「働きたくない…」と本気で祈ったら怠惰の神が降臨。【フルオート】で身の回りを快適にしていたら、インフラを整備した救国の英雄になっていた

夏見ナイ

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第七十話 日常と新たな面倒

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戦争は終わった。らしい。

俺がベッドの上でうたた寝をしている間に、家の外で起きていたらしい物騒なイベントは、いつの間にか終息していた。俺がやったことといえば、安眠を妨害する害虫を少しばかり『掃除』しただけだ。

結果として俺の家の周囲は、かつてないほどの完璧な静寂に包まれた。もはや不審な気配も、商人たちの騒音も、騎士団の怒声すら聞こえない。聞こえるのは風の音と鳥の声、そして時折ラボから聞こえてくるリノの奇声だけ。

「……最高だ」

俺は至福のため息をついた。これこそが、俺が求めていた完成された怠惰。もう何もすることはない。何も考える必要もない。

いや、一つだけあった。

(……プリン、だな)

アイスクリームの次に俺が求めたのは、あのぷるぷるとした食感とカラメルのほろ苦さがたまらないカスタードプリンだった。卵と牛乳と砂糖。材料は揃っている。あとは、最適な加熱と冷却のプロセスを【全自動化】するだけだ。

俺が、そんな極めて平和で個人的なプロジェクトに思考を巡らせていた、ある日の午後。

家の外でアリアとリノが、いつものように奇妙な会話を交わしていた。

「リノ。国父様のご様子は?」

アリアはもはや俺の家の前に立つのが日課となっていた。彼女は俺の『聖域』に踏み込むことなく、リノを介して俺の様子(という名の、リノの創作話)を伺うのが、唯一のコミュニケーション手段だと考えているらしい。

リノはアリアの問いに、もったいぶるように頷いた。

「ご安心を、アリア様。マスターは、あの大戦(と彼女が呼ぶ一方的な駆除)の後、しばしの休息期間に入っておられます。ですが、そのご慧眼は既に来るべき『次なる時代』を見据えておられるご様子」

「次なる、時代……?」

「ええ。最近は特に『半固形物質における熱変性と凝固点の最適化』について、深く思索を巡らされております。おそらくは新たな食糧生産技術か、あるいは未知の錬金術の基礎理論を構築されておられるのでしょう」

(ただのプリンなんだがな……)

ベッドの中で聞いていた俺は、もはやツッコむ気力もなかった。

アリアはリノの言葉に、深く感動したように目を伏せた。
「そうか……。我々が勝利に浮かれている間に、あの方はもう未来へと思考を巡らせておられるのか。なんという、なんという深謀遠慮。私も気を引き締めねば」

彼女の勘違いが、また一つ新たな地平へと到達した瞬間だった。

その時、賢者の道の方から一台の壮麗な馬車が近づいてくるのが見えた。王家の紋章が輝く、国王専用の馬車だ。

アリアの顔に緊張が走る。
馬車が家の前で止まると、中から降りてきたのは国王の側近である宰相その人だった。老宰相はアリアに一礼すると、彼女の後ろにある古びた家を畏怖の念のこもった目で見上げた。

「……アリア様。陛下からの、国父様への感謝の印をお持ちいたしました」

宰相の後ろから、従者たちが次々と巨大な木箱を運び出し始めた。中身は最高級のビロードでできた衣服、一生かかっても使いきれないほどの金銀財宝、そして王国中から集められた山海の珍味だった。

「陛下は、国父様が富や名誉を望まれぬ御方であると重々承知しておられる。だが、それでもこの感謝の気持ちを形にせずにはおれぬ、と。どうか、お納めいただきたい」

アリアは、その贈り物の山を前に困惑した。
「しかし、宰相殿。国父様の静寂を、これ以上乱すわけには……」

「これをお渡しするまで、王都へは帰れぬのです」
宰相は、困り果てた顔で懇願した。

俺は家の中から、その面倒くさいやり取りを聞いていた。
金も服も食料も、もう十分すぎるほどある。これ以上物を増やされても、管理が面倒なだけだ。

(……追い返してくれ、女騎士)

俺がそう念じた時、宰相が最後の切り札とも言える木箱を従者に開けさせた。

その中身を見た瞬間、アリアとリノが息を呑んだ。

それは巨大なベッドだった。
天蓋付きの、王侯貴族が使うものの中でも最高級の品。フレームには緻密な彫刻が施され、マットレスは雲の上で眠るために作られたかのような、極上の羽毛で作られている。

「これは……『天使の寝床』と謳われる、我が国最高の職人が生涯に一度だけ作り上げたとされる幻の寝具にございます。国父様の安らかなる『思索』の、一助となればと、陛下が……」

俺の耳がぴくりと動いた。

天使の、寝床。

今使っている羽毛布団も最高だが、あれはそれを超えるというのか。雲の上の寝心地。

俺の怠惰な魂が、わずかに、しかし確かに揺さぶられた。

アリアとリノは俺の心の揺らぎを、家の内側から漏れ出る魔力の微細な変化で感じ取ったらしい。

リノがここぞとばかりに叫んだ。
「マスター! これは陛下からの純粋な感謝の気持ちです! 無下に断るのは、逆に面倒な事態を招くやもしれません!」

アリアも必死の形相で続く。
「国父様! どうか我らが王の、ささやかなる忠誠の証を、お受け取りください!」

俺はベッドの上で、しばし葛藤した。
面倒くさい。だが、あのベッドは魅力的だ。

究極の面倒と、究極の快適。その天秤がギリギリと軋む。

やがて俺は、小さな、しかし決定的なため息をついた。

家の中から扉を通して、くぐもった声が響いた。

『……そこに、置いておけ。あとは、勝手にやる』

その声を聞いた瞬間、宰相はまるで神の許しを得たかのような顔をぱあっと輝かせた。
「おお……! お聞き入れくださった!」

彼はその場に膝をつき、家の扉に向かって何度も何度も頭を下げた。そして贈り物を全て玄関先に置かせると、任務を終えた安堵感と共に慌ただしく王都へと帰っていった。

その日の午後。
俺の寝室は様変わりしていた。
【自動家具配置システム】によって、部屋の中央にはあの巨大な天蓋付きベッドが鎮座している。俺は、その雲のようなマットレスに体を沈め、至福のため息をついていた。

「……最高だ」

寝心地は想像を遥かに超えていた。体が溶けていくようだ。

俺はさらに快適になった怠惰環境に、心の底から満足していた。

だが、ふと気づいてしまった。

この部屋にはもはや俺一人ではない。
ベッドの傍らには俺の睡眠中の魔力の波形を記録しようと、リノが陣取っている。
窓の外には俺の『聖域』を守るため、アリアが騎士たちに指示を出す声が微かに聞こえる。

玄関先には国王からの贈り物が、まだ山と積まれている。あれをどうやって片付けさせるか。また、新しい保管庫でも作るか。

俺の怠惰な生活は確かに守られた。
そして以前よりも、遥かに快適になった。

だがその代償として、俺の小さな世界は多くの人々の善意と壮大な勘違いによって、静かに、そして確実に囲い込まれ始めていた。

俺は天蓋の美しいレース模様を眺めながら、ほんの少しだけ眉をひそめた。

(……なんだか、前よりずっと騒しくなった気がするな)

その一抹の不安は、しかし天使の寝床がもたらす悪魔的な眠気の前には、あまりにも無力だった。
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