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第46話:裏側の不穏
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演劇の準備が始まってからというもの、Sクラスの教室は放課後、演劇部の稽古場と化していた。
俺は王子役として、来る日も来る日も、三人の姫君たちを相手に愛の言葉を囁かされるという、精神的な拷問を受け続けていた。
「アレン、もっと情熱を込めなさい!貴方は、私の運命の騎士なのよ!」
セレスティーナに、剣を片手に演技指導をされる。
「アレン。その台詞における感情の機微を、脳波レベルで測定したい。もう一度お願いします」
ルナに、怪しげな魔導具を向けられながら、台詞のダメ出しをされる。
「アアア、アレン様……!そ、そのような熱いお言葉……!役だと分かっていても、私は……!」
リリアーナに至っては、俺が台詞を言うたびに感極まって気絶しかけるため、稽古が全く進まない。
そして、カイルは監督役として、その地獄絵図を「皆さん、素晴らしいです!最高の舞台になりますよ!」と、満面の笑みで煽ってくる。
俺の胃は、もはやただの飾りと化していた。
だが、そんな狂乱の日々の裏側で、俺は別の、もっと深刻な問題に意識を向けていた。
闇の教団。
旧校舎での一件以来、俺は彼らの動向を密かに探っていた。ゲルハルトを通じて集めさせた情報によれば、彼らは王都の地下で、何やら不穏な動きを続けているらしい。
そして、俺の研ぎ澄まされた魔力探知は、学園内に、あの時と同じ禍々しい魔力の残滓を、日に日に強く感じるようになっていた。
奴らは、何かを企んでいる。
そして、多くの人間が集まり、警備が手薄になる学園祭は、彼らにとって絶好の機会となるはずだ。
「カイル。少し、いいか」
稽古が終わった後、俺はカイルを呼び止めた。ヒロインたちには「王子役の役作りについて、監督と二人で打ち合わせがしたい」と、もっともらしい嘘をついておいた。
二人きりになったのを確認し、俺は真剣な表情で切り出した。
「学園祭の日に、何か良くないことが起こるかもしれない」
俺は、闇の教団の存在そのものは伏せつつも、学園内に不穏な魔力の動きがあること、そしてそれが学園祭を狙っている可能性が高いことを、カイルにだけ打ち明けた。
「……本当ですか、アレン様!?」
カイルの顔から、人の良い笑みが消えた。彼は、俺が冗談を言うような男ではないことを、誰よりもよく知っている。
「ああ。だが、これはまだ確証のない、俺の勘でしかない。教師や騎士団に報告しても、おそらくまともに取り合ってはもらえないだろう」
「じゃあ、どうすれば……!」
「だから、俺たちで動く。学園祭の当日、表向きは演劇の準備をしながら、裏では警戒網を敷くんだ」
俺は、カイルに俺の考えた計画を話した。
学園祭には、多くの生徒の家族や、外部の人間も訪れる。その人混みに紛れて、教団の人間が侵入する可能性は高い。
俺たちは、Sクラスのメンバーを動員し、それぞれ分担して学園内の主要なポイントを監視する。何か異常があれば、すぐに魔力通信で連絡を取り合い、対処する。
事件を、未然に防ぐのだ。
「……分かりました。俺、やります!」
カイルは、力強く頷いた。
「学園の皆が楽しんでいる裏で、そんな企みがあるなんて、絶対に許せない。アレン様、俺に何でも言ってください!」
その瞳には、正義感と、そして俺への絶対的な信頼の光が宿っていた。
よし。これで、俺一人で抱え込む必要はなくなった。
カイルという最高の相棒がいれば、この問題にも対処できるはずだ。
俺は、初めてこの問題に対して、ほんの少しだけ前向きな気持ちになれた。
俺たちは、早速セレスティーナ、ルナ、リリアーナにも事情を説明した。
もちろん、三人も即座に協力を約束してくれた。
「ふん、不届きな輩ね。学園祭を汚そうなどとは、万死に値するわ。この私が、成敗してくれる!」
セレスティーナは、剣の柄を握りしめて息巻いている。
「なるほど。祭りの喧騒に乗じた、魔術的テロ行為の可能性。合理的です。監視ポイントにおける魔力変動パターンの解析は、私に任せてください」
ルナは、冷静に状況を分析し、自らの役割を理解している。
「もし、けが人が出てしまったら……。私、聖魔法で、皆さんをお守りします!」
リリアーナも、固い決意を表情に浮かべていた。
こうして、俺たちSクラスは、二つの顔を持つことになった。
表の顔は、学園祭の目玉である演劇『三人の姫君と銀の王子』の主演キャスト。
そして、裏の顔は、学園の平和を陰から守る、秘密の防衛チーム。
演劇の稽古の合間に、俺たちは作戦の打ち合わせを重ねた。監視ルートの確認、緊急時の連絡方法、そして、敵が現れた際の連携。
その真剣なやり取りは、まるで本物の騎士団の作戦会議のようだった。
皮肉なことに、この裏の活動は、俺たちのチームワークを、演劇の稽古以上に強固なものにしていった。
学園祭の前夜。
俺は自室の窓から、明日の喧騒を前に静まり返った学園の夜景を見下ろしていた。
舞台の上では、偽りの王子を演じなければならない。
そして、舞台の裏では、本物の脅威と戦わなければならない。
「……胃が、痛い」
俺の呟きは、静かな夜の闇に吸い込まれていった。
明日は、間違いなく、俺の人生で最も長く、そして最も疲れる一日になるだろう。
俺は、薬の瓶から、二錠の胃薬を取り出して、水もなく飲み干した。
気休めにしかならないことは、分かっていたが。
俺は王子役として、来る日も来る日も、三人の姫君たちを相手に愛の言葉を囁かされるという、精神的な拷問を受け続けていた。
「アレン、もっと情熱を込めなさい!貴方は、私の運命の騎士なのよ!」
セレスティーナに、剣を片手に演技指導をされる。
「アレン。その台詞における感情の機微を、脳波レベルで測定したい。もう一度お願いします」
ルナに、怪しげな魔導具を向けられながら、台詞のダメ出しをされる。
「アアア、アレン様……!そ、そのような熱いお言葉……!役だと分かっていても、私は……!」
リリアーナに至っては、俺が台詞を言うたびに感極まって気絶しかけるため、稽古が全く進まない。
そして、カイルは監督役として、その地獄絵図を「皆さん、素晴らしいです!最高の舞台になりますよ!」と、満面の笑みで煽ってくる。
俺の胃は、もはやただの飾りと化していた。
だが、そんな狂乱の日々の裏側で、俺は別の、もっと深刻な問題に意識を向けていた。
闇の教団。
旧校舎での一件以来、俺は彼らの動向を密かに探っていた。ゲルハルトを通じて集めさせた情報によれば、彼らは王都の地下で、何やら不穏な動きを続けているらしい。
そして、俺の研ぎ澄まされた魔力探知は、学園内に、あの時と同じ禍々しい魔力の残滓を、日に日に強く感じるようになっていた。
奴らは、何かを企んでいる。
そして、多くの人間が集まり、警備が手薄になる学園祭は、彼らにとって絶好の機会となるはずだ。
「カイル。少し、いいか」
稽古が終わった後、俺はカイルを呼び止めた。ヒロインたちには「王子役の役作りについて、監督と二人で打ち合わせがしたい」と、もっともらしい嘘をついておいた。
二人きりになったのを確認し、俺は真剣な表情で切り出した。
「学園祭の日に、何か良くないことが起こるかもしれない」
俺は、闇の教団の存在そのものは伏せつつも、学園内に不穏な魔力の動きがあること、そしてそれが学園祭を狙っている可能性が高いことを、カイルにだけ打ち明けた。
「……本当ですか、アレン様!?」
カイルの顔から、人の良い笑みが消えた。彼は、俺が冗談を言うような男ではないことを、誰よりもよく知っている。
「ああ。だが、これはまだ確証のない、俺の勘でしかない。教師や騎士団に報告しても、おそらくまともに取り合ってはもらえないだろう」
「じゃあ、どうすれば……!」
「だから、俺たちで動く。学園祭の当日、表向きは演劇の準備をしながら、裏では警戒網を敷くんだ」
俺は、カイルに俺の考えた計画を話した。
学園祭には、多くの生徒の家族や、外部の人間も訪れる。その人混みに紛れて、教団の人間が侵入する可能性は高い。
俺たちは、Sクラスのメンバーを動員し、それぞれ分担して学園内の主要なポイントを監視する。何か異常があれば、すぐに魔力通信で連絡を取り合い、対処する。
事件を、未然に防ぐのだ。
「……分かりました。俺、やります!」
カイルは、力強く頷いた。
「学園の皆が楽しんでいる裏で、そんな企みがあるなんて、絶対に許せない。アレン様、俺に何でも言ってください!」
その瞳には、正義感と、そして俺への絶対的な信頼の光が宿っていた。
よし。これで、俺一人で抱え込む必要はなくなった。
カイルという最高の相棒がいれば、この問題にも対処できるはずだ。
俺は、初めてこの問題に対して、ほんの少しだけ前向きな気持ちになれた。
俺たちは、早速セレスティーナ、ルナ、リリアーナにも事情を説明した。
もちろん、三人も即座に協力を約束してくれた。
「ふん、不届きな輩ね。学園祭を汚そうなどとは、万死に値するわ。この私が、成敗してくれる!」
セレスティーナは、剣の柄を握りしめて息巻いている。
「なるほど。祭りの喧騒に乗じた、魔術的テロ行為の可能性。合理的です。監視ポイントにおける魔力変動パターンの解析は、私に任せてください」
ルナは、冷静に状況を分析し、自らの役割を理解している。
「もし、けが人が出てしまったら……。私、聖魔法で、皆さんをお守りします!」
リリアーナも、固い決意を表情に浮かべていた。
こうして、俺たちSクラスは、二つの顔を持つことになった。
表の顔は、学園祭の目玉である演劇『三人の姫君と銀の王子』の主演キャスト。
そして、裏の顔は、学園の平和を陰から守る、秘密の防衛チーム。
演劇の稽古の合間に、俺たちは作戦の打ち合わせを重ねた。監視ルートの確認、緊急時の連絡方法、そして、敵が現れた際の連携。
その真剣なやり取りは、まるで本物の騎士団の作戦会議のようだった。
皮肉なことに、この裏の活動は、俺たちのチームワークを、演劇の稽古以上に強固なものにしていった。
学園祭の前夜。
俺は自室の窓から、明日の喧騒を前に静まり返った学園の夜景を見下ろしていた。
舞台の上では、偽りの王子を演じなければならない。
そして、舞台の裏では、本物の脅威と戦わなければならない。
「……胃が、痛い」
俺の呟きは、静かな夜の闇に吸い込まれていった。
明日は、間違いなく、俺の人生で最も長く、そして最も疲れる一日になるだろう。
俺は、薬の瓶から、二錠の胃薬を取り出して、水もなく飲み干した。
気休めにしかならないことは、分かっていたが。
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