「働きたくない…」と本気で祈ったら怠惰の神が降臨。【フルオート】で身の回りを快適にしていたら、インフラを整備した救国の英雄になっていた

夏見ナイ

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第五十三話 「国父」レイジ

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嵐はまるで嘘のように過ぎ去った。

空はどこまでも青く澄み渡り、大地には洗い流されたような清浄な空気が満ちている。だが、その爪痕は王国中に深く刻み込まれていた。シオン川流域の村々は壊滅し、多くの農地が泥に沈んだ。王都ですら一部の区画が浸水し、復旧には長い時間が必要とされた。

そんな中、東の辺境にある俺の村だけが奇跡のように無傷だった。

いや、無傷どころか以前よりもさらに豊かな土地へと生まれ変わっていた。

「見ろ! この湖を!」

村長のバルガスが、村の下流に生まれた広大な遊水地を指さし声を張り上げた。村人たちはその静かな湖面に映る青空を、畏敬の念を込めて見つめていた。

「賢者様はただ洪水を防がれただけではなかった! この湖はこれから来るであろう干ばつの季節に、我々の畑を潤すための巨大な水瓶となるのだ! 天災すらも恵みへと変えてしまわれたのだ!」

その言葉に村人たちはハッとした。そうだ。この水があればもう日照りを恐れる必要はない。彼らの生活は天候という不確定な要素から完全に解放されたのだ。

「おお……なんと深き御心……」
「我々は賢者様の御心の、ほんの入り口しか見えていなかった……」

村人たちのレイジに対する信仰はもはや揺らぐことのない絶対的なものとなっていた。彼らは自発的に新たな祠を作り始め、そこに「沈黙の賢者」を祀り日々の感謝を捧げるようになった。

アリアは、その光景を静かな決意と共に見ていた。

彼女はもはやこの奇跡を自分の中だけに留めておくことはできないと悟っていた。この国の王である父上に、そして王国全体に、この地に何が起きたのかを正しく伝えなければならない。

彼女は、最も信頼できる騎士を一人選んだ。

「王都へ行け。そして父上に、私がこの目で見た全てをありのまま報告せよ。一言一句、違えることなく」

彼女は簡潔だが、しかし圧倒的な事実だけを書き連ねた報告書を騎士に託した。そこには個人的な感情や推測は一切なかった。ただ、天災が人の手によって完全に制御されたという冷徹な事実だけが記されていた。

「これはもはやこの国の、いや、この世界の歴史に関わる一大事だ。急げ」

「はっ!」

騎士は主君のただならぬ気配に背筋を伸ばし、賢者の道を王都へと疾駆していった。

数日後。アルテア王国の王城、玉座の間は重苦しい空気に包まれていた。

国王オルデウスの前には大臣たちが沈痛な面持ちで並び、王国各地から寄せられた洪水被害の報告を続けていた。そのどれもが国家の存亡を揺るがしかねないほど深刻な内容だった。

「……東の辺境は、どうなった」

オルデウスが疲労の滲む声で尋ねた。誰もが最悪の報告を覚悟した。あの地域は王国で最も脆弱な土地だったのだから。

その時、謁見を求める甲高い声が響いた。アリアからの緊急伝令だった。

伝令の騎士は玉座の前に進み出ると、息も整えぬまま東の地で起きた奇跡を語り始めた。

一夜にして現れた巨大な治水施設。村を飲み込もうとした濁流が大地に吸い込まれて消えたこと。そして村が完全に無傷であるどころか、新たな湖まで生まれていること。

大臣たちは最初、騎士が疲労のあまり錯乱しているのだと思った。

「……戯言を申すな。天災を人の手で防ぐなどと」

一人の大臣が嘲笑うように言った。だが、伝令の騎士は懐からアリアの署名が入った報告書を取り出し、国王に捧げた。

「ここに、アリア様が目撃された全ての事実が記されております!」

オルデウスはその報告書を受け取り、目を通した。

そこに書かれていたのは、娘の冷静な筆跡で綴られた信じがたい、しかし否定しようのない事実の羅列だった。

玉座の間に完全な沈黙が落ちた。

誰もが呼吸を忘れていた。

やがてオルデウスはゆっくりと顔を上げた。その顔から疲労の色は消え失せていた。代わりに浮かんでいたのは、王として一つの重大な決断を下そうとする者の覚悟の表情だった。

「……間違っていた」

王は静かに呟いた。

「我々は皆、間違っていた」

彼は玉座から立ち上がり、窓辺へと歩み寄った。

「我はその者を『賢者』と呼び国の統制下に置こうとした。あるいは脅威と見なし、排除することすら考えた。なんと浅はかで、なんと傲慢なことであったか」

王は大臣たちに向き直った。その瞳には絶対的な王者の威厳が宿っていた。

「もはや彼を臣下として扱うことは許されぬ。彼は我々が従わせるべき存在ではない。我々がその庇護を請い、教えを乞うべき存在なのだ」

その言葉に大臣たちは息を呑んだ。

「彼は天災から国を救った。いや、天災そのものを支配下に置いた。それはもはや王の権能すら超える御業。彼はこの国の守護者であり、導き手だ」

オルデウスは高らかに宣言した。

「今この時より、賢者レイジ・ノマドに新たな称号を授ける! その名は、『国父(ファウンダー)』!」

国父。
それは建国の父祖にのみ与えられる最高の敬称。

「国父レイジ・ノマドの住まう地を不可侵の聖域と定める! 何人たりとも彼の許可なくしてその地に足を踏み入れることを禁ずる! 彼の静寂を乱すことは国王たる私への反逆に等しいと知れ!」

王の決断は絶対だった。
脅威を力でねじ伏せるのではない。自らがへりくだり、その存在を神聖なものとして国家が認めることで国の安寧を図る。それこそが王オルデウスが下した最高の政治判断だった。

「国父レイジ様に最大限の敬意と感謝を捧げよ。この国の未来はあの方と共にあるのだ」

この日を境に、レイジ・ノマドという名はアルテア王国において神聖不可侵の存在として公式に定められた。

その頃。

偉大なる『国父』は。

ベッドの上で完璧な静寂の中、心地よい寝息を立てていた。
ラボではリノが完成した治水システムの膨大なデータを前に、法悦の表情で呟いていた。

「ああ……神の脳内を覗いているようだ……。このデータだけで論文が百本書ける……」

俺のあずかり知らぬところで、俺の社会的地位はもはや人間が到達できる限界点を遥かに振り切ってしまっていた。
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