「働きたくない…」と本気で祈ったら怠惰の神が降臨。【フルオート】で身の回りを快適にしていたら、インフラを整備した救国の英雄になっていた

夏見ナイ

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第六十九話 王都の熱狂と国王の決断

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帝国軍十万が一戦も交えずに撤退。それも武器も鎧も捨て、まるで葬列のように整然と帰っていった。

そのニュースは斥候からもたらされた瞬間から、信じがたい噂として王都中を駆け巡った。

「嘘だろう! あの帝国軍が逃げ帰っただと!?」
「何かの罠に違いない! 奴らがそんな簡単に諦めるものか!」

誰もがその報告を信じようとしなかった。それはあまりにも現実離れした、都合の良すぎる奇跡だったからだ。

だが数日後。近衛騎士団長グレイグ率いる本隊が東部辺境から王都へと帰還した。彼らは出撃した時と同じ、一人の犠牲者も出すことなく、しかし誰もが何か人知を超えたものを見たかのような畏怖の表情を浮かべていた。

そして彼らが持ち帰った報告は、王都の疑念を熱狂へと変えるには十分すぎた。

「……壁が現れたのです。天を突くほどの黒い壁が」
「空を金属の虫の大群が覆い尽くし、帝国兵はなすすべもなく……」
「我々はただ見ていただけです。神の御業が、我らの敵を赤子のようにあしらう様を」

騎士たちの震える声で語られる証言。それはもはや戦闘報告ではなかった。神話の語り部が紡ぐ叙事詩だった。

そしてその奇跡の中心に、常に一人の男の名があった。

『国父』レイジ・ノノマド。

王都は歓喜の渦に包まれた。

絶望の淵にいた市民たちは街に繰り出し、互いに抱き合い、涙を流して勝利を祝った。酒場では一日中、国父を讃える歌が歌われた。誰もがその顔を知らぬ救国の英雄の名を、神の名のように呼び、崇めた。

「国父様、万歳!」
「我らがアルテア王国は神に愛されている!」

熱狂は王城の中ですら例外ではなかった。
国王オルデウスは玉座の間で、グレイグからの正式な報告を聞いていた。その顔には安堵と、それ以上に深い畏敬の念が浮かんでいた。

「……そうか。やはり、あの方の御力であったか」

彼の脳裏に、娘アリアからの報告書の内容が蘇る。そして自らが下した『国父』という称号の授与。それは彼の王としての人生で、最も正しく、そして最も幸運な決断だった。

「陛下」

宰相が興奮を隠しきれない様子で進言した。

「今こそ国父様を正式に王都へお招し、盛大な祝勝の儀を執り行うべきです! そしてその偉大なるお姿を、民の前に!」

その言葉に他の大臣たちも、次々と同調した。
「左様です! 国父様は我が国の至宝! それに相応しい最高の栄誉を!」
「正式な爵位と領地も与えるべきです!」

彼らの言葉は善意から来るものだった。だがオルデウスは、静かに首を横に振った。

彼の脳裏には、グレイグが持ち帰ったもう一つの、そして最も重要な報告があった。

『国父レイジ・ノノマド、陛下の召喚に対し、ただ一言、『面倒だ』と』

その言葉の意味を、オルデウスは今、痛いほど理解していた。

「……皆、静まれ」

王の静かだが重い声に、大臣たちは口をつぐんだ。

「我々はまたしても、過ちを犯すところであった」

オルデウスは玉座から立ち上がった。

「国父様は我々が考えるような栄誉や富を求められる御方ではない。あの方が望まれるのはただ一つ。誰にも邪魔されぬ、静かで平穏な暮らし。それだけだ」

その言葉に、大臣たちは戸惑いの表情を浮かべた。

「我々がすべきことは、あの方を我々の都合で飾り立てることではない。あの方のそのたった一つの願いを、国家の総力を挙げてお守りすることだ。それこそが、我々があの方に捧げることのできる、唯一にして最高の忠誠なのだ」

王は決断した。

「これより、国父レイジ・ノノマドに関する新たな勅令を発する」

その声は王都全体に響き渡るかのように荘厳だった。

「第一に、国父様の住まう聖域へのあらゆる干渉を禁ずる。王族といえど、彼の許可なくしてその地に立ち入ることは許されぬ」
「第二に、国父様に関する情報を国家最高機密とする。彼の名、彼の偉業をみだりに国外に口外することを禁ずる」
「そして第三に」

オルデウスは一呼吸置いた。

「国父レイジ・ノノマドに、この国における『永代不労働の権利』を授与する! 彼がその生を終えるまで、いかなる労働も義務も国家への奉仕も、一切を免除するものとする!」

それは前代未聞の勅令だった。
一人の人間に対し、国家がその怠惰な生活を法の下に、完全に保証するという宣言。

「……陛下、それは」

宰相がさすがに驚きの声を上げた。だがオルデウスの決意は揺るがなかった。

「あの方の偉業に比べれば、これしきの褒賞あまりに小さい。だが、これこそがあの方が最も望まれるものだと、我は信じる」

この日、アルテア王国は歴史上最も奇妙で、そして最も賢明な王命を下した。
一人の男の怠惰を守ることが、この国の最も重要な国是として定められたのだ。

その頃。
全ての騒動の中心で、歴史上最も偉大な怠け者は。

ベッドの上で完璧な静寂が戻ったことに、心からの満足感を覚えていた。

(……ようやく本当に静かになったな。これで心置きなく昼寝ができる)

俺の脳内システムログには、ただ一言こう記録されていた。
《周辺の害虫、完全に駆除完了。システム、待機モードへ移行》

俺は大きな欠伸を一つすると、ふかふかの羽毛布団に深く、深く、体を沈めていった。

これから自分が国家公認の『究極の怠け者』として法的に守られる存在になったことなど、もちろん知る由もなかった。
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