の準備は、できておる、と。賢者の家とやらを、その、土地ごと、我が一撃で、粉砕してくれる、と!」
「は、ははーっ!」
ゴブリンは、平伏すると、再び、ワイバーンに乗り、慌てて、飛び去っていった。
後に残された、バハムートは、眼下に広がる、渓谷を見下ろした。
彼の目には、もはや、この地の、竜たちなど、映っていない。
彼の視線は、遥か彼方、東の森に佇む、一軒の、小さな家だけを、捉えていた。
「……賢者よ。貴様の、その、生意気な、平穏も、もう、終わりだ。この、バハムートが、貴様の、その、頑丈な、亀の甲羅ごと、叩き割ってくれるわ」
その、静かな、しかし、確かな、宣戦布告。
最強の『武』が、ついに、動き出す。
それは、これまでの、どの四天王とも、違う。
炎も、氷も、言葉も、効かなかった、その家に、初めて、純粋な、『物理的破壊』という、最大の脅威が、迫っていることを、意味していた。
俺の、完璧な、引きこもり生活の、本当の、正念場。
その、足音は、静かに、しかし、確実に、近づいてきていた。
我が家には、まるで、何事もなかったかのような、静かな日々が、再び、訪れていた。
メフィストの言葉通り、あれ以来、魔王軍からの接触は、ぱったりと途絶えた。
王国や教会、魔法学院も、度重なる『おもてなし』に、すっかり、懲りたらしい。フィーが展開した『絶対防衛網』は、もはや、突破を試みる者すらいなくなり、完璧な、静寂の壁として、機能していた。
「……やはり、平穏が、一番だ」
俺は、新しく増設した温泉の、湯上がり休憩所に設えた、最高級のマッサージチェアに身を委ね、極楽気分で、目を細めていた。
窓の外では、ピヨちゃんが、のどかに、日向ぼっこをしている。
遠くの農場では、農業ゴーレムたちが、黙々と、しかし、完璧に、畑仕事に勤しんでいる。
完璧な、スローライフ。
これ以上の、望みなど、何もない。
「ユータ様、フルーツ牛乳、お持ちしました」
「ご主人様、肩、お揉みしますね」
リリアとモカが、甲斐甲斐しく、俺の世話を焼いてくれる。リリアは、もはや、王女としてのプライドなど、どこかに置き忘れ、俺の専属の世話係のようになっている。まあ、本人も、まんざらでもないようだから、いいだろう。
「……ユータさん。油断は、禁物ですよ」
一人、フィーだけが、休憩所の隅で、難しい顔をして、何かのシミュレーションを続けていた。
「策将メフィスト……。彼のような、頭脳派の幹部が、このまま、黙って引き下がるとは、到底、思えません。嵐の前の、静けさ。そう考えるべきです」
「分かってるよ」
俺は、マッサージチェアの振動に身を任せながら、気怠げに答えた。
「どうせ、次に来るのは、残りの四天王の、最後の一人だろ。今までの奴らより、さらに、面倒くさいのが来る。分かってるさ」
だからこそ、俺は、この、束の間の平穏を、骨の髄まで、味わい尽くすのだ。
次の面倒事が、いつ、どんな形で、やってくるかは、知らない。
だが、どんな奴が来ようと、俺は、この家から、一歩も、出ない。
そして、俺の、平穏を乱す奴は、誰であろうと、容赦なく、叩き潰す。
ただ、それだけだ。
◇
その頃。
アルトリア王国と、魔王軍の領土の、ちょうど、中間に位置する、巨大な渓谷地帯、『竜の顎(ドラゴン・ジョー)』。
その、最も、深い谷底で。
魔王軍、最後の四天王が、静かに、その『牙』を、研いでいた。
ゴウッ!
漆黒の鎧をまとった巨漢――竜将軍・バハムートが、その手に持った、巨大な戦斧を、一振りする。
ただ、それだけで、空気が、裂けた。
衝撃波が、周囲の、巨大な岩盤を、まるで、豆腐のように、粉々に、砕き散らす。
彼の前には、一体の、巨大な、地竜(アースドラゴン)が、横たわっていた。その体は、すでに、原型を留めておらず、ズタズタに、引き裂かれている。
「……ふん。この程度か」
バハムートは、不満げに、鼻を鳴らした。
彼は、この数週間、来る日も、来る日も、この渓谷に生息する、強力な竜族たちを、ただ、一人で、狩り続けていた。
それは、来るべき、戦いのための、ウォーミングアップ。
そして、彼の、内に秘めた、破壊衝動を、満たすための、遊戯。
彼の元に、一体の、ワイバーンが、舞い降りてきた。ワイバーンの背中には、斥候のゴブリンが乗っており、バハムートの前に、ひれ伏した。
「ご報告! 竜将軍様!」
「……何だ」
「策将メフィスト様が、例の『賢者の家』より、帰還。魔王ゼノン様に、謁見した、とのことにございます」
「……ほう。あの、口先だけの、インテリ野郎が、どうだったのだ。その、賢者とやらを、言葉で、屈服させることが、できたのか?」
バハムートの問いに、ゴブリンは、おずおずと、首を横に振った。
「そ、それが……交渉は、決裂。メフィスト様は、手も足も出ず、撤退された、と……」
「……くくく」
その報告を聞いた、バハムートの、兜の奥から、地響きのような、笑い声が、漏れた。
「はーはっはっは! やはりな! あの、ひょろ長い、もやし野郎に、何ができるものか! 言葉で、通じぬ相手には、力! ただ、絶対的な、力こそが、正義なのだ!」
バハムートは、高らかに、笑った。
「魔王様も、ようやく、お分かりになっただろう。小細工は、終わりだ、と。次に、あの、生意気な、賢者の家の、扉を、叩くのは、この、俺の、戦斧(アックス)である、と!」
彼は、血に濡れた、巨大な戦斧を、天に、掲げた。
その、圧倒的な、存在感。
それは、ただ、そこにいるだけで、大地を、震わせるほどの、純粋な、暴力の、化身。
「斥候よ、魔王様へ、伝えよ。この、竜将軍バハムート、いつでも、出撃の準備は、できておる、と。賢者の家とやらを、その、土地ごと、我が一撃で、粉砕してくれる、と!」
「は、ははーっ!」
ゴブリンは、平伏すると、再び、ワイバーンに乗り、慌てて、飛び去っていった。
後に残された、バハムートは、眼下に広がる、渓谷を見下ろした。
彼の目には、もはや、この地の、竜たちなど、映っていない。
彼の視線は、遥か彼方、東の森に佇む、一軒の、小さな家だけを、捉えていた。
「……賢者よ。貴様の、その、生意気な、平穏も、もう、終わりだ。この、バハムートが、貴様の、その、頑丈な、亀の甲羅ごと、叩き割ってくれるわ」
その、静かな、しかし、確かな、宣戦布告。
最強の『武』が、ついに、動き出す。
それは、これまでの、どの四天王とも、違う。
炎も、氷も、言葉も、効かなかった、その家に、初めて、純粋な、『物理的破壊』という、最大の脅威が、迫っていることを、意味していた。
俺の、完璧な、引きこもり生活の、本当の、正念場。
その、足音は、静かに、しかし、確実に、近づいてきていた。
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