「働きたくない…」と本気で祈ったら怠惰の神が降臨。【フルオート】で身の回りを快適にしていたら、インフラを整備した救国の英雄になっていた

夏見ナイ

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第六十話 帝国の誤算

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ガルニア帝国皇帝ゲルハルトは、玉座の間で黙していた。

彼の前に立つのは、帝国諜報機関『黒き蠍』の長ヴォルフラム。その鉄仮面のような顔には珍しく深い困惑と、そして隠しきれない畏怖の色が浮かんでいた。

「……以上が、アルテア王国に派遣した諜報員『囁き』の顛末にございます」

ヴォルフラムの声は、いつもより力なく響いた。

最強の潜入工作員『影』ゼクスは精神を蝕まれ敗走。
最強の精神攻撃の専門家『囁き』は記憶を消され、同じ悪夢を植え付けられて送り返されてきた。

帝国が誇る最高の駒が二度にわたり、赤子の手をひねるようにあしらわれたのだ。それも相手の姿を見ることすらできずに。

「……面白い」

長い沈黙を破り、皇帝が呟いた。その声には怒りよりも、純粋な好奇心が勝っているようだった。

「送り返してきた、だと? 殺すでもなく、捕らえるでもなく。わざわざ我が本拠地のど真ん中に。それは何かのメッセージか」

「……おそらくは」

ヴォルフラムは乾いた唇を舐めた。

「『これ以上、手を出すな』という警告かと。我々の動きは全て筒抜けであると。そう言いたいのでしょう」

「ふん。随分と余裕のあることだ」

皇帝は玉座から立ち上がった。そして部屋に飾られた巨大な大陸地図の前まで歩み寄る。彼の指が、小さく取るに足らない存在だったはずのアルテア王国をなぞった。

「ヴォルフラム。お前が持ち帰った断片的な情報。そして二人の『影』が見た悪夢。それらを総合して結論を出せ。その『賢者』レイジ・ノマドとは、一体何者だ」

ヴォルフラムはしばし黙考した。そして覚悟を決めたように、口を開いた。

「……陛下。もはや憶測の域を出ませぬが、申し上げます」

彼の声は厳粛な響きを帯びていた。

「かの者は個人ではございませぬ。あるいは我々が認識するような、一個の人間という存在ではないのかもしれませぬ」

「……どういう意味だ」

「ゼクスの報告にあった『家そのものが意思を持つ生命体』という表現。そして『囁き』を無力化した王女を守る不可視の力。これらは全て一つの可能性を示唆しております」

ヴォルフラムは言葉を選びながら、自らの恐るべき推論を語り始めた。

「レイジ・ノマドという人物は実在するのかもしれない。しかし、それはおそらく『核(コア)』に過ぎない。彼の真の姿は、あの村、あの土地そのものに張り巡らされた巨大な防衛システム。あるいは古代の魔法文明が遺した、自律思考型の『国土防衛兵器』なのではないでしょうか」

皇帝の目が鋭く光った。

「つまり、あの男はただのトリガーか、あるいはインターフェースに過ぎぬと。本体は別にあると申すか」

「御意。そうでなければこれほどの規模の奇跡と鉄壁の防御を同時に説明することができませぬ。おそらくアルテア王国は、偶然にもこの古代兵器を再起動させる鍵となる『適合者』、レイジ・ノマドを見つけ出したのです」

この推論は事実からはかけ離れていた。だが彼らが持つ断片的な情報から導き出される、最も論理的な『答え』だった。

なぜなら彼らの常識では、「たった一人の人間がこれほどのことを成し遂げられる」という可能性こそが、最も非論理的でありえないことだったからだ。

「……古代兵器、か」

皇帝ゲルハルトの口元に再び獰猛な笑みが浮かんだ。

「面白い。実に面白い。ならば話は早い。アルテアの腑抜けどもは自らが目覚めさせたものの本当の価値を理解しておらん。あの国にそれを使いこなす資格はない」

彼の瞳に大陸の覇者としての、強烈な独占欲の炎が燃え上がった。

「その兵器、我が帝国がいただく」

「……しかし、陛下。かの地の防御は我々の諜報活動を完全に拒絶しております。これ以上の接触は……」

「小細工はもう終わりだ」

皇帝はヴォルフラムの言葉を片手で制した。

「鼠を燻り出すのに、これ以上猫を送り込む必要はない。巣穴ごと焼き払えばよい」

その言葉の持つ恐ろしい意味を理解し、ヴォルフラムは息を呑んだ。

「……陛下。まさか」

「そうだ。軍を動かす」

皇帝は断言した。

「アルテア王国に対し最後通牒を突きつける。『古代兵器』の技術供与、およびその『適合者』であるレイジ・ノマドの身柄の引き渡しを要求する、と。奴らが応じればそれでよし。もし拒否するならば……」

彼は地図の上でアルテア王国を拳で力強く叩いた。

「我が帝国の圧倒的な軍事力をもって、アルテア王国をこの地図の上から消し去るまで」

それはもはや脅しではなかった。
冷徹な国家戦略だった。

一人の男の力を国家レベルの脅威、すなわち『戦略級兵器』と誤認した帝国は、その排除あるいは奪取のために国家の総力戦という、最も愚かでそして最も危険な選択肢へと舵を切ったのだ。

帝国の致命的な誤算。
その歯車が今、静かに、しかし確実に回り始めた。

その頃。
アルテア王国の聖域で。

俺はベッドの上で、完璧な静寂と人の気配が適度に感じられる理想的な環境音のバランスに、至福のため息をついていた。

(……うん。最近よく眠れるな)

帝国が俺という一個人を、国家存亡をかけた戦争の引き金にしようとしていることなど、もちろん夢にも思わなかった。

俺の脳内システムログにはただ一言、こう記録されているだけだった。

《脅威レベル低下。周辺領域、安定状態に移行。【絶対安寧空間創造システム】、省-エネモードにて監視を継続》
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