「働きたくない…」と本気で祈ったら怠惰の神が降臨。【フルオート】で身の回りを快適にしていたら、インフラを整備した救国の英雄になっていた

夏見ナイ

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第三十八話 物流革命

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一夜にして出現した王都への道。それは、単なる奇跡の光景では終わらなかった。その道がもたらした影響は、翌日から、目に見える形で王国中に広がり始めた。

最初にその恩恵を受けたのは、皮肉にも、あの行商人ザガンだった。

彼は「賢者の野菜」で得た莫大な利益を元手に、さらに大規模な隊商を組んで、再びあの村を目指していた。だが、彼の頭の中は、これから始まるであろう苦難の道のりでいっぱいだった。

(またあの泥道を行くのか。前回は運が良かったが、今度こそ盗賊に襲われるかもしれん。荷馬車が何台、泥に嵌まることか……)

そんな憂鬱な気分で、王都の門を抜けたザガンは、そこで目を剥いた。

「……な、なんだ、こりゃあ」

目の前に、昨日までなかったはずの、広大で滑らかな石畳の道が、地平線の彼方まで続いている。まるで、王族の庭園に迷い込んだかのようだ。

他の商人たちも、門の前で立ち往生し、そのありえない光景にざわめいていた。

「おい、この道はどこに続くんだ?」
「知るかよ! 昨日までは、ただのぬかるみだったはずだぞ!」

ザガンは、商人の勘で、即座に理解した。

(……賢者様だ)

あの村で聞いた、数々の奇跡。大地を創り変え、泉を湧かせたという、あの御方の仕業に違いない。

彼は、他の商人たちが躊躇しているのを尻目に、真っ先に荷馬車をその新しい道へと進めた。

そして、彼は天国を味わった。

馬車の車輪は、何の抵抗もなく、滑るように石畳の上を転がっていく。揺れが、ほとんどない。いつもなら、荷崩れを心配して、常に気を張っていなければならないのに、まるで揺り籠に揺られているかのように快適だ。

いつもなら一日がかりで進む距離を、わずか数時間で走破してしまった。

「すげえ……。すげえよ、この道は!」

ザガンは、御者台の上で歓喜の声を上げた。

夜になると、さらに驚くべきことが起きた。道の両脇に埋め込まれた石が、ぼんやりと淡い光を放ち始めたのだ。まるで、無数の星が地上に降りてきたかのように、道筋をどこまでも照らし出している。

これなら、夜通し走ることさえ可能だ。

「……本当に、神の仕業だ」

ザガンは、畏怖の念に打たれながら、馬車を走らせ続けた。

そして、彼は信じられない記録を打ち立てた。

通常なら五日はかかる王都から村までの道のりを、わずか半日で走破してしまったのだ。

このニュースは、衝撃となって王国中を駆け巡った。

「王都から東の村まで、半日で行ける道ができたらしい!」
「嘘だろう! どんな魔法を使ったんだ!」

最初は誰もが半信半疑だった。だが、ザガンに続いた商人たちが、次々とその事実を証明した。彼らは、興奮気味に、その道の素晴らしさを語った。

「揺れない! ぬかるまない! 盗賊の心配もない!」
「夜でも明るいから、安心して旅ができる!」

その道は、いつしか商人たちの間で『賢者の道(ワイズマン・ロード)』と呼ばれるようになった。

この道の出現がもたらした影響は、計り知れなかった。

物流コストが、劇的に下がったのだ。

今まで、東の辺境の産物は、輸送に時間と危険が伴うため、王都では高値で取引されていた。逆に、王都の製品は、辺境では手に入らない貴重品だった。

だが、この道が全てを変えた。

ザガンが持ち帰った「賢者の野菜」は、新鮮さを保ったまま、以前の数分の一の輸送コストで王都の市場に並んだ。その結果、価格は下がり、今まで富裕層しか口にできなかった奇跡の野菜が、一般市民の手にも届くようになった。

逆に、王都からは、塩や砂糖、織物といった日用品が、大量に、そして安価に、東の村へと流れ込むようになった。

物と人が、今までとは比較にならない速度と規模で、王都と地方を行き交い始めた。まさに、物流革命。王国の経済は、この一本の道によって、根底から活性化されようとしていた。

この事態を、王城で最も重く受け止めていたのは、アルテア王国国王、オルデウス・フォン・アルテアだった。

玉座の間で、彼は宰相から次々と上がってくる報告に、深く眉を寄せていた。

「陛下。東の街道の件、もはや噂の域を超え、確かな事実として確認されました」
「行商人組合からは、歓喜の声と共に、正式な街道としての認定と、警備隊の派遣を求める陳情が殺到しております」
「経済効果は、試算によりますと……我が国の年間予算の、数パーセントに達する可能性すらあると」

報告を聞きながら、オルデウス王は、机の上に広げられた一枚の羊皮紙を、じっと見つめていた。

それは、数日前に、娘のアリアが伝令に持たせた、例の地図だった。

『……人知を超え、国家の根幹を揺らがす可能性あり……』

アリアの報告書に書かれていた言葉が、今、恐ろしいほどの現実味を帯びて、彼の胸に迫っていた。

「……レイジ・ノマド」

オルデウス王は、その名を、初めて声に出して呟いた。

「一体、何者なのだ、この男は……」

彼は、国の王だ。この国で起きる全てのことは、彼の統治下にあるはずだった。だが、今、自分の知らない場所で、自分の知らない何者かが、この国の形を、根底から作り変えようとしている。

それは、王として、決して許容できることではなかった。だが、同時に、底知れない魅力を感じている自分もいた。

「……宰相。この『賢者』レイジ・ノマドについて、我々が持つ全ての情報を、もう一度洗い直せ。どんな些細なことでもいい。彼の目的、そして正体を、必ず突き止めるのだ」

「はっ!」

王国の最高権力者が、ついに本格的に動き出した。

その頃。

全ての騒動の元凶である俺は。

リノに作らせた【お使いゴーレム】が、王都から持ち帰ってきた『星降りの塩』を、採れたてのトマトに振りかけて、至福の表情を浮かべていた。

「……うまい」

トマトの甘みと酸味が、神がかった塩の風味によって、極限まで引き立てられている。

「これだ。これだよ……」

俺は、涙ぐみながら、神の食材を味わい続けた。

物流革命? 経済効果? 王の思惑?

そんなものは、俺の知ったことではない。

俺の目的は、最初から最後まで、ただ一つ。

この一口の、至福の味。それだけだったのだから。
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