「働きたくない…」と本気で祈ったら怠惰の神が降臨。【フルオート】で身の回りを快適にしていたら、インフラを整備した救国の英雄になっていた

夏見ナイ

文字の大きさ
71 / 101

第七十一話 それぞれの思惑

しおりを挟む
俺の日常は、プリンと共にあった。

国王から賜った『天使の寝床』は、俺の睡眠の質を神の領域へと引き上げた。そして、その完璧な眠りから目覚めた俺を待っているのは、完璧な朝食と完璧な静寂。そして食後の完璧なデザートだった。

【全自動プリン製造機】は、俺の期待を遥かに超える性能を発揮していた。卵と牛乳の黄金比、カラメルソースの絶妙な焦がし具合、そして絹のようになめらかな舌触り。俺は毎日ベッドの上でこの小さな奇跡を味わい、怠惰な生活の完成度を再確認するのだった。

その日も、俺が至福のプリンタイムを堪能していると、寝室の扉が控えめにノックされた。アリアだ。彼女は毎日決まった時間に、俺に(というよりは、俺の代理人を自称するリノに)国の状況を報告しに来るのが日課となっていた。

「国父様。ご思索のところ、失礼いたします」

アリアは扉の前で深々と頭を下げた。俺はベッドに寝そべったままプリンを口に運びながら、面倒くさそうに返事をした。

「……入れ」

彼女は静かに部屋に入ってきた。その手には数枚の羊皮紙が握られている。その顔には隠しきれない憂慮の色が浮かんでいた。

「ご報告いたします。ガルニア帝国が先の撤退の後、再び国境付近に兵力を集結させているとの報せが。先の敗北で士気は落ちているかと思われましたが、むしろその逆。皇帝ゲルハルト自らが前線近くまで出張り、兵を鼓舞しているとのこと。その執念、常軌を逸しております」

「……ふーん」

俺はプリンの最後のひとさじをすくいながら、気のない返事をした。帝国のことなどどうでもいい。それよりも、このカラメルソースのほろ苦さがカスタードの甘さを完璧に引き立てていることの方が、俺にとっては重要だった。

アリアは、俺のその反応を見て逆に心を落ち着かせたようだった。彼女の瞳に、いつもの絶対的な信頼の光が宿る。

(……やはり。この程度の事態、国父様にとっては取るに足らないことなのだ。帝国の動きなど全てお見通しの上で、あえて静観しておられる。私がここで動揺してはならない)

彼女は深く息を吸い込むと、報告を続けた。
「また国境付近では、帝国の斥候と思われる部隊による小規模な挑発行為が頻発しております。我が国の国境守備隊は今のところ冷静に対応しておりますが、いつ衝突が起きてもおかしくない状況です」

「……そうか」

(次はカボチャのプリンでも作ってみるか。あの自然な甘みは、きっとプリンに合うはずだ)

俺の思考は完全に別の場所にあった。
アリアはそんな俺の様子を「全てを把握した上での、泰然自若たる態度」と解釈し、深く安堵した。

「……失礼いたしました。私が浅はかな憂慮で、国父様のお心を乱すところでした。国父様が動かれぬのなら、まだ『その時』ではないということ。私は、私の成すべきことを粛々とこなすのみです」

彼女はそう言うと、再び深々と頭を下げ、静かに部屋を退出していった。彼女が村と商業都市の統治に、以前にも増して精力的に取り組み始めたのは、言うまでもない。

アリアが去った後、今度はラボからリノが顔を出した。その手には俺が今朝食べたプリンの皿が、まるで聖遺物のように掲げられている。

「マスター! このゲル状物質の凝固プロセス、驚異的です! 加熱によるタンパク質の熱変性だけでは、この滑らかさは説明できません! もしかして、分子レベルで物質の結合を再構築する、錬金術的なアプローチを……!」

「ただの卵だ。蒸し加減がいいだけだ」

俺の素っ気ない返事に、リノは「卵というありふれた物質から、神の領域の食感を生み出す! それこそがマスターの真骨頂!」と、一人で納得していた。

彼女は興奮気味に俺ににじり寄った。
「ところでマスター。そろそろ、あの野蛮な帝国に一発お見舞いしてやるのはいかがです? 私の計算によれば、マスターの治水システムを軍事転用すれば、帝国の首都くらいなら一日で水没させることが可能ですが」

物騒なことを、さらりと言う。
俺は彼女の頭を、プリンの空き皿で軽く叩いた。

「痛っ!?」

「うるさい。俺の安眠の邪魔だ。戦争など、騒音の塊だろうが。そんな面倒なこと、誰がやるか」

俺の一喝に、リノは頭を押さえながらも、なぜか嬉しそうな顔をした。

「……なるほど。マスターは無益な殺生を好まれない。ただ、その御力は守るためにのみ使われる。なんと、なんと慈悲深い……。私としたことが、マスターの深遠なる平和主義のお考えを、見失うところでした」

彼女の中で、俺の究極の面倒くさがりは、ガンジーもかくやというほどの絶対非暴力主義へと変換されていた。

俺は勘違いを続ける二人の女を尻目に、再びベッドへと体を沈めた。

その頃。
大陸の遥か西、ガルニア帝国の首都では、皇帝ゲルハルトが薄暗い地下の研究施設にいた。

彼の前には巨大な水晶に魔力を注ぎ込む、数十人の帝国最高峰の魔術師たちの姿があった。水晶の中では、禍々しい黒い雷が絶え間なく荒れ狂っている。

「……首尾は、どうだ」

皇帝の問いに、魔術師長が汗を拭いながら答えた。
「はっ、陛下。アルテアの『古代兵器』が局所的な防御結界であるというご慧眼の通り、それを上回る一点集中の破壊力を持つ戦略級攻撃魔法の構築は、最終段階に入っております。その名は『神々の鉄槌(ハンマー・オブ・ゴッド)』。完成すれば、射程圏内にあるあらゆる結界を粉砕し、都市一つを更地に変えることが可能かと」

「よろしい」

皇帝は満足げに頷いた。
彼はレイジの力を、あくまでも高度な『防御システム』だと誤認していた。ならばそれを貫く最強の『矛』を用意すればいい。単純明快な、覇者ならではの発想だった。

「完成を急がせよ。アルテアの子供たちがままごとに興じている間に、本当の『力』とは何かを、教えてやるのだ」

彼の黒い野心は、着々と、そして静かにその牙を研いでいた。

俺は完璧な静寂の中、完成したばかりのカボチャプリンを一口味わっていた。

「……うん。うまい」

その甘く、優しい味は、これから訪れるであろう世界の激動とは、あまりにも無縁だった。

水面下でそれぞれの思惑が、激しく渦を巻いている。
国の未来を憂う王女。
神の力を解析する天才。
大陸の覇権を狙う皇帝。

そしてその全ての中心で、ただひたすらにデザートの次の味を考える、怠惰な男。

嵐の前の静けさは、もう長くは続かない。
だがそのことに気づいているのは、この世界でただ一人もいなかった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

追放されたので田舎でスローライフするはずが、いつの間にか最強領主になっていた件

言諮 アイ
ファンタジー
「お前のような無能はいらない!」 ──そう言われ、レオンは王都から盛大に追放された。 だが彼は思った。 「やった!最高のスローライフの始まりだ!!」 そして辺境の村に移住し、畑を耕し、温泉を掘り当て、牧場を開き、ついでに商売を始めたら…… 気づけば村が巨大都市になっていた。 農業改革を進めたら周囲の貴族が土下座し、交易を始めたら王国経済をぶっ壊し、温泉を作ったら各国の王族が観光に押し寄せる。 「俺はただ、のんびり暮らしたいだけなんだが……?」 一方、レオンを追放した王国は、バカ王のせいで経済崩壊&敵国に占領寸前! 慌てて「レオン様、助けてください!!」と泣きついてくるが…… 「ん? ちょっと待て。俺に無能って言ったの、どこのどいつだっけ?」 もはや世界最強の領主となったレオンは、 「好き勝手やった報い? しらんな」と華麗にスルーし、 今日ものんびり温泉につかるのだった。 ついでに「真の愛」まで手に入れて、レオンの楽園ライフは続く──!

ファンタジーは知らないけれど、何やら規格外みたいです 神から貰ったお詫びギフトは、無限に進化するチートスキルでした

渡琉兎
ファンタジー
『第3回次世代ファンタジーカップ』にて【優秀賞】を受賞! 2024/02/21(水)1巻発売! 2024/07/22(月)2巻発売!(コミカライズ企画進行中発表!) 2024/12/16(月)3巻発売! 2025/04/14(月)4巻発売! 応援してくださった皆様、誠にありがとうございます!! 刊行情報が出たことに合わせて02/01にて改題しました! 旧題『ファンタジーを知らないおじさんの異世界スローライフ ~見た目は子供で中身は三十路のギルド専属鑑定士は、何やら規格外みたいです~』 ===== 車に轢かれて死んでしまった佐鳥冬夜は、自分の死が女神の手違いだと知り涙する。 そんな女神からの提案で異世界へ転生することになったのだが、冬夜はファンタジー世界について全く知識を持たないおじさんだった。 女神から与えられるスキルも遠慮して鑑定スキルの上位ではなく、下位の鑑定眼を選択してしまう始末。 それでも冬夜は与えられた二度目の人生を、自分なりに生きていこうと転生先の世界――スフィアイズで自由を謳歌する。 ※05/12(金)21:00更新時にHOTランキング1位達成!ありがとうございます!

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

授かったスキルが【草】だったので家を勘当されたから悲しくてスキルに不満をぶつけたら国に恐怖が訪れて草

ラララキヲ
ファンタジー
(※[両性向け]と言いたい...)  10歳のグランは家族の見守る中でスキル鑑定を行った。グランのスキルは【草】。草一本だけを生やすスキルに親は失望しグランの為だと言ってグランを捨てた。  親を恨んだグランはどこにもぶつける事の出来ない気持ちを全て自分のスキルにぶつけた。  同時刻、グランを捨てた家族の居る王都では『謎の笑い声』が響き渡った。その笑い声に人々は恐怖し、グランを捨てた家族は……── ※確認していないので二番煎じだったらごめんなさい。急に思いついたので書きました! ※「妻」に対する暴言があります。嫌な方は御注意下さい※ ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げています。

【土壌改良】で死の荒野がSランク農園に!食べただけでレベルアップする野菜で、世界最強ギルド設立

黒崎隼人
ファンタジー
「え? これ、ただのトマトですよ?」 「いいえ、それは食べただけで魔力が全回復する『神の果実』です!」 ブラック企業で働き詰めだった青年は、異世界の名門貴族の三男・ノアとして転生する。 しかし、授かったスキルは【土壌改良】という地味なもの。 「攻撃魔法も使えない役立たず」と罵られ、魔物すら寄り付かない死の荒野へ追放されてしまう。 だが、彼らは知らなかった。 ノアのスキルは、現代の農業知識と合わせることで、荒れ果てた土地を「Sランク食材」が溢れる楽園に変えるチート能力だったことを! 伝説の魔獣(もふもふ)をキュウリ一本で手懐け、行き倒れた天才エルフを極上スープで救い出し、気づけば荒野には巨大な「農業ギルド」が誕生していた。 これは、本人がただ美味しい野菜を作ってのんびり暮らしたいだけなのに、周囲からは「世界を救う大賢者」と崇められてしまう、無自覚・最強の農業ファンタジー!

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

外れスキルは、レベル1!~異世界転生したのに、外れスキルでした!

武蔵野純平
ファンタジー
異世界転生したユウトは、十三歳になり成人の儀式を受け神様からスキルを授かった。 しかし、授かったスキルは『レベル1』という聞いたこともないスキルだった。 『ハズレスキルだ!』 同世代の仲間からバカにされるが、ユウトが冒険者として活動を始めると『レベル1』はとんでもないチートスキルだった。ユウトは仲間と一緒にダンジョンを探索し成り上がっていく。 そんなユウトたちに一人の少女た頼み事をする。『お父さんを助けて!』

暗殺者から始まる異世界満喫生活

暇人太一
ファンタジー
異世界に転生したが、欲に目がくらんだ伯爵により嬰児取り違え計画に巻き込まれることに。 流されるままに極貧幽閉生活を過ごし、気づけば暗殺者として優秀な功績を上げていた。 しかし、暗殺者生活は急な終りを迎える。 同僚たちの裏切りによって自分が殺されるはめに。 ところが捨てる神あれば拾う神ありと言うかのように、森で助けてくれた男性の家に迎えられた。 新たな生活は異世界を満喫したい。

処理中です...