「働きたくない…」と本気で祈ったら怠惰の神が降臨。【フルオート】で身の回りを快適にしていたら、インフラを整備した救国の英雄になっていた

夏見ナイ

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第六十七話 蝿の王

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帝国軍の先鋒、およそ五千の兵が丘を駆け下りてくる。砂塵を巻き上げ、大地を揺るがすその光景は、圧倒的な暴力の象徴だった。

彼らは何の疑いもなく、幻術によって廃村に見える村へとその足を踏み入れた。

アリアは家の前で剣を構えたまま、その光景を固唾を飲んで見守っていた。
(……来たか。国父様。今こそ、その御神威を!)

だが村は静まり返ったままだった。何の異変も起きない。
帝国兵たちは拍子抜けしたように顔を見合わせながら、村の中へと侵入してくる。

「……なんだ、本当に誰もいねえのか」
「張り合いのない。こんな廃村を攻め落として、何の手柄になるってんだ」

兵士たちの間に、油断と弛緩の空気が広がり始めた。
先頭をきっていた将校が、村の中心にある広場らしき場所で馬を止め、高らかに叫んだ。

「よし! この村は我らガルニア帝国が制圧した! ここに陣を敷き、後続部隊の到着を待つ!」

彼の勝利宣言が虚しく響き渡る。
兵士たちが勝利の雄叫びを上げようとした、その瞬間だった。

世界から音が消えた。

いや、違う。
兵士たちの耳にだけ、キーンという甲高い、耐え難い不協和音が鳴り響き始めたのだ。

「……ぐっ!?」
「な、なんだ、この音は!」

兵士たちは苦痛に顔を歪め、耳を塞いだ。だが音は外から聞こえるのではない。頭蓋の内側で直接鳴り響いている。
目眩と吐き気に襲われ、立っていることすら困難になる。馬は狂ったようにいななき、騎兵を振り落として暴れ始めた。

【絶対防衛要塞システム】、第一段階起動。
【不協和音響】による広域精神攻撃。

「う、うろたえるな! 魔法攻撃だ! 敵はどこかに隠れているぞ!」

将校が必死に叫んで士気を保とうとする。
だが次の瞬間、彼は言葉を失った。

村の周囲の地面が、音もなくせり上がってきたのだ。

黒曜石のように黒く、そして滑らかな巨大な壁。
それはまるで巨大な墓標が立ち並ぶかのように、瞬く間に村を完全に取り囲んだ。高さは五十メートル。空以外、逃げ場はどこにもない。

【物理防壁オートウォール】、起動。

「……か、壁だと!?」
「囲まれた! いつの間に!」

兵士たちの間に明確なパニックが広がり始めた。彼らは巨大な黒い壁に囲まれた、檻の中の鼠となったのだ。

「ひ、怯むな! 魔法障壁の類だ! 攻城兵器! あの壁を打ち破れ!」

将校の半狂乱の命令を受け、後方に控えていた投石機が唸りを上げて巨大な岩を放った。岩は轟音と共に黒い壁に激突する。

だが。
激突した瞬間、岩はまるで壁に吸い込まれるかのようにその勢いを失った。そして次の瞬間、壁の表面に刻まれた不可視の魔法陣が禍々しい光を放った。

吸収した運動エネルギーを数倍に増幅して撃ち返す。
【自動迎撃魔法陣(カウンターシステム)】、起動。

投石機から放たれた岩は、放たれた時以上の速度で投石機そのものへと撃ち返された。

ゴシャッ!

耳を覆いたくなるような破壊音と共に、帝国自慢の攻城兵器が自らが放った岩によって木っ端微塵に砕け散った。

「……ひぃっ!」

兵士の誰かから悲鳴が上がった。
もはや戦意など、どこにも残っていなかった。

音による精神攻撃。
瞬時に出現した難攻不落の壁。
自らの攻撃を跳ね返す呪われた防御。

彼らが今、対峙しているものが人間の軍隊などではないことを、誰もが悟った。
これは人知を超えた、神か悪魔の領域だ。

「……に、逃げろおおおお!」

誰かが叫んだのを合図に、帝国兵たちは完全に統制を失った烏合の衆と化した。彼らは武器を捨て、鎧を脱ぎ捨て、我先にとやってきた丘の方へと逃げ惑う。

だがその丘は、もはや救いの地ではなかった。

丘の頂上。総司令官であるドルガン将軍が、目の前で起きた信じがたい光景に呆然と立ち尽くしていた。

「……なんだ、あれは。一体、何が起きている」

彼の脳は理解を拒絶していた。
だが本当の悪夢は、これから始まる。

彼の視界の端に、何か黒いものが映った。

最初はただの虫の群れかと思った。
だがその群れは、凄まじい速度でこちらに向かってきていた。

ブゥン、という無数の羽音が空気を震わせる。

それは虫ではなかった。

一体一体が手のひらサイズの、金属でできた『蝿』。
その複眼は血のような赤い光を放っている。

【超小型監視ドローン・インセクトアイ】。
その数、およそ一万。
俺がストーカー対策に作った、ただの監視ドローン。
だがその大群は、もはやそれ自体が、一つの意志を持った災害だった。

「……ひっ」

百戦錬磨の猛将ドルガンの喉から、か細い悲鳴が漏れた。

蝿の王が降臨した。

金属の蝿の群れは、逃げ惑う兵士たちの上空を覆い尽くした。そして一体一体がピンポイントで、兵士たちの兜や鎧の隙間を狙って突撃していく。

目的は殺傷ではない。
ただその体から、微弱だが極めて不快な電撃を放つだけ。

バチッ! バチッ!

「ぎゃあああっ!」
「い、痛い! 体が痺れて……!」

兵士たちは次々と地面に倒れ、感電した魚のように体を痙攣させた。痛みはそれほどでもない。だがその、無数の虫に体を這われ、刺されるかのような生理的な嫌悪感と、体の自由が利かなくなる恐怖が彼らの精神を完全に破壊していった。

ドルガンは馬上から、自慢の精鋭部隊がただの虫の群れに一方的に無力化されていく様を、震えながら見つめていた。

「……化け物め」

彼がそう呟いた時。
一匹の金属の蝿が、彼の目の前にふわりと浮かんでいた。

その赤い複眼がじっと彼を見つめている。

そして彼の脳内に直接、声が響いた。
あの感情のない、機械のような声。

『タチサレ』

ドルガンは悲鳴を上げると馬首を返し、狂ったように駆け出した。
その姿はもはや猛将ではなかった。
ただ、神の怒りに触れた哀れな人間だった。

その一部始終を。
俺はベッドの上で、脳内に映し出されるライブ映像で眺めていた。

(……うるさい。虫の羽音がやけにうるさいな。まあ、これで静かになるだろう)

俺はリモコンでテレビの音量を下げるかのような気軽さで帝国の先鋒部隊を壊滅させると、再び心地よい眠りの世界へと意識を沈めていった。

外ではアリアと騎士たちが、天罰としか思えない光景にひれ伏して祈りを捧げていた。
ラボではリノが「素晴らしい! 完璧な制圧! 人的被害ゼロ! マスターの戦いは芸術です!」と、興奮のあまり失神寸前だった。

帝国軍先鋒部隊、五千。
開戦からわずか十分で、戦闘能力を完全に喪失。

戦いの火蓋は切って落とされた。
いや、それはもはや戦いですらなかった。
ただ、静かなる神の領域を汚した愚かな者たちへの、一方的な『駆除』の始まりだった。
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