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第四十一話 ゴーストタウン、一夜にして商業都市へ
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夜明けの光の中に浮かび上がる、真新しい町並み。
商人たちは最初、それが集団幻覚であると信じて疑わなかった。だが、恐る恐る足を踏み入れてみると、足元の石畳の硬い感触が、これが紛れもない現実であることを告げていた。
「……本物だ」
一人が呟くと、それを合図にしたかのように商人たちの間にどよめきが広がった。
「馬鹿な! 一晩で町ができるなど!」
「誰が、一体何のために……」
彼らは、まるで未知の遺跡を探検する冒険者のように、町の中を歩き回った。
巨大な取引所の広々とした空間。宿屋の清潔で機能的な個室。食堂の、すぐにでも料理が始められそうなほど整った厨房。その全てが、完璧に「商人たちのために」設計されていることに、彼らは気づき始めた。
「……まさか」
行商人のザガンが、ごくりと喉を鳴らした。彼の脳裏に、この村で囁かれる伝説の存在が浮かび上がる。
「賢者様だ。賢者様の御業に違いない」
その言葉は、まるで天啓のように商人たちの間に染み渡っていった。
そうだ。そうでなければ、この奇跡は説明できない。
「我々が村で騒がしくしていたのを、お見通しだったのだ」
「我々のために、わざわざ専用の町を……なんと、なんとありがたい!」
彼らの目には涙が浮かんでいた。自分たちの浅ましい商魂が、聖なる賢者の静寂を乱してしまった。その罪悪感。そして、そんな自分たちを罰するどころか、新たな活動拠点まで与えてくれた賢者の計り知れない慈悲。
彼らの胸には、村人たちと同じ熱狂的な信仰心が芽生え始めていた。
「この町は、賢者様が我ら商人に与えてくださった聖地だ!」
「そうだ! 我々は、この町を『賢者の商業都市』と名付けよう!」
「そして、賢者様を『商業神』の化身として崇めるのだ!」
その日のうちに、村に滞在していた全ての商人が、我先にとその新しい町へと移転した。荷馬車が列をなし、荷物が運び込まれ、あっという間に昨日までゴーストタウンだった場所に、人々の活気が満ち溢れていく。
村は、嘘のような静けさを取り戻した。
このニュースは、賢者の道を爆走する商人たちの口コミによって、瞬く間に王国中に広まった。
「東の村の先に、一夜にして商業都市ができたらしい!」
「なんでも、そこに住む賢者が商人のために創ってくださったそうだ!」
その噂は商人たちにとって、何よりも魅力的な宣伝文句となった。
「そこへ行けば、安全に、そして効率的に商売ができる」
「商業神の御加護があれば、大儲け間違いなしだ」
王国中の野心的な商人たちが、一攫千金を夢見て、その新しい商業都市――人々が『レイジ・シティ』と呼び始めた町――を目指して殺到し始めた。
町の運営は商人たちの自治によって、驚くほどスムーズに行われた。誰もがこの町が賢者からの借り物であることを理解していた。ここで問題を起こせば、商業神の怒りを買う。その共通認識が、強力な抑止力として機能したのだ。
町の中心にある取引所には王国中から珍しい品々が集まり、東の辺境は王国で最も活気のある商業拠点へと急速に変貌を遂げていった。
この一連の騒動を、アリアは複雑な心境で見守っていた。
彼女は町が出現した日の朝、誰よりも早く現場に駆けつけていた。そして、その完璧な都市設計に再び戦慄した。
(あの方は、ただ騒音を遠ざけたかっただけではない)
アリアにはそう思えた。
(商人たちの欲望を、ただ排除するのではなく、一つの場所に集約し、管理し、そして国の力へと昇華させる。なんと深遠な内政手腕だ。父上が生涯をかけて目指しておられる『富国』の理想形が、ここにある)
彼女のレイジに対する評価は、もはや聖人や賢者という言葉では収まりきらなくなっていた。それは、国を、いや、世界を導く神に等しい存在。
(私は、なんと矮小な存在なのだろう。あの方の御前では、私の正義など子供の戯言に等しい)
彼女は自らの無力さを痛感すると同時に、その偉大なる存在のすぐ近くにいられることに、密かな誇りと喜びを感じ始めていた。
その頃。
全ての騒動の中心で、神と崇められる男は。
ベッドの上で、完璧な静寂を取り戻した窓の外を眺め、至福のため息をついていた。
(……ふぅ。ようやく静かになった。効果は絶大だったな)
俺の耳には、もはや馬のいななきも商人たちの怒鳴り声も届かない。ただ、風が木々の葉を揺らす音と、遠くで聞こえる鳥のさえずりだけ。
これだ。これこそが俺の求める世界。
(それにしても、あの商人たち、意外と行儀がいいな。俺が作った町を綺麗に使ってくれているようだ。まあ、どうでもいいが)
俺は、町の様子を【遠隔監視】でちらりと確認し、すぐに興味を失った。
俺の安眠は取り戻された。
それ以上に望むものなど何もない。
俺は満足感に包まれながら、心地よい昼寝の世界へと再び意識を沈めていった。
商業神の化身が、その誕生の瞬間にいびきをかいて寝ていたことなど、もちろん誰も知る由もなかった。
商人たちは最初、それが集団幻覚であると信じて疑わなかった。だが、恐る恐る足を踏み入れてみると、足元の石畳の硬い感触が、これが紛れもない現実であることを告げていた。
「……本物だ」
一人が呟くと、それを合図にしたかのように商人たちの間にどよめきが広がった。
「馬鹿な! 一晩で町ができるなど!」
「誰が、一体何のために……」
彼らは、まるで未知の遺跡を探検する冒険者のように、町の中を歩き回った。
巨大な取引所の広々とした空間。宿屋の清潔で機能的な個室。食堂の、すぐにでも料理が始められそうなほど整った厨房。その全てが、完璧に「商人たちのために」設計されていることに、彼らは気づき始めた。
「……まさか」
行商人のザガンが、ごくりと喉を鳴らした。彼の脳裏に、この村で囁かれる伝説の存在が浮かび上がる。
「賢者様だ。賢者様の御業に違いない」
その言葉は、まるで天啓のように商人たちの間に染み渡っていった。
そうだ。そうでなければ、この奇跡は説明できない。
「我々が村で騒がしくしていたのを、お見通しだったのだ」
「我々のために、わざわざ専用の町を……なんと、なんとありがたい!」
彼らの目には涙が浮かんでいた。自分たちの浅ましい商魂が、聖なる賢者の静寂を乱してしまった。その罪悪感。そして、そんな自分たちを罰するどころか、新たな活動拠点まで与えてくれた賢者の計り知れない慈悲。
彼らの胸には、村人たちと同じ熱狂的な信仰心が芽生え始めていた。
「この町は、賢者様が我ら商人に与えてくださった聖地だ!」
「そうだ! 我々は、この町を『賢者の商業都市』と名付けよう!」
「そして、賢者様を『商業神』の化身として崇めるのだ!」
その日のうちに、村に滞在していた全ての商人が、我先にとその新しい町へと移転した。荷馬車が列をなし、荷物が運び込まれ、あっという間に昨日までゴーストタウンだった場所に、人々の活気が満ち溢れていく。
村は、嘘のような静けさを取り戻した。
このニュースは、賢者の道を爆走する商人たちの口コミによって、瞬く間に王国中に広まった。
「東の村の先に、一夜にして商業都市ができたらしい!」
「なんでも、そこに住む賢者が商人のために創ってくださったそうだ!」
その噂は商人たちにとって、何よりも魅力的な宣伝文句となった。
「そこへ行けば、安全に、そして効率的に商売ができる」
「商業神の御加護があれば、大儲け間違いなしだ」
王国中の野心的な商人たちが、一攫千金を夢見て、その新しい商業都市――人々が『レイジ・シティ』と呼び始めた町――を目指して殺到し始めた。
町の運営は商人たちの自治によって、驚くほどスムーズに行われた。誰もがこの町が賢者からの借り物であることを理解していた。ここで問題を起こせば、商業神の怒りを買う。その共通認識が、強力な抑止力として機能したのだ。
町の中心にある取引所には王国中から珍しい品々が集まり、東の辺境は王国で最も活気のある商業拠点へと急速に変貌を遂げていった。
この一連の騒動を、アリアは複雑な心境で見守っていた。
彼女は町が出現した日の朝、誰よりも早く現場に駆けつけていた。そして、その完璧な都市設計に再び戦慄した。
(あの方は、ただ騒音を遠ざけたかっただけではない)
アリアにはそう思えた。
(商人たちの欲望を、ただ排除するのではなく、一つの場所に集約し、管理し、そして国の力へと昇華させる。なんと深遠な内政手腕だ。父上が生涯をかけて目指しておられる『富国』の理想形が、ここにある)
彼女のレイジに対する評価は、もはや聖人や賢者という言葉では収まりきらなくなっていた。それは、国を、いや、世界を導く神に等しい存在。
(私は、なんと矮小な存在なのだろう。あの方の御前では、私の正義など子供の戯言に等しい)
彼女は自らの無力さを痛感すると同時に、その偉大なる存在のすぐ近くにいられることに、密かな誇りと喜びを感じ始めていた。
その頃。
全ての騒動の中心で、神と崇められる男は。
ベッドの上で、完璧な静寂を取り戻した窓の外を眺め、至福のため息をついていた。
(……ふぅ。ようやく静かになった。効果は絶大だったな)
俺の耳には、もはや馬のいななきも商人たちの怒鳴り声も届かない。ただ、風が木々の葉を揺らす音と、遠くで聞こえる鳥のさえずりだけ。
これだ。これこそが俺の求める世界。
(それにしても、あの商人たち、意外と行儀がいいな。俺が作った町を綺麗に使ってくれているようだ。まあ、どうでもいいが)
俺は、町の様子を【遠隔監視】でちらりと確認し、すぐに興味を失った。
俺の安眠は取り戻された。
それ以上に望むものなど何もない。
俺は満足感に包まれながら、心地よい昼寝の世界へと再び意識を沈めていった。
商業神の化身が、その誕生の瞬間にいびきをかいて寝ていたことなど、もちろん誰も知る由もなかった。
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