異世界転生特典『絶対安全領域(マイホーム)』~家の中にいれば神すら無効化、一歩も出ずに世界最強になりました~

夏見ナイ

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第46話 英雄の帰還と領主の天秤

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ティル・ナ・ログ市。
かつては、交易の中継点として栄えた、活気ある商業都市。
だが、グレン公爵が実権を握って以来、その活気は、すっかりと、影を潜めていた。
重税、厳しい検問、そして、公爵派の役人による、横暴な振る舞い。
市民たちの顔には、疲弊と、不満の色が、濃く、浮かんでいる。
その、沈滞した、空気が、支配する、街の、正門に。
一頭の、白馬に乗った、金髪の騎士が、ゆっくりと、その、姿を、現した。

「……止まれ! 何者だ!」

門番の兵士が、いつものように、横柄な態度で、槍を突きつける。
だが、その騎士――リリアは、馬を止めると、静かに、フードを、脱いだ。
陽の光を浴びて、きらきらと輝く、美しい、金色の髪。
そして、気品に満ちた、その、顔立ち。
その、顔を、見た瞬間、門番の兵士たちの、顔色が変わった。
年配の兵士の一人が、震える声で、呟いた。
「……り、リリア……様……? まさか、生きて、おられたとは……!」
リリア・フォン・アルトリア。
正統なる、王家の、血を引く、第一王女。
その、突然の、帰還。
その、ニュースは、まるで、乾いた、草原に、放たれた、火のように、あっという間に、街中を、駆け巡った。
人々は、仕事の手を止め、家から、飛び出し、広場へと、集まってくる。
彼らは、遠巻きに、しかし、期待と、不安が入り混じった、眼差しで、リリアの姿を、見つめていた。
そこへ、街の、領主館から、一団の、兵士たちが、慌てた様子で、現れた。
その、先頭にいたのは、恰幅のいい、しかし、苦労が、顔に刻まれた、中年の男。
この街の領主、ケネス伯爵、その人だった。
「……リリア、王女。本当に、あなた様、なのですな」
ケネス伯爵は、信じられない、という顔で、リリアを見つめた。
リリアは、馬から、優雅に降り立つと、民衆の前で、深々と、一礼した。
「ご無沙汰しております、ケネス伯爵。そして、ティル・ナ・ログの、民の皆さん。この、リリアーナ・フォン・アルトリア、ただいま、帰還いたしました」
その、凛とした、声。
その、気高い、姿。
広場に集まった、民衆の中から、誰からともなく、歓声が、上がった。
「おお……! リリア様だ!」
「本物の、お姫様が、帰ってこられたぞ!」
だが、ケネス伯爵の表情は、晴れない。
彼の立場は、複雑だった。
心の中では、王家への、忠誠を、誓っている。だが、現実には、グレン公爵の、支配下にある、一地方領主でしかない。
リリアに、味方すれば、公爵からの、報復は、免れないだろう。
だが、彼女を、見捨てれば、民衆の、支持を、失う。
彼の、心は、天秤の上で、激しく、揺れ動いていた。



「……さて、と。役者は、揃ったな」

俺は、リビングの、ソファの上で、ディスプレイに映る、ティル・ナ・ログ市の、広場の様子を、眺めながら、呟いた。
ケネス伯爵の、心の、揺れ動きが、手に取るように、分かる。
ここで、彼を、どう、動かすか。
それが、この、ゲームの、最初の、関門だ。
『――リリア、聞こえるか』
『はい、ユータ様』
『今から、お前に、セリフを、授ける。一言一句、間違えるなよ』
俺は、リリアに、これから、彼女が、語るべき、言葉を、念話で、伝えた。
それは、民衆の心を掴み、ケネス伯爵を、追い詰める、計算され尽くした、演説の、シナリオだった。



「――ケネス伯爵」

リリアは、広場の、中心で、ゆっくりと、口を開いた。
その声は、魔術的な、拡声器も、ないのに、不思議と、広場の、隅々まで、クリアに、響き渡った。
それは、フィーが、遠隔から、風の魔法で、音声を、運んでいるからだ。
「わたくしが、なぜ、今、この地に、戻ってきたか、お分かりですか?」
リリアは、問いかけた。
「それは、他でもありません。圧政に苦しむ、民を救い、叔父、グレンに、奪われた、この、アルトリア王国を、本来の、あるべき姿に、取り戻すためです!」
力強い、宣言。
民衆が、どよめく。
「わたくしは、この、ティル・ナ・ログの地を、反撃の、狼煙を上げる、最初の、拠点と、したい。伯爵、あなたに、問います。あなたは、民と共に、立ち上がる、真の、貴族か。それとも、己の、保身のために、圧政に、目をつぶる、臆病者か!」
厳しい、言葉。
ケネス伯爵の顔が、苦渋に、歪む。
「……お待ちくだされ、リリア様。それは、あまりにも、性急な……。我々には、兵力も、準備も……」
伯爵が、言い訳を、しようとした、その時。
「――兵力なら、ここに、いる!」
広場の、群衆の中から、一人の、若者が、声を上げた。
見れば、それは、先日、エルム村で、リリアに、救われた、村人の、一人だった。
彼は、いつの間にか、この街に、辿り着き、リリアの、奇跡を、人々に、語り継いでいたのだ。
「皆、聞い-168-てくれ! この方こそ、我らを、ゴブリンの、地獄から、救ってくださった、『銀の姫騎士』様だ! この方と、共になら、我々は、勝てる!」
『銀の姫騎士』。
その、言葉に、民衆の、ボルテージが、一気に、跳ね上がった。
「おお! あの、伝説の……!」
「まさか、リリア様が、あの、姫騎士様だったとは!」
噂が、事実となり、そして、目の前の、現実と、結びついた、瞬間。
人々の、心に、希望という、名の、炎が、灯った。
「ケネス伯爵!」
リリアは、追い打ちをかけるように、叫んだ。
「わたくしは、あなたに、降伏を、求めているのでは、ありません。共に、戦うことを、求めているのです。民の、先頭に立ち、その、剣を、振るう、覚悟が、あなたには、ありますか!」
もはや、ケネス伯爵に、逃げ道は、なかった。
民衆の、熱狂的な、視線。
伝説の、英雄からの、問いかけ。
ここで、否と、言えば、彼の、領主としての、権威は、失墜するだろう。
「……う、うう……」
伯爵は、天を、仰いだ。
そして、やがて、意を、決したように、剣を、抜き放ち、天に、掲げた。
「――分かり、ました! この、ケネス、生涯の、不覚! もはや、我が身の、保身など、考えません! この身、この剣、リリア様と、アルトリアの、民のために、捧げましょう!」
その、宣言に、広場は、割れんばかりの、大歓声に、包まれた。
「「「うおおおおおおおおっ!」」」
こうして、リリアは、最初の、拠点と、味方を、手に入れた。
一滴の、血も、流すことなく。
ただ、言葉と、伝説の力だけで。



「……完璧な、プレゼンだったな」
俺は、ソファの上で、満足げに、頷いた。
「まさか、エルム村の、生き残りが、あんな、ファインプレーを、してくれるとは、計算外だったが。結果オーライだ」
『すべて、あなたの、シナリオ通りですわ、ユータ様』
リリアの、少し、興奮した、声が、イヤリングから、聞こえる。
「ああ。だが、本当の、戦いは、これからだ」
俺は、ディスプレイの、マップを、切り替えた。
ティル・ナ・ログ市が、青く、染まったのを、感知した、王都の、赤い、光点が、慌ただしく、動き始めている。
グレン公爵が、この、反乱の、報を、受け、討伐軍を、差し向けてくるのは、時間の、問題だろう。
「――リリア、ケネス伯爵に、伝えろ。すぐに、籠城の、準備を、始めろ、と。最初の、防衛戦が、始まるぞ」
俺の、静かな、命令が、新たな、戦いの、始まりを、告げた。
引きこもり軍師の、次なる、一手は、何か。
王都から、迫り来る、討伐軍を、どう、迎え撃つのか。
盤上の、駒は、揃った。
本当の、ゲームは、ここからだ。
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