「働きたくない…」と本気で祈ったら怠惰の神が降臨。【フルオート】で身の回りを快適にしていたら、インフラを整備した救国の英雄になっていた

夏見ナイ

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第十八話 豊かになった村の噂

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俺が暮らす村は、変わった。

以前は、日々の労働に疲れた顔をした大人たちが静かに行き交う、ただの寂れた農村だった。それが今では、どこからか子供たちの明るい笑い声が聞こえ、市場は常に活気に満ちている。村人たちの顔には血色が戻り、その目には未来への希望が宿っていた。

栄養状態の改善は、人々の心に余裕をもたらしたのだ。

村の食糧難は、俺が垂れ流す余剰作物によって完全に解消された。もはや飢える心配はない。それどころか、村人たちは俺の家の前に置かれた「賢者の恵み」を、自分たちで食べるだけでなく、市場で売るようになっていた。

もちろん、俺の許可など取っていない。だが、どうでもよかった。俺の目的はあくまで余剰作物の処理だ。彼らがそれをどうしようと、俺の知ったことではない。

結果として、村の市場には、王都の高級店でもお目にかかれないような、最高品質の野菜が格安で並ぶようになった。それが村の新たな特産品となり、経済を潤し始めていた。

この小さな村で起きている静かな革命に、最初に気づいたのは外部の人間だった。

その日、行商人の一団が数ヶ月ぶりに村を訪れた。隊商を率いる男の名はザガン。痩せた土地と貧しい村人を相手にするこのルートは、儲けが少なく、いつもは憂鬱な気分で立ち寄る場所だった。

「……ん?」

ザガンは、村の入り口に立った瞬間、何か違和感を覚えた。空気が違う。以前のよどんだような雰囲気はなく、どこか清々しく、活気に満ちている。

市場に足を踏み入れたザガンは、さらに驚愕した。

以前は乾物か質の悪い穀物くらいしか並んでいなかったはずの露店に、色鮮やかな野菜が山と積まれている。一つ一つが驚くほど大きく、艶やかで、生命力に満ち溢れていた。

「おい、冗談だろ。こんな辺境の村で、こんなものが採れるのか」

ザガンは、手に取ったトマトのずっしりとした重みと、肌がはちきれんばかりの張りに目を見張った。彼は長年、様々な土地で商品を仕入れてきた。その目をもってすれば、この野菜が尋常なものではないことは一目で分かった。

彼は近くにいた村人に、興奮気味に話しかけた。

「おい、あんた。この野菜は一体どうしたんだ? どこか腕のいい農家でも移り住んできたのか?」

すると、話しかけられた村人は、まるで不敬な言葉を聞いたかのように顔をしかめ、しかしすぐに誇らしげな表情で胸を張った。

「農家だと? とんでもない。これは、我らが『沈黙の賢者』様から賜った、聖なる恵みなのだよ」

「けんじゃ……さま?」

ザガンは、意味が分からず首を傾げた。

そこから、村人による熱狂的な賢者様物語が始まった。

「我らが村には、深遠なる知恵と大いなる力をお持ちの賢者様がおわします」
「賢者様は、一夜にして不毛の大地を黒土の楽園に変え、枯れかけた井戸の代わりに聖なる泉を授けてくださった」
「そして、我々のために育ててくださったこの恵みの野菜を、無償で分け与えてくださるのだ。なんと慈悲深い御心か……」

村人たちは、目を輝かせ、口々に賢者の偉業を語った。その語り口は、もはや噂話の域を超え、神話を語り継ぐ吟遊詩人のようだった。

ザガンは最初、集団幻覚か何かを疑った。だが、目の前には現実として、奇跡のような野菜が存在する。そして、村人たちの誰もが、その話を疑うことなく信じきっている。この異様な熱気は、嘘や作り話では決して生まれないものだ。

「……そりゃ、とんでもない話だな」

ザガンは、この村がとんでもない大当たりに化けたことを確信した。彼は持っていた金をはたき、積めるだけ「賢者の野菜」を仕入れた。

数日後。ザガンが訪れた次の領都で、彼の仕入れた野菜は爆発的な評判を呼んだ。

「なんだこのトマトは! まるで果物のような甘さだ!」
「このレタス、食べただけで体が軽くなるような気がするぞ!」

領都の富裕層やレストランの料理長たちは、その規格外の品質に度肝を抜かれた。ザガンの荷馬車は、瞬く間に空になった。

野菜の出所を尋ねられたザガンは、村で聞いた話を、自身の興奮も相まって、さらに脚色して語った。

「東の山奥にな、奇跡の村があるんだ。そこには神に愛された賢者が住んでいてな。その賢者が作る作物は、どんな病をも癒す力があるって話だ」

その話は、燎原の火のごとく広がっていった。

行商人の口から口へ。旅人の噂話として。酒場の与太話として。

「賢者の作るポーションは、死者すら蘇らせるらしい」
「その村の井戸の水を飲めば、不老不死になれるそうだ」
「賢者は、天候すら自在に操る神の化身だとか」

噂は伝聞を重ねるうちに、原型を留めないほどに膨れ上がっていく。そしてついに、その噂はこの地方を治める領主、さらには王都の貴族たちの耳にまで届くことになった。

領主は、自らの統治する土地に現れた謎の「賢者」に強い関心を抱いた。王都の貴族たちは、不老不死や万能薬という甘美な響きに色めき立った。

「賢者の住む奇跡の村」。

その存在は、王国中の権力者たちが無視できない、新たな変数となりつつあった。

その頃、全ての噂の中心人物である俺は。

村人からの新たな供物である、極上の羽毛布団にくるまっていた。体を包み込む、雲のような柔らかさ。これは、今まで使っていた藁のベッドとは次元が違う。

「……最高だ。もう、ここから動きたくない」

俺は至福のため息をつき、再び心地よい眠りの世界へと意識を沈めていった。

外の世界で、自分の存在が国家レベルの注目を集め始めていることなど、もちろん知る由もなかった。平穏な怠惰を脅かす、新たな面倒の足音が、すぐそこまで迫っていることも。
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