「働きたくない…」と本気で祈ったら怠惰の神が降臨。【フルオート】で身の回りを快適にしていたら、インフラを整備した救国の英雄になっていた

夏見ナイ

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第三十話 第一部・完

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完璧な目覚めだった。

鳥のさえずりが、やけに心地よく耳に届く。窓から差し込む朝日も、昨日までとは違い、優しく体を包み込むようだ。俺はベッドの中で大きく伸びをした。体の隅々まで活力が満ち渡っている。

「……静かだ」

呟いた言葉に、深い満足感が滲んだ。昨夜から、あの不快な気配は嘘のように消え去っていた。【安眠守護システム】は、見事にその役目を果たしてくれたらしい。

これだ。これこそが俺の求める日常。誰にも邪魔されず、心ゆくまで惰眠を貪る。この至福を守るためなら、多少の知的労働も厭わない。

俺は上機嫌で寝室の扉を開けた。がらんとしたリビングの床に、朝日が長い光の筋を描いている。その中央に、銀髪のエルフが座っていた。

リノ・シルヴァリー。俺の平穏を脅かす、新たな面倒の種だ。

彼女は俺の気配に気づくと、勢いよく顔を上げた。その目は徹夜明けで僅かに充血しているが、それ以上に狂的な探求心の光でギラギラと輝いていた。

「おはようございます、マスター! 昨夜は素晴らしい夜でした!」

「……あんたにとっては、だろうな」

「ええ! あなたが眠られた後、この家の防御術式が稼働する瞬間を観測できたのです! なんという静粛性! なんという効率性! 侵入者を眠らせて森に送り返すなど、慈悲深いのか冷酷なのか。まさに神の発想です!」

どうやら、俺のシステムの全てを観測されていたらしい。まあいい。どうせ彼女には理解できないだろう。

俺が無視してテーブルにつくと、リノは待ってましたとばかりに羊皮紙の巻物を広げた。

「本日の『一日一問』です! あの迎撃システムは、なぜ侵入者の『敵意』だけを正確にフィルタリングできるのですか! 感情を魔力パターンとして読み取るアルゴリズムが組み込まれているのですか! それとも……」

「……勘だ」

俺は一言だけ答えると、思考だけで朝食を準備させた。焼きたてのパンと、新鮮な野菜のサラダが、滑るようにテーブルに並べられる。

背後でリノが「勘! なんと!膨大なデータに基づいた直感的意思決定! それはもはやAIの領域! やはりマスターは……!」と悶絶しているのが聞こえたが、俺はもう慣れてしまった。

こうして、俺の新しい日常が始まった。家に天才だが変人のエルフが居候し、毎日奇妙な質問を投げかけてくる。それ以外は、以前と変わらない完璧な怠惰な生活。

……のはずだった。

窓の外に目をやると、いつの間にか家の周囲を見回る騎士の数が増えていた。彼らは以前よりもさらに鋭い視線で、森の奥や空の一点まで警戒している。まるで、国境を守る砦の兵士のようだ。

その中心で、凛とした立ち姿で指示を出しているのは、王女騎士アリアだった。

彼女は、時折こちらに視線を向ける。その翡翠色の瞳には、もはや敵意も侮蔑もない。そこにあるのは、聖地を見守る巫女のような、静かで、そしてどこか熱狂的な光だった。

(……一体、なんなんだ)

正直、気味が悪い。だが、彼らがいるおかげで、盗賊やならず者が寄り付かなくなったのも事実だ。俺の安眠は、結果的に彼女たちによって守られている。

利用できるものは、利用する。俺はそう割り切り、彼女たちの存在を風景の一部として受け入れることにした。

その頃、アリアは騎士たちに新たな指示を与えていた。

「これより、この村を中心とした新たな防衛網を構築する。我々は、もはや王都の騎士団ではない。この地を守護し、賢者様をお守りするための『聖騎士団』であると心に刻め」

「「「はっ!」」」

騎士たちの力強い返事が、朝の空気に響いた。彼らもまた、この村で起きる数々の不可解な奇跡を目の当たりにし、アリアの信仰に染まりつつあった。

アリアは、レイジの家を仰ぎ見た。

(あの方は、我々に何も語られない。だが、その行動で全てを示してくださる。あの夜、我々が取り逃した賊を、あの方は音もなく処理された。我々の未熟さを、静かに教えてくださったのだ)

彼女の中で、俺の安眠妨害対策は、未熟な騎士たちへの無言の指導へと変換されていた。

(私は、応えなければならない。あの方の深遠なる御心に。この地を、誰にも汚させはしない)

彼女は王都へ送る報告書の内容を心に決めた。

『調査対象、レイジ・ノマド。その力、人知を超え、国家の根幹を揺るがす可能性あり。現時点では、我々の理解を遥かに超えた目的の下、この地で活動中と推測。섣부른接触は、国益を損なう危険性大。よって、調査を継続。私が責任をもって、対象の監視と、この地の保全にあたる』

それは、調査報告というより、この地に永住するための決意表明に近かった。

俺は、そんな外の騒動を知る由もなく、朝食を終え、再びベッドへと戻っていた。

家の中では、リノが俺の残したパンくずを解析し、「これは! 栄養素の魔力変換効率が異常に高い! マスターは食事すらも研究の一環とされているのか!」と叫んでいる。

家の外では、アリアが「聖騎士団」を率いて、俺の家の周りに防衛陣地を築き始めていた。

村では、村人たちが俺の家の前に供物を捧げ、アリアの騎士たちに促されて足早に去っていく。

誰もが、俺という存在を中心に、それぞれの勘違いを深化させ、それぞれの物語を紡いでいた。

俺は、そんなことなど露知らず、極上の羽毛布団に深く体を沈めた。

(まあ、騒がしい奴らがいるのは玉に瑕だが……俺の代わりに面倒事を片付けてくれるなら、悪くはないか)

完璧な静寂ではない。だが、これもまた一つの、怠惰な日常の形なのかもしれない。

俺は満足のため息をつき、ゆっくりと目を閉じた。

俺の怠惰な生活は、俺が知らないうちに、王女と天才と村人たちを巻き込みながら、これからも続いていく。彼らが、俺の安眠を妨害しない限りは。
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