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第七十二話 王国の決断
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帝国の最後通牒に対するアルテア王国の公式な返答は、やはり「沈黙」だった。
七日間の期限が過ぎた日、帝国の使者は侮蔑の言葉を吐き捨てて王都を去った。その姿が国境の向こうに消えた瞬間、それはもはや外交の終わりと戦争の始まりを告げる無言の号砲となった。
王都アルテアは、かつてないほどの緊張感に包まれた。
城壁には弓兵が隙間なく配置され、その下では市民たちがバリケードを築き、武器を手に取る者まで現れ始めた。絶望的な戦力差を前にしても、彼らの目には諦めの色だけではなかった。
「国父様がついている!」
「神に見捨てられた帝国に、我らが負けるものか!」
レイジ・ノノマドという顔も知らぬ謎の存在への信仰が、今やこの国の民の心を一つに繋ぎ、絶望的な状況に立ち向かうための最後の精神的支柱となっていた。
国王オルデウスは、城で最も高い塔の上から自らが治める国を見下ろしていた。眼下には死を覚悟した兵士たちと、祈りを捧げる民の姿がある。
(……すまぬ。我が無力なばかりに、お前たちを戦火に巻き込む)
彼は王として、民に詫びた。
(だが、これだけは信じてほしい。我々には希望がある。東の地に我らが国父がおわす限り、この国は決して滅びぬ)
彼の祈りは決意に満ちていた。
同じ頃、東の聖地。
アリアは『聖騎士団』の最終的な配置を終えていた。彼らの任務は帝国軍と戦うことではない。万が一にも戦いの余波がレイジの住む『聖域』の中心に及ぶことのないよう、最後の防壁となることだ。
彼女は静寂に包まれたレイジの家を見上げた。
家の中からは何の動きも感じられない。おそらく国父様は全てをお見通しの上で、静かに『その時』を待っておられるのだろう。
(あの方の静寂を、私が守る)
彼女は静かに剣を抜き、祈りを捧げるようにその切っ先を地面に向けた。
騎士としての、そして信徒としての覚悟は決まっていた。
ラボではリノが、目の前に浮かぶ巨大な魔術ディスプレイ(水晶玉を改造したもの)に映し出される無数の情報を、冷静な目で見つめていた。
ディスプレイには国境を越えてアルテア王国領内へと侵入してくる、帝国軍十万の進軍マップがリアルタイムで表示されている。赤い光点がまるで巨大な蛇のように、うねりながら東へと向かってきていた。
「……愚かな者たち。神の庭に土足で踏み入ろうとは」
彼女の口元に冷たい笑みが浮かんだ。
彼女の指が空中で滑るように動く。ディスプレイの片隅に別のウィンドウが開かれた。そこにはこの村を中心に張り巡らされた、レイジ作の防衛システムの全体図が表示されている。
【絶対防衛要塞システム】。
そのステータスは『待機(スタンバイ)』。
「マスターの眠りを妨げる者は、塵一つ残さず消去(イレース)する。それが私の役目」
彼女の瞳はもはや研究者のそれではない。
自らが信じる神の安寧を脅かす不浄なるものを排除する、冷徹な審判者の目をしていた。
王も、王女も、天才も。
誰もがそれぞれの場所で、それぞれの覚悟を決めていた。
アルテア王国という国が、その存亡を懸けて心を一つにした瞬間だった。
その、あまりにも荘厳で歴史的な瞬間に。
全ての希望と全ての信仰をその一身に集める男、レイジ・ノノマドは。
ベッドの上でついに完成した完璧なコーヒーゼリーを前に、歓喜に打ち震えていた。
「……おお」
黒く艶やかに輝く、魅惑の立方体。
その上に、供物で届いた新鮮なクリームから作った【全自動】の生クリームを添える。
完璧だ。
見た目だけで勝利を確信できる。
俺は金の匙(これも供物だ)で、その黒い宝石を一口すくった。
ぷるんとした心地よい弾力。
口に運んだ瞬間、コーヒーの芳醇な香りと深い苦味が口の中いっぱいに広がる。そこに生クリームのまろやかな甘みが、完璧なハーモニーを奏でる。
「……うまい」
思わず天を仰いだ。
これはプリンを超えたかもしれない。大人のための至高のデザートだ。
俺は夢中で、その神の創造物を味わい続けた。
外の世界で十万の軍勢が、自らの命運も知らずにこちらへ向かってきていることなど、俺の知ったことではない。
王が、王女が、そして天才が、俺にこの国の全てを託していることなど全く気づいていない。
俺の頭の中はただ一つ。
(……次は、このゼリーに合う新しい飲み物を開発するか。炭酸水なんて作れないだろうか。あの喉を刺すような刺激が、この苦味と甘みにきっと合うはずだ……)
彼の飽くなき食への探求心、いや、怠惰な生活を彩るための執念は尽きることがない。
アルテア王国の運命の日。
その火蓋が切られようとしている、まさにその瞬間。
救国の英雄は次のデザートの構想に、夢中になっていた。
これ以上ないほどの緊張感の欠如。
だが、それこそがこの男が『最強』であることの何よりの証明なのかもしれない。
七日間の期限が過ぎた日、帝国の使者は侮蔑の言葉を吐き捨てて王都を去った。その姿が国境の向こうに消えた瞬間、それはもはや外交の終わりと戦争の始まりを告げる無言の号砲となった。
王都アルテアは、かつてないほどの緊張感に包まれた。
城壁には弓兵が隙間なく配置され、その下では市民たちがバリケードを築き、武器を手に取る者まで現れ始めた。絶望的な戦力差を前にしても、彼らの目には諦めの色だけではなかった。
「国父様がついている!」
「神に見捨てられた帝国に、我らが負けるものか!」
レイジ・ノノマドという顔も知らぬ謎の存在への信仰が、今やこの国の民の心を一つに繋ぎ、絶望的な状況に立ち向かうための最後の精神的支柱となっていた。
国王オルデウスは、城で最も高い塔の上から自らが治める国を見下ろしていた。眼下には死を覚悟した兵士たちと、祈りを捧げる民の姿がある。
(……すまぬ。我が無力なばかりに、お前たちを戦火に巻き込む)
彼は王として、民に詫びた。
(だが、これだけは信じてほしい。我々には希望がある。東の地に我らが国父がおわす限り、この国は決して滅びぬ)
彼の祈りは決意に満ちていた。
同じ頃、東の聖地。
アリアは『聖騎士団』の最終的な配置を終えていた。彼らの任務は帝国軍と戦うことではない。万が一にも戦いの余波がレイジの住む『聖域』の中心に及ぶことのないよう、最後の防壁となることだ。
彼女は静寂に包まれたレイジの家を見上げた。
家の中からは何の動きも感じられない。おそらく国父様は全てをお見通しの上で、静かに『その時』を待っておられるのだろう。
(あの方の静寂を、私が守る)
彼女は静かに剣を抜き、祈りを捧げるようにその切っ先を地面に向けた。
騎士としての、そして信徒としての覚悟は決まっていた。
ラボではリノが、目の前に浮かぶ巨大な魔術ディスプレイ(水晶玉を改造したもの)に映し出される無数の情報を、冷静な目で見つめていた。
ディスプレイには国境を越えてアルテア王国領内へと侵入してくる、帝国軍十万の進軍マップがリアルタイムで表示されている。赤い光点がまるで巨大な蛇のように、うねりながら東へと向かってきていた。
「……愚かな者たち。神の庭に土足で踏み入ろうとは」
彼女の口元に冷たい笑みが浮かんだ。
彼女の指が空中で滑るように動く。ディスプレイの片隅に別のウィンドウが開かれた。そこにはこの村を中心に張り巡らされた、レイジ作の防衛システムの全体図が表示されている。
【絶対防衛要塞システム】。
そのステータスは『待機(スタンバイ)』。
「マスターの眠りを妨げる者は、塵一つ残さず消去(イレース)する。それが私の役目」
彼女の瞳はもはや研究者のそれではない。
自らが信じる神の安寧を脅かす不浄なるものを排除する、冷徹な審判者の目をしていた。
王も、王女も、天才も。
誰もがそれぞれの場所で、それぞれの覚悟を決めていた。
アルテア王国という国が、その存亡を懸けて心を一つにした瞬間だった。
その、あまりにも荘厳で歴史的な瞬間に。
全ての希望と全ての信仰をその一身に集める男、レイジ・ノノマドは。
ベッドの上でついに完成した完璧なコーヒーゼリーを前に、歓喜に打ち震えていた。
「……おお」
黒く艶やかに輝く、魅惑の立方体。
その上に、供物で届いた新鮮なクリームから作った【全自動】の生クリームを添える。
完璧だ。
見た目だけで勝利を確信できる。
俺は金の匙(これも供物だ)で、その黒い宝石を一口すくった。
ぷるんとした心地よい弾力。
口に運んだ瞬間、コーヒーの芳醇な香りと深い苦味が口の中いっぱいに広がる。そこに生クリームのまろやかな甘みが、完璧なハーモニーを奏でる。
「……うまい」
思わず天を仰いだ。
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俺は夢中で、その神の創造物を味わい続けた。
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王が、王女が、そして天才が、俺にこの国の全てを託していることなど全く気づいていない。
俺の頭の中はただ一つ。
(……次は、このゼリーに合う新しい飲み物を開発するか。炭酸水なんて作れないだろうか。あの喉を刺すような刺激が、この苦味と甘みにきっと合うはずだ……)
彼の飽くなき食への探求心、いや、怠惰な生活を彩るための執念は尽きることがない。
アルテア王国の運命の日。
その火蓋が切られようとしている、まさにその瞬間。
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