異世界転生特典『絶対安全領域(マイホーム)』~家の中にいれば神すら無効化、一歩も出ずに世界最強になりました~

夏見ナイ

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第45話 見えざる手と静かな進軍

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リリアたちの進軍は、驚くほど、順調に進んだ。
いや、『順調』という言葉は、正しくない。
それは、あまりにも、完璧に、コントロールされた、静かな、行軍だった。

「……おかしい」

王都からティル・ナ・ログ市へと続く、主要街道。その、中間に設けられた、グレン公爵軍の、検問所。
そこの、責任者である、百人隊長は、眉をひそめていた。
ここ、数時間。
街道を、行き交う、商人や、旅人からの、報告が、全く、途絶えている。
それどころか、街道の、東西に、放ったはずの、斥候兵たちからも、定時連絡が、一切、入ってこない。
まるで、この検問所だけが、世界から、切り離されてしまったかのような、不気味な、静寂。
「……何かが、起きている」
百人隊長は、胸騒ぎを、抑えきれなかった。
彼は、部下たちに、警戒を、厳にするよう、命令した。
だが、彼らが、気づくことは、なかった。
彼らの、すぐ、そばの、森の、木々の、影の中。
一人の、猫獣人の、少女が、音もなく、彼らの、斥候を、一人、また、一人と、無力化していたことなど。
そして、彼らが、見上げる、空の、遥か、上空。
一人の、エルフの学者が、風の魔法で、姿を隠しながら、この検問所の、兵力配置、シフト、そして、隊長の、性格まで、完全に、分析し、その情報を、主へと、送り続けていたことなど。



「――モカ、報告しろ」

俺は、リビングのソファで、ポテトチップスを、かじりながら、念話のイヤリングを通して、指示を送る。
『はい、ご主人様。街道東側の、斥候、五名、全員、眠らせました。西側も、同じく、完了です。検問所の、周囲、半径一キロ以内に、敵の、目と耳は、もう、ありません』
モカの、冷静な、報告が、脳内に響く。
彼女の、隠密能力は、もはや、達人の域に、達していた。
『夜闇の外套』で、完全に、気配を消し、敵に、気づかれることなく、背後から、接近。そして、フィーが、この作戦のために、特別に調合した、即効性の、睡眠薬を、染み込ませた、吹き矢で、ターゲットを、確実に、無力化する。
その、一連の、動きは、あまりにも、洗練されており、敵は、自分が、何をされたのかも、理解できないまま、深い、眠りに、落ちていく。
まさに、見えざる、暗殺者。
「よし、よくやった。次は、フィー」
『こちら、フィー。検問所の、兵力分析、完了しました。総員、百二名。隊長の、性格は、用心深いが、決断力に欠ける、典型的な、中間管理職タイプ。こちらから、仕掛けなければ、動くことは、ないでしょう』
フィーの、的確な、分析。
「了解だ。リリア、聞こえるか」
『はい、ユータ様』
「今から、検問所を、突破する。だが、戦闘は、するな」
『……と、言いますと?』
「お前は、ただ、堂々と、馬に乗って、検問所の、前を、通り過ぎるだけで、いい。何も、恐れるな。何も、心配するな。ただ、前だけを、見て、進め」
俺の、不可解な、指示。
だが、リリアは、もはや、俺の言葉に、疑問を、挟まなかった。
『……承知、いたしました』



検問所の、百人隊長は、焦れていた。
斥候からの、連絡は、依然として、ない。
部下たちの間にも、動揺が、広がり始めている。
その、張り詰めた、空気の中。
街道の、東の、方角から、一頭の、白馬が、ゆっくりと、近づいてくるのが、見えた。
馬に乗っているのは、一人の、旅の騎士。
金色の髪を、風に、なびかせ、その、佇まいは、凛として、美しい。
だが、その、あまりにも、堂々とした、登場の仕方に、百人隊長は、逆に、警戒心を、強めた。
「……止まれ! 何者だ!」
百人隊長が、叫ぶ。
検問所の、兵士たちが、一斉に、槍を構え、道を、塞いだ。
だが、その、金髪の騎士は、止まらない。
それどころか、兵士たちの、殺気など、全く、意に介さないかのように、馬の、速度を、一切、緩めず、まっすぐに、進んでくる。
その、あまりにも、不遜な、態度。
「……な、なんだ、こいつは……」
百人隊長の、額に、冷や汗が、浮かぶ。
得体が、知れない。
ただ、ならぬ、プレッシャーを、感じる。
攻撃、すべきか?
いや、しかし、相手は、まだ、何もしていない。下手に、手を出して、万が一、大物の、貴族だったら、面倒なことになる。
だが、このまま、通すわけには……。
彼の、頭の中で、思考が、ぐるぐると、空回りする。
決断できない。
その、逡巡の、数秒。
それが、勝負を、決めた。
金髪の騎士――リリアは、槍を構える、兵士たちの、ほんの、数メートル手前まで、近づくと。
その、馬の、手綱を、引き、静かに、彼らの、顔を、一人、一人、見渡した。
その、瞳。
兵士たちは、息をのんだ。
その瞳には、侮蔑も、怒りも、ない。
ただ、深い、深い、慈愛と、そして、わずかな、憐れみの、色が、宿っていた。
まるで、道を間違えた、子供を、諭すような、そんな、眼差し。
その、視線に、射抜かれた、兵士たちは、なぜか、体が、動かなくなった。
手に持った、槍が、鉛のように、重くなる。
殺意が、霧のように、晴れていく。
彼らは、気づいていなかった。
遥か、上空から、フィーが、広範囲の、精神干渉魔法――『戦意喪失(パシフィズム)』を、ごく、微弱な、レベルで、放っていたことなど。
それは、相手に、気づかれることなく、その、闘争本能だけを、僅かに、麻痺させる、高等魔術。
「――道を開けなさい」
リリアの、静かな、しかし、威厳に満ちた、一言。
その、言葉は、まるで、絶対的な、命令のように、兵士たちの、心に、響いた。
兵士たちは、まるで、何かに、操られるように、無意識のうちに、その、槍の穂先を、下げ、道を、開けていた。
百人隊長も、例外ではなかった。
彼は、ただ、呆然と、その、金髪の騎士が、自分たちの、目の前を、悠々と、通り過ぎていくのを、見送ることしか、できなかった。
やがて、騎士の姿が、西の、街道の、彼方へと、消えていく。
後に、残されたのは、狐に、つままれたような、顔の、兵士たちと。
そして、「自分は、一体、何をしていたんだ」という、強烈な、自己嫌悪に、陥る、百人隊長の、姿だけだった。



「……ふう。完璧だな」
俺は、リビングで、その一部始終を、見届けると、満足げに、ポテチを、一枚、口に、放り込んだ。
戦闘を、一切、行わずして、敵の、拠点を、無力化する。
これぞ、引きこもり軍師の、戦い方。
『ユータ様……。わたくし、今、自分が、何をしたのか、よく、分かっていません……』
リリアの、少し、戸惑ったような、声が、イヤリングから、聞こえてくる。
「いいんだよ、お前は。ただ、俺の言う通りに、歩いて、一言、喋っただけだ。後は、フィーと、モカが、上手くやった」
『チームワークの、勝利、ですね』
フィーの、楽しそうな、声。
『ご主人様、次は何をしますか?』
モカの、期待に満ちた、声。
俺は、にやりと、笑った。
「決まってるだろ。このまま、一気に、ティル・ナ・ログまで、ノンストップで、進軍する。途中の、障害は、すべて、今と、同じように、排除しろ」
俺の、見えざる、手が、盤上の、駒を、動かしていく。
それは、血の流れない、静かな、しかし、あまりにも、完璧な、進軍。
アルトリア王国の、誰もが、まだ、気づいていない。
自分たちの、国の、運命が。
たった一人の、引きこもりの、手のひらの上で、転がされ始めている、という、事実に。
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