「働きたくない…」と本気で祈ったら怠惰の神が降臨。【フルオート】で身の回りを快適にしていたら、インフラを整備した救国の英雄になっていた

夏見ナイ

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第三十四話 アリアの驚愕

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測量が始まってから、わずか半日。

ホークアイが収集した膨大なデータは、俺の脳内で完璧な三次元立体地図へと変換された。そこには、この村から王都に至るまでのあらゆる地形情報が、ミリ単位の精度で記録されている。

俺はその立体地図を俯瞰しながら、最適ルートの選定に取り掛かった。

ただ最短距離を結べばいいというものではない。考慮すべき要素は無数にある。

地盤の強度。軟弱な地盤は避け、可能な限り硬い岩盤の上を通る。これにより、道の沈下を防ぎ、基礎工事の手間を最小限に抑える。
高低差。急な坂道は馬車の負担になる。可能な限り緩やかな勾配を維持できるよう、地形を迂回するか、あるいは切り通しや盛り土で平坦にするかを計算する。
河川。川を渡るには橋が必要になる。川幅が狭く、流れが穏やかで、かつ両岸の地盤が強固な場所を、架橋ポイントとして選定する。
景観。どうせ作るなら、ただの道ではつまらない。森を抜ける区間、川沿いを走る区間、丘の上から遠くの山々を望める区間。旅人が楽しめるような景色の変化もルートに組み込む。

俺の脳は、前世で培ったプロジェクトマネジメント能力をフル回転させ、これらの複雑な要素を瞬時に計算し、無数のルート候補の中から、唯一無二の『最適解』を導き出した。

「……よし。完成だ」

俺は目を開けた。そこには、心配そうな顔で俺を覗き込むリノの姿があった。

「マスター! 大丈夫ですか!? 半日もの間、微動だにせず……。まるで、魂が抜けてしまったかのようでした」

「ああ、少し集中していただけだ」

俺はそう言うと、リноが持ってきた羊皮紙と、インクの入った小瓶を思考だけで引き寄せた。羽ペンがひとりでに宙に浮き、インクを吸い上げる。

そして、俺の脳内にある完成された設計図を、物理的な地図として羊皮紙の上に描き始めた。

羽ペンは、人間の手では到底不可能な速度と精度で、羊皮紙の上を滑るように動いていく。

正確な等高線が、まるで印刷されたかのように描かれ、森の植生が種類ごとに色分けされていく。川の流れは水深ごとに濃淡がつけられ、地下水脈の位置までが点線で示される。

そして、その中央を貫くように、一本の美しい曲線が描かれた。それが、俺が設計した新しい街道のルートだ。道の幅、勾配、側溝の位置、休憩所の設置ポイントまでが、詳細な注釈と共に書き込まれていく。

リノは、その光景を口を半開きにしたまま、ただ呆然と見つめていた。

「……これは、地図じゃない。設計図だ。いや、もはや預言書だ。未来の土地の姿を、完璧に描き出している……」

彼女の天才的な知能ですら、目の前で起きている現象を理解するのに時間がかかっていた。

数分後。羽ペンが静かに動きを止め、テーブルの上に置かれた。そこには、王国が何十年かけても作れなかったであろう、完璧すぎる地図が完成していた。

俺は、その地図をリノに突きつけた。

「これを、外にいる女騎士に渡してこい。『参考資料だ』とでも言っておけ」

「……は、はい!」

リノは、まるで聖遺物でも扱うかのように、恭しく羊皮紙を手に取ると、ふらつく足取りで家の外へと向かった。

アリアは、家の前で部下と共に、持ち場を離れることなく警備を続けていた。彼女の神経は、家から放たれる巨大な魔力の波動に、ずっと集中していた。

そこへ、リノが夢遊病者のような足取りで現れた。

「……リノ? 中で何が」

「これ……を」

リノは、アリアの問いには答えず、ただ震える手で羊皮紙の巻物を差し出した。

「あの御方からです。『参考資料』だと」

アリアは訝しげにそれを受け取り、ゆっくりと広げた。

そして、彼女は息を呑んだ。

そこに描かれていたのは、地図だった。彼女が今まで見たどんな地図よりも、比較にならないほど精密で、正確で、そして美しい地図。

彼女の視線は、地図の中央を貫く一本の赤い線――新街道の計画ルート――に釘付けになった。

騎士であるアリアは、一目でそのルートの持つ意味を理解した。

(……最短距離)

それは、村から王都までをほぼ直線で結ぶ、驚くほど効率的なルートだった。今までの街道がいかに無駄の多いものであったか、一目瞭然だった。

(このルートを通れば、王都までの所要時間は今の半分以下になる。物流は劇的に改善され、経済は活性化するだろう)

だが、その価値は、経済的なものだけではなかった。アリアは、騎士として、そして王国の守護者として、この地図が持つもう一つの恐ろしい価値に気づいていた。

(……軍事的価値)

そうだ。この道は、完璧な軍用道路だ。

道幅は、軍隊が迅速に行軍するのに最適化されている。急な坂道はなく、兵士や軍馬の疲労を最小限に抑えることができる。休憩所として記されたポイントは、そのまま野営地として転用できる絶好の位置にある。

この道があれば、王都からこの辺境の地まで、軍隊をわずか数日で派遣することが可能になる。それは、この国の防衛体制を根底から覆す、戦略的な大革命だった。

「……まさか」

アリアの全身から、血の気が引いていくのが分かった。

(あの方は、ここまで見抜いておられたというのか)

ただ、怠惰な生活を送っているように見せかけて。その実、この国の物流、経済、そして国防の脆弱性までをも全て見抜いていた。

そして、その全てを解決するための『答え』を、こうして、まるで子供の宿題でも見せるかのように、あっさりと提示してきた。

アリアは、羊皮紙を握る手がわなわなと震えるのを感じていた。

(この御方は、一体どこまでのお考えなのだ……。私が抱いていた懸念など、全てこの御方の掌の上だったというのか)

侮蔑はとうに消え失せていた。尊敬も、畏敬も通り越し、今、彼女の心を支配しているのは、人知を超えた存在を前にした、絶対的な『恐怖』だった。

「アリア様……? 顔色が……」

部下の心配する声も、もはや彼女の耳には届いていなかった。

アリアは、ただ目の前の地図に描かれた赤い線を睨みつけながら、戦慄していた。

自分は、とんでもない人物の、とんでもない計画の、ほんの入り口に立たされているだけなのかもしれない。

その頃。

全ての元凶である俺は、ようやく邪魔者がいなくなったリビングで、ベッドに寝転がりながら、ぼんやりと考えていた。

(さて、道を作るための労働力はどうするか。やっぱり、ゴーレムかな。開墾の時みたいに、土で作るか。いや、どうせなら、もっと頑丈なやつがいいな。素材から、自動で生成させれば……)

俺の思考は、ただひたすらに、「いかにして楽に道を作るか」という、極めて個人的で怠惰な目的にのみ注がれていた。
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