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第八十九話 戦後処理も全自動
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国王の巡幸は静かに終わった。
オルデウス王は俺に会うことなく、しかし何か大きな満足感を得たかのような穏やかな表情で王都へと帰っていった。彼の頭の中には、「神は気ままぐれであるべきだ」という、新たな、そして極めて都合の良い信仰が確立されていた。
王都に戻った彼は、早速今回の戦いの『戦後処理』に取り掛かった。
その中心となるのは、ガルニア帝国との間で結ばれた屈辱的な講和条約の、具体的な履行に関する交渉だった。
帝国の代表として王都にやってきたのは、あの猛将ドルガンだった。敗軍の将として、本来なら死罪を待つ身。だが皇帝ゲルハルトは彼に最後の機会を与えた。この屈辱的な交渉をまとめ上げ、そしてアルテア王国の『古代兵器』に関する、より詳細な情報を持ち帰ること。それが彼の最後の任務だった。
交渉は王城の一室で、重苦しい雰囲気の中始まった。
アルテア側は国王臨席の下、宰相をはじめとする重臣たちがずらりと並ぶ。対する帝国側はドルガンと数名の文官だけ。その力関係は、交渉が始まる前から明らかだった。
「……賠償金の第一回支払いは、月の終わりまでに。よろしいですな」
宰相が冷ややかに告げる。
「……承知した」
ドルガンは唇を噛み締めながら、頷くしかなかった。
「国境線の再画定についても、こちらの要求を全面的に……」
交渉はアルテア王国の一方的なペースで進んでいく。帝国側はただ、その要求を呑むことしかできない。
だが、彼らの本当の目的はそこではなかった。
交渉の合間、ドルガンは探るようにアルテア側の重臣たちに話しかけた。
「……それにしても、国父殿のあの御力。あれは一体、いかなる原理で……。我らが皇帝陛下も、その技術には深き関心を寄せておられる」
その言葉が出た瞬間、アルテア側の空気は一変した。
宰相の顔から笑みが消え、その目に絶対零度の光が宿った。
「……帝国将軍。貴殿はまだ、何も学んでおられぬと見える」
「な……」
「国父様の御業は、『技術』などという矮小な言葉で語れるものではない。あれは神の奇跡そのもの。我ら人間が理解しようなどと考えることすら、おこがましいのだ」
その言葉は、もはや外交官のものではなかった。
神の威光を汚す不信心者を厳しく断罪する、神官の言葉だった。
ドルガンは戦慄した。
アルテアの者たちは狂っている。王から大臣まで、誰もがあの『賢者』を本気で神だと信じ込んでいる。
これでは、どんなに言葉を尽くしても力の源泉を探り出すことなど不可能だ。
交渉は完全に手詰まりに陥った。
帝国はただひたすらに搾り取られ、アルテア側は最も重要な情報に関しては一切口を開かない。
その膠着した状況を、俺はベッドの上でリノからの報告で聞いていた。
「……というわけで、マスター。アリア様も国王陛下も、あなたの力の秘密を神聖化しすぎて帝国との交渉が全く進んでいないようです。このままでは帝国が再び業を煮やし、面倒なことになるかもしれませんね」
リノは面白そうにそう言った。
俺は大きなため息をついた。
(……面倒くさい)
またか。
また面倒なことになっているのか。
俺はただ静かに寝ていたいだけなのに。なぜ世界の連中は、こうも俺の安眠を妨害したがるのか。
交渉がこじれる。
帝国がまたちょっかいを出してくる。
そうなれば、またうるさくなる。
それは絶対に避けなければならない。
(……分かった。俺が終わらせてやる)
俺はベッドから半身を起こした。
俺が帝国との交渉を『代行』してやればいい。
もちろん俺自身が王都へ行くわけではない。
俺は新たなゴーレムの設計図を脳内に描き始めた。
それは戦闘用でも、建設用でもない。
ただ『交渉』のためだけに存在する、特殊なゴーレム。
名を、【外交交渉代行AIゴーレム・アリストテレス】。
その外見は、威厳のある老賢者の姿を模している。だがその内部には、俺が持つ前世の知識――法学、経済学、政治学、心理学、そして何よりも俺が得意だった『交渉術』の全てがデータとしてインプットされている。
さらにリノが解析した、この世界の歴史、文化、各国の力関係といった情報もデータベースとして組み込む。
そして、その思考回路には最新の論理エンジンと、相手の心理を読み解く感情分析AIを搭載する。
目的はただ一つ。
『アルテア王国に最大限の利益をもたらし、かつガルニア帝国が二度と逆らえないほどの完璧な講和条約を、自動で締結させる』こと。
「リノ」
俺が声をかけると、リノは待ってましたとばかりに駆け寄ってきた。
「これを、王都の交渉の場に送り込め」
俺がスキルを発動させると部屋の空間が歪み、一体の驚くほど精巧で知的な雰囲気を漂わせる老賢者ゴーレムが、音もなく姿を現した。
「……これは!」
リノは、その完璧な造形と内部に秘められた超高度な知性に息を呑んだ。
「『国父様の代理人』だとでも言っておけ。あとはこいつが、全部勝手にやる」
「……は、はい! 承知いたしました!」
リノは畏敬の念に打たれながら、そのゴーレムを転移魔法で王都の王城へと送り届けた。
王城の膠着した交渉の場。
その中央に突如として、光と共に一体の老賢者ゴーレムが現れた。
アルテア側も帝国側も、そのあまりにも唐突な出現に呆然とする。
アリアだけが、そのゴーレムが何であるかを即座に理解した。
(国父様が……! 我々の不甲斐なさを見かねて、ついに、お力をお貸しくださったのだ!)
ゴーレムは静かに、その場にいる全員を見回した。そして威厳に満ちた、しかしどこか機械的な声で語り始めた。
「これより、私が国父レイジ・ノノマド様の代理人としてこの交渉を執り行う。異論は認めない」
その日から、交渉の潮目は劇的に変わった。
老賢者ゴーレムは帝国の代表団を、完璧な論理と圧倒的な知識で完全に圧倒した。
彼らの主張の矛盾点を的確に突き。
彼らが隠し持っていた帝国の弱みを白日の下に晒し。
そして心理学的な揺さぶりで、彼らの戦意と交渉意欲を内側から完全に破壊していった。
ドルガンは戦場で味わった無力感を、今、交渉の場で再び味わっていた。
相手は人間ではない。感情も疲労も隙もない、完璧な『知性』そのものだ。
数日後。
新たな講和条約が結ばれた。
それは以前のものよりも、さらに帝国にとって屈辱的で、そしてアルテア王国にとっては圧倒的に有利な内容だった。
帝国は賠償金に加え、いくつかの重要鉱山の利権を割譲させられ、軍備の大幅な縮小を半永久的に約束させられた。ガルニア帝国は事実上、その牙を完全に抜かれたのだ。
交渉を終えた老賢者ゴーレムは、ただ一言「任務完了」と告げると、光の中に静かに消えていった。
後に残されたのは、魂を抜かれたように抜け殻となった帝国の代表団と、神の代理人がもたらした奇跡にただひれ伏すことしかできない、アルテア王国の重臣たちの姿だった。
その頃、俺は。
(よし。これで当分、帝国も大人しくなるだろう。面倒な交渉も終わったことだし)
俺はベッドの上で、完璧な事後処理が完了したことに満足げに頷いていた。
そして、ふと、思いついた。
(……あの交渉AI、なかなか優秀だったな。あれを俺の領地の運営にも使えないだろうか。陳情に来る村人とか、面倒な役人とか、全部あいつに任せれば、俺は何もしなくていいんじゃないか……?)
俺の怠惰への探求心は、またしても新たな、そしてとんでもないステージへと足を踏み入れようとしていた。
オルデウス王は俺に会うことなく、しかし何か大きな満足感を得たかのような穏やかな表情で王都へと帰っていった。彼の頭の中には、「神は気ままぐれであるべきだ」という、新たな、そして極めて都合の良い信仰が確立されていた。
王都に戻った彼は、早速今回の戦いの『戦後処理』に取り掛かった。
その中心となるのは、ガルニア帝国との間で結ばれた屈辱的な講和条約の、具体的な履行に関する交渉だった。
帝国の代表として王都にやってきたのは、あの猛将ドルガンだった。敗軍の将として、本来なら死罪を待つ身。だが皇帝ゲルハルトは彼に最後の機会を与えた。この屈辱的な交渉をまとめ上げ、そしてアルテア王国の『古代兵器』に関する、より詳細な情報を持ち帰ること。それが彼の最後の任務だった。
交渉は王城の一室で、重苦しい雰囲気の中始まった。
アルテア側は国王臨席の下、宰相をはじめとする重臣たちがずらりと並ぶ。対する帝国側はドルガンと数名の文官だけ。その力関係は、交渉が始まる前から明らかだった。
「……賠償金の第一回支払いは、月の終わりまでに。よろしいですな」
宰相が冷ややかに告げる。
「……承知した」
ドルガンは唇を噛み締めながら、頷くしかなかった。
「国境線の再画定についても、こちらの要求を全面的に……」
交渉はアルテア王国の一方的なペースで進んでいく。帝国側はただ、その要求を呑むことしかできない。
だが、彼らの本当の目的はそこではなかった。
交渉の合間、ドルガンは探るようにアルテア側の重臣たちに話しかけた。
「……それにしても、国父殿のあの御力。あれは一体、いかなる原理で……。我らが皇帝陛下も、その技術には深き関心を寄せておられる」
その言葉が出た瞬間、アルテア側の空気は一変した。
宰相の顔から笑みが消え、その目に絶対零度の光が宿った。
「……帝国将軍。貴殿はまだ、何も学んでおられぬと見える」
「な……」
「国父様の御業は、『技術』などという矮小な言葉で語れるものではない。あれは神の奇跡そのもの。我ら人間が理解しようなどと考えることすら、おこがましいのだ」
その言葉は、もはや外交官のものではなかった。
神の威光を汚す不信心者を厳しく断罪する、神官の言葉だった。
ドルガンは戦慄した。
アルテアの者たちは狂っている。王から大臣まで、誰もがあの『賢者』を本気で神だと信じ込んでいる。
これでは、どんなに言葉を尽くしても力の源泉を探り出すことなど不可能だ。
交渉は完全に手詰まりに陥った。
帝国はただひたすらに搾り取られ、アルテア側は最も重要な情報に関しては一切口を開かない。
その膠着した状況を、俺はベッドの上でリノからの報告で聞いていた。
「……というわけで、マスター。アリア様も国王陛下も、あなたの力の秘密を神聖化しすぎて帝国との交渉が全く進んでいないようです。このままでは帝国が再び業を煮やし、面倒なことになるかもしれませんね」
リノは面白そうにそう言った。
俺は大きなため息をついた。
(……面倒くさい)
またか。
また面倒なことになっているのか。
俺はただ静かに寝ていたいだけなのに。なぜ世界の連中は、こうも俺の安眠を妨害したがるのか。
交渉がこじれる。
帝国がまたちょっかいを出してくる。
そうなれば、またうるさくなる。
それは絶対に避けなければならない。
(……分かった。俺が終わらせてやる)
俺はベッドから半身を起こした。
俺が帝国との交渉を『代行』してやればいい。
もちろん俺自身が王都へ行くわけではない。
俺は新たなゴーレムの設計図を脳内に描き始めた。
それは戦闘用でも、建設用でもない。
ただ『交渉』のためだけに存在する、特殊なゴーレム。
名を、【外交交渉代行AIゴーレム・アリストテレス】。
その外見は、威厳のある老賢者の姿を模している。だがその内部には、俺が持つ前世の知識――法学、経済学、政治学、心理学、そして何よりも俺が得意だった『交渉術』の全てがデータとしてインプットされている。
さらにリノが解析した、この世界の歴史、文化、各国の力関係といった情報もデータベースとして組み込む。
そして、その思考回路には最新の論理エンジンと、相手の心理を読み解く感情分析AIを搭載する。
目的はただ一つ。
『アルテア王国に最大限の利益をもたらし、かつガルニア帝国が二度と逆らえないほどの完璧な講和条約を、自動で締結させる』こと。
「リノ」
俺が声をかけると、リノは待ってましたとばかりに駆け寄ってきた。
「これを、王都の交渉の場に送り込め」
俺がスキルを発動させると部屋の空間が歪み、一体の驚くほど精巧で知的な雰囲気を漂わせる老賢者ゴーレムが、音もなく姿を現した。
「……これは!」
リノは、その完璧な造形と内部に秘められた超高度な知性に息を呑んだ。
「『国父様の代理人』だとでも言っておけ。あとはこいつが、全部勝手にやる」
「……は、はい! 承知いたしました!」
リノは畏敬の念に打たれながら、そのゴーレムを転移魔法で王都の王城へと送り届けた。
王城の膠着した交渉の場。
その中央に突如として、光と共に一体の老賢者ゴーレムが現れた。
アルテア側も帝国側も、そのあまりにも唐突な出現に呆然とする。
アリアだけが、そのゴーレムが何であるかを即座に理解した。
(国父様が……! 我々の不甲斐なさを見かねて、ついに、お力をお貸しくださったのだ!)
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ドルガンは戦場で味わった無力感を、今、交渉の場で再び味わっていた。
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帝国は賠償金に加え、いくつかの重要鉱山の利権を割譲させられ、軍備の大幅な縮小を半永久的に約束させられた。ガルニア帝国は事実上、その牙を完全に抜かれたのだ。
交渉を終えた老賢者ゴーレムは、ただ一言「任務完了」と告げると、光の中に静かに消えていった。
後に残されたのは、魂を抜かれたように抜け殻となった帝国の代表団と、神の代理人がもたらした奇跡にただひれ伏すことしかできない、アルテア王国の重臣たちの姿だった。
その頃、俺は。
(よし。これで当分、帝国も大人しくなるだろう。面倒な交渉も終わったことだし)
俺はベッドの上で、完璧な事後処理が完了したことに満足げに頷いていた。
そして、ふと、思いついた。
(……あの交渉AI、なかなか優秀だったな。あれを俺の領地の運営にも使えないだろうか。陳情に来る村人とか、面倒な役人とか、全部あいつに任せれば、俺は何もしなくていいんじゃないか……?)
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