「働きたくない…」と本気で祈ったら怠惰の神が降臨。【フルオート】で身の回りを快適にしていたら、インフラを整備した救国の英雄になっていた

夏見ナイ

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第五十七話 プライバシーの侵害は許さない

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帝国最高の諜報員ゼクスは撤退した。だが、彼は諦めたわけではなかった。

(正面からの接触は不可能。だが、観察はできる)

彼は俺の家を取り囲む騎士団の警備網の外側、森の奥深くに潜伏し息を殺して監視を続けることにした。彼は木の枝や落ち葉で完璧な擬態を施した隠れ家を作り上げ、そこから二十四時間体制で俺の家の一挙手一投足を観察し始めた。

水も食料も最小限。排泄物ですら痕跡を残さぬよう処理する。帝国諜報員の究極の技術がそこにあった。

だが、彼は知らなかった。
彼が監視しているつもりのその行動こそが、俺にとって最も許しがたい『安眠妨害』の一つであるということを。

監視を始めて数日が過ぎた。
俺は、どうにも寝覚めが悪かった。

【安眠守護システム】のおかげで、家の敷地内に直接侵入しようとする不届き者はいなくなった。夜は静かだ。

だが、何かがおかしい。

まるで常に誰かに見られているような、粘つくような不快感。それは夜だけでなく昼間も、俺がベッドの上でゴロゴロしている間ですら途切れることがない。

(……なんだ、この感じは)

俺は眉間に皺を寄せた。
プライバシーの侵害。俺はそれが何よりも嫌いだった。俺の怠惰な生活は誰にも干渉されない完璧な聖域(サンクチュアリ)でなければならないのだ。

この不快感の正体を突き止める必要がある。

俺はベッドに寝そべったまま、思考を巡らせた。
家の周囲の警戒レベルをもう一段階引き上げる時が来たらしい。

俺は先日作った【安眠守護システム】に、大幅なアップデートを施すことにした。

名を、【絶対安寧空間創造システム(パーフェクト・サンクチュアリ)】。

まず、監視能力の強化。
今までの【広域探知結界】は、あくまで敷地内への侵入者を検知するだけだった。これでは遠くから監視するストーカーには対応できない。

そこで、俺は数十体の【超小型監視ドローン・インセクトアイ】を新たに設計した。
その姿はハエやアブといったごく普通の昆虫にしか見えない。彼らは俺の家の周囲の森を常に飛び回り、監視している。その複眼レンズは360度の全球撮影が可能で、熱源感知や魔力探知機能も搭載している。

彼らが捉えた映像とデータは全てリアルタイムで俺の脳内に転送され、一つの巨大な監視マップを構築する。これで森の中のネズミ一匹の動きすら、俺はベッドの上で完全に把握できる。

次に、迎撃システムの多様化。
今までは睡眠魔法と捕縛送還だけだった。だが相手によってはそれでは生ぬるいかもしれない。

俺はいくつかの非殺傷・非破壊型の、しかし極めて不快な迎撃オプションを追加した。

オプションA【幻覚投影】。
対象の脳内に直接不快な幻覚を投影する。例えば無数の蜘蛛が体中を這い回る幻覚や、足元が突然底なし沼になる幻覚など。精神的にここにいることを耐えられなくさせるのが目的だ。

オプションB【不協和音響】。
人間には聞こえない、しかし聞いているだけで気分が悪くなるような特殊な周波数の音波を、対象の周囲にだけピンポイントで照射する。吐き気や目眩を引き起こし、その場に留まることを困難にさせる。

オプションC【局所的重力異常】。
対象の周囲の重力を魔力で一時的に数倍に引き上げる。対象は突然体が鉛のように重くなり、身動きが取れなくなる。殺傷能力はないが、強烈な不快感と恐怖を与えることができるだろう。

「……よし。こんなものか」

俺はシステムのアップデートを完了させ、静かに実行に移した。

森の中を数匹の金属光沢を放つ『ハエ』が音もなく飛び始めた。

その日の午後。
森の奥深くで完璧な擬態を施して潜伏していたゼクスは、異変を感じた。

チリッ、と。
肌を刺すような微弱な魔力の波動。
それはほんの一瞬で消えたが、彼の超人的な感覚はそれを見逃さなかった。

(……何か、変わった)

彼はさらに警戒レベルを引き上げた。
だが、彼が何をしようともう手遅れだった。彼は既に俺の掌の上で踊らされている。

監視ドローン【インセクトアイ】の一機が、ゼクスの潜む隠れ家を上空から完璧に捉えていた。

俺の脳内に鮮明な映像が映し出される。
木の枝や葉っぱに擬態した一人の男。その視線は確かに俺の家へと向けられている。

(……こいつか。粘着質なストーカーは)

俺は心底うんざりした。
そしてためらうことなく、迎撃システムのスイッチを入れた。

オプションB、【不協和音響】。起動。

ゼクスの耳にキーンという甲高い音が響き始めた。最初はただの耳鳴りかと思った。だがその音は徐々に大きくなり、彼の頭蓋骨の中で反響し始めた。

(……なんだ、これは)

不快な音と共に、胃の奥から吐き気が込み上げてくる。視界がぐらつき、立っているのがやっとだった。

彼はこれが自然現象ではないと即座に判断した。
何者かによる音響攻撃。

(……気づかれたのか! この俺の潜伏が!)

戦慄が彼の背筋を駆け上った。
彼はすぐさまその場から離脱しようとした。だがその一歩を踏み出そうとした瞬間。

ズンッ!

彼の体が突然地面に叩きつけられた。
見えない巨人に真上から踏みつけられたかのような圧倒的な重圧。体が鉛のように重い。指一本動かすことすら億劫だった。

オプションC、【局所的重力異常】。起動。

「ぐ……っ!」

呻き声がゼクスの口から漏れた。
彼は地面に這いつくばったまま必死で顔を上げようとした。

そして彼は見た。

彼の目の前の空間がぐにゃりと歪む。そしてその歪みの中から無数の毛むくじゃらの巨大な蜘蛛が、わらわらと這い出してくる光景を。

オプションA、【幻覚投影】。起動。

「……ひっ!?」

帝国最高の『影』と呼ばれた男の喉から、生まれて初めて悲鳴に近い声が漏れた。
蜘蛛は彼の体の上を這い回り、その口からは粘液が滴り落ちる。もちろんそれは全て幻覚だ。だが彼の脳はそれを現実として認識していた。

不快な音。
動かない体。
そして悪夢のような幻覚。

三重苦が彼の鉄の精神を容赦なく削り取っていく。

彼はもはや、ここに一秒たりとも留まりたくなかった。
彼は最後の気力を振り絞り、重力操作がわずかに緩んだ一瞬の隙をついて転がるようにその場から離脱した。

そして一度も振り返ることなく森の中をただひたすらに、国境を目指して逃げ続けた。

その姿はもはや帝国最高の諜報員のそれではなかった。
ただ人知を超えた恐怖から逃れる、一匹の哀れな獣だった。

その頃。
ベッドの上で。

俺は脳内に映し出される監視映像を見ながら、満足げに頷いていた。
不審な気配は完全に消え去った。

「……ふぅ。これでようやく静かになった」

俺は邪魔者がいなくなった完璧な静寂の中、再び心地よい眠りの世界へと旅立っていった。

プライバシーの侵害は許さない。
俺の安眠を妨げる者は、たとえ帝国の『影』であろうと悪夢を見せて叩き出す。それが俺のやり方だった。
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