「働きたくない…」と本気で祈ったら怠惰の神が降臨。【フルオート】で身の回りを快適にしていたら、インフラを整備した救国の英雄になっていた

夏見ナイ

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第八十五話 将軍の決断

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帝国軍総司令官ドルガンは、泥濘んだ地面に座り込み虚ろな目で空を見上げていた。
彼の周囲には、同じように魂を抜かれた抜け殻となった兵士たちが家畜の群れのように集められている。その群れを漆黒の戦闘ゴーレムたちが音もなく巡回していた。

逃げる気力すらもはや誰にも残っていなかった。
抵抗すればどうなるか。彼らはもう理解していた。殺されはしない。だが、それよりももっと惨めな、存在そのものを否定されるかのような無力感を再び味わうことになるだけだ。

夜が明け、太陽が昇り始めた。
それは彼らにとって敗北の朝だった。

ドルガンはゆっくりと立ち上がった。
彼の目にわずかな光が戻っていた。それは百戦錬磨の将軍としての最後の理性の光だった。

(……終わらせねばならん)

彼は覚悟を決めた。
このままここで家畜のように飼い殺しにされるわけにはいかない。たとえ帝国に戻れば敗軍の将として死罪が待っていようとも。

彼は巡回していた一体のイレイザーの前に、ゆっくりと歩み出た。
周囲の兵士たちが息を呑むのが分かった。

黒いゴーレムは歩み寄るドルガンを、赤い単眼でじっと捉えている。その動きには何の感情も読み取れない。

ドルガンはゴーレムの数メートル手前で立ち止まった。そして両腕を広げ、自らが完全に無抵抗であることを示した。

彼はこの人知を超えた存在に、いや、その向こうにいるであろうさらに巨大な『何か』に向かって声を張り上げた。その声は震えていたが、確かな決意に満ていた。

「……我らの負けだ」

その一言が静まり返った平野に響き渡った。

「我らガルニア帝国軍は、アルテア王国に対し全面的な降伏を申し入れる。我らの皇帝陛下にもその旨を伝えることを、ここに誓おう」

彼はゆっくりと、その場に膝をついた。そして泥にまみれるのも構わず、深く、深く頭を下げた。
大陸最強と謳われた猛将が、生まれて初めて敵に膝を屈した瞬間だった。

「……我らの命は貴殿らに委ねる。だが願わくば、この哀れな兵士たちだけは故郷へ帰してはもらえぬだろうか。全ての責任はこの私一人にある」

その悲壮なまでの覚悟。
その全てを俺はベッドの上で、朝食のクロワッサンをかじりながらリアルタイムで見ていた。

脳内モニターにドルガンの映像が大きく映し出されている。

(……降伏、か。ようやく諦めたようだな)

俺はコーヒーを一口すすった。
面倒なことになったな、と思った。

降伏を受け入れる。それは簡単なことではない。
捕虜の管理、身柄の引き渡し、賠償交渉。考えただけで頭が痛くなるような面倒な手続きの連続だ。

(……いっそのこと、全員記憶を消して帝国のど真ん中に放り込んでやろうか)

それが一番楽だ。
俺がそう思考した、その時。

脳内モニターの片隅で別のウィンドウが開いた。
それはリノからの緊急通信だった。

『マスター! お待ちください!』

リノの声が直接俺の頭の中に響く。
彼女は俺が何をしようとしているかを、魔力の流れから察知したらしい。

『彼らをただ送り返すだけでは根本的な解決にはなりません! 帝国は再び兵を差し向けてくるでしょう! 戦争を完全に終わらせるためには、正式な『講和』を結ぶ必要があるのです!』

(……講和。面倒くさいな)

『面倒ではございません! マスターのお手を煩わせる必要は一切ありません! このリノに、そしてアリア様にお任せいただければ全て完璧に処理してみせます!』

リノの提案に、俺は少しだけ考える素振りを見せた。
確かにこいつらに任せれば、俺は何もしなくていいのかもしれない。

『……どうやるんだ』

俺が思考で問いかけると、リノは待ってましたとばかりに早口でプランを語り始めた。

『まずドルガン将軍の降伏を受諾します。そして彼を代表として、我々と帝国との間で講和条約の交渉を開始するのです。もちろん交渉の場には、我々の『力』を見せつけた上で』

彼女の口元に魔術師らしい狡猾な笑みが浮かんだ。

『マスターが創り上げたこの地の全てのシステム。それらを帝国の使者に『見学』させてやるのです。そうすれば彼らは二度と、この地に手を出そうなどとは思わなくなるでしょう』

(……なるほどな)

脅し、か。それも究極の。
悪くない。むしろ合理的だ。

俺は結論を出した。

『……分かった。任せる。ただし、一つだけ条件だ』

『はい! 何なりと!』

『……俺を巻き込むな。俺は寝る』

そのあまりにも俺らしい返答に、リノは一瞬呆れたような気配を見せたが、すぐに力強く応えた。

『承知いたしました、マスター! 全てお任せください!』

通信が切れた。
俺はコーヒーゼリーの最後のひとかけらを口に運ぶと、満足げに頷いた。

よし。これで面倒な事後処理も全部丸投げできた。
完璧だ。

俺は思考だけで、目の前で降伏しているドルガン将軍を見下ろす一体のイレイザーに新たな命令を下した。

そのイレイザーの赤い単眼が一瞬、複雑な光を放った。
そしてリノが事前にインプットしておいた合成音声データが、ドルガンの頭の中に直接響き渡った。

『……その降伏、受理する。代表者は我らが主の代理人と講和の席に着くべし。場所は追って指示する』

ドルガンは、その神託のような声に顔を上げた。
彼の目に映ったのは、静かに頷くかのようにその黒い頭部を上下させる一体の戦闘ゴーレムの姿だった。

開戦からわずか半日。
大陸の歴史を揺るがした『沈黙の審判』は、その終結へと静かに動き始めた。

その全てをベッドの上で、一人の男がコーヒーの余韻に浸りながら見届けていた。
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