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第五十四話 アリアの献身
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届いた。
前回とは違い、そこに物々しい騎士団の姿はなかった。一人の伝令騎士が、国王の印が押された羊皮紙の巻物を、恭しくアリアに届けただけだった。
アリアは、宿営地と化した広場で、騎士たちが見守る中、その巻物を開いた。そして、そこに記された父王の言葉を、静かに読み上げていく。
『――よって、賢者レイジ・ノノマドに『国父』の称号を授け、その功績に報いる。彼の住まう地、およびその周辺地域を不可侵の聖域と定め、王家の名において、その平穏を永代にわたり保証するものとする――』
その内容に、周囲で聞いていた騎士たちは息を呑んだ。
「国父……だと?」
「陛下は、ご正気なのか……」
国父。それは、建国の祖王にのみ与えられた、伝説上の称号。平民はおろか、王族ですら軽々しく口にできない、究極の敬称だ。それを、会ったこともない、一介の(とされる)男に与える。国王の決断は、彼らの常識を遥かに超えていた。
だが、アリアだけは、その勅令を、まるで当然のことであるかのように受け止めていた。
「……父上も、ようやくお分かりになられたか」
彼女は、静かに巻物を閉じると、空を仰いだ。その翡翠色の瞳には、一点の曇りもなかった。
彼女の中で、今までの全ての出来事が、一つの壮大な物語として、完璧に繋がり始めていた。
(あの方は、最初から全てをご存知だったのだ)
アリアは、レイジの行動の一つ一つを、脳裏で反芻する。
まず、彼は『食』を与えられた。高品質なポーションで命を救い、奇跡の野菜で民の飢えを満たした。それは、国造りの最も基本的な土台、民の生存を確保する御業だった。
次に、彼は『道』を創られた。王都と辺境を繋ぐ大動脈を創り、物流を活性化させ、経済の血流を良くした。これは、国を発展させるための、第二の段階。
そして、彼は『産業』を興された。村人たちに神の道具を与え、王国最高のブランドを生み出させた。民に、ただ与えるだけでなく、自らの手で価値を創造する誇りを与えたのだ。
最後に、彼は『安全』を保障された。天災という抗いようのない脅威すらも、その御業で完全に制御下に置き、民が何の憂いもなく暮らせる、絶対的な安全圏を創り上げた。
食、物流、産業、そして安全。
(……これは、ただの奇跡の羅列ではない。完璧な手順で進められる、『国家創造』の設計図そのものではないか)
アリアは、その結論に辿り着き、身震いした。
そして、彼女は思い出す。レイジが、自らの口で語った、あの言葉を。
『俺は、ただ静かに暮らしたいだけだ』
あの時の自分は、その言葉を、ただの利己的な怠け者の戯言だと断じた。なんと浅はかだったことか。
(あの方がおっしゃる『静かな暮らし』とは、あの方ご自身の話ではないのだ。この国に住まう全ての民が、飢えや貧困、災害や争いといった、あらゆる脅威に怯えることなく、ただ穏やかに、静かに、そして平穏に暮らせる世界。それこそが、あの方の目指す、究極の『理想郷』なのだ!)
勘違いのパズルは、最後のピースが嵌った。
アリアの中で、レイジ・ノマドは、もはや聖人や賢者という言葉では表現できない、絶対的な存在へと昇華されていた。彼は、この国を、いや、この世界を、より良き場所へと導くために降臨した、神に等しい存在なのだ、と。
(そして、私は)
アリアは、自分の両手を見つめた。
(私は、その偉大なる御方の、すぐそばにいる。その御心に、誰よりも早く触れることができた。ならば、私の成すべきことは、ただ一つ)
彼女の瞳に、燃えるような決意の光が宿った。
(あの方は、表舞台に立つことを望まれない。俗世の権力や名誉を、塵芥のように考えておられる。ならば、私がなるのだ。あの方の『剣』に。あの方の『手足』に)
そうだ。あの方が、その聖域で静かに世界の理を思考されている間、その理想を、この地上で実現するための実行者。それが、自分の与えられた使命なのだ。
レイジが手を汚すまでもない、政治的な交渉や、軍事的な指揮、泥臭い実務の全てを、自分が代行する。
レイジの言葉の真意を(勝手に)汲み取り、それを民に分かりやすい形で伝え、導く。
(あの方の静寂を守り、そして、あの方の理想の国を、この手で創り上げてみせる。それこそが、私の献身。私の生きる意味だ!)
アリア・フォン・アルテアは、その日、一人の騎士として、そして一人の信徒として、生まれ変わった。
その日の午後。
アリアは、村長のバルガスと、商業都市の商人たちの代表を、自らの宿営地に呼び集めた。
「皆に、国父様からの新たな御心(という名の、彼女の勝手な計画)を伝える」
彼女は、威厳に満ちた声で、切り出した。
「国父様は、この地が、ただ豊かなだけでなく、王国で最も安全で、最も公正な場所となることを望んでおられる。よって、これより、村と商業都市の新たな法を制定する。聖騎士団が、その法の執行を担う」
彼女が提示したのは、盗賊行為の厳罰化、不当な価格吊り上げの禁止、そして、利益の一部をインフラ整備や貧民救済に充てるための、新たな税制だった。
それは、驚くほど先進的で、公正な内容だった。村人たちも、商人たちも、最初は戸惑いながらも、「それも全て、国父様のお考えならば」と、敬虔な気持ちでそれを受け入れた。
アリアの、レイジの代理人としての、最初の仕事だった。
その頃。
偉大なる国父、レイジ・ノマドは。
ベッドの上で、最近リノが王都から取り寄せてくれた、極上の紅茶を味わっていた。
「……ふぅ。うまいな、これ」
完璧な静寂。快適な寝具。最高の食事と飲み物。
俺の怠惰な生活は、ついに完成の域に達した。
窓の外では、アリアが何やら村人たちを集めて、熱心に演説をしているのが見えた。
(……なんか、あの女騎士、最近やけに張り切ってるな。まあ、俺の安眠を妨害しないなら、どうでもいいか)
俺は、興味を失い、再び紅茶の豊かな香りに意識を集中させた。
俺のあずかり知らぬところで、俺の「理想の国」作りが、最も熱心な信者の手によって、着々と進められようとしていることなど、もちろん知る由もなかった。
前回とは違い、そこに物々しい騎士団の姿はなかった。一人の伝令騎士が、国王の印が押された羊皮紙の巻物を、恭しくアリアに届けただけだった。
アリアは、宿営地と化した広場で、騎士たちが見守る中、その巻物を開いた。そして、そこに記された父王の言葉を、静かに読み上げていく。
『――よって、賢者レイジ・ノノマドに『国父』の称号を授け、その功績に報いる。彼の住まう地、およびその周辺地域を不可侵の聖域と定め、王家の名において、その平穏を永代にわたり保証するものとする――』
その内容に、周囲で聞いていた騎士たちは息を呑んだ。
「国父……だと?」
「陛下は、ご正気なのか……」
国父。それは、建国の祖王にのみ与えられた、伝説上の称号。平民はおろか、王族ですら軽々しく口にできない、究極の敬称だ。それを、会ったこともない、一介の(とされる)男に与える。国王の決断は、彼らの常識を遥かに超えていた。
だが、アリアだけは、その勅令を、まるで当然のことであるかのように受け止めていた。
「……父上も、ようやくお分かりになられたか」
彼女は、静かに巻物を閉じると、空を仰いだ。その翡翠色の瞳には、一点の曇りもなかった。
彼女の中で、今までの全ての出来事が、一つの壮大な物語として、完璧に繋がり始めていた。
(あの方は、最初から全てをご存知だったのだ)
アリアは、レイジの行動の一つ一つを、脳裏で反芻する。
まず、彼は『食』を与えられた。高品質なポーションで命を救い、奇跡の野菜で民の飢えを満たした。それは、国造りの最も基本的な土台、民の生存を確保する御業だった。
次に、彼は『道』を創られた。王都と辺境を繋ぐ大動脈を創り、物流を活性化させ、経済の血流を良くした。これは、国を発展させるための、第二の段階。
そして、彼は『産業』を興された。村人たちに神の道具を与え、王国最高のブランドを生み出させた。民に、ただ与えるだけでなく、自らの手で価値を創造する誇りを与えたのだ。
最後に、彼は『安全』を保障された。天災という抗いようのない脅威すらも、その御業で完全に制御下に置き、民が何の憂いもなく暮らせる、絶対的な安全圏を創り上げた。
食、物流、産業、そして安全。
(……これは、ただの奇跡の羅列ではない。完璧な手順で進められる、『国家創造』の設計図そのものではないか)
アリアは、その結論に辿り着き、身震いした。
そして、彼女は思い出す。レイジが、自らの口で語った、あの言葉を。
『俺は、ただ静かに暮らしたいだけだ』
あの時の自分は、その言葉を、ただの利己的な怠け者の戯言だと断じた。なんと浅はかだったことか。
(あの方がおっしゃる『静かな暮らし』とは、あの方ご自身の話ではないのだ。この国に住まう全ての民が、飢えや貧困、災害や争いといった、あらゆる脅威に怯えることなく、ただ穏やかに、静かに、そして平穏に暮らせる世界。それこそが、あの方の目指す、究極の『理想郷』なのだ!)
勘違いのパズルは、最後のピースが嵌った。
アリアの中で、レイジ・ノマドは、もはや聖人や賢者という言葉では表現できない、絶対的な存在へと昇華されていた。彼は、この国を、いや、この世界を、より良き場所へと導くために降臨した、神に等しい存在なのだ、と。
(そして、私は)
アリアは、自分の両手を見つめた。
(私は、その偉大なる御方の、すぐそばにいる。その御心に、誰よりも早く触れることができた。ならば、私の成すべきことは、ただ一つ)
彼女の瞳に、燃えるような決意の光が宿った。
(あの方は、表舞台に立つことを望まれない。俗世の権力や名誉を、塵芥のように考えておられる。ならば、私がなるのだ。あの方の『剣』に。あの方の『手足』に)
そうだ。あの方が、その聖域で静かに世界の理を思考されている間、その理想を、この地上で実現するための実行者。それが、自分の与えられた使命なのだ。
レイジが手を汚すまでもない、政治的な交渉や、軍事的な指揮、泥臭い実務の全てを、自分が代行する。
レイジの言葉の真意を(勝手に)汲み取り、それを民に分かりやすい形で伝え、導く。
(あの方の静寂を守り、そして、あの方の理想の国を、この手で創り上げてみせる。それこそが、私の献身。私の生きる意味だ!)
アリア・フォン・アルテアは、その日、一人の騎士として、そして一人の信徒として、生まれ変わった。
その日の午後。
アリアは、村長のバルガスと、商業都市の商人たちの代表を、自らの宿営地に呼び集めた。
「皆に、国父様からの新たな御心(という名の、彼女の勝手な計画)を伝える」
彼女は、威厳に満ちた声で、切り出した。
「国父様は、この地が、ただ豊かなだけでなく、王国で最も安全で、最も公正な場所となることを望んでおられる。よって、これより、村と商業都市の新たな法を制定する。聖騎士団が、その法の執行を担う」
彼女が提示したのは、盗賊行為の厳罰化、不当な価格吊り上げの禁止、そして、利益の一部をインフラ整備や貧民救済に充てるための、新たな税制だった。
それは、驚くほど先進的で、公正な内容だった。村人たちも、商人たちも、最初は戸惑いながらも、「それも全て、国父様のお考えならば」と、敬虔な気持ちでそれを受け入れた。
アリアの、レイジの代理人としての、最初の仕事だった。
その頃。
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ベッドの上で、最近リノが王都から取り寄せてくれた、極上の紅茶を味わっていた。
「……ふぅ。うまいな、これ」
完璧な静寂。快適な寝具。最高の食事と飲み物。
俺の怠惰な生活は、ついに完成の域に達した。
窓の外では、アリアが何やら村人たちを集めて、熱心に演説をしているのが見えた。
(……なんか、あの女騎士、最近やけに張り切ってるな。まあ、俺の安眠を妨害しないなら、どうでもいいか)
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