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第六十六話 鋼鉄の津波
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鋼鉄の津波が、アルテア王国の大地を蹂虙していた。
ガルニア帝国軍、総勢十万。
歩兵方陣の隙間を重装騎兵が疾駆する。巨大な攻城兵器が大地を軋ませながら進む。掲げられた無数の軍旗が、空を黒く染め上げていた。
国境の砦はわずか半日で陥落した。
抵抗を試みたアルテア王国の国境守備隊は、その圧倒的な物量の前に泡のように消え去った。
帝国軍総司令官、“猛将”の異名を持つドルガン将軍は、馬上から燃え上がる砦を見下ろしていた。その顔には何の感慨も浮かんでいない。これは戦争ではない。ただの害虫駆除だ。
「斥候からの報告はまだか」
「はっ! 目標の村まで、あと半日の距離にございます。アルテア軍に組織的な抵抗の動きは見られません」
副官の報告に、ドルガンは満足げに頷いた。
「当然だ。我らが軍の前に、あの腑抜け王国が抵抗などできるものか。全軍、速度を緩めるな。目標は東の村。そこに眠るという『古代兵器』を、一刻も早く皇帝陛下の元へ献上するのだ」
彼の頭の中では、既に勝利の祝杯が上げられていた。賢者? 国父? 笑わせる。どんな超常の力であろうと、十万の軍勢の前では無力だ。歴史がそれを証明している。
その頃、アルтеа王国の王都は深い絶望に包まれていた。
城壁の上にはなけなしの兵士たちが槍を構えているが、その顔には死相が浮かんでいる。
国王オルデウスは、玉座の間で出撃の準備を終えた近衛騎士団長グレイグと向き合っていた。
「……グレイグよ。すまぬな」
「陛下、お言葉を。王に忠誠を誓ったあの日より、この命とうに捨てております」
グレイグの表情は穏やかですらあった。
「我らが王都の騎士団はこれより出陣し、帝国軍を全力で足止めいたします。たとえここで我らが全滅しようとも。我々が稼いだ時間が、東の地で奇跡を起こすための布石となると信じて」
「……うむ」
オルデウスは深く頷いた。
「頼んだぞ。そして必ずや生きて帰れ。我らは国父様と共に、勝利の祝杯をあげるのだ」
それは絶望的な状況の中で、王が絞り出した最後の強がりだった。
王国の全ての希望は、今や東の辺境の一点に、ただ寝ているだけの男の存在に託されていた。
聖域と化した村は、帝国軍の接近を前にして奇妙な静けさを保っていた。
アリアは自らが育て上げた『聖騎士団』をレイジの家の前に集結させていた。その数はわずか五十名。十万の軍勢を前にしては、あまりにも無力な存在だ。だが、彼らの瞳には恐怖の色はなかった。
「我々は国父様の盾である!」
アリアは剣を抜き放ち、高らかに叫んだ。
「この地は聖域。何人たりとも、その静寂を乱すことは許されぬ! 帝国軍が神を恐れぬ愚か者の集団ならば、我らが神罰の代行者となる! 一歩たりとも退くことは許さん!」
「「「おおっ!」」」
騎士たちの雄叫びが、静かな村に響き渡る。彼らは自らの命を懸けて、この地を守る覚悟を決めていた。
そのあまりにも悲壮な光景を、リノはラボの窓から冷静な目で眺めていた。
「……アリア様。だから、そんな必要はないと言っているのに」
彼女は小さくため息をついた。
彼女の目の前にある水晶玉には、帝国軍の進軍ルートと、この村に張り巡らされた防衛システムの配置図がくっきりと映し出されている。
「マスターがご自分の庭が荒らされるのを許すはずがないでしょうに。彼らは自ら蜘蛛の巣に飛び込んでいく、愚かな蝶のようなものですよ」
彼女の呟きは誰の耳にも届かない。
アリアの悲壮な覚悟とリノの絶対的な信頼。その温度差は、これから始まる一方的な蹂虙劇を暗示しているかのようだった。
そして、ついにその時が来た。
帝国軍の先鋒部隊が、村が見渡せる最後の丘に到達した。率いるのは、血気盛んな若き将校だ。
「あれか! 報告にあった『奇跡の村』は!」
将校が丘の上から眼下を見下ろす。
だが彼の目に映ったのは、噂とは全く違う光景だった。
そこにあったのは、活気あふれる豊かな村ではない。
屋根には穴が開き、壁は崩れ落ち、畑は荒れ果てた打ち捨てられた廃村。人の気気配は全く感じられない。
「……なんだ、これは」
将校は眉をひそめた。
斥候が慌てて報告に来る。
「将軍! ご報告します! 前方の村、人の気配はありません! ただの廃村です!」
「馬鹿な! 地図ではここが間違いなく目標地点のはずだ! 噂はやはりただの噂だったというのか!」
将校は舌打ちした。
「……まあいい。皇帝陛下はこの地の確保を命じられた。たとえ廃村であろうと、我らが占領下に置くことに変わりはない。全軍、進め! 抵抗する者がいれば容赦なく切り捨てよ! この村を我らが前線基地とする!」
彼の号令一下、帝国軍の先鋒部隊が丘を駆け下り始めた。
彼らは気づいていなかった。
自分たちの目が、世界で最も高度な幻術によって完璧に欺かれていることに。
そして自分たちが今、足を踏み入れようとしているその土地が、もはやただの村ではなく、一人の男の安眠を守るためだけに創り上げられた巨大な殺戮要塞と化しているということに。
鋼鉄の津波は、静かなる神の領域のその入り口に、今、無知のままその指先を触れようとしていた。
ガルニア帝国軍、総勢十万。
歩兵方陣の隙間を重装騎兵が疾駆する。巨大な攻城兵器が大地を軋ませながら進む。掲げられた無数の軍旗が、空を黒く染め上げていた。
国境の砦はわずか半日で陥落した。
抵抗を試みたアルテア王国の国境守備隊は、その圧倒的な物量の前に泡のように消え去った。
帝国軍総司令官、“猛将”の異名を持つドルガン将軍は、馬上から燃え上がる砦を見下ろしていた。その顔には何の感慨も浮かんでいない。これは戦争ではない。ただの害虫駆除だ。
「斥候からの報告はまだか」
「はっ! 目標の村まで、あと半日の距離にございます。アルテア軍に組織的な抵抗の動きは見られません」
副官の報告に、ドルガンは満足げに頷いた。
「当然だ。我らが軍の前に、あの腑抜け王国が抵抗などできるものか。全軍、速度を緩めるな。目標は東の村。そこに眠るという『古代兵器』を、一刻も早く皇帝陛下の元へ献上するのだ」
彼の頭の中では、既に勝利の祝杯が上げられていた。賢者? 国父? 笑わせる。どんな超常の力であろうと、十万の軍勢の前では無力だ。歴史がそれを証明している。
その頃、アルтеа王国の王都は深い絶望に包まれていた。
城壁の上にはなけなしの兵士たちが槍を構えているが、その顔には死相が浮かんでいる。
国王オルデウスは、玉座の間で出撃の準備を終えた近衛騎士団長グレイグと向き合っていた。
「……グレイグよ。すまぬな」
「陛下、お言葉を。王に忠誠を誓ったあの日より、この命とうに捨てております」
グレイグの表情は穏やかですらあった。
「我らが王都の騎士団はこれより出陣し、帝国軍を全力で足止めいたします。たとえここで我らが全滅しようとも。我々が稼いだ時間が、東の地で奇跡を起こすための布石となると信じて」
「……うむ」
オルデウスは深く頷いた。
「頼んだぞ。そして必ずや生きて帰れ。我らは国父様と共に、勝利の祝杯をあげるのだ」
それは絶望的な状況の中で、王が絞り出した最後の強がりだった。
王国の全ての希望は、今や東の辺境の一点に、ただ寝ているだけの男の存在に託されていた。
聖域と化した村は、帝国軍の接近を前にして奇妙な静けさを保っていた。
アリアは自らが育て上げた『聖騎士団』をレイジの家の前に集結させていた。その数はわずか五十名。十万の軍勢を前にしては、あまりにも無力な存在だ。だが、彼らの瞳には恐怖の色はなかった。
「我々は国父様の盾である!」
アリアは剣を抜き放ち、高らかに叫んだ。
「この地は聖域。何人たりとも、その静寂を乱すことは許されぬ! 帝国軍が神を恐れぬ愚か者の集団ならば、我らが神罰の代行者となる! 一歩たりとも退くことは許さん!」
「「「おおっ!」」」
騎士たちの雄叫びが、静かな村に響き渡る。彼らは自らの命を懸けて、この地を守る覚悟を決めていた。
そのあまりにも悲壮な光景を、リノはラボの窓から冷静な目で眺めていた。
「……アリア様。だから、そんな必要はないと言っているのに」
彼女は小さくため息をついた。
彼女の目の前にある水晶玉には、帝国軍の進軍ルートと、この村に張り巡らされた防衛システムの配置図がくっきりと映し出されている。
「マスターがご自分の庭が荒らされるのを許すはずがないでしょうに。彼らは自ら蜘蛛の巣に飛び込んでいく、愚かな蝶のようなものですよ」
彼女の呟きは誰の耳にも届かない。
アリアの悲壮な覚悟とリノの絶対的な信頼。その温度差は、これから始まる一方的な蹂虙劇を暗示しているかのようだった。
そして、ついにその時が来た。
帝国軍の先鋒部隊が、村が見渡せる最後の丘に到達した。率いるのは、血気盛んな若き将校だ。
「あれか! 報告にあった『奇跡の村』は!」
将校が丘の上から眼下を見下ろす。
だが彼の目に映ったのは、噂とは全く違う光景だった。
そこにあったのは、活気あふれる豊かな村ではない。
屋根には穴が開き、壁は崩れ落ち、畑は荒れ果てた打ち捨てられた廃村。人の気気配は全く感じられない。
「……なんだ、これは」
将校は眉をひそめた。
斥候が慌てて報告に来る。
「将軍! ご報告します! 前方の村、人の気配はありません! ただの廃村です!」
「馬鹿な! 地図ではここが間違いなく目標地点のはずだ! 噂はやはりただの噂だったというのか!」
将校は舌打ちした。
「……まあいい。皇帝陛下はこの地の確保を命じられた。たとえ廃村であろうと、我らが占領下に置くことに変わりはない。全軍、進め! 抵抗する者がいれば容赦なく切り捨てよ! この村を我らが前線基地とする!」
彼の号令一下、帝国軍の先鋒部隊が丘を駆け下り始めた。
彼らは気づいていなかった。
自分たちの目が、世界で最も高度な幻術によって完璧に欺かれていることに。
そして自分たちが今、足を踏み入れようとしているその土地が、もはやただの村ではなく、一人の男の安眠を守るためだけに創り上げられた巨大な殺戮要塞と化しているということに。
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