「働きたくない…」と本気で祈ったら怠惰の神が降臨。【フルオート】で身の回りを快適にしていたら、インフラを整備した救国の英雄になっていた

夏見ナイ

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第六十三話 帝国からの使者

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アルテア王国の王都は日に日に緊張の色を濃くしていた。

国境付近に集結するガルニア帝国軍の規模は今や五万を超え、その目的が単なる示威行為ではないことは誰の目にも明らかだった。城壁の警備は強化され、市場では武具の価格が高騰し、人々の顔からは笑顔が消えていた。

国王オルデウスは連日、軍議を開いていた。だが、その席で交わされるのは絶望的な戦力差の確認と、いかにして被害を最小限に食い止め屈辱的な条件で降伏するか、という後ろ向きな議論ばかりだった。

そんな中、玉座の間に一本の矢が放たれた。

ヒュン、という風切り音と共に謁見の間の大理石の床に突き刺さったのは、黒い羽のついた矢だった。その矢には帝国の紋章が刻まれた巻物が結びつけられていた。

城内に敵の侵入を許した。その事実に近衛騎士たちが色めき立つ。だが、オルデウスは静かにそれを手で制した。

「……読め」

宰相が震える手で巻物を開き、その内容を読み上げ始めた。

それはガルニア帝国皇帝ゲルハルトからの、事実上の最後通牒だった。

『アルテア国王オルデウスに告ぐ。貴国が東部辺境にて発見したという『古代兵器』の全ての技術、およびその『適合者』たるレイジ・ノマドの身柄を、七日以内に帝国へ引き渡すべし。しからば、両国の友好は永続的に保たれるであろう。もし、この要求を拒否するならば――』

巻物の最後は言葉ではなく、血で書かれたかのような禍々しい剣の印で締めくくられていた。

玉座の間は死んだような静寂に包まれた。

古代兵器? 適合者? 大臣たちは何のことか理解できず、顔を見合わせるばかりだ。
だが、オルデウスだけはその意味を即座に理解した。

(……奴ら、気づいたか。いや、勘違いしているのか)

帝国はレイジ・ノマドという一個人の力を、国家が管理する戦略級の兵器だと誤認している。そして、その強大な力を帝国が奪い取ろうとしている。

「……ふざけるな」

オルデウスの口から低い、地の底から響くような声が漏れた。

「国父様を兵器だと? あの御方を帝国に引き渡せだと? 万死に値する侮辱だ」

彼の体から王としての、そして一人の人間としての静かな、しかし烈火のような怒りが立ち上った。

宰相が恐る恐る進言する。
「へ、陛下。ですが、帝国の要求を拒否すれば五万の軍勢がこの国に……」

「分かっておる」

オルデウスはその言葉を遮った。

「だが、選択の余地など最初からない。国父様はこの国の守護者であり、未来そのものだ。その御方を野蛮な帝国に売り渡すなど、たとえ国が滅びようとも断じてできぬ」

彼の瞳には迷いはなかった。

「たとえ最後の煉瓦の一つになるまで戦うことになろうとも。この国の誇り、そして国父様への忠誠を捨てるわけにはいかん」

王は決断した。

その夜。アリアの元にも王都からの極秘の伝令が届いた。
帝国の最後通牒の内容とそれに対する父王の決断。その全てを知ったアリアは、静かに、しかし強く拳を握りしめた。

「……父上。よくぞ、ご決断くださいました」

彼女の胸には誇りが灯っていた。弱小国と侮られ、常に帝国の顔色を窺ってきた父が今、絶対的な強者を前にして一歩も引かぬ覚悟を示した。

その覚悟の源泉が、レイジ・ノマドという一人の男への絶対的な信頼にあることをアリアは痛いほど理解していた。

彼女はラボにこもるリノの元へと向かった。

「リノ。帝国が本格的に動く。おそらく数日中に国境を越えてくるだろう」

その言葉に、リノは山のような羊皮紙からゆっくりと顔を上げた。その目は相変わらず研究者の狂気に満ちていたが、アリアの言葉の意味を冷静に分析していた。

「……なるほど。ついに愚かな者たちが神の領域に土足で踏み込もうというわけですか」

彼女の声には緊張も恐怖もなかった。ただ、これから起きるであろう『実験』を前にした科学者のような冷徹さだけがあった。

「マスターは何と?」

「まだお伝えしていない。この俗世の争いで、あの方のお心を乱すわけにはいかない」

「賢明な判断です」

リノは頷いた。

「ですが、アリア様。心配はご無用です。私がこの数ヶ月、マスターの創り出したシステムを解析してきてたった一つだけ確信したことがあります」

彼女は立ち上がった。その小柄な体から天才魔術師としての絶対的な自信が溢れ出す。

「この地に存在するマスターの『作品』たち――この村の防御結界、街道、治水システム、そしてあの商業都市。これらは全て独立して機能しているように見えて、実は一つの巨大なネットワークで繋がっています。そして、その気になれば……」

リノは不敵な笑みを浮かべた。

「マスターはこの地にある全てのものを『兵器』へと転用することができるでしょう。それも指先一つ動かすことすらなく」

その言葉はアリアにとって何よりも心強い福音だった。

二人の女は静かに頷き合った。
一人は聖騎士団を率いる神の『剣』として。
もう一人は神の御業を最も深く理解する『代弁者』として。

彼女たちは来るべき戦いを前に、その覚悟を固めていた。

その頃。
全ての元凶であり、全ての希望である男、レイジ・ノマドは。

ベッドの上で深刻な顔をして、腕を組んでいた。

彼の頭の中を占めているのは帝国の脅威でも、王国の未来でもない。

(……アイスクリームの次のフレーバーは何にしようか)

イチゴはもう飽きた。
次はチョコレートか? いや、カカオ豆はこの村では手に入らない。
ならばバニラか。バニラビーンズも希少品だ。

(……そうだ。抹茶というのはどうだろう。茶葉を粉末にして混ぜ込めば、あの独特の苦味と香りがミルクの甘さと絶妙に合うはずだ。茶の木ならこの辺の山に自生していたような……)

彼の思考はただひたすらに、自らの怠惰な食生活をさらに豊かにすることだけに注がれていた。

帝国の使者が放った最後通牒の矢は、彼の家の屋根に突き刺さっていた。
だが俺はそれに気づきもしなかった。
なぜならその矢は、俺が最近設置した【自動屋根修復システム】によって、突き刺さった瞬間に自動で分解され屋根の瓦の一部としてリサイクルされてしまっていたからだ。

国家存亡の危機は俺の家の屋根の上で、誰にも知られることなく静かに消滅していた。
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