「働きたくない…」と本気で祈ったら怠惰の神が降臨。【フルオート】で身の回りを快適にしていたら、インフラを整備した救国の英雄になっていた

夏見ナイ

文字の大きさ
73 / 101

第七十二話 王国の決断

しおりを挟む
帝国の最後通牒に対するアルテア王国の公式な返答は、やはり「沈黙」だった。

七日間の期限が過ぎた日、帝国の使者は侮蔑の言葉を吐き捨てて王都を去った。その姿が国境の向こうに消えた瞬間、それはもはや外交の終わりと戦争の始まりを告げる無言の号砲となった。

王都アルテアは、かつてないほどの緊張感に包まれた。
城壁には弓兵が隙間なく配置され、その下では市民たちがバリケードを築き、武器を手に取る者まで現れ始めた。絶望的な戦力差を前にしても、彼らの目には諦めの色だけではなかった。

「国父様がついている!」
「神に見捨てられた帝国に、我らが負けるものか!」

レイジ・ノノマドという顔も知らぬ謎の存在への信仰が、今やこの国の民の心を一つに繋ぎ、絶望的な状況に立ち向かうための最後の精神的支柱となっていた。

国王オルデウスは、城で最も高い塔の上から自らが治める国を見下ろしていた。眼下には死を覚悟した兵士たちと、祈りを捧げる民の姿がある。

(……すまぬ。我が無力なばかりに、お前たちを戦火に巻き込む)

彼は王として、民に詫びた。

(だが、これだけは信じてほしい。我々には希望がある。東の地に我らが国父がおわす限り、この国は決して滅びぬ)

彼の祈りは決意に満ちていた。

同じ頃、東の聖地。
アリアは『聖騎士団』の最終的な配置を終えていた。彼らの任務は帝国軍と戦うことではない。万が一にも戦いの余波がレイジの住む『聖域』の中心に及ぶことのないよう、最後の防壁となることだ。

彼女は静寂に包まれたレイジの家を見上げた。
家の中からは何の動きも感じられない。おそらく国父様は全てをお見通しの上で、静かに『その時』を待っておられるのだろう。

(あの方の静寂を、私が守る)

彼女は静かに剣を抜き、祈りを捧げるようにその切っ先を地面に向けた。
騎士としての、そして信徒としての覚悟は決まっていた。

ラボではリノが、目の前に浮かぶ巨大な魔術ディスプレイ(水晶玉を改造したもの)に映し出される無数の情報を、冷静な目で見つめていた。

ディスプレイには国境を越えてアルテア王国領内へと侵入してくる、帝国軍十万の進軍マップがリアルタイムで表示されている。赤い光点がまるで巨大な蛇のように、うねりながら東へと向かってきていた。

「……愚かな者たち。神の庭に土足で踏み入ろうとは」

彼女の口元に冷たい笑みが浮かんだ。
彼女の指が空中で滑るように動く。ディスプレイの片隅に別のウィンドウが開かれた。そこにはこの村を中心に張り巡らされた、レイジ作の防衛システムの全体図が表示されている。

【絶対防衛要塞システム】。
そのステータスは『待機(スタンバイ)』。

「マスターの眠りを妨げる者は、塵一つ残さず消去(イレース)する。それが私の役目」

彼女の瞳はもはや研究者のそれではない。
自らが信じる神の安寧を脅かす不浄なるものを排除する、冷徹な審判者の目をしていた。

王も、王女も、天才も。
誰もがそれぞれの場所で、それぞれの覚悟を決めていた。
アルテア王国という国が、その存亡を懸けて心を一つにした瞬間だった。

その、あまりにも荘厳で歴史的な瞬間に。

全ての希望と全ての信仰をその一身に集める男、レイジ・ノノマドは。

ベッドの上でついに完成した完璧なコーヒーゼリーを前に、歓喜に打ち震えていた。

「……おお」

黒く艶やかに輝く、魅惑の立方体。
その上に、供物で届いた新鮮なクリームから作った【全自動】の生クリームを添える。

完璧だ。
見た目だけで勝利を確信できる。

俺は金の匙(これも供物だ)で、その黒い宝石を一口すくった。
ぷるんとした心地よい弾力。

口に運んだ瞬間、コーヒーの芳醇な香りと深い苦味が口の中いっぱいに広がる。そこに生クリームのまろやかな甘みが、完璧なハーモニーを奏でる。

「……うまい」

思わず天を仰いだ。
これはプリンを超えたかもしれない。大人のための至高のデザートだ。

俺は夢中で、その神の創造物を味わい続けた。

外の世界で十万の軍勢が、自らの命運も知らずにこちらへ向かってきていることなど、俺の知ったことではない。
王が、王女が、そして天才が、俺にこの国の全てを託していることなど全く気づいていない。

俺の頭の中はただ一つ。

(……次は、このゼリーに合う新しい飲み物を開発するか。炭酸水なんて作れないだろうか。あの喉を刺すような刺激が、この苦味と甘みにきっと合うはずだ……)

彼の飽くなき食への探求心、いや、怠惰な生活を彩るための執念は尽きることがない。

アルテア王国の運命の日。
その火蓋が切られようとしている、まさにその瞬間。

救国の英雄は次のデザートの構想に、夢中になっていた。
これ以上ないほどの緊張感の欠如。
だが、それこそがこの男が『最強』であることの何よりの証明なのかもしれない。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

追放されたので田舎でスローライフするはずが、いつの間にか最強領主になっていた件

言諮 アイ
ファンタジー
「お前のような無能はいらない!」 ──そう言われ、レオンは王都から盛大に追放された。 だが彼は思った。 「やった!最高のスローライフの始まりだ!!」 そして辺境の村に移住し、畑を耕し、温泉を掘り当て、牧場を開き、ついでに商売を始めたら…… 気づけば村が巨大都市になっていた。 農業改革を進めたら周囲の貴族が土下座し、交易を始めたら王国経済をぶっ壊し、温泉を作ったら各国の王族が観光に押し寄せる。 「俺はただ、のんびり暮らしたいだけなんだが……?」 一方、レオンを追放した王国は、バカ王のせいで経済崩壊&敵国に占領寸前! 慌てて「レオン様、助けてください!!」と泣きついてくるが…… 「ん? ちょっと待て。俺に無能って言ったの、どこのどいつだっけ?」 もはや世界最強の領主となったレオンは、 「好き勝手やった報い? しらんな」と華麗にスルーし、 今日ものんびり温泉につかるのだった。 ついでに「真の愛」まで手に入れて、レオンの楽園ライフは続く──!

ファンタジーは知らないけれど、何やら規格外みたいです 神から貰ったお詫びギフトは、無限に進化するチートスキルでした

渡琉兎
ファンタジー
『第3回次世代ファンタジーカップ』にて【優秀賞】を受賞! 2024/02/21(水)1巻発売! 2024/07/22(月)2巻発売!(コミカライズ企画進行中発表!) 2024/12/16(月)3巻発売! 2025/04/14(月)4巻発売! 応援してくださった皆様、誠にありがとうございます!! 刊行情報が出たことに合わせて02/01にて改題しました! 旧題『ファンタジーを知らないおじさんの異世界スローライフ ~見た目は子供で中身は三十路のギルド専属鑑定士は、何やら規格外みたいです~』 ===== 車に轢かれて死んでしまった佐鳥冬夜は、自分の死が女神の手違いだと知り涙する。 そんな女神からの提案で異世界へ転生することになったのだが、冬夜はファンタジー世界について全く知識を持たないおじさんだった。 女神から与えられるスキルも遠慮して鑑定スキルの上位ではなく、下位の鑑定眼を選択してしまう始末。 それでも冬夜は与えられた二度目の人生を、自分なりに生きていこうと転生先の世界――スフィアイズで自由を謳歌する。 ※05/12(金)21:00更新時にHOTランキング1位達成!ありがとうございます!

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

授かったスキルが【草】だったので家を勘当されたから悲しくてスキルに不満をぶつけたら国に恐怖が訪れて草

ラララキヲ
ファンタジー
(※[両性向け]と言いたい...)  10歳のグランは家族の見守る中でスキル鑑定を行った。グランのスキルは【草】。草一本だけを生やすスキルに親は失望しグランの為だと言ってグランを捨てた。  親を恨んだグランはどこにもぶつける事の出来ない気持ちを全て自分のスキルにぶつけた。  同時刻、グランを捨てた家族の居る王都では『謎の笑い声』が響き渡った。その笑い声に人々は恐怖し、グランを捨てた家族は……── ※確認していないので二番煎じだったらごめんなさい。急に思いついたので書きました! ※「妻」に対する暴言があります。嫌な方は御注意下さい※ ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げています。

【土壌改良】で死の荒野がSランク農園に!食べただけでレベルアップする野菜で、世界最強ギルド設立

黒崎隼人
ファンタジー
「え? これ、ただのトマトですよ?」 「いいえ、それは食べただけで魔力が全回復する『神の果実』です!」 ブラック企業で働き詰めだった青年は、異世界の名門貴族の三男・ノアとして転生する。 しかし、授かったスキルは【土壌改良】という地味なもの。 「攻撃魔法も使えない役立たず」と罵られ、魔物すら寄り付かない死の荒野へ追放されてしまう。 だが、彼らは知らなかった。 ノアのスキルは、現代の農業知識と合わせることで、荒れ果てた土地を「Sランク食材」が溢れる楽園に変えるチート能力だったことを! 伝説の魔獣(もふもふ)をキュウリ一本で手懐け、行き倒れた天才エルフを極上スープで救い出し、気づけば荒野には巨大な「農業ギルド」が誕生していた。 これは、本人がただ美味しい野菜を作ってのんびり暮らしたいだけなのに、周囲からは「世界を救う大賢者」と崇められてしまう、無自覚・最強の農業ファンタジー!

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

外れスキルは、レベル1!~異世界転生したのに、外れスキルでした!

武蔵野純平
ファンタジー
異世界転生したユウトは、十三歳になり成人の儀式を受け神様からスキルを授かった。 しかし、授かったスキルは『レベル1』という聞いたこともないスキルだった。 『ハズレスキルだ!』 同世代の仲間からバカにされるが、ユウトが冒険者として活動を始めると『レベル1』はとんでもないチートスキルだった。ユウトは仲間と一緒にダンジョンを探索し成り上がっていく。 そんなユウトたちに一人の少女た頼み事をする。『お父さんを助けて!』

暗殺者から始まる異世界満喫生活

暇人太一
ファンタジー
異世界に転生したが、欲に目がくらんだ伯爵により嬰児取り違え計画に巻き込まれることに。 流されるままに極貧幽閉生活を過ごし、気づけば暗殺者として優秀な功績を上げていた。 しかし、暗殺者生活は急な終りを迎える。 同僚たちの裏切りによって自分が殺されるはめに。 ところが捨てる神あれば拾う神ありと言うかのように、森で助けてくれた男性の家に迎えられた。 新たな生活は異世界を満喫したい。

処理中です...