「働きたくない…」と本気で祈ったら怠惰の神が降臨。【フルオート】で身の回りを快適にしていたら、インフラを整備した救国の英雄になっていた

夏見ナイ

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第八十七話 救国の英雄

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俺が食後の心地よい惰眠から目覚めた頃、世界は完全に様変わりしていた。

商業都市『レイジ・シティ』で結ばれた講和条約は、その日のうちにアルテア、ガルニア両国の王によって正式に批准された。

その内容は、ガルニア帝国にとって建国以来、最も屈辱的なものだった。

一、ガルニア帝国は、アルテア王国への一切の敵対行為を永久に放棄する。
二、『国父レイジ・ノノマド』および、その聖域とされる東部辺境一帯への不可侵を、神々の名において誓約する。
三、今回の侵攻に対する賠償として、莫大な量の金銀、および希少鉱石をアルテア王国へ献上する。

誰もが帝国がこの条件を飲むはずがないと思った。だが皇帝ゲルハルトは、玉座の間でドルガン将軍から詳細な報告を聞き終えると、二つ返事でその条約に署名した。

彼の脳裏には、ただ一つの恐怖が焼き付いていた。
『神の怒りに、二度と触れてはならない』

こうして大陸の覇権を揺るがした大戦は、勃発からわずか二日にしてアルテア王国の歴史的な大勝利という形で幕を閉じた。

そのニュースが王都にもたらされた時、民衆の熱狂は頂点に達した。

「勝った! 我らが国があの帝国に勝ったのだ!」
「これも全て、国父様のおかげだ!」

王都は数日間にわたる盛大な祝祭に包まれた。人々は歌い、踊り、そして誰もが東の空に向かって救国の英雄の名を繰り返し叫んだ。

「レイジ・ノノマド! 我らが英雄!」
「国父様、万歳!」

その熱狂の渦は、やがて一つの巨大な物語を紡ぎ始めた。

酒場の吟遊詩人たちは、この奇跡的な勝利を壮大な叙事詩にして歌い上げた。

『――十万の闇が地を覆いし時、一人の英雄、東の地より立ち上がれり。彼は剣を取らず、軍を率いず。ただ、その深遠なる知恵と大いなる慈悲をもって天を動かし、地を割り、神の軍団を呼び覚ませり。血は一滴も流れず、ただ敵の驕れる心のみを砕き、平和をもたらせり。その名をレイジ・ノノマド。沈黙にして偉大なる、我らが救国の英雄なり――』

その詩は瞬く間に王国中に広まった。
子供たちは遊びの中で「レイジ様ごっこ」をし、若者たちはその圧倒的な力と無欲な生き様に憧憬の念を抱いた。

そして、その物語には人々の想像力という名の様々な尾ひれがついていった。

「聞いたか? 国父様は戦いの間、一睡もせずにたった一人で帝国軍と対峙し続けたそうだ」
「いや、俺が聞いた話じゃ、国父様はその身を無数に分身させ、全ての帝国兵の枕元に立ち、その過ちを諭したというぞ」
「国父様は、実はこの国を創った建国の祖王の生まれ変わりらしい。だから『国父』なのだ」

噂は噂を呼び、やがて揺るぎない『伝説』へと昇華していった。

国王オルデウスは、その熱狂を静かに、そして肯定的に見守っていた。
民が、一つの偉大な物語の下に結束することは、国の安定にとって何よりも重要なことだった。たとえ、その物語の真相が誰にも理解できない人知を超えたものであったとしても。

彼は宰相に命じた。
「国中の歴史家に、この度の戦いの記録を正式な正史として編纂させよ。その書のタイトルは『沈黙の英雄譚』とせよ」

国家公認の英雄伝説が、ここに誕生した。

その頃。
伝説の中心で神格化された英雄は。

ベッドの上で、完璧な静寂が戻ったことに心の底から安堵していた。

(……ようやく、本当に本当に静かになったな)

俺は、天使の寝床の雲のような心地よさに体を深く沈めていた。

戦争が終わったらしいことは、リノからの報告で何となく知っていた。帝国が莫大な賠償金を払ったことも。まあ、どうでもいい。俺の生活には何の関係もないことだ。

俺の関心は、ただ一つ。

(……炭酸水、ようやく完成したな)

俺は、思考だけでベッドサイドのテーブルに一つのグラスを運ばせた。
グラスの中では、透明な液体がぱちぱちと心地よい音を立てて小さな泡を弾けさせている。

俺が治水システムの応用で水に高圧で二酸化炭素を溶け込ませることに成功した、【全自動炭酸水製造機】の記念すべき第一号作品だった。

俺は、そのグラスを手に取り一口飲んだ。

シュワッ……!

喉を駆け抜ける爽快な刺激。
舌の上で弾ける無数の泡。

「……うまい」

思わず声が漏れた。
これは革命だ。
俺の怠惰な食生活における、コペルクス的転回だ。

俺は早速、次のステップへと思考を巡らせた。
この炭酸水に畑で採れた果物のシロップを混ぜれば……。
レモンスカッシュ、オレンジソーダ、メロンソーダ。

無限の可能性が俺の脳内に広がっていく。

俺は、これから始まる新たなデザート開発計画に胸を躍らせていた。

外の世界で自分の名前が神の名のように崇められ、歴史書にその偉業が刻まれようとしていることなど。
そして、その『偉業』がとんでもない誤解と勘違いの上で成り立っていることなど。

全く、全く、知る由もなかった。
俺にとっての『勝利』とは、帝国の降伏ではなく、このグラス一杯の完璧な炭酸水。
ただ、それだけだったのだから。
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