「働きたくない…」と本気で祈ったら怠惰の神が降臨。【フルオート】で身の回りを快適にしていたら、インフラを整備した救国の英雄になっていた

夏見ナイ

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第十話 最初の勘違い「沈黙の賢者」

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村長のバルガスは、重い足取りで自分の屋敷に戻った。彼の頭の中は、あの奇妙な家の主、レイジ・ノマドのことで埋め尽くされていた。

「村長、いかがでしたか」

側近が出迎える。バルガスは大きく息を吐き、椅子にどっしりと腰を下ろした。

「……分からん。ますます分からなくなった」

彼の脳裏に、あの静まり返った家の光景が焼き付いている。人の気配は確かにあった。だが、主は頑として姿を見せようとはしなかった。まるで、外界との関わりを一切拒絶するかのように。

「あの男、我々を完全に無視するつもりらしい。呼びかけにも、扉を叩く音にも、一切反応を示さなかった」

「なんと無礼な。村長に対してそのような態度を取るとは」

側近は憤慨したが、バルガスは静かに首を横に振った。

「無礼、か。そうかもしれん。だが、もしあの噂が真実だとしたら?」

バルガスの言葉に、側近は息を呑んだ。

「もし、あの男が本当に王都の宮廷錬金術師をも凌ぐポーションを自在に生み出せるほどの力を持つとしたら、話は別だ。我々のような田舎村の村長など、彼にとっては取るに足らない存在なのかもしれん」

バルガスは腕を組み、目を閉じた。戦士として諸国を渡り歩いた若い頃の記憶が蘇る。人里離れた塔に住む大魔術師、名もなき山奥で剣の道を極めた剣聖。真の実力者と呼ばれる人間の中には、俗世の名声や富に一切興味を示さず、己の道をただひたすらに探求する孤高の存在が確かにいた。

彼らは、他者との関わりを極端に嫌った。自らの研究や修行を邪魔されることを、何よりも嫌悪した。

「あるいは、我々は大きな間違いを犯していたのかもしれん」

バルガスはゆっくりと目を開いた。その瞳には、ある種の畏敬の念が宿り始めていた。

「我々は彼を『怠け者のレイジ』と呼び、侮ってきた。だが、それは彼の真の姿ではなかったとしたら? 彼が働かなかったのは、我々が『労働』と呼ぶような低次元の営みが、彼にとっては無価値だったからではないのか」

側近は、バルガスの突拍子もない推論に戸惑いの色を見せた。

「村長、それはあまりに飛躍しすぎては……」

「飛躍か? だが、家の裏にあったあの樽と薬草の痕跡はどう説明する。あれは明らかに、大規模なポーション生成の跡だ。そして、彼はその力をひけらかすでもなく、ただ静かに、誰にも知られず暮らしている」

バルガスの言葉は、徐々に熱を帯びていく。点と点が繋がり、彼の中で一つの壮大な物語が構築されつつあった。

「彼は名声を求めない。富を欲しない。ただ、この静かな村で、誰にも邪魔されず自らの探求を続けている。我々が彼の家の扉を叩いたのは、その静寂を破る無粋な行為だったのだ。彼が姿を見せなかったのは、我々に対する怒りや侮りではない。我々のような俗物に関わること自体を、時間の無駄だと考えているからだ」

それは、もはや尊敬を通り越して、一種の信仰に近い感情だった。

「考えてみろ。なぜ彼は、一度だけ市場に現れた? しかも、あの常軌を逸したポーションを、ありえないほどの安値で売った。なぜだ?」

「それは…やはり、金に困っていたのでは?」

側近の現実的な答えに、バルガスは天を仰いだ。

「違う! 断じて違う! あのような御方が、はした金のために動くものか。もし金が目当てなら、もっとやりようがあったはずだ。王都へ行けば、国一つ買えるほどの富を築けただろう。だが、彼はそうしなかった。この寂れた村の、小さな市場で、名も告げずにほんの少しだけ売った。なぜか分かるか?」

バルガスは確信に満ちた目で側近を見つめた。

「あれは、慈悲だ。我々村人への、静かなる慈悲なのだ」

ここ数年、村は不作続きで活気を失っていた。冒険者たちの足も遠のき、市場は寂れる一方だった。村全体が、ゆっくりと沈んでいくような閉塞感に包まれていた。

「賢者様は、その全てを見ておられたのだ。我々の窮状を見かねて、自らの研究の貴重な産物であるあの奇跡の薬を、分け与えてくださった。我々が気兼ねなく手に入れられるよう、あえて安い値段をつけてな」

その言葉は、まるで神託のように側近の心に染み渡った。そうだ、そう考えれば全ての辻褄が合う。あの不可解な行動の全てが。

「一度きりしか現れなかったのも、そのためだ。自らの施しが感謝や称賛の対象となることを、彼は望んでいない。ただ、陰から我々を助け、見守る。なんと奥ゆかしく、そして深遠な御心だ……」

バルガスは感極まったように声を震わせた。

「彼は言葉を発しない。姿も見せない。だが、その行動は誰よりも雄弁に、我々への愛を示している。……そうだ。彼は、賢者だ。我々が敬意を込めてそう呼ぶべき、『沈黙の賢者』様なのだ」

ここに、最初の、そして最も根深い勘違いが誕生した。

バルガスの心は決まった。この村は、計り知れない幸運に恵まれたのだ。この賢者の存在は、村の宝であり、希望の光だ。我々はその御心に、全力で報いねばならない。

「よいか。賢者様は、我々との接触を望んでおられん。ならば、我々がすべきことは一つだ」

バルガスは立ち上がった。その顔には、村の未来を背負う長としての決意が漲っていた。

「直接の感謝は、かえって賢者様のご迷惑となるだろう。我々は、感謝の気持ちを『形』で示すのだ。村でとれた最高の収穫物を集めろ。最高の酒を樽に詰めろ。それらを、賢者様への供物として捧げるのだ」

その日の夕暮れ時。

レイジの家の前は、異様な光景に包まれていた。村長のバルガスを先頭に、数人の村人が静かに列をなしている。彼らの手には、瑞々しい野菜や果物が詰まったカゴ、焼きたてのパン、そして上等なワインの瓶が抱えられていた。

誰も、一言も発しない。賢者の静寂を乱すことは、最大の無礼だと誰もが理解していた。

彼らはまるで祭壇に捧げ物をするかのように、持ってきた品々をそっと、レイ-ジの家の玄関前に置いていく。

その頃、家の中の俺は、外の微かな人の気配に気づいていた。

(……また来たのか。懲りない奴らだ。だが、今日はやけに静かだな。まあいい。どうせすぐに帰るだろう)

俺は興味を失い、ベッドの上で寝返りを打った。外の世界で何が起きていようと、俺の安眠には関係ない。

全ての供物を置き終えたバルガスは、深く、深く頭を下げた。その姿に倣い、他の村人たちも一斉にこうべを垂れる。

「賢者様。我らが感謝の気持ち、どうかお受け取りください。この御恩は、村の名において決して忘れませぬ」

静かな祈りの言葉だけが、夕暮れの空気に溶けていく。

やがて彼らは、来た時と同じように音もなく去っていった。後に残されたのは、静まり返った家と、その玄関前に山と積まれた、最高級の食料品の山だけだった。

この一方的な善意が、俺の怠惰な生活をさらに盤石なものにし、そして勘違いの連鎖を地獄の釜のように煮詰めていくことになることを、もちろん俺はまだ知る由もなかった。
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