「働きたくない…」と本気で祈ったら怠惰の神が降臨。【フルオート】で身の回りを快適にしていたら、インフラを整備した救国の英雄になっていた

夏見ナイ

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第六十四話 抹茶アイスと開戦前夜

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帝国の最後通牒に対するアルテア王国からの返答は「沈黙」だった。

七日の期限が過ぎても、王都からは何の使者も訪れない。その静かなる拒絶は、何万の兵を並べるよりも雄弁に、アルテア王国の覚悟をガルニア帝国に伝えていた。

帝国皇帝ゲルハルトは、その報告を玉座で聞き、満足げに頷いた。

「……よかろう。小国なりに骨のあるところを見せたな。ならばこちらも全力で、その気概に応えてやらねば礼を失するだろう」

彼は立ち上がった。その背後には、帝国の誇る将軍たちがずらりと並んでいる。

「全軍に告ぐ」

皇帝の声が、静まり返った謁見の間に響き渡る。

「これよりアルテア王国への侵攻を開始する。目標は、東部辺境に存在する『古代兵器』の完全なる確保。抵抗する者は一人残らず殲滅せよ」

「「「はっ!!」」」

将軍たちの雄叫びが城を揺るがした。

大陸最強の軍事国家が、ついに動き出した。その数、およそ十万。鋼鉄の津波が、アルテア王国との国境へと進軍を開始した。

その情報は、即座にアルテア王国の斥候からもたらされた。

王都はパニックに陥った。
「帝国軍が国境を越えたぞ!」
「十万だと!? 我が国の全兵力を合わせても、その半分にも満たない!」
「もうおしまいだ……。この国は滅びる……」

人々は絶望に打ちひしがれ、家財をまとめて逃げ出そうとする者まで現れ始めた。
国王オルデウスは城壁の上に立ち、東の空をじっと見つめていた。その表情には恐怖も絶望もなかった。ただ、静かな覚悟だけがあった。

(……国父様。この国の、そして民の運命を、貴方様にお委ねいたしますぞ)

彼の祈りは、風に乗って東の聖地へと運ばれていく。

その頃、全ての希望を託された聖地では。

俺が、深刻な顔で目の前の緑色の物体を睨みつけていた。

【全自動アイスクリーム製造機】が生み出した、新たな試作品。抹茶アイスだ。山に自生していた茶の木から【自動収穫ドローン】が若葉だけを摘み取り、それを乾燥させ、石臼で丁寧に挽いて粉末にした。最高級の抹茶だ。

それを、牛乳と砂糖、卵黄と混ぜ合わせ、完璧な温度管理の下で作り上げた自信作。

俺はスプーンで一口、その緑色の奇跡を口に運んだ。

「……うまい」

思わず声が漏れた。
最初に濃厚なミルクの甘みが広がる。そして次の瞬間、抹茶の鮮烈な香りと心地よいほろ苦さが、その甘さを引き締め、味に深い奥行きを与えている。

甘さと苦さの完璧な調和。
これは、イチゴを超えたかもしれない。

俺が一人悦に入っていると、ラボからリノが血相を変えて飛び込んできた。

「マスター! 大変です! 帝国軍十万が国境を突破! こちらに向かって進軍を開始した模様です!」

彼女は水晶玉に映し出された遠方の魔力の動きを指さしながら、早口で報告する。

俺は、抹茶アイスをもう一口味わいながら、面倒くさそうに答えた。

「……ああ、そうか」

「『ああ、そうか』ではありません! このままでは数日のうちに、この村も戦場になりますよ!」

「……だろうな」

「なぜ、そんなに落ち着いていられるのですか! あなたの創造されたこの素晴らしい世界が、野蛮な軍靴に踏みにじられようとしているのですよ!」

リノの剣幕に、俺は少しだけ考える素振りを見せた。

戦争。戦場。

それは、俺の安眠を妨げる最大級の騒音源だ。爆発音、怒号、剣のぶつかる音。考えただけで頭が痛くなる。

それに、万が一この家が攻撃されでもしたら。
俺の完璧な怠惰ライフが台無しになる。

それは困る。
非常に困る。

俺の中で結論は出た。

「……リノ」

「は、はい!」

「『聖騎士団』の女騎士をここに呼んでこい」

俺の予期せぬ言葉に、リノは一瞬きょとんとした。だがすぐにマスターの深遠なる考えを理解した(と勘違いした)らしく、力強く頷いて家の外へと駆け出していった。

数分後。アリアが緊張した面持ちで、俺の寝室の入り口に立っていた。
彼女は俺が抹茶アイスを食べているのを見て、またしても何かを悟ったような敬虔な表情を浮かべている。

俺はスプーンを置くと、ベッドの上から彼女に簡潔に告げた。

「……戦争は面倒だ」

その一言に、アリアははっと息を呑んだ。

「俺の睡眠を妨げるものは全て排除する。帝国軍だろうが何だろうが関係ない」

俺は思考だけで、リノが持ってきていたあの『完璧な地図』を、アリアの目の前に浮かび上がらせた。

地図の上には赤い光の点が無数に表示されている。それは国境を越えて進軍してくる帝国軍のリアルタイムの位置情報だった。俺の【広域気象観測システム】は、今や軍事偵察システムとしても完璧に機能していた。

「……これは」

アリアは、その神の視点のような光景に絶句した。

俺は彼女に、究極に怠惰で、そして究極に合理的な防衛計画を告げた。

「……これから、この村の周囲に自動で迎撃システムを構築する。あんたたちは何もしなくていい。ただ、村人たちがパニックにならないように、適当にアナウンスしておけ」

「……は、はい!」

「ああ、それと」

俺は何かを思い出したように付け加えた。

「この抹茶アイス、試作品なんだが、感想を聞かせてくれないか。少し苦味が強すぎたかもしれん」

俺は製造機から新しい抹茶アイスを出すと、アリアに差し出した。

国家存亡の危機を前に、自らが作り上げた最新兵器の最終調整を行いながら、なおかつ側近に新作のデザートの試食を促す絶対者の余裕。

アリアの目には、俺の姿がそう映っていた。

彼女は震える手で、その緑色の聖杯を受け取った。

「……もったいなきお言葉。このアリア、謹んで拝受いたします」

彼女は、そのアイスクリームを、まるで神からの聖体拝領であるかのように、敬虔な気持ちで一口、口にした。

口の中に広がる深い味わい。
それは、来るべき勝利の味だと彼女は確信した。

開戦前夜。
帝国軍十万が刻一刻と、その運命の地へと近づいていた。

彼らはまだ知らない。
自分たちが戦おうとしている相手が、国家でも軍隊でも古代兵器でもなく。

ただ、自分の安眠とデザートの味にしか興味がない、一人の究極に面倒くさがりな男であるということを。
そして、その男の怒りを買うことが何を意味するのかを。
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