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第100話(最終話) 夜明けの英雄
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アレンが次に目を覚ました時、彼は見慣れない豪華な天蓋付きのベッドの上にいた。柔らかな絹のシーツ、窓から差し込む穏やかな陽光、そして遠くから聞こえてくる活気に満ちた街の喧騒。そこはアークライトのギルドでも、クレリア村の宿舎でもなかった。
「……ここは……」
「お目覚めですか、アレン様」
穏やかな声に横を向くと、そこに立っていたのは王宮の侍従らしき折り目正しい服装の老人だった。
ここは王都にある王宮の一室。
あの死闘の後、アレンたちは支援部隊によって救出され、英雄として王都へと凱旋したのだという。アレンは自らの寿命を削った代償として三日三晩眠り続けていたらしかった。
「仲間たちは……ソフィアとカイは無事なのか?」
アレンが最初に尋ねたのは自分のことではなく、仲間の安否だった。
「はい。お二人ともすでに回復なされております。今はあなた様が目覚めるのを、控え室で心待ちにしておいでです」
その言葉にアレンは心の底から安堵した。
その日の午後、王宮の最も格式高い『玉座の間』で、アレンたちのための叙勲式が盛大に執り行われた。
国王陛下の前にアレン、ソフィア、カイの三人が並んで膝をつく。国王は玉座から降り立つと、自らの手で彼ら一人一人の肩に救国の英雄にのみ与えられるという白金の翼の勲章を授けた。
「Sランクパーティ【黎明の翼】よ。その比類なき勇気と力によって、我らが王国、いや、この大陸全土を古の厄災より救ってくれたこと、心より感謝する」
国王の威厳に満ちた声がホールに響き渡った。
「汝らに望むだけの褒賞と貴族としての地位を与えよう。何なりと望みを申すがいい」
それは冒険者としてこれ以上ない栄誉だった。
ソフィアは感極まったように体を震わせ、カイも固い表情ながらその目に誇りを宿している。
だがアレンはゆっくりと顔を上げると、静かに、しかしきっぱりとこう答えた。
「陛下。そのあまりにもったいなきお申し出、誠に光栄に存じます。ですが我々には、褒賞も地位も必要ございません」
その言葉にホールにいた誰もが息を呑んだ。
「我々が戦いましたのは報酬のためでも名誉のためでもありません。ただ我々が愛する人々が暮らすこの世界の平和を守りたかった。ただそれだけでございます」
アレンは続けた。
「ですので、もし何かをくださるというのであれば一つだけお願いがございます」
「……申してみよ」
「我々が救ったこの平和を陛下のお力で末永く守り続けていただきたい。そしてもう一つ。我々に少しばかりの長い休暇をいただけないでしょうか」
彼はそう言うと、悪戯っぽく微笑んだ。
「少し故郷で羽を伸ばしたいので」
そのあまりにも謙虚で人間味あふれる願いに、国王は最初は驚いた顔をしたが、やがて心からの敬意を込めて深く、そして朗らかに笑った。
「……見事だ、英雄よ。よかろう。その願い、確かに聞き届けた!」
叙勲式は万雷の拍手と歓声の中で幕を閉じた。
【黎明の翼】は生ける伝説となった。彼らの物語は大陸中の誰もが知る英雄譚として、永遠に語り継がれていくだろう。
その数日後。
王都の喧騒を離れ、三人の姿は西へと向かう一台の簡素な馬車の中にあった。
彼らは国王から与えられた全ての褒賞を辞退し、ただ故郷の村へと帰る道を選んだのだ。
「……本当に、よかったのか? アレン」
馬車に揺られながらソフィアが尋ねた。
「貴族にだってなれたんだぞ。そしたら一生安泰だったのに」
「興味ないさ」
アレンは窓の外に広がるのどかな田園風景を見つめながら、穏やかに答えた。
「俺の居場所は豪華な城の中じゃない。あいつらがいる、あの小さな村だ」
その言葉にソフィアもカイも何も言わずに、ただ優しく微笑んだ。
長い旅の果てに、彼らはついにクレリア村へと続くあの懐かしい丘の上にたどり着いた。
黄金色の麦畑が風にそよいでいる。
村からは子供たちの楽しげな声が聞こえてくる。
何も変わらない、平和な、愛おしい故郷の風景。
そして村の入り口にある大きな樫の木の下に、一人の少女が立っているのが見えた。
エルフの少女、リーナ。
彼女はずっとずっとここで、彼らが帰ってくるのを待ち続けていたのだ。
彼女はアレンたちの姿を認めると、その翠色の瞳を涙でいっぱいにしながら駆け出してきた。
「―――アレン兄!!」
その魂からの叫びのような声を聞いた瞬間、アレンの目からも熱いものがこぼれ落ちた。
彼は馬車から飛び降りると、両腕を大きく広げた。
「……ただいま、リーナ」
駆け寄ってきた少女の小さな温かい体を、彼は力いっぱい抱きしめた。
ソフィアとカイもその光景を家族の帰還を見守るように、温かい目で見つめていた。
「おかえりなさい!」
リーナはアレンの胸に顔をうずめ、しゃくり上げながら言った。
「ずっと……ずっと信じてた……! アレン兄は絶対帰ってくるって!」
「ああ、約束したからな」
アレンは彼女の頭を優しく撫でた。
「もうどこにも行かない。ずっとここにいる」
その再会を村人たちが温かい拍手で迎えた。バルトロ村長もリーナの両親も涙を浮かべて、英雄たちの帰還を喜んでいた。
彼らは王侯貴族のような派手な歓迎はしない。だがそこには、どんな豪華な式典よりも温かく、そして心からの感謝があった。
その夜、村の広場ではささやかだが心のこもった祝宴が開かれた。
焚き火を囲み、村人たちが持ち寄った素朴な料理と果実酒で英雄たちの帰還を祝う。
アレンはソフィアやカイと共に、村の長老たちの武勇伝に耳を傾け、子供たちにせがまれて冒険の話をして聞かせた。
ソフィアは最初は戸惑っていたが、村の男たちに勧められるままに地酒を飲み干し、いつの間にか彼らと肩を組んで豪快に笑っていた。
カイはリーナに手を引かれ、村の娘たちの踊りの輪の中に恥ずかしそうに入っていく。
そのあまりにも平和で幸せな光景。
アレンはその輪から少しだけ離れると、丘の上に一人で登った。
彼の白銀となった髪が月明かりを受けてきらきらと輝いている。
彼は両親の墓の前に立つと、静かに手を合わせた。
(父さん、母さん……ただいま。約束は守れなかったかもしれない。立派な冒険者にはなれたけど、静かに暮らすのはもう無理そうだ)
彼は心の中で苦笑した。
(でも、俺はかけがえのないものを見つけたよ。信じられる仲間を、守りたい家族を、そして帰るべきこの場所を)
彼は広場から聞こえてくる仲間たちの楽しげな笑い声に耳を澄ませた。
もう過去を振り返ることはない。
理不尽に追放されたあの日の絶望も。
仲間たちとの悲しい別れも。
全てが今の自分を形作る大切な一部なのだから。
彼の前にはどこまでも続く新たな冒険の道が広がっている。
それはもう孤独な道ではない。
最高の仲間たちと共に歩む希望に満ちた道だ。
「……アレン兄!」
リーナが彼の後を追って丘を駆け上がってきた。
「どうしたんだ?」
「みんな探してるよ! さあ、行こう!」
リーナはアレンの手を小さな手で力強く引いた。
「ああ、そうだな。行こうか」
アレンは最後に一度だけ星空を見上げた。
まるで彼の新たな門出を祝福するかのように、ひときわ大きな流れ星が夜空を横切っていった。
彼はリーナと共に仲間たちが待つ光の輪の中へと戻っていく。
―――回復しかできないと蔑まれ、Sランクパーティを追放された一人のヒーラーの物語は、ここで一つの幕を閉じる。
だが、大陸を救った英雄、【黎明の翼】の伝説はまだ始まったばかりである。
(了)
「……ここは……」
「お目覚めですか、アレン様」
穏やかな声に横を向くと、そこに立っていたのは王宮の侍従らしき折り目正しい服装の老人だった。
ここは王都にある王宮の一室。
あの死闘の後、アレンたちは支援部隊によって救出され、英雄として王都へと凱旋したのだという。アレンは自らの寿命を削った代償として三日三晩眠り続けていたらしかった。
「仲間たちは……ソフィアとカイは無事なのか?」
アレンが最初に尋ねたのは自分のことではなく、仲間の安否だった。
「はい。お二人ともすでに回復なされております。今はあなた様が目覚めるのを、控え室で心待ちにしておいでです」
その言葉にアレンは心の底から安堵した。
その日の午後、王宮の最も格式高い『玉座の間』で、アレンたちのための叙勲式が盛大に執り行われた。
国王陛下の前にアレン、ソフィア、カイの三人が並んで膝をつく。国王は玉座から降り立つと、自らの手で彼ら一人一人の肩に救国の英雄にのみ与えられるという白金の翼の勲章を授けた。
「Sランクパーティ【黎明の翼】よ。その比類なき勇気と力によって、我らが王国、いや、この大陸全土を古の厄災より救ってくれたこと、心より感謝する」
国王の威厳に満ちた声がホールに響き渡った。
「汝らに望むだけの褒賞と貴族としての地位を与えよう。何なりと望みを申すがいい」
それは冒険者としてこれ以上ない栄誉だった。
ソフィアは感極まったように体を震わせ、カイも固い表情ながらその目に誇りを宿している。
だがアレンはゆっくりと顔を上げると、静かに、しかしきっぱりとこう答えた。
「陛下。そのあまりにもったいなきお申し出、誠に光栄に存じます。ですが我々には、褒賞も地位も必要ございません」
その言葉にホールにいた誰もが息を呑んだ。
「我々が戦いましたのは報酬のためでも名誉のためでもありません。ただ我々が愛する人々が暮らすこの世界の平和を守りたかった。ただそれだけでございます」
アレンは続けた。
「ですので、もし何かをくださるというのであれば一つだけお願いがございます」
「……申してみよ」
「我々が救ったこの平和を陛下のお力で末永く守り続けていただきたい。そしてもう一つ。我々に少しばかりの長い休暇をいただけないでしょうか」
彼はそう言うと、悪戯っぽく微笑んだ。
「少し故郷で羽を伸ばしたいので」
そのあまりにも謙虚で人間味あふれる願いに、国王は最初は驚いた顔をしたが、やがて心からの敬意を込めて深く、そして朗らかに笑った。
「……見事だ、英雄よ。よかろう。その願い、確かに聞き届けた!」
叙勲式は万雷の拍手と歓声の中で幕を閉じた。
【黎明の翼】は生ける伝説となった。彼らの物語は大陸中の誰もが知る英雄譚として、永遠に語り継がれていくだろう。
その数日後。
王都の喧騒を離れ、三人の姿は西へと向かう一台の簡素な馬車の中にあった。
彼らは国王から与えられた全ての褒賞を辞退し、ただ故郷の村へと帰る道を選んだのだ。
「……本当に、よかったのか? アレン」
馬車に揺られながらソフィアが尋ねた。
「貴族にだってなれたんだぞ。そしたら一生安泰だったのに」
「興味ないさ」
アレンは窓の外に広がるのどかな田園風景を見つめながら、穏やかに答えた。
「俺の居場所は豪華な城の中じゃない。あいつらがいる、あの小さな村だ」
その言葉にソフィアもカイも何も言わずに、ただ優しく微笑んだ。
長い旅の果てに、彼らはついにクレリア村へと続くあの懐かしい丘の上にたどり着いた。
黄金色の麦畑が風にそよいでいる。
村からは子供たちの楽しげな声が聞こえてくる。
何も変わらない、平和な、愛おしい故郷の風景。
そして村の入り口にある大きな樫の木の下に、一人の少女が立っているのが見えた。
エルフの少女、リーナ。
彼女はずっとずっとここで、彼らが帰ってくるのを待ち続けていたのだ。
彼女はアレンたちの姿を認めると、その翠色の瞳を涙でいっぱいにしながら駆け出してきた。
「―――アレン兄!!」
その魂からの叫びのような声を聞いた瞬間、アレンの目からも熱いものがこぼれ落ちた。
彼は馬車から飛び降りると、両腕を大きく広げた。
「……ただいま、リーナ」
駆け寄ってきた少女の小さな温かい体を、彼は力いっぱい抱きしめた。
ソフィアとカイもその光景を家族の帰還を見守るように、温かい目で見つめていた。
「おかえりなさい!」
リーナはアレンの胸に顔をうずめ、しゃくり上げながら言った。
「ずっと……ずっと信じてた……! アレン兄は絶対帰ってくるって!」
「ああ、約束したからな」
アレンは彼女の頭を優しく撫でた。
「もうどこにも行かない。ずっとここにいる」
その再会を村人たちが温かい拍手で迎えた。バルトロ村長もリーナの両親も涙を浮かべて、英雄たちの帰還を喜んでいた。
彼らは王侯貴族のような派手な歓迎はしない。だがそこには、どんな豪華な式典よりも温かく、そして心からの感謝があった。
その夜、村の広場ではささやかだが心のこもった祝宴が開かれた。
焚き火を囲み、村人たちが持ち寄った素朴な料理と果実酒で英雄たちの帰還を祝う。
アレンはソフィアやカイと共に、村の長老たちの武勇伝に耳を傾け、子供たちにせがまれて冒険の話をして聞かせた。
ソフィアは最初は戸惑っていたが、村の男たちに勧められるままに地酒を飲み干し、いつの間にか彼らと肩を組んで豪快に笑っていた。
カイはリーナに手を引かれ、村の娘たちの踊りの輪の中に恥ずかしそうに入っていく。
そのあまりにも平和で幸せな光景。
アレンはその輪から少しだけ離れると、丘の上に一人で登った。
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彼は心の中で苦笑した。
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彼は広場から聞こえてくる仲間たちの楽しげな笑い声に耳を澄ませた。
もう過去を振り返ることはない。
理不尽に追放されたあの日の絶望も。
仲間たちとの悲しい別れも。
全てが今の自分を形作る大切な一部なのだから。
彼の前にはどこまでも続く新たな冒険の道が広がっている。
それはもう孤独な道ではない。
最高の仲間たちと共に歩む希望に満ちた道だ。
「……アレン兄!」
リーナが彼の後を追って丘を駆け上がってきた。
「どうしたんだ?」
「みんな探してるよ! さあ、行こう!」
リーナはアレンの手を小さな手で力強く引いた。
「ああ、そうだな。行こうか」
アレンは最後に一度だけ星空を見上げた。
まるで彼の新たな門出を祝福するかのように、ひときわ大きな流れ星が夜空を横切っていった。
彼はリーナと共に仲間たちが待つ光の輪の中へと戻っていく。
―――回復しかできないと蔑まれ、Sランクパーティを追放された一人のヒーラーの物語は、ここで一つの幕を閉じる。
だが、大陸を救った英雄、【黎明の翼】の伝説はまだ始まったばかりである。
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