「働きたくない…」と本気で祈ったら怠惰の神が降臨。【フルオート】で身の回りを快適にしていたら、インフラを整備した救国の英雄になっていた

夏見ナイ

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第八十六話 夜明けと静寂

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俺は再び眠りについた。
事後処理は全てリノとアリアに丸投げした。俺の仕事はもう終わりだ。あとは彼女たちが帝国と手打ちをして、この地に本当の静寂が訪れるのを待つだけ。

俺はここ数ヶ月で最も深く、そして安らかな眠りを貪った。
夢すら見ない完璧な無の境地。これこそが俺が追い求める至福の時だった。

どれくらい眠っていただろうか。
俺は窓から差し込む柔らかな朝日の光で、自然に目を覚ました。

(……ん)

俺はゆっくりと身を起こした。
『天使の寝床』の極上の寝心地と質の高い睡眠のおかげで、体の調子は最高だった。

耳を澄ます。
家の外は静かだった。
風の音。鳥のさえずり。それだけだ。
地響きも爆発音も、騎士たちの怒声ももう聞こえない。

脳内の監視システムを軽くチェックする。
平野を埋め尽くしていた帝国軍の赤い光点は綺麗さっぱり消え去っていた。リノたちが昨日のうちに武装解除された兵士たちを、整然と国境まで『送り返した』らしい。
俺の庭は再び静けさを取り戻していた。

「……よく眠れた」

俺は心からの満足と共に、ベッドの上で大きく伸びをした。

完璧な朝だ。
俺は思考だけで朝食の準備を命じた。
メニューは焼きたてのパンと新鮮なサラダ。そして淹れたてのコーヒー。
いつもの完璧な朝食。

だが、その朝食が運ばれてくるまでのわずかな時間。
俺はふと窓の外の光景に目をやった。

そこには俺が眠っている間に、世界が少しだけ変わったことを示すいくつかの痕跡が残されていた。

村を取り囲むようにそびえ立っていた、あの黒曜石の巨大な壁【オートウォール】は、いつの間にか再び地面の下へと格納されていた。まるで最初から何もなかったかのように。

帝国軍の進軍を阻んだ広大な湿地帯の水は綺麗に引いていた。だが、そこには俺が設計した灌漑用の水路が新たに幾筋も走っているのが見えた。リノの奴、ちゃっかりと戦後復興ならぬ戦後開発まで行ったらしい。あの湿地帯はやがて豊かな水田地帯にでもなるのだろう。

そして遥か彼方、シオン川の上流。
そこには朝日を浴びて白く輝く、巨大なアーチ式のダムが堂々とそびえ立っているのが遠目にも見えた。

(……ああ。そういえば、あんなものも作ったな)

俺はまるで他人事のように、自らが創り上げた巨大建造物を眺めた。
全ては俺の安眠のため。俺の怠惰な生活を守るため。
その究極に利己的な動機から生まれたものたちが、今、この土地の風景を恒久的に作り変えていた。

やがて朝食が運ばれてきた。
俺はパンをかじり、コーヒーをすすりながらぼんやりと考えた。

これで本当に全てが終わったのだろうか。
もう俺の安眠を妨げるものは現れないのだろうか。

そうであれば、いい。
俺はただそれを願うだけだ。

その頃。
王都アルテアは夜通し続いた祝勝の熱狂から、静かな朝を迎えていた。
人々は奇跡的な勝利の余韻に浸りながらも、どこか夢見心地で現実感のない朝を過ごしていた。

国王オルデウスは玉座の間で、東の空から昇る朝日を静かに見ていた。
彼の元には昨夜のうちにアリアとリノから、戦いの詳細な顛末と帝国軍との講和交渉が始まったことが極秘に報告されていた。

「……静かな夜明けだな」

王は誰に言うでもなく呟いた。
国が滅びるかどうかの瀬戸際だった、昨日までが嘘のようだ。

彼は改めて理解した。
自分たちがどれほど偉大で、どれほど不可解な存在によって守られているのかを。

「国父様……」

彼の口から自然とその敬称が漏れた。
その響きにもはや政治的な計算はない。ただ純粋な、そして絶対的な信仰心だけが込められていた。

アリアは商業都市『レイジ・シティ』に設けられた即席の交渉場で、帝国軍の代表団と向き合っていた。
彼女の背後にはリノが控え、その隣には一体の漆黒の【イレイザー】が警護として音もなく佇んでいる。

帝国側の代表であるドルガンは一睡もしていないのだろう、ひどく憔悴した顔をしていた。だが、彼の目にもはや敵意はなかった。ただ、人知を超えた存在を前にした敗者の諦念だけがあった。

交渉は驚くほどスムーズに進んだ。
いや、それはもはや交渉ではなかった。
リノが淡々と提示する『講和条約(という名の一方的な要求)』に、帝国側がただ頷くだけの作業だった。

その歴史的な講和の瞬間も。
王都の歓喜に沸く民の姿も。

俺は何も知らない。
知ろうともしない。

俺はただ朝食を終え、再び『天使の寝床』の雲のような心地よさに体を沈めていただけだった。

「……さてと。食後の昼寝としますか」

外はいつものように静かだった。
俺の完璧な日常がまた始まる。
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