「働きたくない…」と本気で祈ったら怠惰の神が降臨。【フルオート】で身の回りを快適にしていたら、インフラを整備した救国の英雄になっていた

夏見ナイ

文字の大きさ
43 / 101

第四十三話 特産品の誕生とブランド化

しおりを挟む
村に産業が生まれた。だが、それはまだ小さな産声に過ぎなかった。村人たちは、賢者から授かった『神の道具』が生み出す奇跡の産物を前に、喜びと同時に戸惑いを覚えていた。

「こんなにすごいワインができたけど……これをどうすりゃいいんだ?」
「俺たちのチーズも、王都の高級品より美味いかもしれん。だが、誰が買ってくれるんだ?」

彼らの視線は、自然と村の東にできた新しい町、商業都市『レイジ・シティ』へと向けられた。あそこには王国中から集まった百戦錬磨の商人たちがいる。彼らに認められなければ、この村の産物はただの自己満足で終わってしまう。

村長のバルガスは、村人たちを鼓舞した。

「恐れることはない! これは賢者様が我々に与えてくださった試練であり、機会なのだ! 胸を張って、我らの宝を商人たちに見せてくるのだ!」

その言葉に背中を押され、数人の村人が代表として、完成したばかりのワイン、ジャム、チーズを荷車に積み、恐る恐る商業都市の門をくぐった。

町の中心にある取引所は、朝から凄まじい熱気に包まれていた。様々な言語が飛び交い、多種多様な商品が取引されている。場末の農民である村人たちは、その雰囲気に完全に気圧されていた。

「……あの、すみません。村で作った産物なんですが、少し見てもらえませんか」

村人の一人が、近くにいた恰幅の良い商人に震える声で話しかけた。商人は、値踏みするような目で荷車の上の粗末な樽や瓶を一瞥すると、興味なさそうに鼻を鳴らした。

「なんだ、あんたらか。賢者の村の連中だな。野菜は確かに一級品だが、こんな素人細工の加工品に用はねえよ。時間の無駄だ」

その言葉に、村人たちの顔が曇る。やはり駄目なのか。

だが、そのやり取りを鋭い目つきで見ていた男がいた。行商人のザガンだ。彼は誰よりも早く賢者の村の価値に気づいた男。彼の商人の勘が、この状況を見過ごすなと告げていた。

「待った、待った。まあそう邪険にするなよ」

ザガンは人垣をかき分けて前に出ると、村人たちの荷車を覗き込んだ。

「賢者様のおわす村で作られたものだ。ただの品であるはずがない。どれ、一つ味見させてもらおうか」

彼はそう言うと、一番小さなワインの樽の栓を抜き、木の杯に注いだ。周囲の商人たちが、面白半分といった様子で遠巻きに見ている。

ザガンは、杯に注がれた深いルビー色の液体を、まずその香りで確かめた。熟した果実の甘い香りと、森の奥深くを思わせる複雑な芳香。それだけで、これがただのワインではないことを悟った。

彼は、ごくりと喉を鳴らし、その液体を口に含んだ。

そして、時が止まった。

ザガンの目が、信じられないものを見たかのように大きく見開かれる。彼の口の中で、味の爆弾が炸裂した。

濃厚な果実味。滑らかな舌触り。幾重にも重なる複雑な風味。そして、喉を通り過ぎた後に残る、永遠に続くかのような心地よい余韻。

「……こ、これは」

ザガンの手が、わなわなと震え始めた。

「……神々の、酒か……?」

その呟きは、静まり返った取引所に響き渡った。周囲の商人たちが、ゴクリと喉を鳴らすのが聞こえる。

ザガンは我に返ると、目の色を変えて村人たちに詰め寄った。

「この樽! ここにあるワイン樽を、全部くれ! いくらだ! 金はいくらでも払う!」

その豹変ぶりに、村人たちも他の商人たちも、あっけに取られていた。

「え、ええと……」
「待て、ザガン! ずるいぞ! 俺にも一口飲ませろ!」

他の商人たちが、我先にと杯を手に殺到する。一口飲んだ者は、誰もがザガンと同じ反応を示した。

「うまい! なんだこれは! 王宮の晩餐会で出されるどんな酒よりも!」
「このジャムもだ! 果実そのものより果実の味がする!」
「このチーズ……口の中でとろける……天国の味だ……」

取引所は、狂乱の渦に包まれた。

昨日まで見向きもされなかった村の産物は、その日、提示された値段の十倍以上の価格で瞬く間に全て買い占められていった。

商人たちは、ただ儲かるというだけではない、本物の『伝説』に触れているのだという興奮に酔いしれていた。

ザガンは商機を逃さなかった。彼は商人たちを集め、一つの提案をした。

「この奇跡の産物を、我々の手で王国最高のブランドとして売り出すのだ!」

彼の提案に、異を唱える者はいなかった。

彼らは、それらの商品を総称して『賢者の恵み(ワイズマンズ・ギフト)』と名付けた。

そして、商品のラベルには統一されたロゴを印刷することにした。それは、村人が噂話を元に描いた、フードを深く被り表情の窺えない「賢者様」の横顔のシルエットだった。

その数日後。『賢者の道』を通って王都に運び込まれた『賢者の恵み』シリーズは、社交界にデビューするやいなや歴史的な大ヒットを記録した。

貴族たちは、その神がかった味の虜になった。賢者の恵みを食すことは、最高の贅沢であると同時に最先端の流行となった。賢者の恵みのロゴが入ったワインボトルをディナーパーティーに持参することが、最高のステータスシンボルとなったのだ。

注文は殺到し、商品は常に品薄状態。価格は、天井知らずに高騰していった。

小さな村は一夜にして、王国で最も有名な高級ブランドの生産地となった。莫大な富が、村に流れ込み始めた。

アリアは、その全てを村の宿屋から静かに見守っていた。

彼女は、商人たちの熱狂も王都の貴族たちの狂騒も、全てを冷めた目で見つめていた。なぜなら彼女だけが、そのさらに奥にあるレイジの真の意図を(勘違いによって)理解していると信じていたからだ。

(……やはり、あの方のお考えは我々の遥か先を行っておられる)

彼女は、自室で一人静かに呟いた。

(あの方は、ただ村に富をもたらしたかったわけではない。村人たちに、ただ道具を与えたわけでもない。あの方は、この村に『誇り』を与えられたのだ)

そうだ。村人たちは今やただの農民ではない。王国最高のブランドを生み出す、誇り高き職人となった。彼らは自らの手で価値を創造し、自らの足で立つ力を得たのだ。

(まず、食という最も基本的なインフラを整え、民の心を安定させる。次に、道という物理的なインフラで、経済の血流を良くする。そして最後に、産業という新たな心臓をこの地に与え、国全体に活力を送り込む。これは……これは、完璧な『国創り』の手順そのものではないか)

アリアの背筋を、戦慄が走った。

(あの方の慧眼は、この国の産業構造、そしてその先にある未来の国の形までを完全に見通しておられるのだ。私が守ろうとしていたものは、なんと小さかったことか)

彼女のレイジに対する感情は、もはや信仰すら通り越し、自分という存在の小ささを痛感させる、絶対的な神の御業に対する畏怖そのものに変わっていた。

その頃。

偉大なる神、レイジ・ノマドは。

ベッドの上で、村人からの新たな供物である最高級のチーズを味わっていた。

「……うん。この前のやつより、熟成が進んでコクが深くなったな。あいつら、なかなか腕を上げたじゃないか」

俺は、自分の食生活がまた一段階レベルアップしたことに、ただ満足していた。

村が王国随一のブランド産地として莫大な富を築き始めていることなど、全く知らなかった。ただ、供物の質が上がった。その事実だけが、俺にとっての全ての真実だった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

追放されたので田舎でスローライフするはずが、いつの間にか最強領主になっていた件

言諮 アイ
ファンタジー
「お前のような無能はいらない!」 ──そう言われ、レオンは王都から盛大に追放された。 だが彼は思った。 「やった!最高のスローライフの始まりだ!!」 そして辺境の村に移住し、畑を耕し、温泉を掘り当て、牧場を開き、ついでに商売を始めたら…… 気づけば村が巨大都市になっていた。 農業改革を進めたら周囲の貴族が土下座し、交易を始めたら王国経済をぶっ壊し、温泉を作ったら各国の王族が観光に押し寄せる。 「俺はただ、のんびり暮らしたいだけなんだが……?」 一方、レオンを追放した王国は、バカ王のせいで経済崩壊&敵国に占領寸前! 慌てて「レオン様、助けてください!!」と泣きついてくるが…… 「ん? ちょっと待て。俺に無能って言ったの、どこのどいつだっけ?」 もはや世界最強の領主となったレオンは、 「好き勝手やった報い? しらんな」と華麗にスルーし、 今日ものんびり温泉につかるのだった。 ついでに「真の愛」まで手に入れて、レオンの楽園ライフは続く──!

ファンタジーは知らないけれど、何やら規格外みたいです 神から貰ったお詫びギフトは、無限に進化するチートスキルでした

渡琉兎
ファンタジー
『第3回次世代ファンタジーカップ』にて【優秀賞】を受賞! 2024/02/21(水)1巻発売! 2024/07/22(月)2巻発売!(コミカライズ企画進行中発表!) 2024/12/16(月)3巻発売! 2025/04/14(月)4巻発売! 応援してくださった皆様、誠にありがとうございます!! 刊行情報が出たことに合わせて02/01にて改題しました! 旧題『ファンタジーを知らないおじさんの異世界スローライフ ~見た目は子供で中身は三十路のギルド専属鑑定士は、何やら規格外みたいです~』 ===== 車に轢かれて死んでしまった佐鳥冬夜は、自分の死が女神の手違いだと知り涙する。 そんな女神からの提案で異世界へ転生することになったのだが、冬夜はファンタジー世界について全く知識を持たないおじさんだった。 女神から与えられるスキルも遠慮して鑑定スキルの上位ではなく、下位の鑑定眼を選択してしまう始末。 それでも冬夜は与えられた二度目の人生を、自分なりに生きていこうと転生先の世界――スフィアイズで自由を謳歌する。 ※05/12(金)21:00更新時にHOTランキング1位達成!ありがとうございます!

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

授かったスキルが【草】だったので家を勘当されたから悲しくてスキルに不満をぶつけたら国に恐怖が訪れて草

ラララキヲ
ファンタジー
(※[両性向け]と言いたい...)  10歳のグランは家族の見守る中でスキル鑑定を行った。グランのスキルは【草】。草一本だけを生やすスキルに親は失望しグランの為だと言ってグランを捨てた。  親を恨んだグランはどこにもぶつける事の出来ない気持ちを全て自分のスキルにぶつけた。  同時刻、グランを捨てた家族の居る王都では『謎の笑い声』が響き渡った。その笑い声に人々は恐怖し、グランを捨てた家族は……── ※確認していないので二番煎じだったらごめんなさい。急に思いついたので書きました! ※「妻」に対する暴言があります。嫌な方は御注意下さい※ ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げています。

【土壌改良】で死の荒野がSランク農園に!食べただけでレベルアップする野菜で、世界最強ギルド設立

黒崎隼人
ファンタジー
「え? これ、ただのトマトですよ?」 「いいえ、それは食べただけで魔力が全回復する『神の果実』です!」 ブラック企業で働き詰めだった青年は、異世界の名門貴族の三男・ノアとして転生する。 しかし、授かったスキルは【土壌改良】という地味なもの。 「攻撃魔法も使えない役立たず」と罵られ、魔物すら寄り付かない死の荒野へ追放されてしまう。 だが、彼らは知らなかった。 ノアのスキルは、現代の農業知識と合わせることで、荒れ果てた土地を「Sランク食材」が溢れる楽園に変えるチート能力だったことを! 伝説の魔獣(もふもふ)をキュウリ一本で手懐け、行き倒れた天才エルフを極上スープで救い出し、気づけば荒野には巨大な「農業ギルド」が誕生していた。 これは、本人がただ美味しい野菜を作ってのんびり暮らしたいだけなのに、周囲からは「世界を救う大賢者」と崇められてしまう、無自覚・最強の農業ファンタジー!

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

外れスキルは、レベル1!~異世界転生したのに、外れスキルでした!

武蔵野純平
ファンタジー
異世界転生したユウトは、十三歳になり成人の儀式を受け神様からスキルを授かった。 しかし、授かったスキルは『レベル1』という聞いたこともないスキルだった。 『ハズレスキルだ!』 同世代の仲間からバカにされるが、ユウトが冒険者として活動を始めると『レベル1』はとんでもないチートスキルだった。ユウトは仲間と一緒にダンジョンを探索し成り上がっていく。 そんなユウトたちに一人の少女た頼み事をする。『お父さんを助けて!』

暗殺者から始まる異世界満喫生活

暇人太一
ファンタジー
異世界に転生したが、欲に目がくらんだ伯爵により嬰児取り違え計画に巻き込まれることに。 流されるままに極貧幽閉生活を過ごし、気づけば暗殺者として優秀な功績を上げていた。 しかし、暗殺者生活は急な終りを迎える。 同僚たちの裏切りによって自分が殺されるはめに。 ところが捨てる神あれば拾う神ありと言うかのように、森で助けてくれた男性の家に迎えられた。 新たな生活は異世界を満喫したい。

処理中です...