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第21話
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ヴァリウス公爵が去った後も、応接室には嫌な空気が澱のように残っていた。
大和は大きくため息をつき、ソファの背もたれに全体重を預ける。明確な敵意。それも、帝国の最高権力者の一人からのものだ。
(参ったな……。完全に厄介事に巻き込まれてるじゃないか)
地球にいた頃なら、上司に相談するか、取引先に菓子折りでも持って頭を下げるか、やりようはあった。だが、ここは文化も常識も違う異星の帝国。相手は公爵様だ。どう対処すればいいのか、皆目見当もつかない。
そんな重苦しい気分で頭を抱えていると、侍従が再び来訪者を告げた。今度はエリアーナだった。彼女は、大和の沈んだ表情を見るなり、心配そうに眉を寄せた。
「ヤマト様、お顔の色が優れませんわ。ヴァリウス公爵が、何か無礼を働いたのではございませんか?」
「いえ、エリアーナ様。そういうわけでは……。ただ、少し考え事をしていただけです」
大和は慌てて笑顔を作ったが、エリアーナの心配そうな顔は晴れない。彼女は、大和を元気づけようと思ったのか、侍女に命じてお茶と茶菓子を用意させた。
運ばれてきたのは、透き通るような青い液体と、ゼリー状の小さな菓子が数個だけだった。
エリアーナは、その青い液体を一口だけ飲むと、満足そうにカップを置いた。菓子には一切手を付けない。
「エリアーナ様は、あまり召し上がらないんですね」
何気なく大和が尋ねると、彼女は少し寂しそうに微笑んだ。
「はい。私は生まれつき体が弱くて……。あまり固形物を食べると、体に負担がかかってしまうのです。いつも、侍医が調合してくれた栄養剤を飲むのが私の食事なのですわ」
その言葉に、大和は驚いて聞き返した。
「え、いつも、ですか? 食事はそれだけ?」
「はい。この栄養剤は、一日に必要なエネルギーが全て詰まった、素晴らしい発明なのです」
素晴らしい発明、と言われても、大和には到底そうは思えなかった。毎日、点滴のようなもので食事を済ませる。そんな人生、あまりにも寂しすぎる。
「でも、それじゃあ栄養が偏りませんか? ビタミンとか、ミネラルとか……食物繊維とか」
大和が地球の家庭科レベルの知識を口にすると、エリアーナも、同席していた侍医も、きょとんとした顔で首を傾げた。
「ビタミン……? 申し訳ありません、そのような栄養素は我々のデータベースには……」
どうやらこの帝国では、栄養学という概念が地球とは根本から異なるらしい。エネルギー効率こそが至上であり、「バランス」や「食べる楽しみ」といった考え方は、存在しないかのようだった。
「だめですよ、そんなの! ちゃんと色々なものを、バランス良く食べないと! 体は資本って言うじゃないですか!」
大和は、思わず熱くなって力説していた。病弱な少女を放っておけないという、お人好しな性分が顔を出したのだ。
「ヤマト様……」
エリアーナは、自分のために本気で心配してくれる大和の姿に、胸を熱くしていた。
「あの、もし、もしよかったらですけど……俺が何か、作りましょうか? 大したものは作れませんけど、栄養があって、温かいものなら」
それは、完全に善意から出た言葉だった。
地球で一人暮らしが長かった大和にとって、料理は数少ない趣味の一つでもあった。
その申し出に、エリアーナの顔が、ぱあっと輝いた。
「本当ですか!? ヤマト様の手料理……! ぜひ、ぜひお願いいたします!」
侍医は「しかし、皇女殿下のお体に障るものが万が一にも……」と難色を示したが、エリアーナのキラキラした瞳と、大和の「大丈夫、体に良いものしか使いませんから」という根拠のない自信に満ちた言葉に、押し切られる形となった。
こうして、大和は皇宮の厨房を借り、病弱な皇女のために、地球の家庭料理を振る舞うことになった。
彼がこれから作ろうとしているものが、帝国の医療と食文化に革命的な衝撃を与えることになるとは、この時の彼はまだ知らない。
大和は大きくため息をつき、ソファの背もたれに全体重を預ける。明確な敵意。それも、帝国の最高権力者の一人からのものだ。
(参ったな……。完全に厄介事に巻き込まれてるじゃないか)
地球にいた頃なら、上司に相談するか、取引先に菓子折りでも持って頭を下げるか、やりようはあった。だが、ここは文化も常識も違う異星の帝国。相手は公爵様だ。どう対処すればいいのか、皆目見当もつかない。
そんな重苦しい気分で頭を抱えていると、侍従が再び来訪者を告げた。今度はエリアーナだった。彼女は、大和の沈んだ表情を見るなり、心配そうに眉を寄せた。
「ヤマト様、お顔の色が優れませんわ。ヴァリウス公爵が、何か無礼を働いたのではございませんか?」
「いえ、エリアーナ様。そういうわけでは……。ただ、少し考え事をしていただけです」
大和は慌てて笑顔を作ったが、エリアーナの心配そうな顔は晴れない。彼女は、大和を元気づけようと思ったのか、侍女に命じてお茶と茶菓子を用意させた。
運ばれてきたのは、透き通るような青い液体と、ゼリー状の小さな菓子が数個だけだった。
エリアーナは、その青い液体を一口だけ飲むと、満足そうにカップを置いた。菓子には一切手を付けない。
「エリアーナ様は、あまり召し上がらないんですね」
何気なく大和が尋ねると、彼女は少し寂しそうに微笑んだ。
「はい。私は生まれつき体が弱くて……。あまり固形物を食べると、体に負担がかかってしまうのです。いつも、侍医が調合してくれた栄養剤を飲むのが私の食事なのですわ」
その言葉に、大和は驚いて聞き返した。
「え、いつも、ですか? 食事はそれだけ?」
「はい。この栄養剤は、一日に必要なエネルギーが全て詰まった、素晴らしい発明なのです」
素晴らしい発明、と言われても、大和には到底そうは思えなかった。毎日、点滴のようなもので食事を済ませる。そんな人生、あまりにも寂しすぎる。
「でも、それじゃあ栄養が偏りませんか? ビタミンとか、ミネラルとか……食物繊維とか」
大和が地球の家庭科レベルの知識を口にすると、エリアーナも、同席していた侍医も、きょとんとした顔で首を傾げた。
「ビタミン……? 申し訳ありません、そのような栄養素は我々のデータベースには……」
どうやらこの帝国では、栄養学という概念が地球とは根本から異なるらしい。エネルギー効率こそが至上であり、「バランス」や「食べる楽しみ」といった考え方は、存在しないかのようだった。
「だめですよ、そんなの! ちゃんと色々なものを、バランス良く食べないと! 体は資本って言うじゃないですか!」
大和は、思わず熱くなって力説していた。病弱な少女を放っておけないという、お人好しな性分が顔を出したのだ。
「ヤマト様……」
エリアーナは、自分のために本気で心配してくれる大和の姿に、胸を熱くしていた。
「あの、もし、もしよかったらですけど……俺が何か、作りましょうか? 大したものは作れませんけど、栄養があって、温かいものなら」
それは、完全に善意から出た言葉だった。
地球で一人暮らしが長かった大和にとって、料理は数少ない趣味の一つでもあった。
その申し出に、エリアーナの顔が、ぱあっと輝いた。
「本当ですか!? ヤマト様の手料理……! ぜひ、ぜひお願いいたします!」
侍医は「しかし、皇女殿下のお体に障るものが万が一にも……」と難色を示したが、エリアーナのキラキラした瞳と、大和の「大丈夫、体に良いものしか使いませんから」という根拠のない自信に満ちた言葉に、押し切られる形となった。
こうして、大和は皇宮の厨房を借り、病弱な皇女のために、地球の家庭料理を振る舞うことになった。
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