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第五十一話 未曾有の大雨
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俺の予測は完璧だった。
最初の雨粒が乾いた地面を叩いたのは、予測時刻と一分の狂いもなく、五日後の午前三時だった。最初はシトシトと静かに降る、ごく普通の雨だった。
村人たちは誰も気にしていなかった。「ああ、今年も雨季が来たか」と、慣れた様子で窓の外を眺めるだけ。
だが、俺と俺のシステムに接続されたリノだけは、これが破局の序曲であることを知っていた。
ラボにこもるリノは、水晶玉に映し出される気象データに釘付けになっていた。
「……来た。第一波到達。マスターの予測通り。誤差、ゼロ……!」
彼女は、神の預言が現実となる瞬間を目の当たりにし、畏怖に打ち震えていた。
雨は夜が明ける頃には、その様相を一変させた。
ザーザーとバケ-ツをひっくり返したような豪雨が、世界を灰色に染め上げた。風が唸りを上げ、家の窓を激しく叩く。村の小道はあっという間に川となり、人々は不安げに家の外を見つめていた。
「おい、なんだこの雨は。こんなのは初めてだぞ」
「川の水位が、もう堤防のギリギリまで来てる!」
村人たちの間に、ようやく不安と恐怖が広がり始めた。
この異常事態に最も迅速に対応したのはアリアだった。彼女はレイジの異様な魔力の動きから、この雨がただ事ではないことを本能的に察知していたのだ。
「全員、聞け!」
アリアは騎士たちを村の広場に集め、檄を飛ばした。
「これはただの嵐ではない! 賢者様が我々に与えられた試練だ! 我々聖騎士団の務めは、この村の民を一人たりとも失うことなく、この試練を乗り越えることにある!」
彼女の言葉は騎士たちの士気を奮い立たせた。彼らはアリアの指揮の下、村人たちを高台にある集会所へと誘導し始めた。お年寄りや子供の手を引き、荷物を運び、その動きには一切の乱れがなかった。
アリアは避難誘導の指揮を執りながら、レイジの家の方角をじっと見つめていた。
(あの方は動かれない。この事態すらも想定の内だとでも言うように……。ならば私にできることは、あの方の御業が成されるその時まで、民を守り抜くことだけだ)
彼女の信頼は、もはや信仰そのものだった。
その頃、王都でも同じ嵐が猛威を振るっていた。
王城の玉座の間では、国王オルデウスが次々と舞い込む被害報告に、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「陛下! 王都を流れる大河の水位が、危険水域を突破しました!」
「西部の穀倉地帯では複数の堤防が決壊! 被害は甚大です!」
打つ手がない。大臣たちはただ右往左往するばかり。
「……東の辺境は、どうなっている」
国王が、かろうじて絞り出した声で尋ねた。
「はっ……。連絡が途絶えており、不明です。ですがあの辺りは王国で最も地盤が低く、治水対策も不十分。おそらくは……壊滅的な状況かと」
その報告に、オルデウスは目を閉じた。脳裏に娘アリアの顔と、『賢者』と呼ばれる謎の男の存在が浮かぶ。
(……アリアよ。そして、賢者とやら。お前たちは、この天災を前にどうしているのだ)
王都が絶望に包まれる中、東の辺境では運命の瞬間が迫っていた。
雨はもはや豪雨という言葉すら生ぬるい、暴力的な瀑布と化していた。空と地の区別がつかないほどの灰色の濁流。
そして、ついに。
ゴゴゴゴゴ……!
大地が震えた。
シオン川の濁流が、ついに堤防の許容量を超え、轟音と共に溢れ出したのだ。茶色い津波が、全てを飲み込むために村へと迫ってくる。
「うわああああ!」
「もう駄目だ! 村が、沈む!」
高台の集会所から村人たちの悲鳴が上がる。誰もが、目の前の絶望的な光景に膝から崩れ落ちた。
アリアもまた、その光景を唇を噛み締めながら見つめていた。
(ここまでなのか……。賢者様、あなたはこの村を見捨てられるのですか……!)
ラボでは、リノが水晶玉に映るデータを見て絶叫していた。
「予測される最大流量到達! 堤防決壊! シミュレーション通り! マスター! あなたのシステムが、今、試される!」
そして、その頃。
全ての騒動の中心で、俺は。
ベッドの上で窓の外を眺めていた。
雨音はうるさいが、羽毛布団の中は快適だ。
俺は、ひとつ大きな欠伸をした。
脳内にはリアルタイムで洪水シミュレーションの映像と、現実の光景が完璧にシンクロして映し出されている。
(……よし。予定通りだな)
俺は、眠たげな目で静かに思考した。
(【全自動総合治水システム】、最終フェーズへ移行。全機能、起動)
俺の家から、誰にも気づかれることのない静かな命令が、この地方全体のインフラへと下された。
最初の雨粒が乾いた地面を叩いたのは、予測時刻と一分の狂いもなく、五日後の午前三時だった。最初はシトシトと静かに降る、ごく普通の雨だった。
村人たちは誰も気にしていなかった。「ああ、今年も雨季が来たか」と、慣れた様子で窓の外を眺めるだけ。
だが、俺と俺のシステムに接続されたリノだけは、これが破局の序曲であることを知っていた。
ラボにこもるリノは、水晶玉に映し出される気象データに釘付けになっていた。
「……来た。第一波到達。マスターの予測通り。誤差、ゼロ……!」
彼女は、神の預言が現実となる瞬間を目の当たりにし、畏怖に打ち震えていた。
雨は夜が明ける頃には、その様相を一変させた。
ザーザーとバケ-ツをひっくり返したような豪雨が、世界を灰色に染め上げた。風が唸りを上げ、家の窓を激しく叩く。村の小道はあっという間に川となり、人々は不安げに家の外を見つめていた。
「おい、なんだこの雨は。こんなのは初めてだぞ」
「川の水位が、もう堤防のギリギリまで来てる!」
村人たちの間に、ようやく不安と恐怖が広がり始めた。
この異常事態に最も迅速に対応したのはアリアだった。彼女はレイジの異様な魔力の動きから、この雨がただ事ではないことを本能的に察知していたのだ。
「全員、聞け!」
アリアは騎士たちを村の広場に集め、檄を飛ばした。
「これはただの嵐ではない! 賢者様が我々に与えられた試練だ! 我々聖騎士団の務めは、この村の民を一人たりとも失うことなく、この試練を乗り越えることにある!」
彼女の言葉は騎士たちの士気を奮い立たせた。彼らはアリアの指揮の下、村人たちを高台にある集会所へと誘導し始めた。お年寄りや子供の手を引き、荷物を運び、その動きには一切の乱れがなかった。
アリアは避難誘導の指揮を執りながら、レイジの家の方角をじっと見つめていた。
(あの方は動かれない。この事態すらも想定の内だとでも言うように……。ならば私にできることは、あの方の御業が成されるその時まで、民を守り抜くことだけだ)
彼女の信頼は、もはや信仰そのものだった。
その頃、王都でも同じ嵐が猛威を振るっていた。
王城の玉座の間では、国王オルデウスが次々と舞い込む被害報告に、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「陛下! 王都を流れる大河の水位が、危険水域を突破しました!」
「西部の穀倉地帯では複数の堤防が決壊! 被害は甚大です!」
打つ手がない。大臣たちはただ右往左往するばかり。
「……東の辺境は、どうなっている」
国王が、かろうじて絞り出した声で尋ねた。
「はっ……。連絡が途絶えており、不明です。ですがあの辺りは王国で最も地盤が低く、治水対策も不十分。おそらくは……壊滅的な状況かと」
その報告に、オルデウスは目を閉じた。脳裏に娘アリアの顔と、『賢者』と呼ばれる謎の男の存在が浮かぶ。
(……アリアよ。そして、賢者とやら。お前たちは、この天災を前にどうしているのだ)
王都が絶望に包まれる中、東の辺境では運命の瞬間が迫っていた。
雨はもはや豪雨という言葉すら生ぬるい、暴力的な瀑布と化していた。空と地の区別がつかないほどの灰色の濁流。
そして、ついに。
ゴゴゴゴゴ……!
大地が震えた。
シオン川の濁流が、ついに堤防の許容量を超え、轟音と共に溢れ出したのだ。茶色い津波が、全てを飲み込むために村へと迫ってくる。
「うわああああ!」
「もう駄目だ! 村が、沈む!」
高台の集会所から村人たちの悲鳴が上がる。誰もが、目の前の絶望的な光景に膝から崩れ落ちた。
アリアもまた、その光景を唇を噛み締めながら見つめていた。
(ここまでなのか……。賢者様、あなたはこの村を見捨てられるのですか……!)
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「予測される最大流量到達! 堤防決壊! シミュレーション通り! マスター! あなたのシステムが、今、試される!」
そして、その頃。
全ての騒動の中心で、俺は。
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俺は、ひとつ大きな欠伸をした。
脳内にはリアルタイムで洪水シミュレーションの映像と、現実の光景が完璧にシンクロして映し出されている。
(……よし。予定通りだな)
俺は、眠たげな目で静かに思考した。
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俺の家から、誰にも気づかれることのない静かな命令が、この地方全体のインフラへと下された。
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