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第55話 決戦の地、竜の顎にて
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三日後。
巨大な、岩の牙が、天を突くように、そそり立つ、不毛の、渓谷地帯、『竜の顎』。
その、中央、最も、開けた、盆地に。
紫の、魔将軍ザイードは、ただ、一人、静かに、立っていた。
その、無表情な、顔は、空を、見上げ、約束の、相手が、現れるのを、待っている。
彼の、周囲には、一切の、生命の、気配がない。
この地の、岩肌にすら、彼の、放つ、禍々しい、オーラに、当てられ、ひびが、入っている。
彼は、約束の、時間が、来ても、賢者が、現れなければ、即座に、王都へと、転移し、その、すべてを、破壊し尽くす、つもりだった。
彼にとって、それは、ただの、作業。
心のない、戦闘人形である、彼には、そこに、何の、感情も、介在しない。
その、静寂を、破るように。
ザイードの、目の前の、空間が、まるで、陽炎のように、揺らめき始めた。
「……来たか」
ザイードは、静かに、呟いた。
空間魔法による、転移。
賢者自らが、この地に、乗り込んできたのか。
ザイードは、ゆっくりと、戦闘態勢に、入る。
その、全身から、紫電が、ほとばしり、大地が、びりびりと、震えた。
揺らめきは、次第に、大きくなり、やがて、一つの、明確な、『扉』の形を、成していく。
それは、どこにでもあるような、木製の、簡素な、ドアだった。
だが、その、あまりにも、場違いな、出現の仕方は、逆に、不気味さを、際立たせる。
ガチャリ、と、音を立てて。
その、ドアが、内側から、開かれた。
そして、中から、一人の、男が、姿を、現した。
パジャマ代わりの、ラフな、シャツと、ズボン。
寝癖のついた、黒髪。
眠そうな、目。
その、あまりにも、緊張感のない、風貌は、およそ、この、決戦の地に、立つべき、人物とは、思えなかった。
「……よう」
俺は、気の抜けた、挨拶をすると、ふぁ、と、大きな、あくびを一つした。
「お前が、魔将軍、ザイードか。わざわざ、呼び出しといて、随分と、辺鄙な、場所を、選んでくれたもんだな。来るまで、大変だったんだぞ」
俺の、その、言葉。
ザイードは、理解できなかった。
目の前の男は、確かに、賢者本人なのだろう。だが、彼の、背後にある、ドア。その、向こう側に見えるのは、渓谷の、景色ではない。
温かみのある、木目の、床。
ふかふかの、ソファ。
紅茶の、いい香りが、漂ってきそうな、ごく、普通の、家の、リビング。
「……貴様、何をした」
ザイードは、初めて、その、無表情な、顔に、わずかな、警戒の、色を浮かべた。
「何って」
俺は、にやりと、笑った。
「言っただろ。俺は、家から、一歩も、出ない、ってな」
俺は、ドアの、敷居を、またがない。
俺の、体は、ドアの、内側。家の、中に、ある。
俺が、この、三日間で、完成させた、究極の、空間魔法。
『どこでも玄関(エニウェア・ドア)』。
この家の、玄関ドアを、世界の、あらゆる、座標と、直接、繋げる、という、反則技。
今の、俺は、家にいながらにして、この、決戦の地に、顔を、出しているのだ。
「……面白い、余興だ」
ザイードは、すぐに、冷静さを、取り戻した。
「だが、その、小賢しい、扉ごと、貴様を、この地から、消し去ってやれば、同じこと」
ザイードの、全身から、紫の、雷が、奔流のように、放たれた。
それは、触れるもの、すべてを、塵へと、返す、破滅の、稲妻。
その、攻撃が、俺と、俺の、背後にある、家の、ドアへと、殺到する。
だが。
キィン、という、澄んだ、音。
稲妻は、ドアの、敷居の、手前、数センチの、空間で、まるで、透明な、壁に、阻まれたかのように、霧散した。
「……なに?」
ザイードの、顔に、初めて、明確な、驚愕の色が、浮かんだ。
「だから、言ってるだろ」
俺は、ドア枠に、もたれかかりながら、心底、面倒くさそうに、言った。
「俺は、家から、一歩も、出ていない。そして、俺の、家の中は、『絶対安全領域』だ。お前の、攻撃は、絶対に、届かない」
その、あまりにも、理不尽な、真実。
ザイードは、理解した。
自分は、今、絶対に、攻撃が、当たらない、相手と、対峙しているのだ、と。
「……ならば!」
ザイードは、即座に、思考を、切り替えた。
彼は、俺への、攻撃を、やめ、その、矛先を、遥か彼方、王都の、方角へと、向けた。
「貴様が、そこから、動かぬというなら、約束通り、王都を、火の海に、してくれるまで!」
彼が、転移魔法を、発動させようとした、その瞬間。
彼の、足元が、ぐにゃり、と、歪んだ。
「!?」
ザイードは、自分の、体が、沼に、沈むように、動けなくなっていることに、気づいた。
「……空間、固定……!? 馬鹿な、いつの間に……!」
「お前が、俺に、無駄な、攻撃を、仕掛けている、間だよ」
俺は、静かに、告げた。
この、『どこでも玄関』は、ただ、繋がっているだけではない。
ドアが、開いている間、その、周囲の、空間は、俺の、『絶対安全領域』の、法則に、上書きされるのだ。
つまり、この、決戦の地、竜の顎は、今、一時的に、俺の、『庭』と、化している。
そして、俺は、俺の、庭の中でなら、全能だ。
「……さて、と」
俺は、ドアの、内側から、一歩も、動かずに、手を、差し出した。
そして、念じる。
「――出でよ、我が家の、家具たち」
その、言葉を、合図に。
ザイードの、周囲の、空間から、次々と、ありえない、ものが、出現し始めた。
ふかふかの、三人掛けソファが、空から、降ってきて、ザイードの、頭上を、強打する。
「ぐっ!?」
木製の、ローテーブルが、地中から、生えてきて、彼の、足に、絡みつく。
壁掛けの、巨大ディスプレイが、彼の、目の前に、現れ、けたたましい、音量で、ピヨちゃんの、鳴き声を、延々と、リピート再生し始める。
「ピヨ! ピヨ! ギャオー! ギャオー!」
「や、やめろ……! なんだ、これは……!」
最強の、魔将軍が、次々と、出現する、生活感あふれる、家具たちに、翻弄されていく。
それは、もはや、戦闘ではなかった。
ただの、シュールな、イジメだった。
「仕上げだ」
俺は、最後に、とどめの一撃を、放つ。
俺が、最も、愛用している、最高級の、マッサージチェア。
それが、ザイードの、背後に、出現し、その、二本の、アームで、彼の、体を、がっしりと、ホールドした。
そして、
「揉み・強モード、最大。ツボ、全無視」
ウィィィィン、という、駆動音と共に。
マッサージチェアは、情け容赦ない、動きで、ザイードの、体を、もみくちゃにし始めた。
「ぎ……ぎぎぎ……! あ……体が……! 折れる……! あべしっ!」
最強の、魔将軍が、マッサージチェアによって、戦闘不能に、陥る、という、前代未聞の、光景。
俺は、その、一部始終を、ドアの、内側から、冷ややかに、見届けると、静かに、ドアを、閉めようとした。
「ま、待て……!」
ザイードが、最後の、力を振り絞り、叫んだ。
「……き、貴様は……一体、何者なのだ……。神、なのか……? それとも、悪魔、か……?」
その、問いに。
俺は、ドアの、隙間から、顔を、覗かせ、にやりと、笑った。
「――言っただろ。俺は、ただの、引きこもりだ、と」
その、言葉を、最後に。
ガチャリ、と、ドアは、閉じられた。
後に、残されたのは、家具に、埋もれ、マッサージチェアに、もみくちゃにされ、意識を失った、最強の、魔将軍と。
そして、何事もなかったかのように、元の、静寂に、戻った、不毛の、渓谷だけだった。
王国と、魔王軍の、運命を、賭けた、頂上決戦。
それは、一人の、引きこもりの、あまりにも、理不尽で、一方的な、勝利によって、その、幕を、閉じたのだった。
**――第三章 完――**
巨大な、岩の牙が、天を突くように、そそり立つ、不毛の、渓谷地帯、『竜の顎』。
その、中央、最も、開けた、盆地に。
紫の、魔将軍ザイードは、ただ、一人、静かに、立っていた。
その、無表情な、顔は、空を、見上げ、約束の、相手が、現れるのを、待っている。
彼の、周囲には、一切の、生命の、気配がない。
この地の、岩肌にすら、彼の、放つ、禍々しい、オーラに、当てられ、ひびが、入っている。
彼は、約束の、時間が、来ても、賢者が、現れなければ、即座に、王都へと、転移し、その、すべてを、破壊し尽くす、つもりだった。
彼にとって、それは、ただの、作業。
心のない、戦闘人形である、彼には、そこに、何の、感情も、介在しない。
その、静寂を、破るように。
ザイードの、目の前の、空間が、まるで、陽炎のように、揺らめき始めた。
「……来たか」
ザイードは、静かに、呟いた。
空間魔法による、転移。
賢者自らが、この地に、乗り込んできたのか。
ザイードは、ゆっくりと、戦闘態勢に、入る。
その、全身から、紫電が、ほとばしり、大地が、びりびりと、震えた。
揺らめきは、次第に、大きくなり、やがて、一つの、明確な、『扉』の形を、成していく。
それは、どこにでもあるような、木製の、簡素な、ドアだった。
だが、その、あまりにも、場違いな、出現の仕方は、逆に、不気味さを、際立たせる。
ガチャリ、と、音を立てて。
その、ドアが、内側から、開かれた。
そして、中から、一人の、男が、姿を、現した。
パジャマ代わりの、ラフな、シャツと、ズボン。
寝癖のついた、黒髪。
眠そうな、目。
その、あまりにも、緊張感のない、風貌は、およそ、この、決戦の地に、立つべき、人物とは、思えなかった。
「……よう」
俺は、気の抜けた、挨拶をすると、ふぁ、と、大きな、あくびを一つした。
「お前が、魔将軍、ザイードか。わざわざ、呼び出しといて、随分と、辺鄙な、場所を、選んでくれたもんだな。来るまで、大変だったんだぞ」
俺の、その、言葉。
ザイードは、理解できなかった。
目の前の男は、確かに、賢者本人なのだろう。だが、彼の、背後にある、ドア。その、向こう側に見えるのは、渓谷の、景色ではない。
温かみのある、木目の、床。
ふかふかの、ソファ。
紅茶の、いい香りが、漂ってきそうな、ごく、普通の、家の、リビング。
「……貴様、何をした」
ザイードは、初めて、その、無表情な、顔に、わずかな、警戒の、色を浮かべた。
「何って」
俺は、にやりと、笑った。
「言っただろ。俺は、家から、一歩も、出ない、ってな」
俺は、ドアの、敷居を、またがない。
俺の、体は、ドアの、内側。家の、中に、ある。
俺が、この、三日間で、完成させた、究極の、空間魔法。
『どこでも玄関(エニウェア・ドア)』。
この家の、玄関ドアを、世界の、あらゆる、座標と、直接、繋げる、という、反則技。
今の、俺は、家にいながらにして、この、決戦の地に、顔を、出しているのだ。
「……面白い、余興だ」
ザイードは、すぐに、冷静さを、取り戻した。
「だが、その、小賢しい、扉ごと、貴様を、この地から、消し去ってやれば、同じこと」
ザイードの、全身から、紫の、雷が、奔流のように、放たれた。
それは、触れるもの、すべてを、塵へと、返す、破滅の、稲妻。
その、攻撃が、俺と、俺の、背後にある、家の、ドアへと、殺到する。
だが。
キィン、という、澄んだ、音。
稲妻は、ドアの、敷居の、手前、数センチの、空間で、まるで、透明な、壁に、阻まれたかのように、霧散した。
「……なに?」
ザイードの、顔に、初めて、明確な、驚愕の色が、浮かんだ。
「だから、言ってるだろ」
俺は、ドア枠に、もたれかかりながら、心底、面倒くさそうに、言った。
「俺は、家から、一歩も、出ていない。そして、俺の、家の中は、『絶対安全領域』だ。お前の、攻撃は、絶対に、届かない」
その、あまりにも、理不尽な、真実。
ザイードは、理解した。
自分は、今、絶対に、攻撃が、当たらない、相手と、対峙しているのだ、と。
「……ならば!」
ザイードは、即座に、思考を、切り替えた。
彼は、俺への、攻撃を、やめ、その、矛先を、遥か彼方、王都の、方角へと、向けた。
「貴様が、そこから、動かぬというなら、約束通り、王都を、火の海に、してくれるまで!」
彼が、転移魔法を、発動させようとした、その瞬間。
彼の、足元が、ぐにゃり、と、歪んだ。
「!?」
ザイードは、自分の、体が、沼に、沈むように、動けなくなっていることに、気づいた。
「……空間、固定……!? 馬鹿な、いつの間に……!」
「お前が、俺に、無駄な、攻撃を、仕掛けている、間だよ」
俺は、静かに、告げた。
この、『どこでも玄関』は、ただ、繋がっているだけではない。
ドアが、開いている間、その、周囲の、空間は、俺の、『絶対安全領域』の、法則に、上書きされるのだ。
つまり、この、決戦の地、竜の顎は、今、一時的に、俺の、『庭』と、化している。
そして、俺は、俺の、庭の中でなら、全能だ。
「……さて、と」
俺は、ドアの、内側から、一歩も、動かずに、手を、差し出した。
そして、念じる。
「――出でよ、我が家の、家具たち」
その、言葉を、合図に。
ザイードの、周囲の、空間から、次々と、ありえない、ものが、出現し始めた。
ふかふかの、三人掛けソファが、空から、降ってきて、ザイードの、頭上を、強打する。
「ぐっ!?」
木製の、ローテーブルが、地中から、生えてきて、彼の、足に、絡みつく。
壁掛けの、巨大ディスプレイが、彼の、目の前に、現れ、けたたましい、音量で、ピヨちゃんの、鳴き声を、延々と、リピート再生し始める。
「ピヨ! ピヨ! ギャオー! ギャオー!」
「や、やめろ……! なんだ、これは……!」
最強の、魔将軍が、次々と、出現する、生活感あふれる、家具たちに、翻弄されていく。
それは、もはや、戦闘ではなかった。
ただの、シュールな、イジメだった。
「仕上げだ」
俺は、最後に、とどめの一撃を、放つ。
俺が、最も、愛用している、最高級の、マッサージチェア。
それが、ザイードの、背後に、出現し、その、二本の、アームで、彼の、体を、がっしりと、ホールドした。
そして、
「揉み・強モード、最大。ツボ、全無視」
ウィィィィン、という、駆動音と共に。
マッサージチェアは、情け容赦ない、動きで、ザイードの、体を、もみくちゃにし始めた。
「ぎ……ぎぎぎ……! あ……体が……! 折れる……! あべしっ!」
最強の、魔将軍が、マッサージチェアによって、戦闘不能に、陥る、という、前代未聞の、光景。
俺は、その、一部始終を、ドアの、内側から、冷ややかに、見届けると、静かに、ドアを、閉めようとした。
「ま、待て……!」
ザイードが、最後の、力を振り絞り、叫んだ。
「……き、貴様は……一体、何者なのだ……。神、なのか……? それとも、悪魔、か……?」
その、問いに。
俺は、ドアの、隙間から、顔を、覗かせ、にやりと、笑った。
「――言っただろ。俺は、ただの、引きこもりだ、と」
その、言葉を、最後に。
ガチャリ、と、ドアは、閉じられた。
後に、残されたのは、家具に、埋もれ、マッサージチェアに、もみくちゃにされ、意識を失った、最強の、魔将軍と。
そして、何事もなかったかのように、元の、静寂に、戻った、不毛の、渓谷だけだった。
王国と、魔王軍の、運命を、賭けた、頂上決戦。
それは、一人の、引きこもりの、あまりにも、理不尽で、一方的な、勝利によって、その、幕を、閉じたのだった。
**――第三章 完――**
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