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第4話
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握力測定器の一件以来、船医たちの態度はどこかよそよそしいものになった。
大和を見る目は、保護対象者に向けるものではなく、まるで未知の危険生物を観察するかのようだ。大和自身は、高価そうな備品を壊してしまった負い目から、彼らに対してひたすら恐縮するばかりだった。
「あの、船内を少し歩いてもよろしいでしょうか。ずっとベッドの上だったので、少し体を動かしたくて」
数日が経過し、体もすっかり回復した(と本人は思っている)大和がそう申し出ると、船医は一瞬、複雑な表情を浮かべた。しかし、健康な成人男性をいつまでも医務室に閉じ込めておくわけにもいかない。
「……分かりました。ですが、船内ではお静かにお願いします。トレーニングルームをご案内しますので、運動はそちらで」
「ありがとうございます! 助かります」
まさか、船医が内心で「この生物を野に放って大丈夫だろうか」と真剣に悩んでいたなど、大和は知る由もない。ただ許可が出たことに、彼は素直に喜んだ。
船医に連れられて医務室を出ると、そこには長い廊下が続いていた。壁も床も、医務室と同じ滑らかな金属でできており、時折、大和と同じ翻訳機を首につけた乗組員たちとすれ違う。彼らは皆、一様に細身で、どこか儚げな印象を受けた。
「トレーニングルームはこの廊下の突き当りです。では、私はこれで」
船医はそう言うと、逃げるように立ち去っていった。
一人残された大和は、目的のトレーニングルームまで少し距離があるのを見て、軽く走っていくことにした。日本にいた頃、通勤で駅の階段を駆け上がっていた時のような、ごく軽いジョギングのつもりで。
トンッ、と床を蹴る。
その瞬間、大和の体が信じられない速度で前方へ射出された。
「うおっ!?」
景色が後ろへ飛んでいく。地球で走るのとは明らかに違う、異常なまでの加速感。それは、この船の人工重力が、地球よりも大幅に低く設定されていることに起因するのだが、大和にそれを知る術はない。
慌てて体勢を立て直そうとするが、勢いは殺せない。前方から歩いてきた、書類を抱えた細身の乗組員が、目を丸くしてこちらを見ている。
「危ない!」
大和が叫んだ時には、もう遅かった。
彼が巻き起こした風圧――いや、もはや小規模な衝撃波と呼ぶべき空気の奔流が、哀れな乗組員に襲い掛かった。
「ひゃっ!?」
悲鳴と共に、乗組員は紙吹雪のように舞い散る書類ごと、綺麗に後方へ吹き飛ばされていった。その体は壁に叩きつけられることなく、ふわりと宙を舞って、そのまま床に着地する。まるで羽根のように軽い。
さらに、大和が床を蹴るたびに、ミシッ、ミシッ、と船体そのものが軋む音が響き渡った。頑丈なはずの金属の床が、彼の足圧に耐えきれず、僅かにたわんでいる。
「な、なんだ!? 床がすごく滑る!」
ようやくトレーニングルームの前で止まった大和は、ぜえぜえと息を切らしながら、さっき吹き飛ばしてしまった乗組員に駆け寄った。
「だ、大丈夫ですか!? すみません、この船の床、ワックスが効きすぎてるみたいで……!」
本気でそう思っている大和が差し伸べた手を、青い顔の乗組員は怯えたように見つめるだけだった。廊下のあちこちで、何事かと顔を出した他の乗組員たちも、息を呑んで遠巻きにこちらを見ている。
彼らの視線は、まるで天災でも見るかのように、恐怖に染まっていた。
大和を見る目は、保護対象者に向けるものではなく、まるで未知の危険生物を観察するかのようだ。大和自身は、高価そうな備品を壊してしまった負い目から、彼らに対してひたすら恐縮するばかりだった。
「あの、船内を少し歩いてもよろしいでしょうか。ずっとベッドの上だったので、少し体を動かしたくて」
数日が経過し、体もすっかり回復した(と本人は思っている)大和がそう申し出ると、船医は一瞬、複雑な表情を浮かべた。しかし、健康な成人男性をいつまでも医務室に閉じ込めておくわけにもいかない。
「……分かりました。ですが、船内ではお静かにお願いします。トレーニングルームをご案内しますので、運動はそちらで」
「ありがとうございます! 助かります」
まさか、船医が内心で「この生物を野に放って大丈夫だろうか」と真剣に悩んでいたなど、大和は知る由もない。ただ許可が出たことに、彼は素直に喜んだ。
船医に連れられて医務室を出ると、そこには長い廊下が続いていた。壁も床も、医務室と同じ滑らかな金属でできており、時折、大和と同じ翻訳機を首につけた乗組員たちとすれ違う。彼らは皆、一様に細身で、どこか儚げな印象を受けた。
「トレーニングルームはこの廊下の突き当りです。では、私はこれで」
船医はそう言うと、逃げるように立ち去っていった。
一人残された大和は、目的のトレーニングルームまで少し距離があるのを見て、軽く走っていくことにした。日本にいた頃、通勤で駅の階段を駆け上がっていた時のような、ごく軽いジョギングのつもりで。
トンッ、と床を蹴る。
その瞬間、大和の体が信じられない速度で前方へ射出された。
「うおっ!?」
景色が後ろへ飛んでいく。地球で走るのとは明らかに違う、異常なまでの加速感。それは、この船の人工重力が、地球よりも大幅に低く設定されていることに起因するのだが、大和にそれを知る術はない。
慌てて体勢を立て直そうとするが、勢いは殺せない。前方から歩いてきた、書類を抱えた細身の乗組員が、目を丸くしてこちらを見ている。
「危ない!」
大和が叫んだ時には、もう遅かった。
彼が巻き起こした風圧――いや、もはや小規模な衝撃波と呼ぶべき空気の奔流が、哀れな乗組員に襲い掛かった。
「ひゃっ!?」
悲鳴と共に、乗組員は紙吹雪のように舞い散る書類ごと、綺麗に後方へ吹き飛ばされていった。その体は壁に叩きつけられることなく、ふわりと宙を舞って、そのまま床に着地する。まるで羽根のように軽い。
さらに、大和が床を蹴るたびに、ミシッ、ミシッ、と船体そのものが軋む音が響き渡った。頑丈なはずの金属の床が、彼の足圧に耐えきれず、僅かにたわんでいる。
「な、なんだ!? 床がすごく滑る!」
ようやくトレーニングルームの前で止まった大和は、ぜえぜえと息を切らしながら、さっき吹き飛ばしてしまった乗組員に駆け寄った。
「だ、大丈夫ですか!? すみません、この船の床、ワックスが効きすぎてるみたいで……!」
本気でそう思っている大和が差し伸べた手を、青い顔の乗組員は怯えたように見つめるだけだった。廊下のあちこちで、何事かと顔を出した他の乗組員たちも、息を呑んで遠巻きにこちらを見ている。
彼らの視線は、まるで天災でも見るかのように、恐怖に染まっていた。
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