「働きたくない…」と本気で祈ったら怠惰の神が降臨。【フルオート】で身の回りを快適にしていたら、インフラを整備した救国の英雄になっていた

夏見ナイ

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第九十四話 騒がしい日常の定着

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『賢者の学院』は瞬く間にアルテア王国における知の最高峰となった。

国中から優秀な若者や向上心に燃える学者たちが集まってきた。学長であるAIゴーレム【アリストテレス】の講義は常に満席。その完璧な論理と未知の知識は、学生たちの知的好奇心を際限なく刺激した。

図書館に収められた俺が複製した『未来の書物』は、この世界の学問の常識を次々と覆していった。数学、物理学、医学、経済学。あらゆる分野で技術的なブレイクスルーが起き始めた。

学院は俺の知らないところで、この国の文明レベルを数世紀分、一気に押し上げる巨大なエンジンと化していた。

そして、俺の生活は。
ようやく、本当に静かになった。

家の前にたむろする学者はいなくなった。領地の運営に関する面倒な陳情は、全て学長のアリストテレスが完璧に処理してくれる。

俺はついに手に入れたのだ。
絶対的な静寂と、法的に保証された不労働の権利。そして、天使の寝床と無限のデザート。

これぞ、完成された怠惰。
俺は心ゆくまで、その至福を味わっていた。

……はずだった。

「マスター! 本日の『一日一問』です!」

朝、目を覚ませばリノが寝室の前に正座している。
彼女の質問は日に日に専門的で、そしてマニアックになっていた。学院の図書館で新たな知識を得ては、それを元に俺の技術に関する、さらに突っ込んだ仮説を立ててくるのだ。

「学院の書物にあった『微分積分学』の概念を応用すれば、マスターの魔力制御の根源にある『無限級数的な多層術式』の、その一端が解明できるやもしれません! つきましては……」

「……知らん。俺は気分でやってる」

俺がそう答えると、彼女は「気分! 天才の直感こそが論理を超える唯一の道! やはりマスターは……!」と、いつものように悶絶する。

これが俺の朝の日課。

昼間はアリアがやってくる。
彼女は公領の統治代行者として、驚くべき手腕を発揮していた。聖騎士団を率いて領内の治安を完璧に維持し、学院と商業都市と村を連携させ、この地を王国で最も豊かで安全な場所に変えつつあった。

彼女は、その日の報告を俺の寝室の扉の前で静かに、しかし誇らしげに行う。

「公爵閣下。本日、学院から初の卒業生が輩出されました。彼らは閣下から授かった知恵を胸に、王国の各分野で目覚ましい活躍をすることでしょう。これも全て、閣下の深遠なるご計画のおかげにございます」

彼女は俺がただの厄介払いで作った学院を、壮大な人材育成プロジェクトだと未だに信じきっている。

俺はベッドの中から、壁越しに面倒くさそうに答える。
「……ああ、そうか」

その気のない一言だけで、アリアは満足したように深く一礼して去っていく。
(お聞きいただけた。国父様は私の働きを認めてくださっている)
彼女の中で、俺の無関心は静かなる肯定へと完璧に変換されていた。

これが俺の昼の日課。

そして、夜。
ようやく一人になり、静かな眠りにつこうとすると。

ズン……。

遠くで地響きがする。
俺の家のさらに奥。増改築が終わった公爵邸の、そのまた奥で、今、新たな建設が秘密裏に進められていた。

それはリノとアリアが、俺に内緒で(そして、俺のためだと信じて)進めている、超巨大プロジェクト。
『対大陸間戦略級防衛システム』の建設だった。

リノが俺の技術を解析して設計し、アリアが公領の潤沢な資金を使って建設ゴーレムたちに作らせているのだ。
「マスターの安眠を、二度と誰にも脅させはしない」という二人の、あまりにも過剰な忠誠心の暴走だった。

そのたまに聞こえてくる建設の振動が、俺の新たな悩みの種となりつつあった。

(……なんだか、静かになったと思ったら、別の騒がしさが出てきたな)

俺はため息をついた。

かつて俺の世界は、俺一人だけの静かで完結した場所だった。
だが、今は違う。

俺の世界にはリノがいる。
俺の世界にはアリアがいる。
そして俺の見えないところで、俺のために(と彼らが信じて)動く無数の人々がいる。

俺の怠惰な生活は確かに守られている。
だがそれはもはや、孤独な引きこもりの生活ではなかった。
多くの人々の善意と勘違いと、そして過剰なまでの献身に完全に囲い込まれた、奇妙に賑やかな日常。

俺は天使の寝床の中で、寝返りを打った。
そして、ふと気づいてしまった。

この、騒がしい日常が。
この、面倒くさい人間関係が。

ほんの少しだけ。
ほんの爪の先ほどだけ。

悪くない、と。
そう思ってしまっている、自分に。

「……いや、ないな」

俺は即座にその考えを打ち消した。
気のせいだ。疲れているんだ。

だが俺の口元には、自分でも気づかないうちに、かすかな、本当に、かすかな笑みが浮かんでいたのかもしれない。

俺の怠惰な生活は続く。
騒がしく、面倒で、そしてどこか満ち足りた新しい日常として。

静寂だけが怠惰ではなかった。
そのことを、俺はまだ認めたくはなかった。
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