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第36話
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帝都の華やかな日常の裏で、静かに、しかし確実に蝕まれていく帝国の秩序。
その僅かな不協和音を、敏感に感じ取っている男がいた。
近衛騎士団長、ゼノ・グレイウォールである。
彼は、生粋の武人であり、政治の駆け引きには疎い。
だが、長年、皇宮の護りを担ってきた彼の嗅覚は、常人には感知できない〝血の匂い〟を嗅ぎ取っていた。
きっかけは、些細なことだった。
最近、軍の旧知の友人たちからの連絡が、妙に途絶えがちになっている。
定期的に行われるはずの、各駐留艦隊からの武器弾薬の在庫報告に、不審な遅延や、辻褄の合わない数字が散見されるようになった。
そして何より、貴族議会での、ヴァリウス公爵派の貴族たちの、露骨なまでのサボタージュ。
一つ一つは、小さなことだ。
しかし、それらが一つの線で繋がった時、ゼノの背筋を冷たいものが走った。
「……何か、きな臭い」
彼は、自身の直感を信じ、信頼できる部下たちに極秘裏の調査を命じた。
数日後、部下たちがもたらした報告は、彼の懸念が杞憂ではなかったことを証明していた。
「第三辺境艦隊のモーガン提督が、頻繁にヴァリウス公爵と密会しているとの情報が」
「第7機甲師団で、所属不明の物資が極秘に搬入されているのを目撃した者がおります」
「ヴァリウス派の貴族たちが、地方の領地から私兵を帝都に呼び寄せている、との噂も……」
断片的な情報。しかし、その全てが、一つの可能性を示唆していた。
武力による、政変。
ゼノは、すぐさま皇帝陛下への謁見を願い出た。
玉座の間で、彼は自らの調査結果と、そこから導き出される最悪のシナリオを、皇帝に包み隠さず奏上した。
「――陛下。ヴァリウス公爵に、反逆の兆候あり。これは、もはや看過できぬ事態です」
皇帝ガイウスは、ゼノの報告を静かに聞いていた。その表情は、普段と変わらず穏やかだったが、瞳の奥には鋭い光が宿っていた。
しかし、その場に同席していた宰相や、他の皇帝派の重臣たちの反応は、鈍いものだった。
「ゼノ殿、考えすぎではないかな。ヴァリウス公爵は、確かに野心家ではあるが、帝国への忠誠心は本物。彼が反逆など……」
「そうだ。最近の軍の動きも、近々予定されている大規模演習の準備であろう。憶測で騒ぎを大きくするのは、賢明ではあるまい」
平和な時代が、長く続きすぎた。
彼らは、本当の意味での〝裏切り〟や〝戦争〟というものを、忘れてしまっていたのだ。ゼノの警告は、彼らの耳には、過剰な心配性からくる杞憂のようにしか聞こえなかった。
「しかし!」
ゼノが声を荒らげようとした時、皇帝が静かにそれを制した。
「……ゼノ。そなたの忠義、感謝する。念のため、皇宮の警備を強化し、引き続き情報の収集に努めよ。だが、ヴァリウスを刺激するような、表立った動きは控えよ。よいな」
それは、事実上の「静観」の命令だった。
ゼノは、唇を噛み締め、何も言えずに引き下がるしかなかった。
帝国という巨大な船は、すぐそこまで迫っている氷山に気づきながらも、あまりに遅々とした動きしかできないでいた。
玉座の間を退出するゼノの胸には、焦りと、そしてどうしようもない無力感が渦巻いていた。
(間に合わなくなる……!)
彼の脳裏には、エリアーナの、そして、何も知らずに平和な休日を過ごしているであろう、師・ヤマトの顔が浮かんでいた。
その僅かな不協和音を、敏感に感じ取っている男がいた。
近衛騎士団長、ゼノ・グレイウォールである。
彼は、生粋の武人であり、政治の駆け引きには疎い。
だが、長年、皇宮の護りを担ってきた彼の嗅覚は、常人には感知できない〝血の匂い〟を嗅ぎ取っていた。
きっかけは、些細なことだった。
最近、軍の旧知の友人たちからの連絡が、妙に途絶えがちになっている。
定期的に行われるはずの、各駐留艦隊からの武器弾薬の在庫報告に、不審な遅延や、辻褄の合わない数字が散見されるようになった。
そして何より、貴族議会での、ヴァリウス公爵派の貴族たちの、露骨なまでのサボタージュ。
一つ一つは、小さなことだ。
しかし、それらが一つの線で繋がった時、ゼノの背筋を冷たいものが走った。
「……何か、きな臭い」
彼は、自身の直感を信じ、信頼できる部下たちに極秘裏の調査を命じた。
数日後、部下たちがもたらした報告は、彼の懸念が杞憂ではなかったことを証明していた。
「第三辺境艦隊のモーガン提督が、頻繁にヴァリウス公爵と密会しているとの情報が」
「第7機甲師団で、所属不明の物資が極秘に搬入されているのを目撃した者がおります」
「ヴァリウス派の貴族たちが、地方の領地から私兵を帝都に呼び寄せている、との噂も……」
断片的な情報。しかし、その全てが、一つの可能性を示唆していた。
武力による、政変。
ゼノは、すぐさま皇帝陛下への謁見を願い出た。
玉座の間で、彼は自らの調査結果と、そこから導き出される最悪のシナリオを、皇帝に包み隠さず奏上した。
「――陛下。ヴァリウス公爵に、反逆の兆候あり。これは、もはや看過できぬ事態です」
皇帝ガイウスは、ゼノの報告を静かに聞いていた。その表情は、普段と変わらず穏やかだったが、瞳の奥には鋭い光が宿っていた。
しかし、その場に同席していた宰相や、他の皇帝派の重臣たちの反応は、鈍いものだった。
「ゼノ殿、考えすぎではないかな。ヴァリウス公爵は、確かに野心家ではあるが、帝国への忠誠心は本物。彼が反逆など……」
「そうだ。最近の軍の動きも、近々予定されている大規模演習の準備であろう。憶測で騒ぎを大きくするのは、賢明ではあるまい」
平和な時代が、長く続きすぎた。
彼らは、本当の意味での〝裏切り〟や〝戦争〟というものを、忘れてしまっていたのだ。ゼノの警告は、彼らの耳には、過剰な心配性からくる杞憂のようにしか聞こえなかった。
「しかし!」
ゼノが声を荒らげようとした時、皇帝が静かにそれを制した。
「……ゼノ。そなたの忠義、感謝する。念のため、皇宮の警備を強化し、引き続き情報の収集に努めよ。だが、ヴァリウスを刺激するような、表立った動きは控えよ。よいな」
それは、事実上の「静観」の命令だった。
ゼノは、唇を噛み締め、何も言えずに引き下がるしかなかった。
帝国という巨大な船は、すぐそこまで迫っている氷山に気づきながらも、あまりに遅々とした動きしかできないでいた。
玉座の間を退出するゼノの胸には、焦りと、そしてどうしようもない無力感が渦巻いていた。
(間に合わなくなる……!)
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