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第八話 謎の高純度ポーション
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家の裏に並んだ三つの酒樽。その中身は、全て最高品質のポーションだ。
これを市場に売りに行かなければならない。その事実が、俺の心を重くしていた。樽を運ぶ? 無理だ。俺の細腕で動かせる代物じゃない。それに、そんな力仕事をしたくないからこそ、このシステムを作ったのだ。
「……瓶詰めするか」
結局、家にあるだけの空き瓶にポーションを詰め替えることにした。もちろん、自分の手は使わない。【自動瓶詰】のプロセスを微調整し、手持ちの数十本の小瓶にポーションを満たさせる。
あとは、これを市場まで運ぶだけだ。
俺はため息交じりに身支度を整えた。数日ぶりの外出だ。本当ならベッドから一歩も出たくないが、金がなければこの生活は破綻する。これは必要なコストだ。そう自分に言い聞かせ、瓶を詰め込んだ麻袋を背負った。
重い。
ただただ、重い。
村の中心にある市場までの道のりが、永遠のように感じられた。一歩歩くたびに、背中の重みが「お前の怠惰などこの程度か」と嘲笑ってくるようだ。
すれ違う村人たちの視線が刺さる。いつも家で寝てばかりの「怠け者レイジ」が、大荷物を背負って歩いている。それだけで彼らにとっては異常事態なのだろう。
「おい、レイジ。今日はまた、珍しいな」
声をかけてきたのは、村の自警団の男だった。顔見知りだが、親しくはない。俺を見下すような目が、今日は好奇心で光っていた。
「……ちょっと、な」
俺は曖昧に答えて通り過ぎようとしたが、男はしつこかった。
「その袋、何が入ってるんだ? 森で何か見つけたのか?」
「大したものじゃない。ただの薬草汁だ」
嘘は言っていない。ポーションとは、要するに薬草の汁だ。
「へえ。お前がか。どうせまた、ろくでもない物でも拾ってきたんだろう」
男は馬鹿にしたように笑い、興味を失ったように離れていった。助かった。これ以上詮索されるのは御免だ。
市場に着くと、俺は端の方の目立たない場所にむしろを敷き、ポーションの瓶を並べた。商売などしたことがない。どうやって売ればいいのか、相場がいくらなのかも分からない。
とりあえず、村の薬師が売っているポーションより少し安いくらいの値段をつけておいた。早く売りさばいて、さっさと帰りたい。それだけだった。
店を開いてしばらくは、誰も俺のポーションに見向きもしなかった。村人たちは、俺の顔を見るなり胡散臭そうな顔をして通り過ぎていく。「あの怠け者が作ったものなんて」「どうせ偽物か粗悪品だろう」。そんなひそひそ声が聞こえてくる。
予想通りだ。俺の信用はゼロどころかマイナスだからな。
俺は売り込みをする気にもなれず、むしろの上であぐらをかいて、ぼんやりと空を眺めていた。売れなければ売れないで、自分で飲めばいい。そう思っていた。
転機が訪れたのは、昼過ぎのことだった。
「おい、そこの」
声をかけてきたのは、埃にまみれた鎧を着た二人組だった。冒険者だろうか。村の外から来た人間らしく、ひどく疲れ切った様子だった。
「このポーション、本物か?」
一人の男が、俺のポーションを手に取り、疑わしそうに中身を透かして見ている。
「……ああ。効くとは思うが」
俺のやる気のない返事に、男は眉をひそめた。だが、隣にいた仲間の女が苦しそうに呻いた。
「もういいよ、それ買おう。私、もう限界……」
彼女の腕には、魔物につけられたと思われる深い傷があった。出血は止まっているようだが、顔色は悪い。
男はしぶしぶといった様子で、銀貨を放り投げた。
「一本もらうぞ。もし偽物だったら、ただじゃおかないからな」
男は瓶の蓋を開け、女の傷口にポーションを振りかけた。
その瞬間だった。
シュワッ、と小さな音がして、傷口から白い煙が上がった。女が小さく悲鳴を上げる。
「おい、大丈夫か!?」
男が慌てて女の腕を掴む。だが、次の瞬間、二人は信じられないものを見たように目を見開いた。
煙が晴れたそこには、傷一つない、滑らかな肌があった。深い切り傷も、周りの打撲痕も、跡形もなく消え去っている。
「……え?」
女が自分の腕をさする。痛みもないようだ。それどころか、彼女の顔色がみるみる良くなっていく。疲れ切っていた表情に生気が戻り、肌に艶が出てきた。
「嘘だろ……。これ、ただの下級ポーションじゃねえぞ」
男が俺の方を振り返った。その目には、先ほどの疑いの色はない。あるのは、純粋な驚愕だった。
「これ、本当にあんたが作ったのか? いや、どこで手に入れた?」
「俺が作った」
面倒なので短く答える。
「馬鹿な。こんな純度の高いポーション、王都の宮廷錬金術師だって作れるかどうか……。それが、こんな村の露店で、こんな値段で売ってるなんて」
男は興奮気味にまくし立てた。
「おい、全部くれ。ここにあるやつ、全部だ!」
男は財布の中身を全て俺のむしろの上にぶちまけた。俺が提示した値段の倍以上はあるだろう。
「……そんなにいらない。定価でいい」
「いいから取っとけ! これはそれだけの価値がある。いや、これでも安いくらいだ!」
男は強引に金を押し付け、残りのポーションを全て袋に詰め込むと、何度も俺に礼を言いながら去っていった。
俺の手元には、山のような銀貨と銅貨が残された。
「……まあ、いいか」
これで当分の生活費は確保できた。俺は金を手早く袋に詰め、むしろを畳んだ。
さあ、帰ろう。我が家へ。
だが、俺は知らなかった。
あの冒険者たちが、村の宿屋でこのポーションの効果を吹聴して回ることを。そして、その噂が、村の薬師や他の冒険者たちの間に、瞬く間に広まっていくことを。
「あの怠け者のレイジが、王都級のポーションを作ったらしい」
「嘘だろう。あいつにそんな才能があるわけがない」
「だが、実際に傷が一瞬で治ったのを見た奴がいる」
「もし本当なら、とんでもないことだぞ」
俺が悠々と家で昼寝をしている間に、村の市場では「謎の高純度ポーション」を巡って、小さな騒ぎが起き始めていた。
俺の静かな生活に、面倒ごとの種が撒かれた瞬間だった。
これを市場に売りに行かなければならない。その事実が、俺の心を重くしていた。樽を運ぶ? 無理だ。俺の細腕で動かせる代物じゃない。それに、そんな力仕事をしたくないからこそ、このシステムを作ったのだ。
「……瓶詰めするか」
結局、家にあるだけの空き瓶にポーションを詰め替えることにした。もちろん、自分の手は使わない。【自動瓶詰】のプロセスを微調整し、手持ちの数十本の小瓶にポーションを満たさせる。
あとは、これを市場まで運ぶだけだ。
俺はため息交じりに身支度を整えた。数日ぶりの外出だ。本当ならベッドから一歩も出たくないが、金がなければこの生活は破綻する。これは必要なコストだ。そう自分に言い聞かせ、瓶を詰め込んだ麻袋を背負った。
重い。
ただただ、重い。
村の中心にある市場までの道のりが、永遠のように感じられた。一歩歩くたびに、背中の重みが「お前の怠惰などこの程度か」と嘲笑ってくるようだ。
すれ違う村人たちの視線が刺さる。いつも家で寝てばかりの「怠け者レイジ」が、大荷物を背負って歩いている。それだけで彼らにとっては異常事態なのだろう。
「おい、レイジ。今日はまた、珍しいな」
声をかけてきたのは、村の自警団の男だった。顔見知りだが、親しくはない。俺を見下すような目が、今日は好奇心で光っていた。
「……ちょっと、な」
俺は曖昧に答えて通り過ぎようとしたが、男はしつこかった。
「その袋、何が入ってるんだ? 森で何か見つけたのか?」
「大したものじゃない。ただの薬草汁だ」
嘘は言っていない。ポーションとは、要するに薬草の汁だ。
「へえ。お前がか。どうせまた、ろくでもない物でも拾ってきたんだろう」
男は馬鹿にしたように笑い、興味を失ったように離れていった。助かった。これ以上詮索されるのは御免だ。
市場に着くと、俺は端の方の目立たない場所にむしろを敷き、ポーションの瓶を並べた。商売などしたことがない。どうやって売ればいいのか、相場がいくらなのかも分からない。
とりあえず、村の薬師が売っているポーションより少し安いくらいの値段をつけておいた。早く売りさばいて、さっさと帰りたい。それだけだった。
店を開いてしばらくは、誰も俺のポーションに見向きもしなかった。村人たちは、俺の顔を見るなり胡散臭そうな顔をして通り過ぎていく。「あの怠け者が作ったものなんて」「どうせ偽物か粗悪品だろう」。そんなひそひそ声が聞こえてくる。
予想通りだ。俺の信用はゼロどころかマイナスだからな。
俺は売り込みをする気にもなれず、むしろの上であぐらをかいて、ぼんやりと空を眺めていた。売れなければ売れないで、自分で飲めばいい。そう思っていた。
転機が訪れたのは、昼過ぎのことだった。
「おい、そこの」
声をかけてきたのは、埃にまみれた鎧を着た二人組だった。冒険者だろうか。村の外から来た人間らしく、ひどく疲れ切った様子だった。
「このポーション、本物か?」
一人の男が、俺のポーションを手に取り、疑わしそうに中身を透かして見ている。
「……ああ。効くとは思うが」
俺のやる気のない返事に、男は眉をひそめた。だが、隣にいた仲間の女が苦しそうに呻いた。
「もういいよ、それ買おう。私、もう限界……」
彼女の腕には、魔物につけられたと思われる深い傷があった。出血は止まっているようだが、顔色は悪い。
男はしぶしぶといった様子で、銀貨を放り投げた。
「一本もらうぞ。もし偽物だったら、ただじゃおかないからな」
男は瓶の蓋を開け、女の傷口にポーションを振りかけた。
その瞬間だった。
シュワッ、と小さな音がして、傷口から白い煙が上がった。女が小さく悲鳴を上げる。
「おい、大丈夫か!?」
男が慌てて女の腕を掴む。だが、次の瞬間、二人は信じられないものを見たように目を見開いた。
煙が晴れたそこには、傷一つない、滑らかな肌があった。深い切り傷も、周りの打撲痕も、跡形もなく消え去っている。
「……え?」
女が自分の腕をさする。痛みもないようだ。それどころか、彼女の顔色がみるみる良くなっていく。疲れ切っていた表情に生気が戻り、肌に艶が出てきた。
「嘘だろ……。これ、ただの下級ポーションじゃねえぞ」
男が俺の方を振り返った。その目には、先ほどの疑いの色はない。あるのは、純粋な驚愕だった。
「これ、本当にあんたが作ったのか? いや、どこで手に入れた?」
「俺が作った」
面倒なので短く答える。
「馬鹿な。こんな純度の高いポーション、王都の宮廷錬金術師だって作れるかどうか……。それが、こんな村の露店で、こんな値段で売ってるなんて」
男は興奮気味にまくし立てた。
「おい、全部くれ。ここにあるやつ、全部だ!」
男は財布の中身を全て俺のむしろの上にぶちまけた。俺が提示した値段の倍以上はあるだろう。
「……そんなにいらない。定価でいい」
「いいから取っとけ! これはそれだけの価値がある。いや、これでも安いくらいだ!」
男は強引に金を押し付け、残りのポーションを全て袋に詰め込むと、何度も俺に礼を言いながら去っていった。
俺の手元には、山のような銀貨と銅貨が残された。
「……まあ、いいか」
これで当分の生活費は確保できた。俺は金を手早く袋に詰め、むしろを畳んだ。
さあ、帰ろう。我が家へ。
だが、俺は知らなかった。
あの冒険者たちが、村の宿屋でこのポーションの効果を吹聴して回ることを。そして、その噂が、村の薬師や他の冒険者たちの間に、瞬く間に広まっていくことを。
「あの怠け者のレイジが、王都級のポーションを作ったらしい」
「嘘だろう。あいつにそんな才能があるわけがない」
「だが、実際に傷が一瞬で治ったのを見た奴がいる」
「もし本当なら、とんでもないことだぞ」
俺が悠々と家で昼寝をしている間に、村の市場では「謎の高純度ポーション」を巡って、小さな騒ぎが起き始めていた。
俺の静かな生活に、面倒ごとの種が撒かれた瞬間だった。
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